乂阿戦記1 第一章- 赤の勇者雷音と炎の魔剣クトゥグァ-5 拐われた神羅、そして銀の勇者の絶叫
「神殺しの拳が交差する最終決戦。そして神羅、羅漢、ナイア──三者の運命が交錯する《因果転移》編、ついに決着!」
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第5部きちんと執筆中です。とりあえず読みやすくなるよう一度全部清書してみる予定です。
空が赤く染まり、大地が裂ける。
クトゥグァ火山の奥底から響く地鳴りは、まるで世界の終焉を告げる序曲だった。
邪神ナイアルラトホテップによって暴走させられた封獣機神。
その灼熱の魔力は火山全体を揺さぶり、災厄の波は遥か山麓の町にまで及び始めていた。
◇ ◇ ◇
――クトゥグァ火山、山麓の町。
「急げ! 山が噴火するぞ!!」
「子供を先に! 早く避難させて!!」
天を覆う火山灰。絶え間なく続く地鳴り。建物の壁には亀裂が走り、通りには逃げ惑う人々が溢れていた。
避難誘導に当たる者たちも必死に声を張り上げていたが、恐慌に陥った群衆を統制するのは容易ではない。
「もう駄目だ……! あんな山が噴火したら、どこへ逃げたって……!」
絶望の声が上がった、そのときだった。
――パァァァァッ!!
灰色に染まった空を、眩い白光が切り裂いた。
「な、何だ……!?」
人々が一斉に空を見上げる。
降り注ぐ火山灰を押し分け、白銀の光をまとった巨大な機影が舞い降りてきた。
その傍らには、一人の青年と一人の少女が立っていた。
青年は、荘厳な白の装束をまとった美丈夫。
整った顔立ちに、すべてを見透かすような鋭い瞳。若々しい外見とは裏腹に、その身から放たれる威厳は、幾多の戦場を支配してきた王者を思わせた。
周囲がどれほど混乱していようと、その表情には微塵の動揺もない。
まるで、この程度の災厄など取るに足らないと言わんばかりに。
もう一人は、青年の傍らに控える小柄な美少女。
端正な顔立ちに、静かな眼差し。
その表情は驚くほど乏しく、感情を読み取ることは難しい。
だが、少女の瞳は絶えず周囲を観察していた。
避難する人々の動き、火山灰の濃度、地鳴りの周期。
そのすべてを、冷静に分析しているかのようだった。
白の装束をまとった青年が、一歩前へ出る。
『皆の者、落ち着くがいい』
拡声装置を通じて、凛とした声が町全体に響き渡った。
『避難経路はすでに確保してある。慌てる必要はない。指示に従い、速やかに移動せよ』
その声には、不思議な説得力があった。
怒鳴っているわけではない。
それなのに、恐慌に陥っていた人々が思わず足を止めてしまうほどの威厳がある。
『俺の名はリーン・アシュレイ。アシュレイ族族長の代行者だ』
続いて、傍らの美少女が口を開いた。
『従者・白水晶。避難経路の安全を確認済み。現時点で通行を妨げる障害はない』
抑揚の少ない、透き通った声だった。
『災厄はまもなく静まる。恐れる必要はない』
その名を聞いた瞬間、人々の間にどよめきが走った。
「ア、アシュレイ族……!?」
「し、神子様じゃあああッ!!」
「ありがたや……! アシュレイ族の神子様が、我らを救いに来てくださった……!」
祈るように膝をつく者まで現れた。
絶望に覆われていた町へ、わずかな希望が戻り始める。
リーン・アシュレイ。
そして、その右腕たる《白の勇者》――白水晶。
二人の到来は、恐怖に呑まれかけていた人々の心を支える光となっていた。
「白水晶。追跡装置の準備はどうなっている?」
リーンが尋ねる。
「イエス、マスター。対象の転移波動を捕捉済み。いつでも転送可能」
「そうか」
リーンは、今なお噴煙を上げ続けるクトゥグァ火山へ視線を向けた。
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「面白い。どうやら、あちらも随分と騒がしいようだな」
「対象周辺で高エネルギー反応を確認。通常の戦闘規模を大幅に超過している」
「当然だ。あの男がいるのだからな」
リーンは腕を組んだ。
「乂阿烈……神すら拳で殴り倒すと噂される男か」
「危険度の再評価を推奨」
「不要だ」
リーンは即答した。
「危険であることなど、最初から承知している」
その瞳が、灼熱の山頂を見据える。
「むしろ、その方が面白いではないか」
白水晶は無表情のまま、わずかに首を傾げた。
「理解不能」
「ふっ。お前にも、いずれ分かる」
リーンの笑みが深まる。
「ならば……見せてもらおうか、乂阿烈」
熱風が、白い装束を大きくはためかせた。
「君の《真価》を」
◇ ◇ ◇
――一方、クトゥグァ火山。
粉砕された白虎機の残骸が、灼熱の大地に横たわっていた。
その傍らで、一人の男が立ち上がろうとしている。
銀の勇者・乂羅漢。
全身は血に染まり、呼吸も浅い。意識は朦朧としていたが、それでも彼は拳を握りしめていた。
「……雷音……神羅……」
かすれた声が漏れる。
弟と妹を助ける。
その一念だけが、傷ついた身体を支えていた。
しかし、邪神は容赦しない。
「さあ、雷音。とどめを刺しなさい」
ナイアの冷たい命令が響く。
封獣機神の操縦席で、雷音の指が操縦桿を握りしめた。
その瞳に、理性の光はない。
紅蓮の巨神が大剣を振り上げる。
刃の先にいるのは、満身創痍の兄。
もはや避ける力も残されていない羅漢へ、灼熱の一撃が振り下ろされようとしていた。
だが、その瞬間――。
「……三分だ」
低い声が、戦場に響いた。
「……え?」
ナイアが振り返る。
そこに立っていたのは、覇王・乂阿烈。
先ほどまで雷音との戦いに興じていた巨漢は、今や不気味なほど静かだった。
「大人の時間は……終わりだ、雷音」
阿烈が、ゆっくりと拳を開く。
すると――。
ビシッ!
