乂阿戦記5 終章 ああ、クィン、どうして君はクィンなんだ?-2 娘の反抗
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
父の叱責は、少女の胸を深く抉った。
「お前は這い寄る混沌でありながら、人間のように迷い、怯え、感情に振り回されている──」
その冷酷な声を浴びせられ、ナイアは己の無力さを痛感する。膝が震え、心の奥底から黒い憎しみがこみ上げた。
だが、ナイ神父の瞳に浮かんだのは失望だった。
「……お前が混沌であることは、私にとっても大きな負担だ。今後はワタシの中に還り、ただの力の一部となるがいい」
その言葉に、ナイアは唇を噛みしめ、震えながらも声を絞り出す。
「……私はあなたの計画に従うつもりはありません。私は──私の意志で行動します」
一瞬、室内の空気が凍りつく。
だがナイ神父は怒るどころか、愉悦を露わに口角を吊り上げた。
「……理解しているのか?それは“人間”の反応だぞ。お前は私の枝分けした力に過ぎない。選択肢など与えられてはいない」
その瞬間、彼の手がナイアの胸に触れる。
ぞっとする冷気が走り、不気味な魔法陣が彼女の全身に浮かび上がった。鎖の金属音が響き、魔法陣は彼女の生命を吸い上げるように光を増していく。
「やめ……!」
かすかに抗おうとした瞳に、確かな光が一瞬宿る。だがすぐに消え、彼女の意識は揺らぎ始めた。
「……父上……どうか……」
縋るような言葉を口にする娘を、ナイ神父は冷酷に見下ろす。
「悪いが──お前の意見など必要ない」
その声に、温かみは欠片もなかった。
だが、ナイアの心は完全には折れていなかった。深い無力感の底で、なおも燃え続ける火があった。
「……抵抗は無駄だ。我が元へ還るがいい。我が力の一部よ」
ナイ神父の嗤いが響く。
だが次の瞬間、ナイアの胸奥に燻っていた意志が火柱のように燃え上がった。
彼女の目に、再び強い光が戻る。
「父上……」
彼女はかすかに笑みを浮かべた。
「──私は、あなたの計画を阻止する」
鎖が軋みを上げ、彼女の両腕に力が宿る。
ぎしり、と鉄が悲鳴を上げた。
ナイアは立ち上がった。
彼女の瞳には、もはや虚ろさはなかった。
ナイ神父は静かに目を細めた。
「ほう……私に抗うか。だが忘れるな、お前の根源は既に私の掌の内にある」
その言葉と同時に、魔法陣が赤黒く輝きを増し、鎖は蛇のように蠢いて少女の体を締め上げる。冷たい鉄が食い込み、肌に赤い痕を刻んでいく。
だが、ナイアは呻き声ひとつ漏らさなかった。
「……苦しいか? それが服従の証。お前が私に逆らえぬ証明だ」
父の嗤いが響く。
「違うわ」
ナイアは震える声で呟く。
「私は……親を超える娘になる」
その瞬間、彼女の瞳に宿る光が爆ぜた。
魔法陣が逆流を起こし、床を覆う紋様から黒き闇が吹き上がる。鎖は耐えきれず、次々に千切れ飛んだ。
ナイ神父の顔から、初めて嗤いが消える。
「……なんだと?」
「父よ、覚えておきなさい。私は這いよる混沌などじゃない」
ナイアの身体を覆う闇が変貌する。翼か、触手か、炎か。判別のつかぬ混沌の相が次々と姿を現す。
「私は──私だ!」
彼女の叫びとともに光が爆ぜ、鎖を完全に吹き飛ばした。
ドアーダが目を細める。
「面白いわね……舞台はもう始まっていたのか」
「いいだろう」ナイ神父は嗤いを取り戻す。だが声音には焦りが滲んでいた。
「証明してみせろ。お前がどれほどの“娘”かを!」
赤黒い光が奔り、室内全体が震える。
ナイアは全身を包む闇と光を解き放ち、父へ向かって手を翳した。
「私は……あなたに屈しない!」
魔法陣が咆哮のような音を立て、光線が迸る。
ナイ神父の三つの目がぎらりと輝き、黒い瘴気が壁を焼き焦がした。
二つの力が激突し、空間が軋む。
「愚か者が……!」
ナイ神父の声が怒りとも歓喜ともつかぬ響きを帯びた。
しかし──次第に天秤は娘へと傾く。
ナイアの放つ光が黒を押し返し、父の身体を包み込んでいった。
「お前には絶望しかない……!」
ナイ神父は咆哮しながら、闇の中へと呑み込まれていった。
最後に残った声は、呪いのように彼女の耳へと響く。
「お前は決して自由にはなれない……」
やがて光も闇も収まり、静寂が訪れる。
息を荒げたナイアが立ち尽くす。彼女の体からはなおも微かな光が漏れていた。
「……私は、本当に自由なのか?」
彼女は自分に問いかける。
その足元──黒い影が、にやりと口を裂いて嗤った。
ナイアは違和感を覚え、振り返る。
だが、そこにあるのは自分の影だけだった。
「……気のせい?」
彼女は眉をひそめ、再び歩き出した。
ナイアはあたりを見回す。
そこには誰もいない。
父ナイ神父と会話していたはずのカンキルの姿がない。
逃げたのか?
