乂阿戦記1 第五章- 黄衣の魔王オームと雄牛の角持つ魔王の仮面ベリアルハスター-3 狂気山脈の冒険
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時は少し遡る。
蒼の魔法少女・絵理洲を救うため、一足先に狂気山脈へと足を踏み入れた雷音たち。
だがその道程は、想像を絶する苦難の連続だった。
本来であれば、凍てついたこの山を越える理由など、常人にとって存在しない。
だが彼らは勇者の本能で知っていた。
この地の頂で、世界の理を覆さんとする儀式が進行していることを。
最悪の魔女と、外なる神々の復活。
それを阻止せねば、この世界は終焉へと滑落する。
彼らはまだ自覚していない。
だがその背に刻まれた使命は、まさに“神殺し”のそれだった。
この山は、旧支配者イタクァを崇める者たちの聖域。
白き風を纏い、氷の呪いを身に宿す異形の民――《ウェンディゴ族》の領域である。
彼らはその頂にて、外なる神々を迎えるための“復活の儀”を始めていた。
そして、犠牲として選ばれたのは――雷華とエドナ。
当然、雷音たちはその蛮行を許すはずもなく、反撃に転じた。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
•
山の麓にて、彼らを待ち受けていたのは――
巨体にして剛牙を持つ、百を超える魔狼の群れ。
《フェンリル》。
旧き神々の番犬、ウェンディゴの守護獣。
そして――その頭目たる、風の旧支配者の使徒。
「……さて、ここから先はいよいよ本番やで」
エドナが唇を引き結び、仲間たちに視線を向ける。
「言っとくが、洞窟の前に10メートル級のフェンリルがうじゃうじゃだぜ? んでもって、雪男どもが100人ほどその周囲を固めてる」
狗鬼漢児がぼやきながらも臨戦態勢に入る。
「これは……さすがにヤバいかもな」
雷華が額に汗をにじませた。
「やつら、どうやら俺たちが来るのを“待っていた”らしい」
雷音が静かに呟く。
「どうする? 強行突破か?」
「それしかないやろ」
「なら、俺が先制の準備を整える」
そう言って前に出たのは、黄衣の魔王――オーム。
彼の手には一本の槍が握られていた。
光を宿す穂先、呪刻された魔法文字。
「それは……まさか!」
雷音が目を見開いた。
「《神槍グングニール》の複製品だ。伝承によれば、かつて始祖フェンリルを討ったとされる神具。その模倣だが、威力は折り紙つきだよ」
「オームさん、これを……作ったのですか!?」
獅鳳が驚愕する。
「正確には、僕とザビエル司教の共同開発さ。模倣と量産に成功したんだ」
オームは槍を地に突き立て、魔力を流し込む。
すると、槍は瞬く間にその長さを倍にし、輝く蒼光を放ち始めた。
「よし……準備完了。雷華、頼むぞ」
「任せなさい!」
雷華の足元に魔法陣が展開される。
炎の奔流が巻き起こり、彼女の身体を空へと押し上げる。
宙を舞いながら、雷華はグングニールを携え、爆炎を纏って狼群へと突撃する。
その様は、まさに炎の隼。
雷華の足元に展開された魔法陣が、彼女の身体を紅蓮に染め上げる。
焔が翼となり、重力を超えて少女を宙へと押し上げた。
「――焔よ、我が槍となりて、貫け!」
百を超える魔狼が、血と氷の気配を巻き起こしていた。
吠えるだけで空間が凍り、肉を裂く風刃が巻き起こる。
……だが。
雷華は、怯まなかった。
突進と同時に、業火が地を裂く。
刹那、フェンリルの咆哮が断末魔に変わった。
「……な、なんだよ、あれ」
狗鬼漢児の言葉が、咽喉に詰まったまま止まる。
獅鳳も、言葉をなくしていた。
フェンリルたちが彼女に気づいた時にはもう遅い。
