乂阿戦記1 終章 これは始まりの物語の終わりの闘い-5 最強の魔女
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そして、戦況は一変した。
「……遊びは終わりだ、小僧ども」
狙撃班の二人が倒れたことで、ナイアルラトホテップは激昂した。
その神性がわずかに本気を見せた瞬間、周囲の空気が灼熱に変わる。
雷音たちは必死に応戦するが、あまりに激しい猛攻に、防戦すらままならない。
その時だった。
雷音たちの前へ、一人の女が躍り出た。
両手を広げ、雷音を庇うように仁王立ちする――その名は、羅刹。
だがその顔に、弟を守ろうとする慈愛はない。
あるのはただ一つ。兄・乂阿烈と酷似した、狂気の笑み。
羅刹はただ一人、戦場を踏みしめていた。
紅に染まる夕日のように、空に漂う血の香りを深く吸い込む。
その胸に満ちるのは、愛でも責務でもない。
それは、戦場という名の祭壇に捧げられる――終末の陶酔。
「ナイア……」
唇の端が、嗤うように歪む。
「随分と昂ってるじゃねぇか。ようやく本気か?」
ナイアが構え直す暇もなく、羅刹は一歩を踏み出す。
その声音は、もはや“乂羅刹”のものではなかった。
低く、甘く、どこか獣じみた響きを帯びていた。
「兄貴の道化芝居に付き合っててさ……良かったことが一つある」
「――見れるんだよ。十五年前、アンタが見せてくれなかった“その姿”をな!!」
「な……何を……言っている……」
ナイアの声が揺れる。
聞き慣れたはずの声が、脳の奥で拒絶反応を起こしていた。
「十五年前……? お前、その頃はまだ……生まれてすらいないはずだろう……?」
「ようやく、気づいたか」
羅刹は静かに両腕を広げた。
かつて“灰色の魔女”と恐れられた者が見せた、戦場を統べるあの構え。
「私は“灰の魔女”ラスヴェード――七罪の魔女の一角にして、最強の戦士だった女さ」
「ユキルと同じく転生を果たした。だが私は魂を手放さなかった。
記憶も、力も――すべて持ったまま、戻ってきたんだよ。この世界にな」
ナイアが一歩、後ずさる。
あり得ない。そんなはずはない。
あの記憶は、自分だけのはずだった。
「そ、そんな……馬鹿な……!」
「ふふっ……ふははっ……グギャギャギャギャ!!」
羅刹の笑い声が狂気に染まる。
その瞳に宿るのは、十五年前と変わらぬ“あの目”。
死を厭わず、戦いに飢え、勝利ではなく殺しそのものに歓喜する――戦闘の化身の目。
「さあ行こうか、ナイアルラトホテップ。七罪の……我が同胞よ!!」
右腕が閃く。
虎の大剣が、その咆哮とともに宙を裂いた。
ナイアの脳裏に、本能的な警報が鳴り響く。
その瞬間――
「ナイア様ぁああっ!!」
ピンクのサキュバスが割って入った。
妖艶な肢体を槍のように伸ばし、羅刹に体当たりを仕掛ける。
その勢いは、決して冗談ではなかった。
だが。
「……雑魚が、邪魔だッ!!」
湿った鈍音。
次の瞬間、サキュバスの体が宙を舞い、無様に地へ叩きつけられていた。
羅刹の左掌――ただの一撃だった。
ナイアが目を見開く。
(ば、馬鹿な……“マジ・エンダ”が一撃!? こんなの……性転換した阿烈と同じじゃない!!)
だが、同時に――
(今の一瞬、羅刹の動きが止まった……!)
