乂阿戦記5 幕間の章 ああ、亜突、貴方はどうして亜突なの?-19 失われる二人の記憶
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
顔のない黒きスフィンクス──ナイアルラトホテップが咆哮した。
虚空を震わせるその声は、耳で聞くというより、脳髄そのものを掻き乱すように響き渡る。
「これが六道魔人たるワタシの真の姿だ!」
暗黒に染まる空間を前に、仲間たちは動揺を抑えて前へ出る。
真っ先に飛び出したのは、赤の勇者ギルトンだった。大地を割る勢いで拳を握り込み、仲間たちを奮い立たせる。
「みんな!力を合わせろ!この邪神を倒すんだ!」
「了解!」
メティムが杖を掲げ、鮮烈な炎の壁を展開する。黒い触手が襲いかかるのを炎が焼き払うと、その隙を狙ってギルトンが鋭い一撃を叩き込む。
「亜突さん! クィン様を守ってください!」
仲間の声を受け、蒼き巨神ブレイドブルーのコックピット内で亜突は深く息を吐いた。隣に座るクィンの手を強く握りしめる。
「クィン……。君にはこの戦いが終わるまで安全でいてほしい。俺は──この操縦席の中で、最後まで君を守ると誓う」
不器用なほど真剣なその声に、クィンは目を見開いた。
だがすぐに、決意を秘めた微笑を浮かべる。
「ありがとう……。でも、私も戦いたいの」
彼女の声は静かでありながら、揺るぎない意思を帯びていた。
──その時、ナイアルラトホテップの無数の触手がギルトンとメティムを一斉に襲う。
ギルトンは拳で触手を砕き、メティムの炎はなおも黒き鞭を焼き切る。
だが、最前線の奮闘をよそに、コックピットの中で二人の運命は大きく動き出そうとしていた。
「クィン……。俺にはまだ、このブレイドブルーを完全に操る力はない。けど……」
亜突は、躊躇うように彼女へと手を伸ばす。
その手を、クィンは迷いながらもそっと握り返した。
──瞬間。
彼女の全身から金色の光があふれ出し、蒼いコックピットを照らし出す。
「クィン……!」
亜突は驚愕に目を見開いた。
クィンはただ微笑む。
その笑みは悲壮でも諦念でもなく、確かな“選択”の証だった。
「亜突……一緒に戦おう。もう誰かの道具として縛られるのは嫌。自分の意思で、共に手を取り合って……未来を切り拓くの」
その言葉に、亜突の瞳が大きく揺れる。熱くこみ上げるものが抑えられず、彼の頬を涙が伝った。
「……クィン……!」
しかし、その一瞬の温もりすらも嘲笑でかき消す影があった。
「フハハ……クィン・クィーン! 未熟なお前たちに時空大鍵は制御できぬ! 六道魔人を御せず、世界を滅ぼすのがオチよ!」
ナイアルラトホテップの嗤いが、異質な空間を震わせる。
「そんなことはさせない!」
亜突がクィンの手を握りしめた瞬間、今度は彼の身体から青白い光がほとばしった。
「これは……!」
驚きにクィンが目を見張る。
亜突は言葉を探しながらも、確信を抱いた声を放つ。
「俺には分かる……。俺の君への愛が、君のアイナクィンシステムの力と共鳴している!」
昏い帳が降りたような空間。
その中心で、ナイアルラトホテップは嘲弄の笑みを浮かべた。
顔のないスフィンクスの巨影は、黒曜石を思わせる肉体を持ちながらも、奇妙なほど人間的な冷酷さを帯びていた。
傍らでは、不定形の黒いエネルギーが泡立つように蠢き、底知れぬ力を誇示する。
「無駄だ……この世界の絶望こそが、私の糧となる」
低く愉悦に満ちた声が、空間を押し潰すように響き渡った。
だが、その言葉を遮るように、亜突の魔眼が研ぎ澄まされる。
虚無を見据える双眸に、幾重もの“死の線”が刻まれていた。
「……貴様の終焉は、すでに視えている」
低く呟いた刹那、亜突の魔眼に呼応するかのように、クィンの紅の瞳が妖しく輝いた。
赤の奔流が空間を焼き染め、迸るエネルギーが渦を巻いてナイアルラトホテップへ襲いかかる。
「はああッ!」
ギルトンが気合と共に放った拳から、光弾が奔り出る。
それはブレイドブルーの力と合流し、嵐の如き破壊の奔流となって邪神を飲み込もうとした。
「ギルトン君、クィンちゃん! 今よ、畳み掛けて!」
メティムが後方から指示を飛ばす。炎の杖を振りかざし、黒い触手を焼き払いながら仲間を支援する。
ヴァルシアは高らかに聖旗を掲げた。
「主よ、御守りください!」
祈りの声は目に見えぬ力場となって仲間を包み、傷を負いかけた者に再び立ち上がる力を与える。
紫蛇は冷ややかな眼差しで敵を射抜いていた。
いつでも魔眼を解き放ち、石化の呪いを放てる──その緊張感が空気を凍らせる。
そして──。
亜突とクィンの身体が共鳴し、これまでにない強烈な光が生まれた。
青白と金色が絡み合い、二人の胸奥に宿る「時空大鍵」の力が奔流となって解き放たれる。
「ぬう……? おおッ!」
ナイアルラトホテップの巨体が初めて大きく揺らぐ。
空間をも軋ませるほどの衝撃波が走り、世界そのものの理が軋む音が聞こえるかのようだった。
だがその刹那、亜突は背筋を冷たく貫かれる感覚に襲われる。
胸の奥から、ぽっかりと何かが抜け落ちていく。
(……いま、何を思っていた……? この隣にいるのは──誰だ?)
