乂阿戦記5 第四章 鏨夕は誘拐された友達を助けたい-15 機械神クトゥグァvs神獣ヤマタノオロチ
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね (o_ _)o
その頃、闇にひとつ声が落ちた。
「――俺のヨグ=ソトースの欠片が告げている。黒の女神が“鍵”へ手を伸ばす、と」
「闇王よ、命を下せ。お前の不安は、俺が払拭しよう」
闇王ディオニトロに声をかけたのは、長身痩躯の影。
名をアンドラス。硝煙の路地で膝まで血に浸かった少年兵は、いまや闇王ディオニトロ・ルフバッカスの右腕。
闇王こそは黄金宇宙を統べるオリンポス帝国でセオス・アポロに次ぐ席次を得た男。
整った顔立ちに刻まれた陰影は、もはや人のものではない。
「まずは黒天ジャムガだな。龍麗国の《銀の鍵》に触れるなら、世界最強の剣を黙らせねばならない」
独白は淡々としていた。だが瞳の奥底で、幾度の修羅場を渡った者だけが持つ獰猛な熱がかすかに瞬く。
昨日――任務は中断に終わった。だが撤退戦で一つ、確かな収穫があった。指先が無意識に笑みをなぞる。
(冥獄力士。いや、今は“スサノオミカド”か……)
百年前のラグナロクを暴れ抜け、ギガス・オブ・ガイア事変で現世へ帰還した怪物。巨竜王アングの傭兵籍で“インフェルノ”と呼ばれた男は、今代ではどの陣営へ肩入れするのか。ディオニトロの盤上に置ければ最善、さもなくば――。
(どう堕としてやる? いや、鍵はすでにある)
掌の上で弄ぶのは鈍く光る小さな飾り。そこに結びつく“縁”を辿るように、低く囁く。
「――あの娘を、使う」
乾いた足音が闇に消え、その刹那、別の世界で砂が鳴った。
――砂が鳴る。
勾玉の内界。塩気と鉄の味が喉奥に貼りつく。遥か沖で黒い稲妻が海面を割り、八つの影が隆起した。
八岐大蛇――古き神話に刻まれた海蛇の怪物。八つの首と尾を持ち、その鱗はあらゆる刃を弾くとされる。皮膜には苔と杉が根を張り、腹は血の色にただれている。目は鬼灯のように赤く、視線ひとつで意志薄弱な魂を粉砕する。
(三十分、生き延びれば勝ち。なら、戦うより“逃がす”)
雷音は機械神クトゥグァを鳳凰形態へ変形させる。背に跨る神羅が術式座を開き、熱輝が翼脈を走る。機体は灼熱の羽を散らし、砂上すれすれを滑空した。
巨蛇の首がひとつ、二つと折れ、潮を吸い込む音が重なる。
「右、影――!」
神羅の警告と同時、砂丘から“黒い人形”が跳ねた。
布のように薄い影が剣を突き出し、機体の喉を裂きに来る。雷音は反射で機体を捻り、紙一重で回避――振り返った瞬間、影は膨張。
白い閃光。
自爆。
衝撃波が装甲を叩き、計器に赤が走る。機体がよろめいた隙に、海が盛り上がった。八つの頭が一斉に距離を詰める。
経過時間、一分にも満たない。
(嫌な補助ギミック持ちだな。オロチの産んだ式神か? あるいは――生贄?)
退きながら、雷音は決断を下す。
「分割、やるぞ。神羅!」
「了解。炎位相、四分割――開始」
クトゥグァの火翼が裂け、四つの“炎身”が飛び散る。
それぞれに擬似的な操作核を与えた分身体。
正面一体が剣で首を牽制、背面一体が羽交い締め、左右二体が挟撃。
本体はさらに高空へと跳び上がり、間合いを切る。
八岐大蛇が吠えた。紫黒の毒霧が弧を描き、炎身の表皮を溶かす音が耳の奥でねっとりと響く。溶解する際の匂いは、血と硫黄と焼けた砂の混合物――嗅覚を殴る悪意そのものだ。
しかしその影で、本体の術式は組み上がりつつあった。
雷音は旋回しながら周囲に魔法陣を幾重にも並べ、ただ一語の号令を紡ぐ。
「――射」
炎矢が雨のように降り、蛇躯の皮膜を穿つ。
巨体がわずかに揺れるが、致命には遠い。鱗の厚みが違いすぎる。
雷音は舌打ちを一つ飲み込み、次の手へ切り替えた。
「神羅、魔力を貸せ。全部だ」
「……いいよ。落とし切って! やれるもんならね!」
双の掌から迸る熱が、空間そのものを膨張させていく。
最初は家屋ほどの火球が、塔の高さに膨れ、やがて小さな月にも匹敵する質量へと変貌した。
熱層が唸り、空気が悲鳴を上げる。
周囲の砂はすでに融解を始め、鉄色の光沢を帯びた。
火球の表面には、神羅の術式文字が鮮烈に走り、赤金の輝きが渦を描く。
――外界。
羅刹が目を細める。「馬鹿な……あの出力、雷音め、いつの間に」
葵遍はすぐに解析を終えた声で答える。
「雷音くんの魔力じゃない。供給は神羅ちゃん。波形が女神側ですよ」
「ふん、私をパートナーから外した理由、これか」
「あと、あなたをパートナーに選んだら、あなた暴走して戦闘行為に走ってしまうからね。雷音君も身がもたないと考えたんでしょう」
「ふん、憎たらしい弟だ!」
羅刹が鼻息を荒くする。
――その間にも、火球はなお膨張を続け、もはや保持しきれないほどのエネルギーを抱え込んでいた。
雷音の額には汗が滲む。
「……っ、行くぞ」
腕を振り下ろす。
「喰らえ――!」
灼天が落ちた。
海が蒸発し、砂がガラスに変わる。
八岐大蛇の八つの喉が同時に悲鳴を上げ、その声は熱波に呑まれて途切れた。
白熱の夜が、世界の輪郭を一瞬だけ焼き消す。
巨体は逃げる間もなく火の玉に呑まれ、皮膜も骨も魂も、すべてが一色の光へと溶けて消えた。
残ったのは、熱風と、遠くで砕け散る雷鳴のような余韻だけだった。




