乂阿戦記5 幕間の章 ああ、亜突、貴方はどうして亜突なの?-2 許されぬ愛
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
「──ねえ亜突、今晩も、もう一度勝負しましょう!」
木剣を構え直したクィンは、まるで少女のようにきらきらした瞳で彼を見上げた。
昨晩、宮廷で見せていた艶やかな王妃の姿は、どこにもない。今そこに立つのは、檻から抜け出した一羽の小鳥だった。
「妃殿下……夜更けに何をなさっているんですか。誰かに見られたら……」
亜突は眉をひそめるが、その声音は叱責というより戸惑いに近い。
「だからこそ面白いのよ」
彼女は小首を傾げ、いたずらっぽく笑った。軽やかなその仕草に、一瞬息を呑んでしまった自分を亜突は心中で叱りつける。
「……妃殿下。私はあなたに剣を向ける立場では──」
「いいじゃない。あなたは私の親衛隊長なんでしょう? だったら責任を持って遊んでよ」
「……遊びではありません」
亜突は真顔で返す。だがクィンはくすくすと笑い、木剣の切っ先で彼の胸を軽く突いた。
「ほんとに真面目ね。つまらない人」
その瞬間、亜突の心臓が跳ねた。やめろ、と理性が叫ぶのに、目が離せない。
沈黙を守る彼に、クィンはふっと距離を詰めた。近い。近すぎる。髪の香りが鼻先をかすめ、瞳を逸らすこともできない。
「ねえ亜突。どうしてそんなに私から離れたがるの?」
「……あなたは王妃様です。私は剣士にすぎない」
「だから面白いんじゃない!」
月明かりの下、ぱっと笑顔を咲かせる。けれどその笑みの奥には、誰にも気づかれぬ孤独の影が宿っていた。
「だって……あなたと話していると、やっと自分が“生きてる”気がするの。退屈な鳥籠で飾り物にされるより、ずっと」
亜突は息を詰め、拳を握った。言葉が見つからない。結局、彼の口からこぼれたのは一言だけだった。
「……妃殿下」
寂しげに目を伏せるクィン。だが次の瞬間、無邪気な笑みを取り戻してみせる。
「ふふっ。じゃあまた手合わせね。次は絶対に勝つから!」
そう言い残し、裾を翻して庭園を駆け抜けていく。
残された亜突は、その背中をただ見送るしかなかった。胸の奥で芽生えた熱を押し殺しながら。
「……なんなんだ、あの人は」
呟きは夜に溶け、答えは月だけが知っていた。
王宮の夜。
灯りの落ちた回廊を、白い影が駆け抜ける。
「……また来てしまったわ」
小声で囁きながら庭園に足を踏み入れるクィン。そこには、やはり木剣を握る青年の姿があった。
「……妃殿下。何度も申しますが、ここは──」
「ふふっ、また“妃殿下”呼び。ねえ、名前で呼んでよ。アンでも、クィンでもいいから」
唇を尖らせる仕草は、王妃ではなくただの少女のそれだった。
亜突は返す言葉を飲み込む。王妃の名を軽々しく呼ぶことなど許されない。
けれど、その瞳に宿る寂しさを前にすると、突き放すこともできなかった。
「……クィン様」
「うん、いい響き」
彼女は無邪気に笑い、木剣を抜き取ると肩に担ぐ。
「じゃあ今日も稽古。……今度は負けないから」
夜ごと、二人は庭園で剣を交えるようになった。
木剣が触れ合うたび、袖が掠れ、息が交わる。
クィンは楽しげに笑い、亜突は必死に視線を逸らす。
「ねえ、亜突」
剣を交えたまま彼女が囁く。
「もし、私がここから逃げたいって言ったら……あなた、連れて行ってくれる?」
「……それは……」
答えられない。否定もできない。沈黙だけが、彼の本心を暴いていた。
クィンはふっと笑い、剣を下ろした。
「冗談よ。でも……そんな冗談しか言えないくらい、息苦しいの、この宮殿」
夜風に揺れる髪を押さえながら、彼女は続ける。
「ねえ、覚えてて。私が誰よりも自由を欲してること。そして──あなたと話してる時だけ、心が解けるってこと」
亜突は言葉を返せなかった。
ただ月明かりに照らされた横顔を見つめる。檻に囚われた鳥であり、同時に彼を縛る魔性の姿。
