乂阿戦記5 第五章 吸血女王エリザベート・バートリーの淫靡な宴-1 潜入捜査
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね
(o_ _)o
第五章- 吸血女王エリザベート・バートリーの淫靡な宴
――今宵、この城で死ぬかもしれない。
黒い翼をたたみ、少女は巨大な城門の前に立っていた。
名はラミア──だが、それは潜入任務のための仮の名。本当の彼女を知る者は、この地にはいない。
白磁のような肌、陽光を閉じ込めた金髪、澄んだ青の瞳。羊のような小さな角がのぞき、背には蝙蝠の翼、腰の後ろからは細くしなやかな尾が揺れる。
外見は紛れもなく淫魔族サキュバスだが、その正体は黒い魔法少女・今宵鵺。龍麗国「暗行御史」の密命を帯び、この城の主に接触する──それが今日の任務だ。
「ふふっ、そんなに畏まらなくていいわ。さあ、どうぞお入りなさい?」
通信機越しに響く艶やかな声と同時に、城門が重々しく開く。
一歩、また一歩と踏み込むたび、空気がねっとりと肌に絡みつき、脈を打つような熱が全身を包む。
そして目に飛び込んできたのは──楽園のようで、地獄のような光景だった。
天蓋の下、煌びやかな燭台の光に照らされ、若く美しい女たちが集っている。
だが、その多くは一糸まとわぬ姿。滑らかな肌が光を弾き、紅潮した頬と潤む瞳は、快楽に酔っていることを隠しもしない。
甘い吐息があちこちから溢れ、空気は濃密な欲望で満たされていた。
吸血鬼とサキュバス──羞恥という言葉を知らぬ者たち。
この場にいる全員が、潜入者を一瞬で捕らえる力を持つことは明らかだった。
その時、人々が左右へ道を開く。
現れたのは、血のように紅い瞳を輝かせる高貴な女。
腰まで流れる水銀の髪、雪のように白い肌、唇には甘い毒を含む微笑。
吸血女王エリザベート・バートリー──人間の血を飲まぬ代わりに、生者を潰して血の風呂を作る、悪名高き女王。
「あらぁ……あなたが噂の新しい子なのね? 可愛いじゃないの」
彼女の指先がラミアの頬を撫で、するりと首筋へ滑る。
ぞくり──と背筋に走る悪寒と熱。
それは歓迎の仕草ではなく、獲物を確かめる肉食獣の触れ方だった。
(……探っている)
外面は冷静を装いながらも、鵺の心拍数は密かに上がっていた。
「……あら? あなた、チェンジリングの魔法を使っているわね?」
囁きは耳朶を焼き、血の気が引く。
「人間かエルフが、魔法でサキュバスに化けて……この宴に紛れ込んだ。そうでしょう?」
紅の瞳に愉悦の光が宿る。
(まずい……この女、半分以上掴んでいる)
鵺は笑みを返しつつも、一言も発さない。返す言葉すべてが、罠になる。
緊迫した空気を、軽やかな声が切り裂いた。
「ねぇ、あなた、名前はなんていうのですか?」
振り向けば、長い黒髪に青黒のゴスロリ衣装、猫耳と尻尾を揺らす小柄な少女が立っていた。
手にはフリルのついた日傘。年の頃は十代前半に見えるが、その瞳は氷の底のように冷たく澄み、底知れぬ光を秘めている。
(……この目、子供のそれじゃない)
本能が警鐘を鳴らす。だが、予定通り偽名を告げた。
「……ラミアと申します」
猫耳の少女──アオネコの瞳がぱっと輝く。
「ラミア……いい名前なのです!」
小さな手が強く握られる。想像以上の握力に、鵺の指先がわずかに硬直する。
「ねぇ、少しお話ししませんか?」
柔らかな声色だが、拒絶の隙を与えぬ押しの強さ。
「自己紹介がまだでしたね。私、アオネコって言うのです! よろしくなのです!」
鵺は一瞬だけ周囲に視線を走らせた。退路は遠く、味方はいない。
(……この子と深入りすれば、何か仕掛けられる)
口を開こうとした瞬間、エリザベートがくすりと笑い、会話に割って入った。
「アオネコや、このラミアなるサキュバス……ただの客じゃないのよ」
「へぇ、じゃあ何者なのです?」
「龍麗国蛮王ユドゥグ直属、“暗行御史”の一員。そして──五剣ユドゥグの妾腹の娘、アン・ユエ……いや、今は“黒い魔法少女・今宵鵺”と呼ぶべきかしら」