雷華の槍が突き刺さるや、半径数十メートルが一瞬で火炎に呑まれる。
獣たちが燃え上がる。
断末魔すら上げる暇もなく、灰と化していった。
「……あれが……」
「やべぇ……このお嬢ちゃん、下手したら変身した俺より強くねぇか……?」
狗鬼漢児が絶句する。
獅鳳はただ、「すごい……」と呟くしかなかった。
•
だが、勝利の余韻に浸る暇はなかった。
「――ウェンディゴどもが消えた。どこにもいない」
オームが険しい表情で周囲を見渡す。
「隠れた……のか?」
獅鳳が身構える。
ウェンディゴ族――それは姿を見せぬ狩人。
気配のみを残し、人間の精神を徐々に侵蝕してゆく邪神の眷属。
逃げたのではない。彼らは、待っているのだ。
雷音たちは決意を胸に、洞窟の奥へと足を踏み入れた。
•
「……あれは……」
雷音が叫ぶ。
――氷のドラゴン。
洞窟の奥、吹雪の中心から現れたのは、50メートル級の超獣。
鋭利な氷の鱗に覆われた、まさしく門番。
それを見た雷音が叫ぶ。
「あれって……!ドラゴン!?氷のドラゴン!!!」
雷音の声に反応するかのように50メートル級の怪物が吠えた。
「くそっ、挟撃されるぞ!!」
オームが叫び、皆が散開する。
氷龍が咆哮を上げた。
一瞬で空間が凍りつく。
「――走れ!! この場で戦えば不利だ!」
だが退路は、すでに氷の壁で塞がれていた。
道の両側から響く咆哮。迫る氷龍。極限の状況。
「やるしかねぇな……!」
狗鬼が指を鳴らす。
「全員、布陣! 前衛は俺と雷音とエドナ!
雷華とオームは魔法支援!
獅鳳は後方から狙撃支援!
回復役はいねぇ! 怪我すんなよ!!」
「行くぞォッ!!」
雷音が、炎の咆哮と共に変身する。
雷音の背から噴き出した炎が、空間そのものを染め上げる。
龍の咆哮に応えるように、彼は紅蓮の化身――クトゥグァと化した。
その身は紅蓮の龍人――クトゥグァの化身。
オームは黄衣の仮面を被り、魔王の姿へと変貌する。
「――アーレスタロス、変身ッ!」
青い閃光が爆ぜ、ヒーローの鎧が彼を包む。
その姿はまさに、蒼雷を纏いし裁きの剣。狗鬼漢児は、蒼き英雄として変身を完了した。
三人が並び立った瞬間、氷龍が吠えた。
その声は、竜の声ではなかった。
それは風そのものの咆哮――天災の咆哮だった。
•
雷音の拳が地を穿ち、エドナの大剣が龍の脚を斬り裂く。
獅鳳の炎矢が龍の目をかすめる。
だがそれでも、氷龍は止まらない。
漢児が跳躍し、その背に飛び乗った。
「――いくぜ、必殺!!」
アーレスブレイドを抜刀し、全身全霊の一撃を龍の背に叩き込む。
刹那、氷龍の動きが止まった。
鱗が割れ、血が噴き出す。
「今だ……!」
漢児が空高く舞い上がり、拳を構える。
全身に蒼き雷光を宿し、技の名を叫ぶ。
「《超鉄拳アーレスブレイク》ッ!!!」
その拳は――龍の脳髄を一撃で砕いた。
•
氷龍が轟音と共に崩れ落ちた。
その巨躯が地に沈み、揺れるように静寂が戻った。
勝利――その言葉が、ようやく脳裏に浮かびかけたそのときだった。
“それ”は、あまりにも静かに、あまりにも当然のように姿を現した。
──カツ、カツ、カツ。
それは、終わりの始まりだった。
靴音。
凍てついた洞窟に不釣り合いな、それは実に人間的な足音だった。
ゆらり、と現れたのは、黒紫の装束に身を包んだ一人の老人。
その姿は枯れてなお毒々しく、見る者の背筋を否応なく冷やした。
その背後には、メイド服を着た銀髪のアンドロイドが静かに佇んでいた。
感情のない瞳。完璧すぎる仕草。
まるで人間という“種”そのものを観察しているかのようだった。
「とんでもないことをしてくれたな……」
老人――ガープは、濁った瞳をゆっくりと彼らに向けた。