力を解き放つごとに、彼の記憶は霧に呑まれていく。
同じ苦悶はクィンにも押し寄せていた。
「どうして……思い出せない……。この痛みは、何……?」
共鳴が強まるたび、二人の魂を繋いでいた大切な記憶が削り取られていくのだった──。
加えて記憶と想いを奪うナイアルラトホテップの闇の触手の追撃もあった。
「ククク……そうだ、それでいい」
ナイアルラトホテップの声は、苦悶ではなく快楽に震えていた。
亜突とクィンが放つ光が黒き肉体を切り裂き、確かに邪神を追い詰めている。
だがその一撃ごとに、二人の表情からは感情が削ぎ落とされていく。
「もっとだ。もっと力を振るえ! 振るうたびに失っていけ!
愛を、記憶を、人であることを──空虚へと堕ちていくさまこそ、美しき破滅の旋律だ!」
黒の巨影が嘲笑するたび、亜突は胸の奥に違和感を覚えた。
拳を振るえば振るうほど、心の中の大切な輪郭が削り取られていく。
──名前が、霞む。
──温もりが、霧散する。
──手を取り合った夜の景色が、白い靄の奥に遠ざかる。
「……君は……誰だ?」
戦いの最中、亜突の口から零れた言葉に、クィンの紅い瞳が揺れた。
「亜突……あなた……? 違う……声は届いているのに……心が……!」
彼女もまた同じ苦痛に苛まれていた。
力を解き放つたびに、胸に宿っていたはずの想いが消えていく。
「好き」と言おうとした唇が、ただ空を噛み、震えるだけになる。
だが戦いは待ってくれない。
「まだだ、気を抜くな!」
ギルトンが叫び、拳の連打で触手を粉砕する。
「ギルトン君、下がって! この領域はもう限界よ!」
メティムが必死に声を張り上げ、魔力を注ぎ込む。
ヴァルシアは歯を噛みしめ、聖旗をさらに高く掲げた。
「主よ……この子らの魂まで奪わせるわけにはいかぬ……!」
紫蛇の眼差しは鋭さを増し、いつでも敵を石へ変える覚悟を整えていた。
だが仲間の祈りや奮闘をよそに、亜突とクィンの共鳴は暴走に近い勢いで増幅していく。
「……俺には……光を導く力がある……それだけは、分かる」
亜突は掠れた声で呟いた。
「私には……闇を浄化する力が……宿っている……」
クィンもまた、どこか他人事のように告げる。
個としての記憶は失われても、“使命”だけが残り続ける。
まるで存在そのものがプログラムされているかのように──。
二人の力が重なり合った瞬間、蒼と紅の奔流が合わさり、再びナイアルラトホテップの巨体を穿った。
邪神の黒い肉体から無数の裂傷が走り、黒い体液が滴り落ちる。
だがその痛みすら、邪神には悦びだった。
まるで亜突とクィン、2人の尊き絆が、戦いにより擦り切れていくのを愉悦にひたって眺め続けたいかのように……
大義を成すため、自分たちの思い出を犠牲にする。
美しきかな美しきかな。
何と甘美な破滅への序曲か……
邪悪は、傷つきながら恍惚と目を細めていた……
追い詰められたナイアルラトホテップの身体から、黒い体液が滲み、空間に滴り落ちる。
だがその瞳はなおも恍惚に細められていた。
「……ふふ、此度は封印を受け入れてやろう。その前に──置き土産を残していかねばな」
低く囁いた瞬間、邪神の全身から漆黒のエネルギーが渦を巻き始めた。
空間が軋み、裂け、嵐のように黒の奔流が一点へと収束していく。
やがてそこから、ひとつの小さな人影が現れた。
それは幼い少女の姿をしていた。
無垢な顔立ち。あどけない瞳。
だがその透明な瞳には、不気味な空洞が広がっている。
「……お父様」
少女は、愛らしい声でそう呼んだ。
無邪気で、けれどどこか邪悪を帯びた響きだった。
亜突とクィンが驚愕に息を呑む。
ギルトンでさえ、その少女から放たれる異質な圧に拳を握り締める。
ナイアルラトホテップは苦悶の表情を浮かべながらも、どこか満ち足りたように笑った。
「……ああ、ナイア……。また、しばしの間不在にする。今回も留守を頼むぞ……」
「はい、お父様」
幼き少女──ナイアは、傷ついた巨躯を優しく抱き締める。
その瞬間、邪神の全身から黒いエネルギーが吸い取られるようにして少女へと流れ込んでいった。
「……っ」
周囲の仲間たちはただ見守るしかなかった。
闇が少女の小さな身体を包み込み、禍々しい光を帯びさせていく。
だが、瞳だけは依然として虚無であり続けていた。
やがて──。
「……ふ、満ち足りた……」
最後に吐息のような声を残し、ナイアルラトホテップの巨体はサラサラと崩れ、闇の粒子となって消え去った。