鵺は表情を崩さず、静かに息を吐く。
「……随分と物騒なご紹介ですね。だとしたら、私をこうして通したのは何のため?」
エリザベートは唇の端を上げた。
「敵を屋敷に入れてから、牙を剥く方が……楽しいでしょう?」
アオネコが手を離した。その瞬間、空気が変わった。
無垢な笑顔は跡形もなく消え、獲物を狙う捕食者の眼差しだけが残る。
「あなた、私の庭に入った時点で……命の保証はないのです」
鵺もまた一歩踏み込み、低く返す。
「なら──踏み込んだ価値はあったようね」
エリザベートはグラスの赤ワインを揺らしながら、愉悦を滲ませた。
「面白くなってきたわ。アオネコ、あとは任せるわね」
「承知なのです。……この城の警護は、このアオネコが一手に担っているのですから」
その声に、部屋の影から複数の気配が立ち上がる。
全員がアオネコの命令を待つ、吸血鬼の精鋭たち。
鵺は、目の前の少女こそが、この城の防衛を司る“門番”であり、交渉の主導権を握る存在だと悟った。
アオネコは日傘を軽く回し、つま先を床に触れさせる。
その所作はあくまで優雅だが、周囲の空気が一段と張り詰めた。
城の壁にかけられた燭台の炎が、ふいに揺らめき、影が長く伸びる。
「……では、遊びましょうか。命のやり取りなのです」
その声音は、夕暮れの子守唄のように柔らかく、それでいて凍てつく刃の冷たさを孕んでいた。
鵺は即座に一歩後退し、黒い翼を広げる。
足元に淡い魔法陣が展開され、透明な盾が空気を歪めるように形を成す。
(……間合いは詰めさせない。この子は近づけば即死級の何かを持っている)
次の瞬間、アオネコの姿がかき消えた。
空気がひゅう、と吸い込まれる感覚と同時に──背後に、ぞくりとする気配。
「後ろ、なのです」
鵺は即座に時間魔法を発動させた。
青白い歯車が視界に散らばり、世界が引き延ばされる。燭火の揺らぎも、埃の落下も、すべてが緩慢になる。
(捕らえた……)
だが、すぐ耳元で囁き声。
「ふふ……甘いのです」
信じられぬことに、アオネコは時間の檻を抜け、眼前に立っていた。
その瞳孔が時計の針のように回転し、視線が鵺の未来を覗き込む。
(……時間干渉じゃない。これは……運命そのものの改変!?)
鵺は魔力矢を数本、矢継ぎ早に放つ。
しかし、矢はアオネコの目前で霧散し、残滓の光が床に落ちた。
「その程度の未来、いくらでも書き換え出来るのです」
アオネコの声は柔らかい。だがその響きは、底なし沼のように冷たい確信を帯びていた。
鵺は距離を稼ぐため、翼の一振りで宙へ舞い上がる。
頭上から封印術式の手榴弾を放り、炸裂と同時に黒い鎖が四方から伸び、アオネコを絡め取った。
「捕まえた!」
鎖が軋み、空間が軋む──が、その束縛は音もなく霧散した。
気づけばアオネコは十歩先、無傷のまま立っている。
「捕まったふり、なのです」
鵺の額に汗がにじむ。
(……行動の結果を書き換えてる。私が成功したという“結果”を、失敗に置き換えたのか……)
アオネコはゆっくりと歩を進める。
日傘の先端が床を軽く叩くたび、空気に波紋のような揺れが走り、その範囲内では鵺の魔力が微妙に削がれていく。
「あなた、焦っているのです」
その一言が、じわじわと心を削る。
鵺は魔力を集中し、最後の賭けに出る。
足元に複合魔法陣を描き、時空の断片を切り取る短距離転移を発動──同時に、時間加速で間合いを詰め、至近距離から魔力刃を突き出す。
アオネコの首筋に届く刃。
しかし──
「それも、もう終わった未来なのです」
視界が一瞬、白く染まり、気づけば鵺は床に仰向けに倒れていた。
足元の影が蛇のように絡みつき、膝を封じる。胸元に日傘の先端が触れた瞬間、全身の魔力が凍り付いた。
「……魔力封印……」
声に出すことすら難しい。
アオネコは鵺の顎を指先で持ち上げ、微笑む。
「敵地で油断は命取りなのですよ? でも──あなたは生かしておく価値があるのです」
視界が暗転していく。
最後に見たのは、エリザベートがワインを揺らし、愉悦に満ちた笑みを浮かべる姿だった。




