乂阿戦記5 第六章 剛弓覇龍の娘 葵遍と葵寧々子-8 12月天使最強の女 ミルコ・聖刃
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
一同の前に現れた十二月天使最強の女を前に、這い寄る混沌が嘯いた。
「へえ……光栄だね。最強のアイナクィンとやらが、自分から出てくるなんてさ」
ナイヤの声には余裕が混じっていたが、その瞳はほんの一瞬だけ、獲物を見据える獣のように細まった。
「消す」
ただ一言。刃が月光を裂き、構えは迷いの欠片もない。
「おいおい、待ちなって。まだ話は終わってないぜ?……まあ、どうせ殺すんだからいいけどさ」
ナイヤの挑発に、一瞥すらくれず踏み込む聖刃。
重心を一瞬で前に移し、地面を爆ぜさせながら一直線に斬りかかる。
「ふん、馬鹿正直に突っ込んでくるだけじゃ、あたしは倒せないよ?」
黒い触手がうねり、刃を受け止めた。避けるそぶりすらない。
だが衝撃の瞬間、ナイヤの腕がわずかに震える。
「ちっ……ナマクラじゃ神は切れないか」
舌打ちし、軽やかに距離を取る聖刃。
「当たり前だ。あたしに普通の武器による物理攻撃は通用しないからね」
ナイヤはニヤリと笑みを深め、反撃の構えを取る。
しかし、聖刃は視線を鋭く細めただけで応じた。
「……足で十分だ」
爆ぜる地面、空気が悲鳴を上げる踏み込み。
ナイヤの視界から聖刃が消えた。
「はっ!何度やっても同じだって言ってるだろうが!」
触手が雨のように降り注ぐ――が、次の瞬間、爆ぜるような衝撃音と共に蹴り飛ばされる。
その勢いのまま、聖刃は空中で身体をひねり、胴回し回転蹴りを繰り出した。
「!? おっと危なっ!」
不意打ちにナイヤがわずかに体勢を崩す。
その隙を逃さず、裏拳が閃く。
「甘いんだよ!」
身をひらりとかわしたナイヤが、至近距離から反撃魔法を叩き込む。
衝撃と熱が鎧を包み、金属音と共にヒビが走った。
「ほらほら、どうしたんだい? もっと頑張りなよ」
挑発を受けても、聖刃の表情は変わらない。
むしろ歩みは一定のテンポを刻み、どこか戦いのリズムを掴んでいるかのようだった。
「ちっ、いい加減しつこいんだよ!」
苛立ちを隠さず、ナイヤが叫んだ瞬間、闇が渦を巻く。
「死ねっ!!」
両手から闇の塊が次々と生み出され、弾丸の雨のように放たれた。
だが、聖刃は一歩も引かない。
むしろ余裕すら漂わせ、低く吐き捨てる。
「ありがとよ、身体が温まった」
闇の奔流を正面からぶち破る足音が、金属のように硬い。
衝撃が鎧に叩きつけられても、その足は止まらない。
「なっ!?」
ナイヤが驚きの声を漏らした瞬間には、次の魔法を紡いでいた。
巨大な炎の塊が、轟音と熱波を伴って迫る。
「燃え尽きろ!!」
炎が空気を歪ませ、熱で石畳が弾ける。
しかし聖刃はその炎に向かって加速した。
「馬鹿め! 自ら死を選ぶとは……!」
勝利を確信しかけたナイヤの視界を、横切る影。
「……何!?」
慌てて目を向けた先に、そこには――
「バカな……!」
燃えていたのは鎧だけ。
聖刃はそれを空蝉のように脱ぎ捨て、炎の死角から一瞬で回り込んでいた。
その動きは武道の荒々しさではなく、舞踊のような滑らかさ。
新体操のしなやかな跳躍と、バレエの精密な回転。
だが、その華麗さの直後に襲うのは殺意の塊だった。
「ヒッ!」
鳩尾に深々とめり込む掌底。
内臓を揺らす衝撃に、ナイヤは短く悲鳴をあげ、血を吐いた。
「ごふっ……!」
踏みとどまる暇もなく、次の瞬間には壁へ叩きつけられていた。
ドゴォォン!! と石壁が爆ぜ、粉塵が舞う。
「ぐ……あ……」
身体が悲鳴を上げ、立ち上がろうとしても力が入らない。
ナイヤの瞳に、悔しさと恐怖が入り混じった光が揺れる。
「くそっ……何故……あたしが……。こいつ……乂羅刹級の拳士じゃないか……!」
その時、視界に映ったのは――傷一つない聖刃の姿だった。
外見は煤で汚れているが、本体はほぼ無傷。
「ありえない……私の全力を受けておいて……ピンピンしてるなんて!」
呆れと恐怖を同時に抱くナイヤに、聖刃が静かに告げる。
「悪いが……これ以上、遊んでいる暇はない。さっさと終わらせる」
