乂阿戦記5 幕間の章 ああ、亜突、貴方はどうして亜突なの?-3 醜い姦臣達の謀略
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
玉座の間には、張り詰めた沈黙が満ちていた。
幼き王──イドゥグ(わずか五歳)が小さな背で玉座に座すなか、左右に並ぶ貴族たちはざわめきに飲まれ、空気は刺すように重かった。
その静寂を破り、一歩進み出たのは反カンキル派の重臣、リハリア・イーグス。
黒衣に包まれた長身、紅い瞳と尖った口元はもはや人ならざる影を思わせる。
恭しく頭を垂れながらも、その声には嘲笑がにじんでいた。
「──敬愛する陛下に申し上げます。王妃クィン殿は、夜ごと親衛隊長・今宵亜突と密かに逢瀬を重ねております」
広間がざわめいた。
イドゥグ王は幼い顔を強張らせ、小さな拳を握りしめる。
クィンは毅然と背筋を伸ばし、凛とした声で答えた。
「……ありもしないことを。私は王に背いたことなど一度もありません」
だがリハリアは、赤い舌で唇を舐め、不気味に笑った。
「罪人は皆そう申す。証拠? 作ろうと思えばいくらでも出てくるものですぞ」
その言葉が落ちるや、場の空気は一気に冷え、欲望に駆られた貴族たちが声を荒らげた。
「王妃は不義を働いた!」「王の威信を傷つけた!」「廃妃にせよ!」
「私は、私たちは何もしていない!」
クィンの瞳が鋭く光り、声は玉座の間に凛と響いた。
しかし、理は欲望を抑えることはできなかった。
リハリアはさらに一歩進み出て、魔王のような威を放つ。
「観念なさい、クィン妃。貴様は国を惑わせた大罪人。そして親衛隊長・今宵亜突もまた、処刑を免れぬ裏切り者なのです」
「なっ……!」
クィンの顔が蒼ざめる。
雷鳴のような宣告が広間を揺らした。
「王様に直訴奉ります! 王妃クィン殿の廃位を、そして亜突の処刑を──」
「待って!」
クィンは玉座の前に進み出、必死に叫んだ。
「私は……亜突を貴方達の奸計に巻き込まないで!……彼は何も悪くないのです!」
その叫びは痛切で、清らかな誇りに満ちていた。
だがリハリアの冷笑は、容赦なくその声を切り捨てる。
「フッ…おやおや、その動揺ぶり、ますますもって怪しいですなぁクィン様? 今宵亜突…、惜しい人材ではあるが、彼の英雄の名も忠義も、王室の威光を汚した咎でさばかねばなりませぬ」
「リ、リハリア!」
マントを翻し退場するリハリアの背は、龍麗国の未来を覆う暗い影そのものだった。
(……ふふふ、思いがけぬ好機よ。ウドゥグ太子の娘が己の情で王を惑わすとは……)
リハリアはマントの裾を払いつつ、誰もいない回廊を歩く。
月光が石畳を照らし、赤い瞳に妖しい光が宿った。
(これでよい……。王妃クィンを失墜させ、ウドゥグ派を一掃する。あとは――)
唇の端が、不気味に吊り上がる。
(ユドゥグ義兄の妾腹の娘ユエを、幼王イドゥグの后に据えればいい。そうすれば、龍麗国の舵は完全にこの手の中……)
笑いを堪えきれず、低く嗤う。
「フフ……愚かなる王妃。貴様の涙が、わしの礎となるのだ。
この国の“正義”は、常にわしが書き換える……!」
その声は闇に溶け、まるで悪魔の宣誓のように宮廷へ響いた。
重苦しい糾弾の声が広間を覆う中、ひとりの少女は胸を押さえていた。
ユドゥグの娘──アン・ユエ。
人前に出ることを苦手とする彼女の心は、今まさに張り裂けそうだった。
(いや……私はこんな形で妃になりたくない。クィン姉様を傷つけてまで、王妃の座なんて……!)