クトゥグァの紅蓮の装甲に、亀裂が走った。
「なっ……!?」
ナイアの表情が凍りつく。
亀裂は瞬く間に機体全体へ広がり、暴走していた魔力が次々と霧散していった。
先ほどまで天を焦がしていた炎の翼が消え、巨神の姿が崩れていく。
「ば、馬鹿な……! 何をしたの!?」
ナイアが叫ぶ。
だが、阿烈は答えない。
紅蓮の光が砕け散り、その中から雷音の姿が現れた。
「……う……?」
雷音が、ふらつきながら地面に降り立つ。
「……ここは……?」
朦朧としていた意識が、徐々に戻ってくる。
視界に映ったのは、崩れ落ちた白虎機の残骸。
そして――。
「……え?」
血まみれになって倒れている羅漢の姿だった。
「羅漢……兄さん……?」
雷音の顔から血の気が引いた。
「な、何で……? どうして、そんな……!」
記憶が断片的に蘇る。
邪神の呪い。
自分の身体を支配する異様な力。
兄へ向けて振り下ろした、灼熱の剣。
「……俺が……?」
雷音の唇が震えた。
「俺が……兄さんを……!?」
次の瞬間、雷音は駆け出していた。
「羅漢兄さんッ!!」
倒れた兄を抱き起こす。
「しっかりしてくれ! 目を開けてくれよ!!」
羅漢が、かすかに瞼を開いた。
「……らい……おん……」
声にならないほど弱々しい呟き。
それでも、弟の姿を確かめた羅漢の口元には、安堵の色が浮かんでいた。
「兄さん……!」
雷音の目から涙が溢れる。
「ごめん……! 俺、何も覚えてなくて……! こんなことになるなんて……!」
「……ふん」
そのとき、阿烈が口を開いた。
「雷音。いつまで泣いておる」
「兄貴……!」
雷音が振り返る。
「俺……羅漢兄さんに……!」
「分かっておる。だが、貴様が自ら望んでやったことではあるまい」
阿烈は、崩壊したクトゥグァの残骸を一瞥した。
「ワシが貴様と戦っていたのは、単に拳を交えたかったからではない」
「……え?」
「《治療打撃》よ」
阿烈は、自らの拳を握りしめた。
「ワシの拳は、ただ敵を打ち砕くだけのものではない。異常な魔力を打ち消し、肉体と気の乱れを正す《祓いの拳》でもある」
雷音は呆然と兄を見上げた。
「じゃあ……兄貴は、俺を正気に戻すために……?」
「無論だ」
阿烈は豪快に笑った。
「もっとも、貴様が予想以上に強かったのでな。少々、楽しませてもらったが!」
「そ、そんな……!」
雷音が絶句する。
あれほど凄まじい戦いを繰り広げておきながら、阿烈にとっては治療の一環だったというのか。
「武、医、芸」
阿烈は拳を掲げた。
「この三つを極めてこそ、真の武道家よ!」
「む、無茶苦茶だ……!」
だが、そんな兄弟のやり取りを見つめるナイアの表情は、恐怖に引きつっていた。
「……貴様……最初から……!」
阿烈は、最初から雷音を殺すつもりなどなかった。
邪神の呪いを拳で打ち消すため、あえて正面から戦い続けていたのだ。
ナイアが歯噛みする。
「ふざけないでよ……! そんな馬鹿げたことが……!」
だが、その目が不意に細められた。
「……まあ、いいわ」
口元に、邪悪な笑みが戻る。
「あなたたちが兄弟愛に浸っている間に、こちらも準備が整ったもの」
ナイアの左腕が、不気味な音を立てて膨張した。
肉が蠢き、腕が無数の触手へと変化する。
「――ッ!?」
雷音が振り返ったときには、すでに遅かった。
バギィィィン!!
