乂阿戦記5 第六章 剛弓覇龍の娘 葵遍と葵寧々子-7 彼女は這い寄る混沌だった。
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
空気がぴんと張り詰め、月明かりが銀の影を地面に長く落とす。
現れたのは、全身を銀色の鎧で覆った巨躯。顔には表情を封じる仮面。
その瞳があるはずの位置から、氷のような視線が放たれる気がした。
身長はゆうに二メートル。握るのは禍々しい形をした大剣──刀身からは黒い靄がゆらゆらと立ち昇り、周囲の空気すら腐らせるように見える。
鵺の背筋が凍りつく。
(間違いない……十二月天使〈アイナクィンエンジェル〉最強の剣士、ミルコ聖刃……)
その威圧感は、存在そのものが刃となってこちらの心臓に突きつけられているかのようだった。
おそるおそる、アオネコが口を開く。
「……な、なんですか聖刃? そこを……通して欲しいのです」
返事はなく、代わりに聖刃は大剣を無造作に頭上へ掲げ──一閃。
ガキィィィンッ!!!
耳を裂く金属音とともに火花が夜闇を裂いた。
その刹那、鵺の視界に飛び込んだのは、間一髪で前に割り込み、障壁を張ったイホウンデーの背中だった。
「ふぅ〜、危ない危ない……間一髪だったにゃーん。それにしても、いきなり攻撃なんて酷いじゃない!」
彼女の周囲に揺らめく透明な壁が、叩きつけられた衝撃で微かに震えている。
アオネコは胸を撫で下ろしたが、神羅と鵺は息を呑んだまま動けない。
そんな中、聖刃が機械音めいた声を放つ。
「イホウンデー。黒の魔女から奪った赤、黄緑、紫、桜──四つの銀の鍵をどうするつもりだ? クィンは補充は一つで足りると言っていた。……返答次第ではここで斬る」
「えっ……!?」
その言葉に、鵺は慌てて懐を探る。
──ない。大切にしまっておいた銀の鍵が、四つとも消えている。
「イホウンデー! ……あなた、まさか!」
叫びと同時に、彼女の顔から笑みが剥がれ落ちた。
目の奥の光がすっと冷え、唇の端がゆっくりと、しかし不気味に吊り上がる。
たった数秒で、飄々とした陽気さが影も形もなくなる。
その変貌は、神羅に“宿敵ナイア”を初めて目の前にしたときの悪寒を蘇らせた。
「聖刃〜、あちきが何をしようとあなたに関係ないでしょ。あちきは我が真なる主様に鍵を届けなきゃならないの。……邪魔するつもりかにゃーん? なら容赦しないにゃんよ」
その声と同時に、足元の魔方陣が燃え立つ。
炎塊が十、二十と空間に浮かび、熱気で空気が歪む。
次の瞬間、轟音とともに、それらが一斉に弾丸のように襲いかかった。
息を呑む音が、夜の空気に溶けて消える。
聖刃が反応するより早く、火の奔流が巨体を包み込み、爆圧が周囲の柱を震わせる。
赤橙の光が闇を裂き、焦げた金属の匂いが鼻を刺す。
だが──煙が裂けたその奥に立つ影は、微動だにしていなかった。
銀の鎧を包む薄膜のような光が、残る火花をはじく。
無傷。
イホウンデーは一瞬眉を上げたが、すぐに唇の端を吊り上げる。
「流石は最強の聖刃。一筋縄じゃいかないか……ま、いいや。あちきはこれで失礼するにゃん。また後で会おうにゃん、バイバーイ!」
踵を返し、炎の残滓を蹴って駆け出すイホウンデー。
だが、その行く手に──影が立ちはだかった。
月光を浴びて艶やかに光る、腰まで届く長い紫髪。
切れ長の瞳は冷たくも妖艶に光り、腰の鎖が生き物のように揺れている。
十二月天使・紫蛇。静かに微笑みながら、低く告げた。
