乂阿戦記5 第五章 吸血女王エリザベート・バートリーの淫靡な宴-14 鹿の子邪神イホウンデー
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
先ほどまで二人が立っていた場所には、ぽっかりと黒い穴だけが残っていた。
転移魔法――おそらくはその類だろう。
その証拠に、穴の底から聞き覚えのある声が響く。
「うふふ……じゃあね♪」
その一言を最後に、クィンクィーンの姿は神羅たちの前からふっと消えた。
⸻
転移先。
ネロの前に現れたのは、茶髪に黄緑のグラデーションが差したおかっぱ頭、そして頭頂から伸びる鹿の角――妙に愛嬌のある女だった。
「にょほーん。お客様なんだよ〜」
ひらひらと手を振るその仕草には敵意の色はない……ように見える。
しかし油断はできない。
相手はおそらく――十二月天使の一人。
「……誰だ、お前は?」
銃口を下げずに問いかけるネロ。
女はにこにこ顔で、のんびりと答える。
「あちきの名前はイホウンデーちゃん。みんなからは“鹿の子”って呼ばれてるんだよ」
その瞬間、ネロの脳裏に稲妻が走った。
「旧支配者イホウンデー……邪神ナイアルラトホテップの妹!? なぜここに!」
驚愕するネロをよそに、イホウンデーはマイペースに続ける。
「奈良公園で観光客から鹿せんべいもらってたら、エリザベートのおばさんに“もっとあげるからついておいで”って言われてね〜。気づいたらアイナクィンに改造されてたの」
両手を広げると、そこから黄緑色の光がどっと溢れる。……が、特に何も起きず、そのままくるくると回りだした。
「ふぅ……」
目を回して座り込む鹿の子。
「――隙あり!」
ネロは剣を構え、一気に踏み込む。
だが――
「ちょっと待つんだよ。あちき、別に戦いたいわけじゃないんだよ」
その言葉に一瞬動きを止めたネロ。
……次の瞬間、鹿の子の腕にバルカン砲が展開され、轟音と共に弾幕が吐き出される!
「なっ……!」
防御魔法を展開するも、衝撃に弾かれ後方へ吹き飛ぶ。
腰を抜かしたネロが体勢を立て直す間に、鹿の子は背後へ回り込み、その首をがっちりと、ゴムのように伸びた鹿の角で絞め上げた。
力は徐々に強くなり、視界の端が暗く沈んでいく――だが、急にツノが離され、ネロは地面に崩れ落ちた。
「貴様……どういうつもりだ? 何が目的だ」
荒い呼吸を整えながら睨むネロ。
鹿の子は困ったように笑う。
「だってぇ……あちき、クィンクィーンちゃんに“銀の鍵取ってきて”って言われてるだけだもん〜。攻撃の意図はないよのさ〜」
「ふざけるな!バルカン連射かましたあげく、人の首を絞めておいて、何が攻撃の意図は無いだ!!」
ネロが怒声を上げるが、軽く身をかわされ、逆にぺちっと軽いカウンターをもらう。
気づけば、鹿の子の手には――ネロの体内にあるはずの銀の鍵が握られていた。
「いぇーい! 銀の鍵ゲットだずぇ!」
「なっ……返せ!」
取り返そうとするも、鍵はあっさりと鹿の子の口の中へ。
そして、ごっくん腹の中へ
「ぐぬぬ……こんなアホそうな奴に……!」
怒りを燃やして再び突撃しようとした瞬間、足元から蔦が絡みつく。小さな花が咲き、花弁が散ると同時に花粉が舞い上がった。
吸い込んだ途端、視界がとろりと歪む。
「……眠気、だと……」
「おお、まだ意識保ってるんだ! さっすが次期七将軍候補!」
鹿の子は鼻歌まじりにVサインを掲げる。
「はいはーい、クィンクィーンちゃん、灰色の銀の鍵ゲットだよ〜☆」
「返せ……!」
「いやだぴょーん☆」
そして、勝利の鹿せんべいを求め、イホウンデーはどこかへ駆け去っていった。
