乂阿戦記5 第四章 鏨夕は誘拐された友達を助けたい-27 クシナダの自我
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね (o_ _)o
クシナダはホテルの一室で、スサノオ・ミカドに手当てを受けていた。
治療といっても、消毒液をしみ込ませたガーゼで傷口を押さえ、包帯を巻くだけ。
それなのに――その大きな手は、驚くほど優しく、確かな力強さを秘めていた。
「……よし、これで大丈夫だ」
低く響く声は、胸の奥まで届くような重低音。
その音の振動が、荒れていた心を少しずつ鎮めていく。
「ふう……なんとかなったな」
「……ぽぽぽぽぽ」
まだふらつく足取りで立ち上がった瞬間、肩に温かい支えが差し出された。
振り向くと、彼の厳つい顔が意外なほど柔らかくほころんでいる。
「無理するな。まだ傷は癒えてない」
低く、落ち着いた声。叱責ではなく、守るための言葉。
促されるままベッドに腰を下ろすと、彼も隣に腰を下ろした。
肩越しに感じる体温が、なぜか安心を運んでくる。
人間ではなくなったはずの十二月天使――アイナクィンとしての反応ではない。
胸の奥が、ほんの少し熱を帯びる。
(……やっぱりか)
スサノオ――いや、インフェルノはわずかに目を細めた。
(この娘、まだ完全にシステムに飲み込まれちゃいない)
「……ぽぽぽぽぽ」
言いたげに視線を泳がせるクシナダに、彼は眉を上げた。
「どうした? 聞きたいことがあるのか」
「……ぽぽぽぽ」
おずおずと向けられた問いに、スサノオはふっと口元を緩めた。
「どうしてそこまで気にかけるか……だって?」
わずかに遠くを見やり、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――お前さんが、大昔に寿命で逝った俺の女房、櫛名田比売にそっくりだからだ。血がつながってるかもしれないね。そこに……妙な運命を感じたんだよ」
言葉が、静かに胸に落ちた瞬間――頬が熱を帯びる。
視線を逸らし、唇がかすかに震えた。
スサノオはちらりと横目でそれを見やり、小さく笑った。
威圧も押し付けもない、ただ静かな温もりを帯びた笑み。
その笑みが、胸の奥の氷をほんの少し溶かした。
クシナダの様子を見て、スサノオは口元に小さな笑みを浮かべた。
そして、ゆっくりと続ける。
「……まあ、それはそれとして。君のこれからのことだ」
「……ポポ?」
小首をかしげる仕草は無垢で、しかしどこか人間の少女の面影を残している。
スサノオは深く息を吐き、低く落ち着いた声で言葉を紡いだ。
「しばらくは俺がここで匿ってやれる。だが、いつまでもというわけにはいかない」
言いながら視線を落とし、一瞬だけ考え込む。
やがて、決断したように顔を上げた。
「――そこで、一つ提案がある。聞く気はあるか?」
クシナダは迷わず頷いた。
その反応に満足そうに目を細め、彼は語り始める。
「実はな……俺は百年前、これと全く同じ光景を見ている」
スサノオの声は低く、重く、過去の記憶を引きずり出すようだった。
「当時、人類のお偉方は、アイナクィン・システムを自分たちで掌握できると慢心した……そして自滅した。呼び寄せた魔法の歪みの究極体――エクリプスによって、人類のほとんどは邪神やゾンビに変えられ……最後は、対邪神駆逐兵器に踏み潰された」
彼の声はさらに低く沈む。
「その後、邪神軍四大霊が一角クトゥルフは、瘴気に汚染された地球を浄化するため、ルルイエを浮上させ、地表を海水で洗い流した……今回も、おそらく同じことが繰り返されるだろう。人間は、百年しか生きられない存在だ。だから大局を見据えられず、同じ過ちを繰り返す……」
静かな絶望を告げられても、クシナダの表情は変わらなかった。
しかし、その瞳の奥に宿る影――それは確かに、絶望の色だった。
スサノオは、その瞳を真っ直ぐに見据え、言葉を重ねる。
「だが……君はこうして生きている。なぜだか分かるか?」
返事はない。
彼は続けた。
「君の自我は、まだ死んでいない。アイナクィンのシステムに完全には取り込まれていない。――つまり、人間としてまだ生きているんだ」
その声は、今度は諭すように柔らかい。
「せっかく生きてるんだ。生きなきゃもったいない。断言する――アイナクィンを人間が掌握しようなんて試みは、最初から無謀なんだよ」
その瞬間、クシナダが小さく息を呑んだ。
表情は変わらない。だが、確かに何かが胸の奥で動いた。
スサノオはさらに力を込める。
「いいか、よく聞け。これから話すのは夢物語じゃない。現実だ。……肝に命じろ」
彼の語りは長く続き、やがてクシナダの瞳には迷いが消えていた。
代わりに、揺るぎない光が宿る。
それは――失ったと思っていた自我を取り戻した証だった。
(……もう大丈夫だな)
そう確信したスサノオは、小さく笑った。
だがその瞬間――
大地を揺るがす轟音と共に、ホテルの床が跳ねるように震えた。
窓の外からは、地鳴りにも似た低音が響き渡る。
嵐の前触れのような空気が、二人の間を走った。