「逃しませんよ、イホウンデー……いえ、イホウンデーに化けた偽物、ナイアルラトホテップ」
指先が軽く鳴ると、闇から鎖が現れ、蛇のように絡みついてイホウンデーの四肢を縛り上げる。
「うぐぅ……何するんだよぅ〜」と身をよじるその足元が、不意に震えた。
地面が鳴動し、石畳に走る亀裂が瞬く間に広がっていく。
倒れる柱の合間から、湿った空気が吹き上がる。
亀裂の底──蠢く無数の鱗。人喰い蛇の群れが鎌首をもたげ、赤い舌を一斉に揺らした。
「ちょ、ちょっと待つにゃ〜ん!? これは何の冗談かな!?」
紫蛇は一歩踏み出し、声を低く、確信を持って響かせる。
「ええ、もちろん冗談ではありませんわ。……さあ、正体を見せなさい──無貌の神」
「ち、もうバレてたか!」
イホウンデーの貌が変貌する。
顔が影がかかったように黒く染まり、三つの燃え上がるような目と嗤っているような形の亀裂のような口が浮かび上がる。
「ナ、ナイヤ!」
神羅と鵺の声が、驚愕で震える。
今まで笑顔で隣にいたイホウンデーは、赤い皮を剥いだかのように、その中から別の化け物が現れた。
「フフフッ……よく分かったねぇ」
燃えるような三つの眼が、愉悦に細められる。
「そうだよ、私はナイアルラトホテップだ。久しぶりじゃないか、神羅ちゃん──元気にしてたかい?」
月光に照らされたその姿は、人の形をしていながらも人であることを拒絶していた。
笑みは妖艶、瞳は狂気、背後には這い寄る影が脈打つように蠢く。
「あんた達のせいで、あたしの可愛い部下達は全滅だよ。……まったく、聖刃だったか? あんな化け物まで引っ張り出して、あたし達を殺そうとするなんてひどいと思わないのかい?」
その声に、紫蛇の眉間がわずかに寄る。
「やはり……あの邪神の部隊の襲撃は貴方の仕業だったのですね。……何を考えているのです? 何故こんな真似を?」
「はぁ〜、とぼけるんじゃないよ」ナイヤの吐息が冷たく笑う。
「このチェイテ城に十二の銀の鍵が揃いつつあるのは、もう知ってるんだよ。──時空大鍵を完成させるつもりだろう?
そんなもの、みすみす渡してたまるか。あんたらの手に入る前に潰す。悪いけど、ここで死んでもらうよ」
その手が静かに持ち上がる。指先から、黒いもやが滲み出し、やがて太い触手の群れへと形を変える。
轟音とともに、それらが一斉に弾丸のように襲いかかった。
「くっ……!」
紫蛇は即座に障壁を展開。
だが次の瞬間、触手の先端が障壁を叩き割る音が響き、全身を衝撃が貫いた。
「きゃああっ!」
石壁に叩きつけられ、呼吸が喉で途切れる。足元が揺れ、耳鳴りの中で視界が滲む。
ナイヤの口元が、愉快そうに吊り上がった。
「おやおや、情けないねぇ。それでも十二月天使かい? これじゃお話にならない。……簡単に始末できそうだねえ」
ゆっくりと歩を進める邪神の足音が、心臓の鼓動と重なる。
影の群れが地を這い、細長い悪意が鎌首をもたげ──その瞬間。
「調子に乗るなよ、無貌の神」
声は、氷を砕く刃のように鋭く響いた。
紫蛇の視線が上がる。そこに立っていたのは──銀の鎧に全身を覆われ、巨大な禍々しい剣を握る影。
鎧の継ぎ目が月明かりを反射し、仮面の奥から放たれる眼光が、戦場の空気を一瞬で張り詰めさせる。
十二月天使最強──ミルコ聖刃。
その足取りは静かだが、踏みしめるたび石畳が低く軋み、緊張の糸がさらに張り詰めていく。
ただ立っているだけで、ナイヤの影すらわずかに後ずさった。




