乂阿戦記5 第四章 鏨夕は誘拐された友達を助けたい-5 暗殺魔王アンドラス
舞踏会の王子様と野生の獣――二人のイケメンが魅せる夜のステージ。
しかしその裏では、ドレス姿の雷音(♂)が吸血鬼狩りの潜入捜査中!?
令和の昼ドラ顔負けのドタバタ劇、ここに開幕。
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(o_ _)o
〜数分後〜 一方その頃、こちらは別行動を取っていたルシル達の方である。
彼女達は現在サンジェルマンが潜伏していると思われる場所へと向かっていた。
そこはとある廃ビルの地下にある秘密の研究所だった。
そこでは日夜様々な研究が行われているという噂があり、その中には人体実験を行っているという話もあったのだ。
だが巨大な権力者のお膝元であり、表立って捜査することができないのである。
しばらく進むとサンジェルマンを追いかけてきた雷音達も目的地に到着したようである。
「ようルシル、先に来ていたんだな?」
「はい、雷音さん、ゼットさん。サンジェルマンは地下に入っていきました。さて、それじゃあ我々も先行した主水先生に続くとしましょう!」
と言いつつ立ち上がると地下室へのドアに手をかけた。
今のメンバーは雷音、アキンド、ルシル、プラズマゼット、鏨夕の5名である。
その時、地下室の中から声が聞こえてきた。
どうやら誰かいるらしい。
しかもその声は悲鳴のようだった。
嫌な予感を覚えつつ扉を開けると中の様子が見えてきたのだが、その光景を見た全員が言葉を失ったまま立ち尽くしてしまった。
そこにあったのは信じられない光景だったからだ。
扉の隙間から、冷たい蛍光灯と消毒液の匂いが流れ込んだ。
薄い医療用カーテンの向こう、簡易ベッドに拘束具で固定された女性たちの影が揺れる。
白衣の研究員が器具を当てるたび、押し殺したうめき声が走り、モニターの数値が跳ね上がった。
だが次の瞬間、皮膚に走った傷痕は不気味な速度で塞がっていく――吸血化が進行中だ。
その“治りの早さ”こそ、ここで何が行われているかの最悪の証拠だった。
その様子を見て怒りが込み上げてくる一同だったが、それ以上に驚きを隠せなかった。
(……人体実験? この時代に、こんな真似を)
呆然と立ち尽くす一行の前に現れたのは見覚えのある人物の姿だった。
四十路前後のサンジェルマンが、絹の笑みで口を開く。
「おやおや、これはこれは!ようこそ今代の傲慢の魔王ルシル・エンジェル殿!この淫欲の魔王サンジェルマン・アスモデウスの研究所によくぞいらっしゃいました!」
それを聞いた途端、全員の顔に緊張が走った。
この男は危険だと感じたからだ。
だが逃げるわけにもいかず戦うしかないと判断したようだ。
「目的は三つ——被験者救出、装置停止、首魁確保。無駄撃ちはしないで」
ルシルの命令に『了解!』と一同が応じた。
最初に動いたのは意外にも鏨夕だった。
「チェイサー!」
彼女は素早い動きで間合いを詰めるとサンジェルマンに強烈な蹴りを放った。
しかしその攻撃をあっさりと受け止められてしまう。
サンジェルマンが止めたのではない。
彼が雇った部下である。
指から十本の触手を伸ばした男テンタクルルーである。
触手に捕まった鏨夕はそのまま投げ飛ばされてしまった。
地面に叩きつけられた彼女に向かって今度は別の触手が伸びてきて全身を縛り上げていく。
そのまま持ち上げられ宙吊りの状態になってしまったのだ。
必死に抵抗するものの全く歯が立たない様子だった。
それを見た他の仲間達が一斉に攻撃を開始した。
リーダーのルシルが指示をだす。
「鏨夕の救出に回ります! ゼットは前で触手を止める盾! 雷音、触手男の周りに奇妙な球が浮いてます。あの球はおそらく風圧でも誘爆するトラップボムです! 処理を!」
テンタクルルーの十指から伸びた触手が床・壁・天井に吸い付き、室内を蜘蛛の巣の陣地に変える。触手の根元には床下へと続く制御ハブがある——そこを断てば全系統が緩む。
ゼットが一歩踏み込み、大剣を斜めに引く角度で叩きつける。
「正面からは弾む、繊維に沿って裂く!」
刃が粘る感触を断ち、二本が床に叩き落ちる。すかさずゼットは柱に刃先を当て、アンカー化した触手を固定して動きを殺す。
「雷音、右上三つを壁際に寄せて単発誘爆!」
「了解!」
雷音は剣先で“死角”を突き、浮遊球を壁へ追いやる。連鎖しない距離を保ちつつ、爆風で救出通路をこじ開けた。
「今!」
鏨夕が滑り込み、拘束具のロックを踵で外し、被験者をベッドごと安全域へ。
残るは中央——床下の制御ハブ。ゼットが床板を割り、露出した黒いコアに雷音の一閃が走る。
バチン、と全触手が同時に力を失い弛緩。
「第一目標——拘束解除、完了!」
(さっきの爆弾能力はおそらく触手男の能力ではない……)
そう思った矢先、突然背後から声をかけられた。
振り向くとそこには一人の青年が立っていた。
黒髪で、青黒い衣装をまとった男だった。
目元を黒い包帯で隠しているが、整った顔の輪郭から、おそらく美男子であろうと思われる。
それはルシルにとって見覚えのある人物だった。
「久しいな、ルシル・エンジェル」
黒い包帯の下で、口角だけが笑った。
「……魔王アンドラス!バカな!?かつてヒーローランキング二位の英雄だったあなたが何故こんなところに!?」
「ヒーローを降りて一年。肩書きは捨てたが、腕は落ちちゃいない――**英雄ごっこはここまでだ**」
指が小さく鳴る。壁面端末に組織フローが投影され、矢印が《銀河連邦本庁》から《監査局》を経て《11人委員会》へと収束する。
最下段で光るのは——最終承認:S.GERMAIN。
「教科書は綺麗事だ。現実の上司はこっちってだけさ」
「それにしても——君が俺の後釜で二位とは。おめでとう」
一歩、空気が潰れる。アンドラスの姿が滲み、次の瞬間には目前。
「でも今日は、降りる番だ、ルシル」
——床が鳴り、戦いが始まった。