触手がクトゥグァの残骸へ突き刺さり、内部に残されていたカプセルを粉砕した。
その中で眠っていたのは――。
「神羅ッ!?」
雷音が叫ぶ。
ナイアの触手が神羅の身体を絡め取り、瞬く間に引き寄せた。
「返せッ!! 神羅を返しやがれぇぇぇ!!」
雷音が飛び出そうとする。
しかし、ナイアの背後では、すでに巨大な光の渦が開き始めていた。
――ワープゲート。
「ふふっ……残念でした!」
ナイアが勝ち誇ったように笑う。
「あなたたちのおかげで、随分と面白いものが手に入ったわ」
「待てえええええッ!!」
雷音の叫びを無視し、ナイアが告げる。
「ワープ装置、起動ッ!!」
光の渦が激しく回転し、ナイアと神羅を包み込もうとした。
だが――。
「……まだだッ!!」
血まみれの身体を引きずりながら、羅漢が飛び出した。
「羅漢兄さん!?」
雷音が目を見開く。
羅漢は最後の力を振り絞り、ナイアの足へしがみついた。
「神羅を……離せ……!」
「なっ!? まだ動けるの!?」
ナイアが顔を歪める。
「しつこい男ね……!」
その腕が、瞬時に鋭いドリルへと変化した。
「離しなさいッ!!」
ドシュッ!!
「ぐ……ああああああッ!!」
羅漢の腹部を、凶悪な一撃が貫いた。
「羅漢兄さんッッ!!!」
雷音の絶叫が響き渡る。
だが、羅漢は手を離さなかった。
血を吐きながらも、必死にナイアの足を掴み続ける。
「神羅……だけは……!」
「この……ッ!!」
ナイアが強引に身体を引きずった。
次の瞬間、三人の姿が光の渦へ呑み込まれていく。
「やめろおおおおおおッ!!!」
雷音が手を伸ばした。
だが、その指先は何も掴めない。
パァァァァッ!!
ワープゲートが、眩い閃光とともに閉じた。
そして――。
静寂が訪れた。
「…………」
雷音は、呆然と立ち尽くしていた。
つい先ほどまで、そこにいたはずの兄と妹。
だが、もうどこにもいない。
消えたのは、ナイア。
神羅。
そして、羅漢。
「……うそ……だろ……?」
雷音の膝が、がくりと折れた。
「神羅……羅漢兄さん……」
握りしめた拳が震える。
何もできなかった。
邪神に利用され、兄を傷つけ、妹を奪われた。
最後の最後まで、守られるばかりだった。
「……くそっ……!」
雷音は拳を地面へ叩きつけた。
「くそおおおおおおおおおッ!!!」
その叫びは、焼け焦げた大地に虚しく響いた。
涙が止まらなかった。
自分の弱さが、悔しかった。
何より、大切な家族を守れなかったことが、たまらなく悔しかった。
そんな弟の傍らへ、阿烈が静かに歩み寄る。
「……雷音」
「兄貴……俺……!」
雷音が顔を上げる。
だが、言葉にならない。
阿烈は何も責めなかった。
ただ、大きな腕で弟を抱き寄せた。
「……これで、また一つ、《因果》が動いたか」
その声は、奇妙なほど落ち着いていた。
「……因果?」
雷音が涙に濡れた顔を上げる。
阿烈は、遥か遠くを見つめていた。
「揺籃の刻は終わった。十五年前に封じられた災厄が蘇り、女神を巡る運命が再び動き始めたのだ」
雷音は、何も言えなかった。
阿烈の言葉の意味を、すべて理解できたわけではない。
だが、一つだけ分かることがあった。
もう、今までと同じ日々には戻れない。
神羅も、羅漢も、邪神に連れ去られてしまった。
自分たちは、二人を取り戻さなければならないのだ。
「……兄貴」
雷音が、震える声で呟く。
「俺……絶対に、神羅と羅漢兄さんを助けたい……!」
阿烈は、弟を見下ろした。
その双眸には、猛虎のような鋭さと、家族を思う揺るぎない決意が宿っていた。
「無論だ」
短く答える。
そして、阿烈は立ち上がった。
灼熱の風が吹き抜け、巨漢の背後で紅蓮の闘気が揺らめく。
「戦が始まる」
その声が、静まり返った火山に響いた。
「弟たちよ。これより我らが歩むは――」
阿烈は拳を握りしめた。
「《冥府魔道》――修羅の道なり」
雷音は、兄の背中を見つめていた。
その背は、あまりにも大きい。
今の自分には、到底届かないほどに。
それでも――。
いつか、必ず。
自分の力で、大切な者を守れるようになってみせる。
少年は涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
十五年前に終わったはずの物語。
その封印が解かれた今、新たなる戦いが幕を開けようとしていた。
邪神に奪われた家族を取り戻すため。
そして、まだ見ぬ運命の果てへ辿り着くため。
赤の勇者・乂雷音の長い旅が、ここから始まる。
――物語は、さらなる深淵へと踏み込んでいく。
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