乂阿戦記1 第六章- 灰燼の覇者阿烈とケルビムべロスの虎-7 父と息子
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その日、ナイトホテップ――否、サタン・ドアーダは、まるで“人間らしく”装っていた。
いつも全身に巻いている修行用の呪術包帯とナイトホテップの仮面を取り外し高級なスーツを着て獅鳳達の来席を待っていた。
応接室の扉の向こうから、何かが獅鳳を呼んでいた。
それは声ではなかった。理性でも、感情でもない。
もっと――生理的な、直感の底から沸き上がる“嫌悪”だった。
(逃げたい……けど、逃げられない)
獅鳳は唾を飲み込み、ドアノブを握った。
手が震えている。額に汗が滲む。
それでも一歩を踏み出した。
扉の奥にいたのは、スーツを着た口髭の紳士――完璧すぎる身嗜みが、かえって異様だった。
目元の奥に、微かに燃える“狂気”の火が灯っている。
正気と狂気の狭間に立つような、不気味な均衡。
それはまさに、ドアダの首魁・サタン・ドアーダ。将軍コード名“ナイトホテップ”、戦場の二つ名は蛇王と呼ばれる、獅鳳の父だった。
「……お前が、獅鳳か。よく来たな。俺が父だ。地球では“永遠田・左丹”と名乗っている」
男は穏やかな微笑を浮かべて、手を差し出してきた。
その仕草は、あまりに自然で、あまりに温かい。
けれど――獅鳳の背筋を駆ける寒気は、その手のひらのぬくもりが偽りであることを告げていた。
それでも、獅鳳は握手を返した。
汗ばんだ掌が、冷たく包み込まれる。
(この人が……俺の父親……?)
狗鬼漢児と絵里洲も遅れて室内に入る。
サタン・ドアーダ――ナイトホテップはにこやかに彼らを迎えた。
「ようこそ、我が又甥、狗鬼漢児。そして又姪、絵里洲。遠い縁だが、こうして顔を合わせられて嬉しいぞ」
和やかな空気が、一瞬だけ広がる。
だが、その均衡を破ったのは、絵里洲の一言だった。
「あの……ごめんなさい。失礼かもしれませんが……どうして今まで、獅鳳くんに会ってあげなかったんですか?」
静寂が落ちる。
ナイトホテップの笑みが、わずかに崩れた。
そして男は、まっすぐ獅鳳を見据えて、はっきりと告げた。
「――それはな。俺が、家族よりも野望を選んだからだ」
絵里洲が息を呑んだ。
狗鬼が眉を寄せた。
空気が、凍る。
けれど――獅鳳だけは、静かに頷いていた。
(やっぱり……そうなんだ)
続く言葉は、予想すらできない凄絶な“本音”だった。
「……クカカ、リュエルの事は愛していたがそれ以上に俺は自分自身の野望、天下取りを優先したのさ!自分のやりたい事が忙し過ぎてガキにかまってる暇なんざなかったってわけさ……ククククク」
突然笑い出した父親に対し一同唖然とした表情で見つめていた。
だがそんな中でも獅鳳だけは真っ直ぐ前を見つめていた。
そんな獅鳳の様子を見た父親が彼に話しかけた。
「獅鳳よ俺が憎いか?」
獅鳳は即答した。
「父さんの事はガープお祖父ちゃんからある程度聞かされていたからあまり驚かない。だけど許せないことがあるんだ」
その言葉に父親は興味深そうな表情を浮かべた。
「ほう、なんだ言ってみろ」
獅鳳は一息ついてから答えた。
「母さんの事だよ。なんで母さんを死なせたんだよ!」
そう叫んだ瞬間部屋全体が揺れた気がした。
それほど大きな声だった。
だがその言葉を聞いた父親は平然とした顔で言った。
「そうかそれがお前の本音か、ならば言おう。俺は全宇宙の勢力を相手に圧倒的優位たてるエクリプスと言う軍事兵器を欲した。それを制御し復活させる過程でエクリプスは暴走し結果リュエルは死んだ。以上だ…」その答えに獅鳳は怒りを露わにして怒鳴った。
「なんだよそれ!!そんな理由で母さんが死んだのかよ!?ふざけんな、そんなの納得できるかよ!!!」
獅鳳はその場で立ち上がり今にも飛びかかりそうだった。
だがそんな彼に対して父親は冷たい声で言い放った。
「ならどうする?この俺を殴り殺すか?お前にその覚悟があるのならやってみろ!」
その瞬間獅鳳の中で何かが切れたような気がした。
