乂阿戦記5 第四章 鏨夕は誘拐された友達を助けたい-14 歪みの化け物
作者のGoldjごーるどじぇいです!
この物語は、勇者✖魔法少女✖スーパーロボット✖邪神✖学園✖ヒーロー✖ギャグ✖バトル…
とにかく全部乗せの異世界ファンタジー!
「あれ?これ熱くない?」「このキャラ好きかも?」「展開読めない!」
となってくれたら最高です。
良ければブックマークして、追っかけてくださいね (o_ _)o
その後、雷華たちは建物の外へと足を踏み出した──瞬間、息を呑んだ。
そこは地獄の断片だった。
瓦礫は小山をなし、ひしゃげた鉄骨が剣の林のように突き立つ。
舗道には煤の筋が幾重にも走り、焦げの匂いが喉を刺す。
どこからともなく滴る水音。ぱちり、と火花の残響。音だけが静寂を継いでいた。
「……ひどいな、こりゃ」
阿門が低く漏らす。
嵐に屹立する巨木のように揺るがず、緑の眼差しで戦場跡を見渡した。
先ほどの“目玉のないトカゲ”の爪痕だろう。
幸い、死者はいない──だが、呻く重傷者は少なくない。
「重傷者からだ!」
雷華が短く号令をかける。
赤髪が炎めいて揺れ、瓦礫を飛び越えて駆けた。
包帯をつかむ手は炎剣を握るかのように迷いがない。
乂家の少女らしい強情と、危ういまでの一直線さが横顔に光る。
阿門も動く。
巨体に似合わぬ素早さで倒れた者を抱き起こし、肩を貸した。
「息はある。大丈夫だ……」
低音に、意外なほどの温が宿る。
そのとき、阿門は派手なジャケットの若者を見つけた。
テレビで見覚えのある顔だ。
「おい、お前……成瀬アイドル育成事務所の新人だな? ジュンとか言ったか。なぜここにいる?」
青年は虚空を見つめ、唇を震わせる。
「……なんだよ……なんで……なんでこんな化け物が……」
うわ言のように続く。
「命令されたんだ……ファンサービスのふりでジュエルウィッチを監視しろって……聞いてない、聞いてないよ……助けてくれ……誰か……!」
「うわぁ……完全にパニックってるね」
アリスが苦笑する。小悪魔めいた笑みの奥に、かすかな同情がのぞいた。
その刹那──空気がひやりと冷える。
「……世界の歪みが、広がっている……」
声が落ちた瞬間、夜気が一段冷えた。
氷の針がうなじを撫で、全員の視線が空へ吸い上がる。
宙に、フードの少女が浮かんでいた。
月光に銀の髪先が淡く光り、微笑だけが闇から切り出されている。
「初めまして──乂雷華。僕はアイナクィン。エクリプス……あるいは、ユキルが堕天したときのストッパーだよ」
穏やかな声なのに、抑揚のない響きが体温を奪う。
雷華は眉をひそめた。
「ストッパー? 何だそりゃ」
「君を歓迎するよ。僕と契約すれば、この世界を──君の望むかたちに作り変えられる。
十二月天使の力、受け取るつもりはないかい?」
阿門が一歩前へ出る。
背で風を裂く気配に、アリスが小さくぼやく。「営業スマイルの詐欺師だね」
雷華は聞き捨てたまま、正面から少女を射た。
アイナクィンは続ける。
「耳を澄ましてごらん。聞こえるはずだ、この世界の嘆きが。
──『もうこんな世界は嫌だ』って」
その一語一語が胸の内側を擦った。
血と煙の夢、遠くの叫び、ちぎれた記憶。
世界の痛みが、魔法の素養を持つ者の神経に直接触れてくる。
「どうする? 君が望めば、僕は協力する」
一拍。
「ただし、代償がある。
──正式にアイナクィンの魔法少女になること」
声色は変わらない。
契約条項を読み上げる機械の精度で、淡々と。
「断っても構わないよ。
その場合は、世界が滅びに近づくだけだから」
雷華の喉がわずかに鳴る。
言葉を吐き出すより早く──空気を裂く声が走った。
「その詐欺師の言葉に、惑わされるな──我が半身!」
鋭い声が夜気を裂いた。
次の瞬間、白い閃光が走り、アイナクィンの首が一閃で飛んだ。
切っ先は稲妻のように鋭く、迷いというものを一片も含んでいなかった。
その場に現れたのは──白阿魔王の娘、乂聖羅。
雷華の前では気の抜けた笑顔を浮かべ、軽口を叩く姉のような存在。だが今、その双眸は鋼色に冷え、悪鬼を思わせる殺気が全身から滲み出ていた。