それとも自分に興味がないので黙って立ち去ったのか?
それとも一刻も早く時空大鍵を手に入れるべく迅速に行動を開始したのか?
いずれにせよ、あの恐るべき女と戦いにならずに済んだのは僥倖と言えよう。
あの女は恐ろしい。
最悪の魔女の力を持つが故に余程のことがない限り彼女を敵に回そうとする者はいないだろう。
しかし一度彼女の敵に回ってしまったら最後。
その美貌からは想像も付かぬ残虐な行いに晒されることとなるだろう
ナイアはそれ以上カンキルに関わろうとはせず、はぐれた仲間たちと合流すべく先に進む。
「──あ、いたいた。無事か、ナイア?」
不意に背後から声がかかった。
振り返れば、薄笑いを浮かべる一人の男。
銀髪をかき上げ、気楽そうに立つその姿は、どこか芝居がかった軽薄さを纏っている。
ロキだった。
「……ロキ?」
ナイアは安堵の息を漏らし、わずかに微笑んだ。
「あら、ご心配をおかけしたようね」
その態度に、ロキは驚いたように目を丸くする。
「おいおい……お前さん、そんなしおらしい返事するキャラだったっけ?」
「あら? たまにはお淑やかに返事することもあるわよ」
ナイアが肩をすくめると、ロキは苦笑いを浮かべた。
「まぁいいや。状況を伝えるぜ」
彼の瞳がわずかに鋭さを帯びる。
「十二の鍵は、残すところあと一つ。クィンクィーンたちはすでに十一本を集めてる。……だがな、一つでも欠ければアンドラスは蘇らない。だから奴らは最後の“銀の鍵”を血眼で追っている」
「……最後の銀の鍵」
ナイアは息を呑む。
ロキはやれやれと肩を竦める。
「どういうわけか、あの堅物のクィンクィーンが世界崩壊すら顧みず、アンドラスを蘇らせようとしてる。……何があったんだかね。けど、一人の男のために世界を犠牲にするなんざ、正気の沙汰じゃない」
ナイアは唇を噛む。
ロキは続けた。
「安心しろ。最後の銀の鍵を持ってるのは──ナイトホテップとカンキル・ドアーダ。最凶の二人だ。そう簡単にはクィンクィーンの手には渡らない」
「なっ……! あの二人が!?」
ナイアの顔から血の気が引いた。
脳裏に、あの女の冷たい笑みが蘇る。
「そうさ。二人は力を合わせ、クィンクィーンすら打ち倒そうとするだろう」
ロキの声は妙に愉快そうだった。
「……そんな……」
「けど心配するな。俺たちもいるし、他にも動いてる奴らは多い。龍麗国の軍勢、雷音たち勇者、魔法少女たち、十一人委員会の実働部隊、カイトーランマファミリー……戦場は乱戦必至だ」
「乱戦……?」
ナイアが問い返すと、ロキはにやりと笑う。
「そう。連中を潰し合わせて、最後の最後に──俺たちがおいしいところをいただくのさ」
「……あなたってば」
呆れつつも、ナイアは思わず笑ってしまった。
「ほんと、最高に性格悪いわね。でも……面白い」
ロキは肩をすくめる。
「性格が悪いんじゃないさ。現実的なだけだ」
そして表情を切り替え、真剣な声音で告げた。
「まずはホドリコとバルザックを助け出す。牢屋に囚われてるらしい。あの二人がいれば十百人力だからな」
ナイアは力強く頷く。
「そうね。特にホドリコは、私の仲間の中でも最強。……彼を救い出せば、戦況は大きく変わる」
二人は視線を交わし、駆け出した。
向かう先は、冷たい石壁の奥深く──仲間たちの待つ牢獄である。
しかし、その背後の闇では。
ナイアの影が、不気味に歪みながら嗤っていた。
ナイアが掴んだ自由。その光すら、父にとっては次の策を進めるための材料にすぎなかった。