一瞬で間合いを詰める。
目にも止まらぬ連撃が、休みなく襲いかかった。
「くっ、なめるんじゃないよ!」
ナイヤが吠える。闇の触手を盾のように張り巡らせ、反撃を試みるが――
聖刃はことごとく躱し、逆に刃先より速い蹴りと肘で反撃を刻み込む。
やがて、ナイヤの肩が大きく揺れた。
「はぁ……はぁ……なんだいこいつ……本当に人間なのかい……?」
呼吸が荒くなり、汗が頬を伝う。
聖刃は返事をせず、冷たく命じる。
「命が惜しけりゃ……銀の鍵をよこせ」
返ってきたのは、掠れた笑い声だった。
「……ふん、笑わせるな! あたしはね、あんたが思ってる以上に用意周到なんだよ! だから……罠を張っておいたのさ!」
床に手をつくと、石畳に黒光りする魔法陣が浮かび上がる。
瞬く間に眩い光が広がり、重い震動が部屋を貫いた。
「……これは!」
聖刃の眉がわずかに動く。
轟音と共に天井が崩落。巨大な石塊が次々と落下し、粉塵が視界を覆う。
落石を紙一重で避けながら、聖刃は一歩後ろへ跳んだ。
だが、休む暇は与えられなかった。
瓦礫の奥――黒く裂けた壁の隙間から、唸り声が這い出してくる。
ズズズ……ガルルルル……!
影が蠢き、獣の瞳が闇の中で赤く灯る。
一体、二体……いや、数十。
剥き出しの牙と鉤爪、分厚い鱗で覆われた、上位種の魔獣たち。
ナイヤは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「どうだい? これがあたし流の召喚魔法だよ。その数の邪神たちを相手に……どこまで持つ?」
次の瞬間、聖刃の姿が――掻き消えた。
「……え?」
探す暇もなく、轟音が戦場を切り裂く。
ズバババババッ!!
目の前にいた魔獣たちが、一斉に吹き飛ぶ。
空を裂き、壁を突き抜け、天井の彼方へと消えていく。
足元には、石畳を抉った無数のクレーターが残っていた。
粉塵の中に立つ影。
先ほどまで抑えていた闘気が、黒炎のように噴き上がっている。
「……あんな雑魚じゃ、遊びにもならない」
その吐き捨てるような声に、ナイヤの表情が怒りで歪む。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」
突進し、渾身の拳を叩き込もうとする――が、空を切るだけ。
直後、顎への衝撃、肋骨を軋ませる蹴り、背中を抉る肘打ちが次々に突き刺さる。
攻防の差は歴然。
ナイヤの体力はみるみる削られ、膝が石畳に沈む。
「さて……そろそろ終わりだな」
聖刃が歩み寄り、手を伸ばした――
銀の鍵を奪うべく、聖刃の足音が石畳を踏み鳴らす。
ナイヤは倒れたまま、視線だけで睨みつけるが、その眼光に先ほどの余裕はない。
あと一歩――その瞬間だった。
空気が裂けた。
背筋を冷やす殺気が、背後から突き刺さる。
本能が告げる。振り向け、と。
刹那、風切り音と共に拳が迫った。
ガキィンッ!
咄嗟に受け止めた衝撃が、石畳に亀裂を走らせる。
互いの力が拮抗し、足元の破片が小さく跳ねた。
「……ほう」
聖刃の声に、初めて興味の色が混じる。
対峙するのは、鋭い眼光と獣のような気配を纏う長身の女。
引き締まった腕、無駄のない動き、そして一歩踏み出すたびに地面を鳴らす重さ。
その顔を見た瞬間、聖刃の瞳が細まった。
「……お前か」
記憶の奥で燻っていた火種が、一気に燃え上がる。
まだチェイテ城に就職する前の頃、学生時代に観客席から見上げたリング。
そこに立っていたのは、肉体という武器だけで王座を二度も奪い取った女格闘家だった。
オリンポスMMA大会――鉄と汗の匂いが充満する檻の中で、
彼女は一切の躊躇なく相手を沈め、観客を沸かせた。
その戦いぶりは荒々しくも美しく、まるで野生の獣が踊るようだった。
名前が、舌の奥からゆっくりと零れる。
「……アントニコ・ホドリコ・ノゲノーラ」
呼ばれた本人は薄く笑い、肩を回す。
「元地下格闘技女チャンプがアタシの名を知ってるとは光栄だね。……けど、あんたがその格好で出てくるとは思わなかったよ」
二人の間に、再び張り詰めた空気が走る。
足元の砂が、微かな振動で跳ねた。
それは、ただの前哨戦が終わり、新たな一戦が始まる合図のようだった。