彼は拳を握りしめると思いっきり振りかぶって父親に向かっていった。
獅鳳の拳が、稲妻のごとく唸った。
「うおおおおおおおおッ!!」
叩きつけられた一撃が、ナイトホテップ――否、サタン・ドアーダの顔面を正面から捉える。
音が響いた。頬が揺れた。髭が撓んだ。
――動かない。
拳は、確かに命中した――だが、手応えがない。
まるで“人”ではなく、“無機物”に殴りかかったかのようだった。
サタン・ドアーダは微動だにせず、唇だけを動かした。
「……ぬるい」
その一言が、全てだった。
ゆるやかに顔を戻したナイトホテップの双眸に、怒りも侮蔑もなかった。
ただ、冷たい結論だけがあった。
「リュエルなら、その一撃で俺を沈めていた。……もういい。貴様は俺の息子ではない。出ていけ。地球にでも戻って、せいぜい平穏な暮らしでも営むがいい」
獅鳳の足元が、音もなく崩れた。
燃え上がった怒りの火が、行き場を失い、虚無に溶けていく。
ただ立ち尽くすしかなかった。
父が、自分を突き放した。
全てを“否”と切り捨てた。
その現実が、獅鳳の胸を苛んだ。
(くそっ……なんなんだよ、あのクソ親父……)
感情の渦を抱え、獅鳳は応接室を飛び出した。
廊下を、ただ、歩く。何も考えずに、ただ前へ。
そして――曲がり角で、誰かとぶつかった。
「きゃっ!」
小さな悲鳴。
赤い髪がふわりと揺れ、尻餅をついた少女が顔を上げた。
「雷華……ちゃん……?」
「あ、あれっ?獅鳳……?」
雷華はすぐに立ち上がり、彼の顔を見て、驚いたように目を丸くした。
「おい……なんだお前、目が……赤いぞ!?泣いてたのか!?まさか父さんに何か――!」
「いや、大したことじゃないよ。ただ……ちょっと、目にゴミが入っただけさ」
笑おうとしたその顔は、あまりにも不器用だった。
雷華はそれを見て、そっと目を細めた。
「……バカ。私たち、仲間だろ?何かあったら、ちゃんと話してくれよな」
獅鳳は、一瞬だけ、泣きそうになってしまった。
けれど、ただ「ありがとう」とだけ言って、その場を立ち去った。
雷華はその背中を、しばらくのあいだ、黙って見つめていた。
「……あいつ、絶対何かあったんだ。絵里洲になら、話してるかも……聞いてみよう」
そう、ぽつりと呟くように言った。
一方その頃獅鳳と別れた後の狗鬼漢児はと言うと……
「よう、大叔父貴……」
「フン、なんのようだ漢児?」
彼は人気のない廊下でナイトホテップに声をかけた。
「……あんたひょっとして獅鳳に勇者をやめて普通に生きて欲しいのか?だからわざとあんな厳しい事言ったんじゃないのか?」
するとそれを聞いたナイトホテップは少し驚いた顔をした後、小さく笑った。
「……フハハハハ、まさかこの俺がそんな事を考えているとでも思っているのか?そんなはずないだろう俺はただ奴に俺の生き方を語っただけだ。奴が俺と同じ道を進むか敵対するかはあいつが決める事だ」
それを聞いて狗鬼は言った。
「……そうか。アンタは“言葉”じゃなく“背中”で、あいつに選ばせたんだな」
「フン、あんなヒヨッコ舌先で丸め込んだところで何の得がある?」
「ん?アイツ翠の勇者で現時点の実力もかなりのもんだぜ?多分ボマーあたりなら封獣抜きでも結構戦える戦力だ…。仮面で隠しちゃいるがその顔大分腫れてんじゃないかい?」
それを聞くとナイトホテップは顔に手を当てた。
そしてしばらく考えこむと言った。
「……まあ、そうかもな……だが死んだリュエルは獅鳳が勇者になる事は拒んでた。俺の野望にゃ理解を示したが息子がエクリプスにかかわるのは断固反対だったようだ……」
「それを獅鳳に言ってやれよ!!なんで言わないんだよ!?」
「くだらん、アイツにも言ったが家庭なんぞより自分の野望が大事なのさ。……お前、まさかと思うが俺のことを実はいい奴だとか甘っちろいこと思っちゃいねぇだろうな?」
そう言われると狗鬼は答えた。
「ああ、思ってないよ。何せエクリプスだなんて物騒なもん復活させようって極悪人だ」
