乂阿戦記1 終章 これは始まりの物語の終わりの闘い-7 奥義不殺破心拳
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一方その頃、闘技場では――
羅漢と羅刹の拳が交錯し、すでに幾十合。
皮膚を裂くような打撃の音は止み、両者の呼吸が乱れる中、
決着の気配だけが、残響のように場を満たしていた。
目立った外傷はない。だが――
その肉体と魂は、すでに限界を超えていた。
次の一撃で終わる。
二人とも、そう感じていた。
否、わかっていたのだ。
「……この戦い、羅刹ちゃんが勝ちそうだな」
観戦していたジャムガが、隣の巨漢に呟いた。
「ほう。何故そう思う?」
「いや、実力は互角だが、羅漢は羅刹の顔だけは頑なに狙わねぇ。甘ぇよ、乂家の男共はよ」
「……筋金入りのフェミニストがよく言う」
「はあ? こちとら“守るべき女”には手を上げねぇって信念の持ち主なんだよ!」
「……あれはな、“わざと”やってんだ」
阿烈の眼差しは、真っすぐに戦場へと注がれていた。
「……なるほどねぇ。そういうことか。なら、見せてもらおうじゃねぇか、羅漢の“答え”をよ」
そしてその瞬間――
羅刹は心の中で静かに呟いた。
(……なあ、羅漢。あたしな、お前が思ってる以上に、今、必死なんだよ……)
(わかってる。お前はこの試合の後、兄……いや、“父”である阿烈に挑むつもりなんだろ?)
(だから、止めたい。……どうしても、止めたいんだ)
(前世の私なら、お前の死すら“必然”として受け入れていたかもしれない)
(でも、今の私は違う。弱くなった。いや、優しくなったのかもしれない……)
(この身も、この心も、もう“最強の魔女”なんかじゃない。あたしはただの、妹で……女で……家族だ)
(失いたくない。羅漢、お前だけは……絶対に)
その想いを、全力に変えて――
彼女は渾身の技を叩き込んだ。
「――《奥義・爆極発勁ッ!!》」
烈風。
その拳は天を割り、地を割る。
闘技場が震え、空気すらも逃げ出すような衝撃。
だが、対する羅漢は――
避けなかった。
一歩も退かず、構えすら取らず、ただ静かに、その場に立ち尽くしていた。
「……ぐっ……!」
拳が、羅漢の胸を貫いた。
破壊の爆音とともに、衣服が裂け、皮膚が裂け、骨が砕け、血が飛んだ。
だが――
「……な、何だと……!?」
羅刹の拳の“威力”は、途中で虚空に溶けるように、霧散していた。
圧倒的なはずの奥義が、まるで柔の海に吸い込まれたかのように無効化されていた。
「ば、ばかな……《静水合気・掤勁》!? あの技は……!」
震える声で羅刹が叫ぶ。
「……阿烈兄上ですら至れなかった“守護の境地”……そこに、お前は……!」
羅漢は、かすかに笑った。
「……お前のおかげで、また一つ、強くなれたよ」
その瞬間だった。
羅刹の中の“何か”が、ぶちりと音を立てて切れた。
「くははは……ああ、そうか、そうだったのか!!」
「さあ、続きを――」
「駄目、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だッ!! 抑えきれない……楽しい! 楽しい楽しい楽しいィィィッ!! グギャヒャヒャヒャヒャアアアッ!!」
可憐な少女の仮面は音を立てて崩れ落ち、“最強の魔女ラスヴェード”が再び顕現する。
狂気の哄笑をあげラスヴェードが羅漢に猛攻を仕掛ける。
無くなったと思われた気力体力が狂気で一気に全回復したかのようだ。
「あーあ、羅刹ちゃんスイッチはいっちゃったよ……」
「破壊の中和もガープ爺さんとスパルタクスだけじゃきつそうだな…」
「仕方ねーワシ等も中和を手伝うか…」
「俺攻撃特化型だから中和とか苦手なのによぉ〜」
「ワシも羅漢と違って守護系の技は苦手じゃ〜」
阿烈とジャムガはぶつくさと文句を垂れながら闘技場に近づいていく。
そうしてる間にも闘技上は羅刹の拳圧一振りで大地震でも見舞われたかの様な惨事を被る。
あまりの破壊力に雷音やナイア達が戦いを中断し闘技場の端に避難し身を守るほどだ。
「お、おい!乂家党首、黒天!ヌシらも早く中和を手伝わんか!サ、サタン…ってだめじゃ!あやつも参加選手だった!!」
自軍の基地が壊されていきガープが慌てふためく。
「まあまあ御老公、そう急かさず…」
結局ガープ、スパルタクス、阿烈、ジャムガの四人が闘技場の東西南北を守護する事により羅刹の破壊の余波はある程度落ち着く事になる。