幼き王イドゥグの隣に並べば、周囲の目は当然、彼女へと向けられる。
それが政略の思惑であることは、誰よりもユエ自身が理解していた。
彼女の瞳は涙で揺れていた。
そんなユエの隣に寄り添う少女がひとり。
カンキル王后の娘、ユキル──。
燃えるような瞳を持ち、幼いながらも気高い気配を放つ存在。
ユエにとって唯一心を許せる親友であった。
「ユエちゃん……」
小さな声で名を呼び、ユキルはそっと肩に手を置いた。
「ユキル……どうしよう。私、こんなの嫌……! 政略結婚で幸せになれるはずない……!」
震える声を必死に絞り出すユエ。
「クィン姉様だって、あんなに孤独で苦しんでる。なのに、今度は私まで……!」
その痛切な言葉を正面から受け止め、ユキルは強く頷いた。
「わかってる。だから……大丈夫だよ」
真っ直ぐな瞳でユエを見つめる。
「私が、きっとなんとかしてみせる!」
「……え?」
「七罪の魔女の野望を打ち砕いて、戦功を立てればいい。そうすれば、ゾディグ父様とユドゥグ兄様が、どんな願いでもひとつ叶えてくれるって約束してくれたんだ」
その言葉を口にするユキルの瞳には、炎のような決意が宿っていた。
「だから私は必ず戦功を立てる。そしてその願いで、クィン姉様を救う! ユエちゃんが政略の駒にされないようにする! 私が絶対に止めてみせる!」
ユエは目を見開いた。
その瞬間、胸に押し寄せていた恐怖が、ほんの少し和らいでいくのを感じる。
「ユキル……」
ユキルは、にっこりと笑った。
「大丈夫。私たちは友達でしょう? 一緒に笑って、一緒に泣いて……それが本当の絆だよ」
その言葉に、堪えていた涙が溢れ、ユエは小さく頷いた。
「……うん。ありがとう、ユキル。あなたがいてくれて、本当に良かった」
二人はそっと抱き合った。
重苦しい宮廷の空気の中で、その小さな抱擁だけが清らかな光のように輝いていた。
やがて彼女たちの未来がどんなに過酷であろうとも、この瞬間に交わした友情と決意が、運命を変える力となるのだった。
王宮に巣食う闇は、日に日に濃さを増していた。
奸臣リハリア・イーグスは影のように宮廷を歩き回り、甘言と讒言を巧みに操っていた。
「見たのでしょう? 妃殿下が夜ごと親衛隊長と庭園を歩く姿を……」
「耳にしたでしょう? 不埒な囁きが夜風に紛れるのを……」
証拠などない。だが、繰り返し囁かれる噂は、やがて人々の口から“真実”として語られるようになっていった。
リハリアの舌鋒は鋭く、人の心に毒を流し込み、糾弾の炎を煽り立てる。
「王妃と亜突の密通は明白。清廉なる龍麗国を守るため、二人は裁かれねばならぬ!」
その叫びは宮廷の隅々にまで響き、貴族たちを熱に浮かされたように駆り立てた。
幼き王イドゥグは怯えたように玉座で小さく身を縮め、瞳を揺らす。
だがその不安を気に留める者は誰ひとりいなかった。
やがて、決定の刻が訪れる。
「議会は妃殿下の廃位と、親衛隊長・亜突の処刑を決した!」
冷徹な宣告の声が響き渡った瞬間、広間にざわめきが走った。
「そんな……!」
