乂阿戦記4 第六章 強欲の魔王アモンの娘 乂聖羅-12 再起をはかる
――その朝は、何もかもが平穏だった。
だからこそ、誰も気づけなかったのだ。
“世界の終わり”が、静かに足音を立てて迫っていたことに。
翌朝、雷音はいつもと変わらぬ様子で朝食をとっていた。
戦場に赴く前の、ささやかな日常と情報収集。
だがその静けさは、嵐の前の静寂でしかなかった。
「……今日は快晴だってさ。でも午後には皆既日蝕があるんだってな……」
食卓に置かれたテレビの天気予報は、午後三時ごろ一時的に“夜のような闇”が訪れると告げていた。
雷音はその言葉に、どこかざわつく胸騒ぎを覚えながら、もう一口パンをかじる。
その時だった。
画面に「速報」のテロップが走った。
『──緊急ニュースです』
ニュースキャスターの声と共に映し出されたのは、信じがたい光景だった。
――空一面に広がる、巨大な魔法陣。
その中心から現れたのは、赤紫に輝く龍のような外殻を持った、巨大戦艦だった。
まるで神話の深海に棲まう“リヴァイアサン”そのもの――
あまりに現実離れしたその姿に、人々は言葉を失った。
「な、なんだあれは……!?」
どよめく街の上空、戦艦の周囲に空間の裂け目が走り、そこから這い出るようにして魔物たちが現れる。
咆哮。轟音。混沌。
街は一気に、恐慌へと呑まれていった。
その時――
雷音の自宅の窓からも、異変が目撃された。
最初はただの気のせいかと思った。
だが、地響き。揺れ。腹の底を叩くような衝撃波が、体中を貫いた。
「くっ……!」
窓の外では、逃げ惑う人々の姿があった。
転倒し、負傷した者もいたが、幸い命に別状はない様子。
それでも、混乱は加速するばかりだった。
「これは……マズいぞ……!」
雷音はすぐに魔法学園へと走った。
緊急避難の呼びかけのもと、生徒たちは教室へと集まり始めていた。
その時だった。
教室の扉が静かに開き、一人の女性が姿を現す。
雷音は彼女の顔を見た瞬間、ハッと息を呑んだ。
「あ、あなたは……もしかして……ヴァルシア先生……?」
彼の問いに、女性は柔らかく微笑みながら頷いた。
「……ああ、君はたしか、ルシルのクラスメイトの……雷音君だったね」
その瞬間だった。
雷音の視界がにじんだ。
何かが堰を切ったように、熱い雫が頬を伝い落ちていく。
「……すみません。俺……ルシルのこと、助けられませんでした……。
それどころか、自分だけ生き延びて……“勇者”なんて名乗る資格なんて、どこにも……本当に……申し訳ありません……先生……」
教室がしんと静まり返る中――
かつて共に戦った仲間たちも、無言で前に進み出る。
神羅、アキンド、絵里洲、雷華、聖羅。
皆が一様に頭を垂れた。
「……まったく、ね」
ヴァルシアはため息交じりに言った。
「事情は聞いてるよ。あの場面で君たちが取った行動は、むしろ最善だったはずだ。謝る必要なんて、どこにもないよ」
そう言って彼女は懐から一冊の報告書を取り出す。
「さて、まずはこれを見てもらおうか」
机の上に置かれた報告書の表紙には、異界文字――スラル語で何かが記されていた。
だがなぜか、その場の生徒全員が読めてしまう。
(……な、なんで……!?)
一瞬の困惑も束の間、雷音が問う。
「……この本、一体なんですか? どこから……?」
ヴァルシアは静かに答えた。
「これは、ジキルハイド一味に関する各種情報をまとめた特別な報告書よ。地球防衛軍にも提出済みの資料。でも、君たちにも開示しておこうと思ってね」
「それから――」
「私も、しばらく君たちと一緒に行動するつもりだ。よろしくね」
その一言に、生徒たちは息を呑む。
安堵、そして決意が交差する教室の空気が、静かに熱を帯び始めた。
◆ ◆ ◆
一方その頃――
魔王戦艦リヴァイアサン、最深部の私室。
玉座のような椅子に座す少女のもとへ、二人の魔族が現れる。
ひとりは六芒星の一人、ラスト・エンザ。
もうひとりは、ネッソス・アムジャミンと名乗る二足歩行する馬頭の悪魔。
(気分によって半人半馬のケンタウロスの形態を取ることもある)
「ねぇねぇネッソスちん! 聞いた聞いた? ルシルたん、すっかりこっち側の子になってるらしいじゃ〜ん♡ うひょひょ〜〜!! ポックン、今日のためににゅるにゅる触手隊を大量召喚したのよぉ〜♡!」
「ブヒヒヒン! 俺も勝負用の“ムチムチアイテム”持ってきたんだ! 姫様に乗馬してもらって、一緒に悪夢の大競馬大会を開くんだ──ヒヒィン!」
「うーん、ネッソスちんってばホント馬♡ まずはマナー守ってノックだよネ? コンコンッ♪」
「プギィ♪ 失礼しま〜〜〜す!!」
開いた扉の奥――
玉座に座る少女は、無表情だった。
その目は、ふたりを見つめながらも、まるで何も見ていないかのよう。
そこに、かつての優しさはなかった。
あるのはただ、深海のように底知れぬ静謐な闇。
――けれど、その虚ろな瞳の奥に、一瞬だけ影が差した。
それはほんのわずかな、“何かを思い出しかけた”ような微かな揺らぎ。
果たしてそれは洗脳の名残か。
あるいは、ルシル自身の心の奥底に残された最後の灯火なのか。
真実は、まだ誰にも分からない。
――だが、やがて来る皆既日蝕が、その答えを照らし出すことになるだろう。
物語は、いよいよ“決戦の刻”へと突入する。
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↑イメージリール