だが依然闘技場では羅漢が1人羅刹の破界的猛攻を受け捌いていた。
その姿はまるで闘牛士の様に見えた。
羅漢は全てをいなして受け流し続けていたのだ。
「す、凄い……!」
神羅の口から思わず感嘆の声が漏れる。
試合が始まってからじっと待機したままの蛇王ナイトホテップ…
今闘技場ではナイアでさえ羅刹の破壊の余波を避け避難している中、この男だけは悠然と構え羅漢と羅刹の試合を見守っている。
ナイトホテップは今まで見た事もないような真剣な眼差しで試合を見ていた。
(…欲しい…乂羅漢…やはりあの男を我が側近にどうしても欲しい…)
羅漢と羅刹の激闘は続く。
「ああ!羅漢!羅漢!羅漢!強くて優しい我が兄よ!!大怪我を負っても恨むなよ!!なに、仮にこの戦いで半身付随になったとしても問題ない!!その時は私が一生お前の側で介護してやる!!!食事もシモの世話もずっとずっとずうぅぅと私が責任持って面倒みてやる!故に羅漢!我が愛撃の全てを受け切ってみせろおおお!!狂愛アアアアアアアア!!」
絵里洲は羅刹の試合を見てドン引きしていた。
たまらず側にいる神羅に声をかける。
「ひいいいい!ユッキーあれ本当にユッキーのお姉さん?なんかヤバイんですけど!?なんか怖いんですけど!?なんか重いんですけど!?なんかドン引きするんですけどぉおお!?」
「あう…」
(い、言えない……私の一番上のお兄ちゃんはアレに輪をかけてもっと酷いとか言えない……)
神羅は言い訳が思いつかず口をつむぐしか出来ない。
「ぐああああああっ!!」
ついに羅漢の左腕が崩れ落ちた。
潰れ、力を失い、もう“戦えない”。
それでも、彼は立っていた。
倒れることなく、右腕だけで拳を握りしめる。
「まだ……だ。まだ、この程度で倒れるわけにはいかん……!」
羅漢が一歩踏み出す。
その気迫だけで空気が変わった。
(……この技を……今こそ)
(全身全霊。活人の理の極致。すべての殺意を否定し、拳に想いを宿す技……)
(俺は――この時のために、“不殺破心拳”を編み出したのだ)
羅刹が再び、全霊の拳を放つ。
「奥義・爆極発勁――ッ!!」
羅漢は、両腕をだらりと垂らし、構えず、ただそこに“在った”。
拳が届いた瞬間、羅漢の服が爆ぜ、肉が裂け、皮が破け、骨が砕ける。
……だが。
その瞬間、羅漢の身体に宿る“何か”が、拳の威力を受け流した。
羅刹の拳が、空を裂いたはずの威力が、羅漢の体で消える。
「――な、なん……だと……!?」
衝撃に一瞬だけ隙ができた。
その刹那。
羅漢の右拳が、初めて羅刹の顔面を狙った。
「――ッ!!?」
拳が、目の奥にめり込み、
後頭部を貫き、世界が赤に染まった。
その隙をつき羅漢の拳が羅刹の顔面を貫いた。
拳は目玉をくり抜き後頭部を貫き脳漿をぶち撒ける。
かたくなに顔面への攻撃を避けていた羅漢の拳が彼女の顔面をとらえたのだ。
(この私が顔面の防御を怠るとは何と言う迂闊か!!)
羅刹は自身の絶命を確信し意識を失った。
勝負はついたのだった。
戦いは、終わった。
ただ一撃――
顔面を貫いた羅漢の拳により、羅刹は崩れ落ちた。
が、奇跡のように――いや、それは計算され尽くした“活人”の拳だった。
羅漢は、瓦礫の山と化した闘技場の中央で、倒れた妹の身体を抱き起こす。
「……おい、羅刹……しっかりしろ、羅刹!!」
呼びかけに応じるように、羅刹の瞼が微かに動いた。
「……兄上……?」
「……よかった……。目が、覚めたな」
羅刹は目を見開いた。
息をしている。意識もある。
だが――確かに、あの拳は自分を殺すはずだった。
(……生きている? ……嘘だ。私は、確かに死んだはず……)
鏡のように整ったその顔に、傷一つない。
(……バカな。私の脳天は、拳で……いや、違う。あれは――)
そこに、羅漢の声が重なる。
「――《奥義・不殺破心拳》。相手を殺さず、勝利を認めさせる“活人拳”の極致だ」
「……!」
「殺気だけを撃ち抜く究極の寸止め。貫いたのは、心――魂の“芯”だけだった」
それが――彼が、この日のために研磨し続けてきた答えだった。
「羅刹。俺にはどうしても、お前の顔を傷つけることができなかった。だから……今日まで、この技だけを鍛え続けてきた」
羅漢は、バツが悪そうに笑い、顔を覆った。
「……試合は俺の負けだな。バッチも吹き飛んじまったしな。はは……なんと未熟なことか」
羅刹の目に、涙が浮かんでいた。