「あらあら、ずいぶん乱暴じゃないか、聖羅ちゃん」
いつの間にか、切り落とされたはずのフードの少女が、まったく同じ姿で立っていた。
その顔に痛みも驚きもない。ただの無表情が、かえって不気味さを増している。
「やっぱりお前か……アイナクィン」
聖羅の声は低く研ぎ澄まされ、刃のように鋭い。
その響きに、雷華は背筋がぞくりと震えた。
「何を企んでいる」
「企む? ただの勧誘さ。君の半身に用事があっただけ」
アイナクィンは、あくまで淡々と答える。
温度を欠いたその口調は、まるで精密に調整された機械仕掛けの返答だった。
「十五年前と同じ轍は踏ませない。お前らがアテの身内に近づけないよう、もっと強固な検閲結界を張る」
聖羅は一歩踏み込み、周囲の空気を軋ませる。
その気迫に、雷華は思わず息を呑んだ。
(……何だ、この空気……いつもの聖羅姉とはまるで別人みたいだ)
だがアイナクィンは、その圧に屈するどころか、わずかに口元を歪めた。
「へぇ……意外だね。かつて世界を滅亡寸前に追いやった君が、身内にはこんなに甘いなんて」
「黙れ。魔法システムの歯車風情が」
聖羅の吐き捨てるような一言が、夜をさらに冷たく染め上げた。
その言葉は刃のように冷たく、空気を裂く。雷華は思わず二人の間から視線を外した。
アイナクィンは、舞台の台詞を淡々と述べる役者のように、感情の起伏を一切見せず言葉を紡いだ。
「ここで僕を遮断しても、雷華ちゃんの運命は変わらない」
アイナクィンの声が、冷えた刃の背で皮膚を撫でる。
「本来のストッパー──黒の女神は使命を放棄した。
だからシステムは、彼女を選んだ。
世界を守るために、どちらかの姉を殺す。
──その選択を」
雷華の喉がきゅっと鳴る。
呼吸が浅くなり、胸の奥で鼓動が乱れた。
「どれだけ足掻いても、魔法少女は“消費”され続ける。
黒天も、灰燼の覇王も、輪は断ち切れない。
十五年前と同じさ。女神ユキルは救い、そして殉死する。
あるいは、正統なエクリプスたる君が誅殺されるだけ」
情感のない羅列が、心拍だけを確実に削っていく。
足元で、何かが“滲んだ”。
墨を垂らしたような黒が、床から染み出してくる。
湿った冷気。鉄錆の匂い。閉ざされた地下の息。
霧は無音で膨らみ、輪郭を失わせ、世界の濃度を変えた。
闇の内側で、ぎり、と骨が擦れる音。
皮膜を裂くぬめり。甲殻が触れ合う硬い囁き。
霧から這い出す影。
獣の顎を持つものが低く唸り、
羽音を撒き散らす虫が壁を這い、
人の顔を歪めた笑みが、肉塊の上に貼り付いている。
どれも、腐りかけた肉色。
眼だけが、異様に、乾いた光を放っていた。
「こいつら……何だ?」
雷華が目を細める。
「人類が魔法を使い続けた“歪み”の産物だ」
聖羅が即答する。
「ここは歌舞伎町。歪みを引き寄せやすい地脈だ。
しかも今日は、素質持ちが大挙している。餌が多い時は、獣も集まる」
雷華は一瞬だけ考え──そして肩をすくめた。
「……さっぱりわからん!
でも結論はひとつだ。全部、ぶっ倒す!」
赤い瞳に火が灯る。
握った空間に、炎剣が一閃で形を得た。
熱が周囲の闇を押し退ける。
「(うおう!……我が妹ながら、この脳筋め)」
聖羅は内心で嘆息したが、口元にはわずかに笑みを浮かべていた。
雷華は踏み込みで瓦礫を砕き、炎剣を振り抜いた。
火線が弧を描き、最前列の獣を肩口から腰まで断ち割る。
迸る黒い体液が石畳に散り、触れたそばから蒸気になって消えた。
「まとめて燃え尽きろ!」
返す刀で横薙ぎ。三体が同時に沈む。
炎の尾が残像を残し、突進してきた虫の群れを焼いて叩き落とす。
跳ねた甲殻がぱちぱちと弾け、焦げた匂いが濃くなる。
背後から伸びた影の腕を、半歩で外し、逆袈裟に裂く。
熱と圧で空気が歪み、雷華の呼気すら火照って見えた。
(……ほんと、脳筋)
聖羅は内心で肩をすくめる。が、その目は妹の背に合わせ、いつでも斬り込める位置を保っていた。
「やれやれ。せっかちな子だね」
群れの只中、アイナクィンが小さく肩をすくめる。
次の瞬間、足元を這い上がった虫型の顎へ、自ら身体を預けるように傾いだ。
牙が肉を裂き、骨が砕ける音。