やがてクィンは空を仰いだ。
「……星が綺麗ね」
その囁きに、亜突の胸が強く震える。
ただの感想か、それとも──告白の代わりなのか。
「……ええ、まるで、クィン様の瞳のようだ」
気づけば口をついていた言葉。
クィンは頬を染め、ふいに視線を逸らした。
「……もう! 本当に口が上手いんだから」
しかし、その声は震えていた。
二人の間に、甘い沈黙が流れる。
その夜、二人は庭園の奥、噴水のほとりに腰を下ろしていた。
静かな水音が響き、月の光が銀の粒のように水面を揺らす。
「……亜突」
クィンが小さく名を呼ぶ。その声音には、いつもの無邪気さではなく、震えるような真剣さが宿っていた。
「私ね、あなたといると……心が安らぐの。まるで、ずっと昔から一緒にいたみたい」
亜突は言葉を失った。
胸の奥で、押し殺してきた想いが一気に溢れ出す。
けれど剣士としての理性が、それを必死に堰き止めた。
「クィン様……俺も、同じ気持ちです」
震える声で、それだけを告げる。
「あなたといると……俺は俺でいられる」
気づけば、彼はクィンの手を取っていた。
その小さな手が、自分をどれほど縛り、同時に救っているのか──痛いほどにわかる。
二人は互いに見つめ合った。
唇が触れるほどに距離は近づく。
けれど──最後の一線を越えることはできなかった。
「……っ」
亜突は意を決したように立ち上がり、息を吐いた。
「クィン様。俺は……あなたを愛しています。ですが、この愛を受け入れないでください。どうか、俺をあなたの剣としてのみお使いください……」
クィンは瞳を見開き、やがて小さく首を振る。
「……私たちは、結ばれることは許されないでしょう。でも、それでも……あなたを想ってしまう。
愛しているの。ただ、それだけ」
月明かりの下、二人の影が重なり、そして離れた。
触れられない距離が、かえって互いの想いを強固にする。
「一方通行でもいい。私は、あなたを想い続けるわ」
「……俺もです。どんなに遠くても、あなたを護る」
噴水の水音が、二人の誓いをそっと呑み込んだ。
その夜、彼らは恋人ではなく、同志として結ばれた。
しかし、その結びつきこそが最も危うい──禁じられた炎だった。
──その一方で、宮殿の奥深く。
クィンと亜突の逢瀬が続くことを、快く思わぬ者がいた。
カンキル王后である。
彼女はすでに察していた。
二人が理性を保ち、不貞を働いていないことも。
だが心の結びつきこそが、時に肉体のそれよりも厄介であることも。
「クィンは王を支える駒。王妃としての役割を果たさねばならぬのに……」
唇を噛む王后の眼差しは、鋭く冷たい。
その視線の先には、まだ幼い王──イドゥグがいた。
「陛下、あの青年、亜突を親衛隊から外しなさい。あの者の存在は、クィンを惑わせております」
だが、イドゥグは首を横に振った。
「……いいえ、母上。彼を罰することはできません」
「どうしてです!?」
王后の声が鋭く響く。
イドゥグはうつむき、小さく息を吐いた。
「僕は知っています。クィン姉様が、どれほど孤独に耐えているかを。
幼い僕が王となったせいで……姉様は鳥籠に閉じ込められてしまった。
だからこそ、心の拠り所を奪ってはならないのです」
カンキル王后は息を呑んだ。
そして、次の瞬間、息子を抱きしめる。
「ああ、ああイドゥグ……なんて優しい子。さすが私の最愛の息子」
その声は甘美で、同時に狂気を孕んでいた。
だが、イドゥグはその胸の中で静かに目を閉じる。
母の愛情が、優しさであると同時に重荷であることを、幼い彼は理解していた。
「……母上。僕は……クィン姉様を自由にして差し上げたい」
心の奥でそう願いながらも、その想いを声にすることはできない。
やがて彼の瞳に宿ったのは、諦めと哀しみだった。
その影は、幼い王の未来を暗示するように、月の光に滲んで揺れていた。