クィンは蒼ざめ、必死に叫んだ。
「私はどうなってもいい! けれど亜突だけは……! 彼は何もしていないの!」
その声は痛切で、清らかな誇りに満ちていた。
だがリハリアは残酷な冷笑を浮かべ、赤い舌で唇を舐める。
「ほう……随分と庇うものだ。やはり心を通わせていたと白状するか」
その仕草は、まるで獲物を嬲る魔王のようだった。
「言い訳は無用。議会の決定は覆らぬ。親衛隊長・今宵亜突、本日正午をもって処刑──」
その言葉は氷の刃のように鋭く、玉座の間を凍りつかせた。
群衆の間からは、ため息とも嘲笑ともつかぬ声が漏れ、かつて“英雄”と称えられた男の末路が無実の罪による公開処刑であることを、誰もが悟った。
片隅でユエは声を失い、ただ涙を流していた。
「……亜突兄様……」
彼女の震える肩に、ユキルがそっと手を置く。
「大丈夫。絶対に終わらせない。まだ希望はある」
その瞳には、幼いとは思えぬほど強い光が宿っていた。
だが無情にも、処刑の日は刻一刻と迫っていた。
王宮の奥深くで、リハリアは冷たく笑みを浮かべる。
「フフフ……亜突よ。英雄の名も忠義も、ここで無に帰すのだ。
貴様の絶望こそが、この国を崩す序曲となる……!」
その声は、闇に潜む蛇の咆哮のように、廊下に反響していた。
処刑場には、すでに群衆が押し寄せていた。
中央の黒布で覆われた台の上に、亜突は両腕を縛られたまま跪かされている。
かつて「民の英雄」と讃えられた男の姿は、今や罪人として晒され、群衆の好奇と恐怖の視線に貫かれていた。
壇上に立つリハリアが、紅い瞳をぎらつかせながら嘲笑を浮かべる。
「──哀れなものだ。英雄などという称号も、所詮は幻。民草よ、よく見ておけ。これが裏切り者の末路だ」
群衆の中にざわめきが広がる。
恐怖と憎悪、そして微かな同情が入り混じった空気が処刑場を覆った。
亜突は瞼を閉じ、静かに息を吐いた。
(……構わない。俺ひとりで終わるなら、それでいい)
だが胸の奥に、ただひとりクィンの面影が痛烈に焼き付いていた。
──処刑の太鼓が鳴り響く。
兵士が斧を持ち上げる。
その瞬間だった。
「──ヤイヤイヤイ!! 待て待て待てぇ!!」
澄み切った空を裂くように、轟音が響いた。
群衆が一斉に見上げる。
そこには満天の星を背に、一筋の光が流れていた。
やがてそれは巨大な影となり、処刑場の上空を覆う。
「な、なんだあれは!?」
「船だ……空を飛んでるぞ!?」
鉄の巨艦が風を切り裂き、帆に掲げられた亀甲の紋章が夜空に翻る。
伝説の義賊、ファルフィン団の旗艦──《プルコブソン》。
「おい見ろ! あれはファルフィン団の旗印だ!」
「本当に存在したのか……!」
群衆がざわめき、恐怖と興奮の声が入り混じった。
その船首から、いくつもの影が飛び降りる。
舞い降りた義賊たちは一瞬で兵を制圧し、処刑場を混乱に陥れた。
「龍麗国の英雄を、こんな形で殺させねぇだ!」
先頭に立つ少年が叫ぶ。
無造作に逆立つ赤髪、快活な笑み。
その声は朗らかで、力強く響き渡った。
「オラたちファルフィン団は民を守るために戦ってんだ!