けれど、悲鳴はない。
表情も揺れない。
「あーあ、食べられちゃった」
淡々と、事務連絡のように続ける。
「でも端末のひとつがなくなるだけさ。もったいないなぁ……もっと話したかったけど、今日は顔合わせで終わりにしよう」
黒い瞳が、炎の向こうの雷華をまっすぐに射抜いた。
「じゃあね、次代のストッパー。
──そして、正式なる“歪み”の統括者。
因果律が導けば、僕らはまた会う」
皮膜のような影がふっとほどけ、輪郭が霧に紛れて消える。
残されたのは、主を失った群れの咆哮だけだった。
暴走が始まる。
四方から押し寄せる影、影、影。
雷華が再び剣を構え、踵で瓦礫を蹴る──
その時、空気の底が重く鳴った。
「……雑魚が」
低く地を鳴らす声が、暴走する咆哮を一瞬で黙らせた。
白阿魔王・乂阿門が群れの前へ進み出る。
山が歩く、と錯覚する存在感。巨影が夜の輪郭を塗り替える。
阿門は片手をゆっくりと掲げ──虚空を、掴む。
世界が軋んだ。
目に見えない牙が空間の骨組みに噛みつく。
重力が密度を増し、空気が悲鳴を上げる。
化け物たちは次の瞬間、平面へ圧し潰された絵の具のように広がり、骨は粉に、肉は影に変わって消えた。
音が戻らない。
風すら身じろぎを忘れ、沈黙だけが支配する。
居合わせた魔法少女たちは、ただ呑み込まれるように立ち尽くした。
これが──魔王の力。理屈の外側にある圧倒。
阿門は手を下ろすと、そのまま振り返る。
威圧の気配を、すっと脱ぐ。
「無事か? 怪我はないか」
雷華と聖羅の前で、その声は父の音色に変わっていた。
巨体が屈み、荒い指先がそっと肩を確かめる。
さっきまで世界を握り潰していた同じ手だとは、誰も思えないほどに優しい。
遅れて紅茜が駆け寄り、二人を抱き寄せる。
「よかった……本当に」
温い香りが、焦げの匂いを押しのけた。
雷華は頬を赤らめ、気恥ずかしそうに笑う。
(なんか……阿門おじさんと紅師匠って、本当に──お父さんとお母さんみたい)
けれど、彼女はまだ知らない。
その比喩が比喩ではないことを。
目の前の二人こそが、彼女の本当の父と母であり──
隣に立つ乂聖羅こそ、重大な秘密を抱えた双子の姉であることを。
夜はようやく口を閉ざした。
焦げ跡と割れた硝子の間を、遅い風が渡っていく。
静けさは終わりの顔をして、始まりの匂いを運んでいた。
こうして、芸能事務所での混沌は幕を下ろした。
けれど地面には煤の筋が残り、割れた硝子が夜の呼気にかすかに鳴る。焦げの匂いと魔力の残滓が薄い靄となって漂い、静けさの奥で、まだ何かが燃えている気配だけが消えない。
雷華は夜空を仰いだ。
厚い雲が月を呑み、星は一つも見せない。
耳の奥に、さっきの言葉が棘のように引っかかる。
──どちらの姉を殺すか。
喉が微かに鳴り、胸の底で熱が冷える。
「……まだ、終わってないんだな」
呟きは瓦礫の隙間へ落ち、音もなく消えた。
――その頃、別の場所。
黄ばんだ壁紙。ヤニでくすんだ天井。
点いては消える古い蛍光灯が、薄暗い部屋を貧乏ゆすりみたいに揺らしている。
ボロボロのソファに、ナルチーゾがだらりと横たわっていた。右手の拳銃はまだ温く、左頬には裂けた傷が赤黒く光る。
「くそ……やられた。化け物見て腰抜かしやがって、任務放棄だとよ」
舌打ちに、敗北と苛立ちが混じる。
「仕方ねぇ」
低い声で返すのは長身のガンマン、ドンファン。
青銀の耳がわずかに動き、獣の勘が空気の粘りを測る。
「ありゃ地獄だ。続ける足場がねぇ」
二人は、かつて人間だった。
いまは──インキュバスと獣人。
妖魔皇帝を名乗るものに肉体を作り替えられた。
いや、正しくは自分で望んだ。底辺から這い上がるために、魂の一部を質に入れた。
ナルチーゾは煙草に火を点け、深く吸う。
紫煙がゆらりと輪を描き、蛍光灯の明滅に合わせて形を変える。
「……動くか。ディオニトロ様の話じゃ、銀の鍵を掻き集めてるファルフィン団が、そろそろ仕掛ける」
ドンファンの口角がわずかに上がる。
「嵐の前ってやつだな」
煙が天井に貼り付き、部屋の空気が一段重くなった。
嵐は、もう扉の向こうで手をかけている。