それは敗北の涙ではなかった。
彼女は今、己の存在すべてを否定する拳を受け、なお、優しさに抱かれていたのだ。
「……羅刹?」
「いえ、大丈夫です。兄上……」
その声は、敗者のものではなかった。
敗北を認めた者の、誇りある礼節。
「私は……貴方様のことを、誤解しておりました。今までの数々の非礼、どうかお許しください」
羅漢は慌てて頭を振る。
「何を言う。お前は何一つ間違ってなどいない! 謝ることなど……!」
「いえ、謝罪だけではございません。もう一つ、お願いがあります」
「……なんだ?」
「――私の敗北を、受け入れてください」
そう言って羅刹は、自らの胸につけていた勝敗判定の徽章を、引きちぎり、握り潰した。
その瞬間、彼女は観客席の雷音に向かって一礼する。
「……許せ雷音。これは、戦場ではなく“演武”だ。勝者としての礼を失してはならない。私は潔く、ここで身を退く」
彼女は、大怪我で立てぬ兄の身体を肩で支えた。
「……こんな体たらくで、俺は本当に勝者と呼べるのか……」
「はい、兄上。胸を張ってください。誰よりも観衆が、それを望んでいます」
「……そうか……そう、だな。ありがとう。お前のおかげで、俺も心置きなく次へ進める」
「行きましょう」
二人は、互いの身体を支え合いながら、瓦礫の上を歩き出した。
――その途中。
羅刹はこっそり雷音に耳打ちする。
「雷音。かの蛇王とは無理に戦わなくていい。でも…… ナイアルラトホテップだけは――迷わず殺しな」
と、あっけらかんとした笑顔で言い残し、羅刹はその場を去っていった。
(……やれやれ。せっかくの感動が台無しだよ)
雷音は肩を竦めて、微笑んだ。
戦いが終わり、
拳が語り終え、
兄と妹が去ってゆく。
その背を見送る者たちの胸に、
言葉にならない“熱”が燃えていた。
⸻
瓦礫の向こう、静かに目頭を拭ったのは、ドアダ首領ガープだった。
かつて幾多の勇者を見送り、葬ってきた老将が、声もなく呟いた。
(……不殺破心拳……)
その名は、かつて聖王イルスが編み出し、活人拳の極致と呼ばれた伝説の技。
この現世では、もう誰も為し得ぬと思われていた“奇跡”。
(再び、この目で見ることができようとは……!)
(乂舜烈殿、楚項烈殿……貴殿らの血は、途絶えてはおらなんだ……!)
その頬を流れる涙は、誇りの涙だった。
⸻
その隣で、阿烈は腕を組み、無言で立ち尽くしていた。
巨人のような背が、ほんのわずか震えていた。
(……見事だ、羅漢。お前こそ、我が最高傑作)
(この阿烈が、心血を注いで鍛え上げた“大武神流”の正統後継者)
(そして、何より……我が父・乂舜烈の“夢”を、継ぐ者)
彼の瞳に、普段は決して見せぬ光が宿る。
(父よ……あなたの子は、ついに至りましたぞ。拳聖の名に)
その瞬間、阿烈という男は、ただの兄ではなく、一つの系譜を結ぶ“父”の顔になっていた。
⸻
だが、その場にいたすべての者が、素直に讃えていたわけではない。
ジャムガ――
かつて無数の戦場を血に染めた“破壊の鬼”。
彼の唇は、苦々しく噛みしめられていた。
(拳聖、だと……)
(殺人拳の極みに至った俺にも……“活人”の境地だけは……届かねぇ……!)
羅漢は甘すぎる。優しすぎる。
だが、それを貫いた先にある高み――
(……クソッ! 羅漢め!)
嫉妬と悔しさが、彼の心を焼いていた。
だが、その奥底では、確かに何かが“憧れ”と呼べる熱に変わっていた。
⸻
スパルタクス―
ただ一言、短く。
「……お見事」
そう呟いて、闘技場の外縁に立ち尽くしていた。
彼は自らの魂が、ひとつの拳の“理”に震えたことを、誇りに思っていた。
(武の頂は、必ずしも打倒によって測られるものではない)
(その証を……今日この日、俺は見た)
ドアダ最強の男の瞳が、そっと細められた。
⸻
そして、ただ一人――
試合会場の最奥。最も動かぬ者。
蛇王・ナイトホテップ。
彼の双眸は、終始一貫して、冷静そのものだった。
だが、その奥に宿る感情だけは、燃えていた。
(乂羅漢……)
(お前ほどの器が、阿烈の後継で終わるなど……許されぬ)
(我が“傍ら”にこそ相応しい)
その胸に宿ったのは、純粋な欲望。
支配でも、征服でもない。――所有欲。
蛇は、獲物を決して逃さない。
その欲は、すでにその男に、向けられていた。
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