その光景は、あまりにも神秘的で、同時に底知れぬ恐怖をも孕んでいた。
強大な悪が、無垢な姿に転じ、静かに息を潜めただけ。
それは新たな災厄の胎動か、それとも終焉の始まりか──誰にも分からない。
「……」
ナイアは眠る父の残滓を抱き締めると、一瞥をくれることもなく、静かにその場を離れていった。
「待て!」ギルトンが叫ぶ。
だがすでに力を使い果たした仲間たちに、追うだけの余力は残されていなかった。
激戦の終焉。
確かに世界は救われた。だが、その代償はあまりにも大きかった。
ブレイドブルーの光が静まり、戦場に淡い余韻だけが残る。
亜突とクィンは互いに隣り合って立っていた──だが、かつての温もりはそこにはなかった。
「……君は……誰だ?」
亜突が虚空を見つめたまま、掠れる声で呟く。
クィンは愕然とした。
名を呼ぼうとするのに、胸の奥が靄に覆われ、言葉にならない。
「私も……分からない……。でも……何か、大事なものを失った気がするの……」
二人の記憶は戦いの最中、光の奔流に呑まれていた。
互いの名も、交わした言葉も、積み重ねた日々すらも──断片だけを残し、霧散してしまった。
「チクショウ!なんてこった!……」
ギルトンが拳を震わせる。勝利の喜びなど、そこにはなかった。
メティムは唇を噛みしめ、瞳に光るものを隠せずにいる。
「せっかく……せっかくここまで来たのに……!」
ヴァルシアは沈黙を守りながら祈りを捧げる。
その祈りは、失われた二人の絆を悼む鎮魂歌のようだった。
紫蛇は冷たい視線を向けたまま、ただ真実を受け止めている。
その沈黙がかえって、事態の重さを際立たせていた。
やがて、二人の身体が淡い光に包まれ始める。
それは、彼らの中に宿っていた莫大な力が女神システムへ還ろうとしている兆しだった。
「……みんな……ありがとう……」
最後に聞こえたクィンの声は、どこか遠く、儚い響きだった。
亜突の意識もまた、光の奔流に飲み込まれ、静かに消えていく。
異質な空間が崩れ去り、戦場に本来の景色が戻っていく。
だが、そこに亜突とクィンの姿はもうない。
「俺は……誰なんだ……?」
虚ろな声が最後に残り、風に溶ける。
二人の記憶は、もはや完全に霧の彼方だった。
互いの存在を目の前に認識しながらも、その胸にはただ深い空白しか残されていない。
「私は……誰なの……?」
残されたのは虚ろな問い。
答えはどこにもなく、仲間たちの胸にだけ深い傷を刻んでいった。
戦いが終わり、世界には一応の平穏が戻った。
だが、その影に取り残されたのは、互いの記憶を失った二人の男女だった。
亜突とクィン。
かつて固く手を取り合ったはずの二人は、いまや他人のように互いを見つめ合う。
「君は……俺を知っているのか?」
亜突が問う。
その声音には不安が滲み、救いを求める色があった。
「わからない……。でも……知っている気がする……」
クィンは曖昧に首を振る。
胸の奥には確かに温かさの残滓があるのに、名も顔も、思い出すことはできない。
仲間たちは必死に事情を説明しようとした。
だが亜突とクィンには、その言葉すら異国の言葉のように理解できなかった。
「私たちは……どうしてここにいるの?」
クィンが問いかける。
「わからない……。ただ、何か大切なことをしていた気がする」
亜突は頭を抱える。
やがて──二人はそれぞれの道を歩むことになる。
クィンは紫蛇に伴われ、父ウドゥグ太子のもとに身を寄せる。
かつての彼女を知る父の庇護は、失われた記憶の代わりに冷たい現実を与えるだろう。
一方の亜突は、龍麗国の追手から逃れるため、正気を取り戻したシャチと共に姿を消した。
噂では、七罪の魔女の領地に亡命し、さらにセイ・ズーイの口添えで妖魔帝国最強の精鋭部隊《十四天士隊》へとスカウトされたともいう。
だが真偽は定かでない。
確かなのは──二人が完全に記憶を失い、もうかつての関係に戻ることはなく、全くの他人として別れてしまったことだった。
「亜突……」
クィンが小さく呟く。だが、その名前の意味を彼女自身は知らない。
「クィン……」
亜突もまた、聞き覚えのない響きを、ただ空気の振動として口にする。
かつては愛と呼ばれたもの。
今ではその痕跡すら曖昧で、残されたのはただの虚ろな問い。
──それでも世界は回る。
邪神は退けられ、平穏は戻った。
だが二人の心に灯っていた輝きは、永遠に失われたのだ。
そうして、亜突とクィンの物語は一度、幕を閉じた。




