乂阿戦記5 幕間の章 ああ、亜突、貴方はどうして亜突なの?-1 亜突とアン・クィン
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
幕間の章 ああ、亜突貴方はどうして亜突なの?
今より十五年前。
新興の国・龍麗国。
女神国より受け継がれたその絢爛たる王宮では、夜を焦がす燭台の炎の下、政略結婚の婚礼が執り行われようとしていた。
幼き王、わずか五歳のイドゥグ。
そして十六歳の妃として選ばれた少女、アン・クィン。
二人は誰も望まぬ形で結ばれ、ただ権力と血統の渦に巻き込まれた。
「クィン、そなたは今日より龍麗国の妃。イドゥグ王と共に、この国を支えなさい」
カンキル王后は微笑みながらそう告げる。その声は柔らかく響いたが、底には冷たい鉄の響きが潜んでいた。
「……かしこまりました」
クィンは深々と頭を垂れる。
だがその胸の奥には、鎖で縛られるような閉塞感と、鳥籠に囚われた小鳥のような自由への渇望が渦巻いていた。
幼き王はただ母に抱かれ、純粋な瞳で「……母上」と答える。
だがクィンは知っていた。イドゥグの玉座は愛よりも、権力闘争と憎悪の産物であることを。
王宮の石壁は高く、空は狭い。
自由を奪う宮廷は、少女の命をゆっくりとすり減らしていった。
──そんな彼女の前に現れたのが、一人の青年だった。
今宵亜突。
若き身で親衛隊隊長を任され、剣をもって王と妃を守るべき立場の男。
その剣は鋭く、彼の心は静かで──だが誰よりも真っ直ぐだった。
ある夜、月光に濡れた庭園。
亜突の木剣が空を裂き、しなやかな気合とともに風を鳴らす。
その姿は猛禽のごとく獲物を狙い、舞い踊る神のようでもあった。
「……見事な剣技ね」
物陰から現れた少女の声に、亜突は振り返る。
白衣をまとい、紅の瞳を月光に映した王妃アン・クィン。
誰もが月の女神と噂するほどの美貌を携えながらも、その眼差しには檻に囚われた者の孤独が宿っていた。
「クィン様……」
亜突は慌てて木剣を納め、片膝を折った。
だがクィンは首を振り、彼を見つめた。
「堅苦しいのはやめて。今宵はただ……あなたの剣に心を奪われただけなの」
亜突の胸に、鋭い剣よりも深く刺さる言葉。
そしてクィンは、いたずらめいた笑みを浮かべ、一本の木剣を差し出す。
「ねえ、私にも教えてくれる? 剣を。……もし、勝てたらご褒美をちょうだい」
亜突は逡巡し、やがて剣を受け取った。
王妃と親衛隊長。決して交わってはならぬ立場。
だが、剣と剣が触れ合った瞬間──運命が鳴り響いた。
二人はまだ知らない。
その夜が、この国の悲劇の序章となることを。
木剣が交わり、乾いた音が月光に散った。
「……っ」
亜突の額に、一筋の汗が流れる。
クィンの剣先は軽やかに舞い、挑発するように彼の間合いへと忍び込んでくる。
「ふふ……手加減、しているでしょう?」
赤い瞳を細め、クィンは笑った。
その笑みは無邪気に見えて、どこか人を惑わせる妖しさを孕んでいる。
「……妃殿下に傷などつけるわけには参りません」
亜突は息を整えながら答える。
声は冷静を装っていたが、心臓は先ほどから乱れっぱなしだ。
クィンは一歩下がり、木剣を下ろした。
「傷つける覚悟がなければ、本気の剣は振るえないわ。……ねえ亜突、あなたはいつもそうやって、自分を鎖で縛っているの?」
「……っ」
言葉に詰まる。
図られたように心の奥を突かれ、亜突は視線を逸らした。
そんな彼を見つめ、クィンはそっと歩み寄る。
袖が触れるか触れないかの距離で立ち止まり、囁くように言った。
「わたし……この鳥籠のような宮殿が、嫌いなの。
誰も信じられないし、誰もわたしを見ていない。
でも──あなたの剣を見ていたら、不思議と胸が熱くなったの。
ねえ……それって、いけないことかしら?」
彼女の吐息が頬をかすめる。
紅の瞳が、夜に沈む亜突を覗き込んでいた。
「……妃殿下」
震える声で、亜突は名を呼んだ。
ほんの数寸。顔を上げれば、唇が触れてしまう距離。
けれど、その一線を越える勇気は、どちらにもなかった。
代わりに亜突は木剣を拾い上げ、強く握り締める。
「……私は、剣でしか生きられぬ人間です。
守るためにここにいる。……それ以上を望むのは、罪です」
クィンは小さく微笑むと、背を向けた。
「罪でもいいわ。だって……人は罪を犯さなければ、愛すら知らないのでしょう?」
白い衣の裾が月光をはらみ、夜の帳に溶けていく。
庭園にひとり残された亜突は、胸に手を当てた。
そこには剣よりも鋭く突き刺さった痛みと、温かな余韻が同居していた。
「……月は、残酷だ」
見上げた夜空に浮かぶ満月は、彼の想いをあざ笑うように輝いていた。