英雄を悪党の手で殺させるなんて、見てらんねぇだ!」
──ギルトン。
伝説の義賊団を率いる頭領にして、民が熱望する“義の化身”。
「……ギルトン……!」
亜突の瞳が驚愕に見開かれる。
かつて共に戦場を駆け抜けた義勇の友、その姿が今ここにあった。
仲間が鎖を断ち切る。
立ち上がった亜突の胸に、再び戦士の炎が燃え上がる。
「オッス亜突! 死ぬにはまだ早ぇだろ? おめぇにはまだ、やんなきゃなんねぇことが山ほどあるだ!」
ギルトンは朗らかに笑い、がしんと背を叩いた。
その言葉に、群衆の中から歓声が爆発した。
恐怖に縛られていた人々の心に、久しく忘れられていた熱が甦ったのだ。
「な、何をしている! 奴らを捕らえろ!」
リハリアの怒声が響く。だがその顔は怒りと焦りに歪んでいた。
観衆の中からも「英雄を救え!」と声が上がり、処刑場は一瞬にして戦場と化した。
夜空を裂いて現れた巨艦は、まさしく「正義の光」。
英雄・亜突の目に、再び戦士の炎が燃え上がった。
──こうして英雄は救われ、リハリアの策略に抗う反撃の火蓋が切られたのだった。
処刑場からの脱出は、嵐のようだった。
ファルフィン団の奇襲によって亜突は救い出され、群衆の熱気に紛れて逃げ延びた。
だが歓喜も束の間、怒号が夜の街を震わせた。
「包囲を狭めろ! 奴らを逃がすな!」
追撃の軍勢。その先頭に立つ黒い影を見た瞬間、亜突は息を呑んだ。
「……シャチ……!?」
かつて戦場を共に駆け抜け、兄弟のように肩を並べた男。
副官にして、幼馴染。誰よりも信頼していたはずの友が、剣を抜き、今や自分を追っていた。
「なぜお前が……!」
震える問いかけに、シャチは冷ややかな笑みを返す。
「なぜだと? 亜突……お前が“英雄”と呼ばれるたび、俺は影に沈んだ。
幼馴染でありながら、いつもお前は先を行き、俺は取り残されるばかりだった……!」
その声は憎悪と嫉妬で震えていた。
だが一瞬、紅い光がその瞳に閃き、亜突の胸に違和感を走らせた。
「……それは……リハリアに操られて……?」
問いかけるも、シャチは唇を歪めて吐き捨てる。
「きっかけは父の飲ませた薬かもな。だがな、薬なんぞなくても……俺はお前を憎んでる!」
号令とともに兵士たちが一斉に突撃する。
義賊団の仲間が応戦するが、数の差は歴然だった。
「亜突! 早く行け!」
ギルトンが叫び、炎に照らされた顔で笑う。
「こいつぁオラたちに任せろ! おめぇは生き残れ!」
「だが……!」
亜突の足が止まる。
シャチが一歩、また一歩と迫る。
その目は血走り、怒りと悲哀に燃えていた。
「亜突……! お前と肩を並べた日々を忘れたことはない。
だが同時に……俺の中の炎は、お前への憎しみで燃え尽きそうなんだ!」
刃が火花を散らす。
かつての親友と英雄の剣が、夜の街路でついに交わった。
炎に包まれた街路に、剣戟の音が響き渡る。
亜突は必死に剣を振るい、仲間を守りながら後退する。
「亜突! 生きろ!」
義賊の仲間が叫ぶ。
「英雄が倒れたら、クィン様は誰が守るんだ!」
その一言に、亜突の瞳が大きく揺れる。
脳裏に浮かんだのは、檻の中で微笑んだクィンの姿。
(……俺は、まだ死ねない!)
歯を食いしばり、亜突は剣で包囲を切り裂いた。
ギルトンが笑う。
「そうだ! その目だ! 亜突、オラたちはまた会える! 生き残りゃあな!」
火矢が夜空を裂き、炎の渦が街を赤く染める。
その中で、シャチの怒声が響いた。
「逃がすなァ!! 亜突! お前は俺の影だ! どこまでも追って必ず叩き潰す!!」
紅い光がシャチの瞳に閃く。
だが立ち止まる暇はなかった。
血に濡れ、息も絶え絶えになりながら、亜突は夜の闇へと駆け抜けていった。
命からがら、ただ一縷の望みにすがるように。
背後ではリハリアの冷笑が木霊していた。
「フフフ……いい。生き延びよ、英雄。絶望は生者の特権だ……」
その声は、不気味な余韻を残して闇に溶けていった。
──英雄と王妃を呑み込む運命の嵐は、まだ始まったばかりだった。