「貴様……誰だ!?」
雷音が叫ぶ。
「名乗るほどの者ではないが……まあ、知っておいて損はないじゃろう。
我が名は《ガープ》。この地を統べる者。ドアダの首領にして、滅びを望む者」
その声は枯れていたが、同時に奇妙な圧力を孕んでいた。
「お前たちが倒したそれ――氷龍はただの守護者ではない。
風の旧支配者・イタクァの封印を護る《番人》だったのじゃ」
そう言うと、ガープは懐から小さな黒球を取り出した。
それは、禍々しい気配を放つ漆黒の宝珠。
「これが何かわかるかのう?」
「それは……邪神石ッ!?」
オームが叫んだ。
「その通り。この《邪神石》は、古き神々を呼び寄せる鍵にして、逆に彼らを封じるための楔でもある。
だが――見よ。これはもう限界だ。封印は、砕けようとしている」
球体には蜘蛛の巣のような亀裂が走っていた。
そこからじわじわと滲み出る黒い霧。
それは、ただの魔力ではなかった。
“理を破壊する力”。空間そのものを侵食する、神性に等しい“毒”。
「イブよ、状況を報告せい」
ガープの言葉に、アンドロイドの少女が即答する。
「イタクァ封印の残存率、2.3%。
崩壊完了までの残り時間――約五分」
「五分……ッ!」
獅鳳が顔を強張らせる。
「よし……その間、お前たちは我らの遊び相手になってもらおうかの。
たったの三分で良い。封印の再展開が間に合うかどうか、試してみようじゃないか」
「ふざけるなッ!! 誰が貴様らのゲームに付き合うかよ!!」
雷音が炎をまとい、構えを取る。
だが――その前に、一歩を踏み出した者がいた。
「《メタモルフォーゼキャンセラー》――発動」
無機質な声と共に、イブが手をかざした。
瞬間。
空間が歪む。
蒼。紅。黄。
三色の光が、音もなく崩壊した。
雷音の紅蓮が、音もなく消えた。
狗鬼の仮面が砕け、蒼の鎧が霧散した。
オームの仮面は自壊し、黄衣の魔王はただの青年へと戻された。
「がっ……ぐ、うあっ……!」
三人は膝をつき、呻きながら倒れ込んだ。
肉体の痛みではない。
それは、存在の一部を“剥がされた”苦痛だった。
「変身とは魂に刻まれたシステム。
それを遮断しただけデス」
イブは淡々と告げる。
「くそっ……!」
雷音が呻き、拳を握る。
だが力は入らない。
“英雄”であるはずの彼は、今やただの“人間”に戻ってしまっていた。
「ふん……未熟な者たちよ」
ガープはあくまで愉快そうに笑った。
「せいぜい見届けるがよい。
お前たちが砕いたその石の奥から、何が目覚めるのかをな……!」
言うが早いか、彼は《邪神石》を地面に叩きつけた。
ゴッ――!
激しい衝撃と共に黒球が砕け散る。
次の瞬間、辺りの空間が揺れた。
天井が震え、地面が軋む。
黒き霧が這い出す。
粘りつくような濃密な闇が、空間そのものを侵食していく。
(――来る……!)
誰もが、言葉を失った。
それは、熱ではない。冷気でもない。
“風”そのものが、怒っていた。
――風が、咆哮していた。
やがて、闇の中心からそれは姿を現した。
腕の代わりに吹雪を巻き起こし、顔の代わりに風の渦が回る。
その存在は形を持たず、ただ“在る”ことによって世界に凍てつく死をもたらす。
旧支配者――《イタクァ》。
それは、神であり、天災であり、
世界に終焉を告げる“風の顕現”だった。
•
雷音は、絶望の中で天を仰いだ。
己の炎が、氷風に呑まれていくのを、ただ見ているしかなかった。
「――くそ……俺たち、どうすりゃ……」
風が唸る。
世界の終わりが、確実に近づいていた。
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↑イメージしたリール動画