「ククク、その通りだ。だが覚えておけ漢児、この世界にゃ俺みたいな悪党がゴロゴロ転がってる。ここスラルは平和な地球じゃなく戦国時代真っ只中だ!どこの勢力も大義名分をそれらしく掲げた上で相手を出し抜き天下を取ろうと色めきたっている。忘れるな。ここは修羅地獄世界だ。そんな中じゃあ甘いことは言ってらんないぜ?なんせ俺等みたいな奴はどんな手を使っても勝たなきゃいけねえんだからな。弱肉強食、それがこの世界の理だ」
「……ここはいつ戦争が起きてもおかしくない世界か……戦争はいざ始まったたら善悪関係なしに勝たなきゃならねぇ、負けたら何もかも丸ごと全部かっさわられちまう……認識が甘かったな……まさに修羅地獄世界だ……」
「そう言う事だ。だがな漢児よ、こんな世界に生まれ合わせたのなら、天下の覇権を狙ってみるのが”男”ってもんだろ?」
そう言われて狗鬼は思った。
(……なるほどな。大叔父貴は、死んだ奥さんの仇さえ“駒”として使う気だ)
(そりゃ――親父面なんかできるわけねえ)
そう思いながら二人は互いに背を向け歩き出した。
「さてと、これからどうするかなぁ~……大叔父貴の言うことも一理あるけどやっぱり気になるしなぁ~」
その日ドアダでは大掛かりな緊急会議が行われていた。
ドアダが尖兵として利用しているタイラント族の領地で、乂族の民が反乱を起こしたのだ。
それに呼応するように阿烈の兵がタイラント族の領地に向け進軍を開始した。
乂族が保有する超大型移動要塞セリィラスヴェード号と20メートル級の戦闘ロボ100体がタイラント族の首都ティタントに迫ったのである。
これは阿烈が現在保有するほぼ全ての兵力だ。
「フン、乂阿烈め!こっちにはテメーの弟妹がいるってのにお構い無しにタイラントを攻めやがった!」
「先程乂族陣営より電報が届きました。かいつまんで話しますと遭難した弟達を保護していただき感謝する。これより我等は乂族の同志達の救済に向かう。事が終われば弟達を保護していただいたドアダと良き関係を築きたい。しばらく弟達をお預かり願いたい。じき迎えをよこす。…とあります。」
「やっこさんあくまで戦闘対象はタイラント族で俺達ドアダと事を構える気はないってか?」
「だがこのままタイラント族を見捨てるわけにはいかぬぞ?タイラント族とは戦闘協力の条約がある。それにここでタイラント族を見放せばドアダの傘下にある他の勢力はドアダの下から離れることになる…」
「旗艦パープルサキュバスと20メートル級ロボ200機を発進させろ!敵軍がティタントに攻め入ったら応戦しろ!反乱を起こした乂族の数は少ない。セリィラスヴェードからの援軍が無ければタイラント族だけで鎮圧できるはずだ。我らは協定に基づき防衛の手助けをするだけだ。まぁ表向きの話だがな……。阿烈が前線に出張ってくるかもしれん!7将軍の誰が出撃する?」
「はいはーい!私が出るわ!」
そう言って名乗りを上げたのは邪神ナイアルラトホテップであった。
「よかろう!行ってこい!ただし負けることは許さんからな!」
「任せてちょうだい!あのバカ筋肉ダルマに身の程を思い知らせてやるわ!!」
そう言うと彼女は格納庫に向かった。
そして数十分後、紫紺の巨大飛行戦艦が動き出した。
全長1000メートルの巨大な船体に6本の主砲を装備。
さらにその巨体に見合うように多数の砲塔を備えたその姿は圧巻である。
その艦橋では艦長席に座るナイアルラトホテップの姿があった。
「おいナイア、本当に大丈夫であるか?相手は阿烈だぞ?」
副官に任命されたボマーが心配そうにナイアに声をかける。
だがナイアルラトホテップは余裕の表情を見せた。
「あら心配してるのね?でも大丈夫よ、私に考えがあるから」
「……そうか」
(まあ確かにどれだけ阿烈が強かろうと武道家1人で巨大戦艦や巨大ロボットの軍勢がどうこう出来るわけ無いのであるが……)
不安げな表情を見せるボマーをよそにナイアルラトホテップは一人ほくそ笑んでいた。
https://www.facebook.com/reel/2259536074420481/?s=fb_shorts_tab&stack_idx=0
↑イメージリール動画