イホウンデーを追いかけるネロの視線は鋭く、標的を射抜く狙撃手のように相手へ向けられていた。
しかし、その集中を破るように、いつの間にか背後から陽気な声が飛んでくる。
「おーい、ネーロちゃんやぁ〜。また眉間にシワ寄せて、何か狙ってるんか?」
振り返るまでもなく、声の主は分かっていた。イホウンデー――この鹿女は、ネロが最も集中している瞬間を、まるで嗅ぎつける獣のように現れる。
「……貴様を追いかけてるんだ。貴様を!」
「おやおや、そんな酷いこと言わんでもええやん。で、その視線の先、もしかして……アチキあなたの恋の相手か?イヤー、アチキは百合に理解がある方だから、照れちゃうな〜⭐︎」
にやり、と笑うイホウンデーの声に、ネロのこめかみがぴくりと動く。
「違うわボケ!」と即答しつつも、彼の間延びした声色に集中力がじわじわと削がれていく。
「ほぉ〜、じゃあ仕事の獲物か? でもなぁ、そんな細っこい腕で本当に仕留められるんか?鹿を無礼めんなよ?」
「やっかましぃ!お前こそ私を無礼めんな!」
「じゃあ、無礼はしないからお顔ペロペロしていい?」
「いいわけあるかあ!!」
半ば反射的に言い返したその瞬間、標的が動いた。
一拍遅れて気付いたときには、すでに獲物は路地の奥へと姿を消していた。
「……ッ!」
歯噛みするネロの横で、イホウンデーは悪びれもせず、肩をすくめてみせる。
「ほらな、集中力ってのは大事やで〜? あんた、まだまだや。マタギを舐めたらアカンで〜、謝って! 猟友会のおじさん達に謝って!」
「殺してやる!」
「まぁまぁ、怒らん怒らん。代わりに今夜、美味いもん奢ったるから✴︎ 鹿肉食べる?」
「やかましい!さらっと共食い発言しやがって!」
ネロは深く息を吸い、吐き出した。――次こそは、絶対にブッ殺す!
そう心に誓いつつも、背後で笑うイホウンデーの声は、どうにも耳から離れなかった。
ネロは肺の奥まで息を吸い込み、足に力を込めた。
「……逃がすかっ!」
踏み込みと同時に、路地の石畳を蹴る音が鋭く響く。
しかし、前方を駆けるイホウンデーは、なぜか走るというより“スキップ”に近い。
「るんたった〜♪ るんたった〜♪」
揺れる鹿角、無駄に軽快な足取り。時折こちらを振り返っては、にやりと笑ってみせる。
「真面目に逃げろ!」
「え〜? だって本気出したら、ネーロちゃん追いつけないじゃん」
その挑発に、ネロの頬が引きつる。
「こ、コロス……!」
速度を上げて距離を詰めるが、次の瞬間――足元に小さな影が躍り出た。
「……ウサギ?」
白くふわふわの小動物が、わざとらしく道の真ん中でぴょこんと座り込む。
その直後、イホウンデーが振り向きざまに叫んだ。
「おっと危ない! このウサちゃん、めっちゃ人懐っこくて、構うと離れないタイプだよ〜」
案の定、ウサギはネロの足首にぴたりとしがみつき、ぴくぴくと耳を動かしてくる。
ウサギはネロの視線をまるで理解したかのように、キラキラした目で見上げてきた
「離せ……!」と振り払うが、その数秒の遅れで――
「ばいば〜い!」
鹿角が路地の角に消える。
ネロはすぐさま曲がり角へ飛び込み、銃口を構えた。
しかしそこにあったのは……鹿の足跡と、壁に貼り付けられた紙切れだけ。
『本日の追跡ゲーム終了〜♡ また遊ぼうね! P.S. 鹿せんべいおごるの忘れんなよ〜www鹿せんべいは甘口でお願いします(辛口はお腹こわす)』
ネロのこめかみが引きつり、紙を握りつぶす音が響く。
「……必ず捕らえて八つ裂きにしてやる……!」
だが、その誓いの声は、路地の向こうで楽しげに響く「にょほほほほ〜」という笑い声に、あっけなくかき消された。