ナイアは即座に爪を振るった。
魔力を帯びた黒爪が、風を裂き、羅刹の首筋へ迫る。
――しかし。
羅刹の姿が、掻き消えた。
否、見えなかったのだ。
音も気配も置き去りにする、加速の領域。
「ぐ……ッ!?」
直感が背後の殺気を告げる。
振り返れば、そこには――
「うああああああ!!」
ナイアの連撃を、羅刹は片手で躱す。
ナイアはすかさず呪文を吐く。
「にゃる・しゅたん……にゃる・がしゃんな……!」
〈触魔封陣〉。
地が裂け、無数の目と牙を持つ触手が這い出した。
「貪り喰らいなさいッ!」
魂を噛み千切り、精神を焼き尽くす――
ナイアルラトホテップの暗黒魔術の極致。
しかし。
「……くだらねぇ」
羅刹が鼻で笑う。
右手を、ただ振るっただけ。
魔力も術式も介さず――ただの一振り。
――瞬間、触手群ごと空間が爆ぜ、消え失せた。
ナイアの思考が凍りつく。
そして次の瞬間――
羅刹が、背後にいた。
その右手には、異形の大剣。
虎模様に黒き紋様が這い、毒のような瘴気が渦巻いている。
「……封獣ケルビムべロス。斬魔刀形態、起動」
ナイアの肌が粟立つ。魂の奥が、絶叫をあげていた。
「やめ――ッ!」
魔力を解放し、跳び退く。
だが――遅い。
剣が閃いた。
世界が一瞬だけ、息を止めた。
「――あ」
視界が、傾いだ。
ナイアの胴が、へその高さで綺麗に断たれていた。
遅れて訪れる激痛。口から黒い血が溢れ出す。
「が……ッ、は……!」
地に崩れるナイア。
その前へ、無表情で歩み寄る羅刹。
「ふぃ~……楽しかったぜ、ナイア。
お前と殺し合える日が来るなんてなぁ……」
それは喜びでも、悲しみでもなかった。
ただ、純粋な――戦いへの陶酔。
(勝てない……今の私じゃ、絶対に勝てない……!)
七罪最強、灰の魔女ラスヴェード。
羅刹という“怪物”が、完全に目覚めてしまった。
「ぎ、銀仮面ッ……助けてくれ……ッ!!こいつを止めてぇええ!!」
絶叫が戦場に響き渡った、その時。
音もなく、銀の影がナイアと羅刹の間に滑り込んだ。
「……………」
「……フ、久しぶりだな兄上。いや、羅漢。だが本来ならお前の相手は私ではないはずだ」
「……そうだな。だが今の私は、ドアダの銀仮面だ」
「大武神流楚家拳の継承者として、乂家拳に挑むか。先代・楚項烈の仇討ちか?」
「……それもある」
「問おう楚羅漢。ウヌは、武の頂を望むか?」
「許せ、羅刹。……この拳は、かつて家族を守るためのものだった。
だが――兄と雷音の激闘を見たとき、抑えられなかった。自分なら、どこまで渡り合えるかと……!」
羅漢が構えを取る。
「“最強”という名の理想が、今ここに在る。挑まずにいられるか!」
羅刹も構える。
互いの動きは円を描き、間合いを探る。
まるで八卦掌。
「大武神流・乂家拳――羅刹、参る!」
次の瞬間、羅刹の姿が消える。
だが――
「見えている」
羅漢が裏拳で迎撃。
変幻する羅刹の連撃を読み、応じ、捌き、そして――
“靠撃”が突き刺さる。
羅刹が血を吐く――だが、笑った。
「今のを喰らって……立ってる奴、初めて見たよ?」
「……ああ」
交錯する拳と拳。
それは殺意ではなく、魂の交歓。
羅刹の白髪が舞い、羅漢の黒髪が翻る。
互いの拳が、高速で交錯するたび――
「美しい……」
誰かが、呟いた。
武とは破壊。だが極まれば、それは創造にも似た静寂を生む。
この戦いは、まだ――始まったばかり。
その様子を、苦虫を噛み潰した顔で眺めていた者が一人。
乂阿烈――二人の兄だ。
「おおお!? 羅刹や、なに羅漢と闘っておるのだ!?
ワシがコッソリ殺せと言ったのはナイアの方じゃぞ!?
嫁入り前の大事な顔に傷でもついたらどうするのだぁ!?」
「ブハハハ!羅刹が羅漢とやり合える機会を逃すかよ。
だが驚いたぜ。全盛期ではない羅刹が、あの羅漢と互角だとはな」
「いいのか? 羅刹がラスヴェードの生まれ変わりだって、バレちまったぜ?」
「よいよい。このスラルでは七罪は七界の女神として信仰されとる。
むしろ信者を集める好機よ。“灰色の女神”としてな」
阿烈はいやらしく笑った。
――集まる信者たちを、彼はどう使うつもりなのか?
「お前は鵺の正体を公表しないのか? 黒の女神の使者、“暗黒天馬”よ」
「ユエは祀り上げられるのが嫌いだ。わかるだろ、鉄仮面……楚項烈よ」
「羅刹が思い出したということは……自分と神羅が、お前の娘。
羅漢が、乂舜烈の息子だってことも、話したんだな?」
「ああ。入れ替わってすぐの頃にな」
ジャムガの視線が、戦場の端で休んでいる鵺に向く。
その瞳は、父のものだった。
(……すべては、我らの悲願成就のため――)
戦いは、まだ終わらない。
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