乂阿戦記4 第六章 強欲の魔王アモンの娘 乂聖羅-10 サンジェルマンの誤算
戦艦リヴァイアサンの物置に身を潜めながら、雷音たちは異様な気配を放つルシルの姿を、歯噛みしつつ見つめていた。
もはや、そこにかつての優しさはない。
無表情のまま敵を睨みつけるその姿には、どこか不気味さすら漂っていた。
(……いつまでも、こうして隠れているわけにもいかない)
覚悟を決め、雷音が立ち上がろうとした、その時だった――
「──動くな」
突然、背後から声がかけられた。
慌てて振り向いた瞬間、そこに立っていたのは……
ルシルを変えてしまった張本人、諸悪の元凶。
鋭い眼光を放ちながら、ゆっくりとこちらに歩み寄るその男――
スタンピート・レヴァイアタン。
彼の手には、ナイフが装着された特殊な銃が握られており、明らかに敵意を剥き出しにしていた。
雷音たちは息をのんだが、男はニヤリと笑いながら言った。
「……乂家のおぼっちゃん達よ〜。
ちっとの間、おとなしくしてくれねえか?」
「こっちとしても、お前らの兄貴――乂阿烈を敵に回す気はねえ。
けどな、ルシルには俺のオーダー通り、ちゃんと踊ってもらわねえと困るんだよ」
「なーに。明日の皆既月食の儀式が終わりゃ、すぐ返してやる。
それまでおとなしくしてりゃ、危害は加えねえと約束するぜ?」
そう言いながら、男は銃口をこちらに向けてきた。
雷音は咄嗟に身構えたが――
スタンピートはニヤリとしたまま、あっさりと銃を下ろした。
(……何を企んでやがる)
だが、雷音たちに従うつもりなど毛頭なかった。
スタンピートが隙を見せたその瞬間――
雷音が一気に距離を詰めようとした、だが――
パンッ!!
「──ッ!?」
足元に銃弾が撃ち込まれた。土煙が舞い上がる。
「おっとぉ? 妙なマネすんなよ〜?」
「おとなしくしてりゃ、撃たれずに済むって言ったろぉ?」
男はにやにやと笑いながら、まるでこちらを弄ぶように言葉を重ねる。
雷音は悔しげに拳を握るしかなかった。
「くっ……卑怯者め……!」
そう吐き捨てても、スタンピートは面白がるように肩を揺らし、笑うだけだった。
(……くそっ。どうする? どうすればいい……? 何か、打つ手は……!)
必死に思考を巡らせる雷音の耳に、不意に聞き覚えのある、飄々とした声が届く。
「あらあら〜、ずいぶん物騒だねぇ?」
その声に振り返ると――
いつの間にか背後には、乂聖羅と紅茜、そしてサンジェルマンの姿があった。
三人は、どこか不敵な笑みを浮かべていた。
「てめぇらッ!? 逃げたんじゃなかったのかよ!?」
スタンピートが叫ぶ。
それに対し、聖羅はにやりと笑って返した。
「へへん♪ あんな見え透いた罠に引っかかんないよ。
パパに兵士の引率任せて、アテらはこっそり残ってたのさ~♪ 騙されてやんの、バーカバーカ☆」
その返答にスタンピートの苛立ちは臨界を超え、ついには怒声が炸裂する。
「クソがぁッッ!!! どいつもこいつも舐めやがってぇええええええええ!!!!」
けれど、聖羅は相変わらずへらへらと笑いながら、軽い口調で言い放つ。
「ま、とりあえず落ち着こうよー。まだ話は終わってないんだからさ~?」
――そして、交渉が始まるのであった。
「さてと、本題に入るけどさ」
そう切り出した聖羅は、ひょいとこちらに視線を向けた。
「アテらとしては、まだ帰るつもりはないんだよね。
だから──ちょっと、交渉させてもらえないかな?」
スタンピートは、眉をひそめた。
「交渉、だと……?」
その怪訝な声を無視して、聖羅はひょうひょうと続ける。
「そうそう♪ キミらも分かってるでしょ? このままコキュートスの解放が邪魔されると困るのよ」
「だって、明日の皆既月食を逃したら……次に同じ儀式ができるの、何年先だっけ?」
「つまりさ。お互い妥協点を探しませんかってこと♪」
にこっとウインクを添える聖羅に、スタンピートの表情はますます険しくなる。
「……ふっざけんなよてめえ!」
怒声が飛んだ。
だが、聖羅はにやけた顔を崩さない。
(やれやれ。演技が雑なんだよねぇ、このオジサン。目の奥がぜんっぜん怒ってない)
(きっと、交渉の主導権を握りたくて怒ってるフリしてんだ。……甘い甘い)
内心でそう嘲笑しつつも、口に出したのは軽い調子のセリフだった。
「いやいや? アテは真面目に話してるよ〜?」
そう言って肩をすくめる。
スタンピートの威圧にも屈せず、終始マイペースな態度で話を続けていく聖羅。
その様子に、サンジェルマンが小声で耳打ちしてきた。
『……聖羅さん、いつまで遊んでいるつもりです? あなたの“悪党をおちょくる癖”は承知していますが、場をわきまえてください』
『え〜、ちゃんと考えてるよ〜?』
互いに目配せを交わすと、小さく頷き合い、再び前を向く。
サンジェルマンがやや真剣な表情で口を開いた。
「我々も遊びに来たわけじゃないんでね。交渉条件を出させてもらう」
「第一条件。――我々が君らの作戦に協力する代わりに、君たちにも我々の要求を一つだけ、通してもらう」
そこで言葉を区切った後、聖羅が前に出て――
にやりと、悪魔のような笑みを浮かべた。
「アテら乂族の方の要求としてはね、スタンピートさん」
「──“11人委員会に見切りをつけて、乂族に組みしなよ”ってこと♪」
「コキュートスの解放が済んだらさ。
そのまま、アテらの『灰燼の覇王』の側近になってほしいの。
そしたら、お礼に──君の願いを一つ、叶えてあげるよ?」
その一言に、スタンピートは……数秒沈黙したのち、大笑いした。
「はっはっはっはっ!! 何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しいにも程がある!」
「てめえ……本気でそんな話が通ると思ってんのか!?」
ひとしきり笑った後、ギロリと聖羅を睨みつける。
だが当の本人は、またも飄々としたまま、どこ吹く風で返す。
後ろから、慌てたようにサンジェルマンの声が飛んだ。
「な、何を言っている乂聖羅!! それでは、我々の立場が……!」
「え? なにが?」
肩を竦めながら、聖羅はこともなげに返す。
「アテはたしかに、ジキルハイド・ルキフグスには落とし前つけさせるって言ったけど〜?」
「別にスタンピートまで“やっつける”なんて、一言も言ってないよ?」
「それにさ? アテのおじいちゃん──“灰燼の覇王”は、スタンピートの戦術センスをかなり高く評価してるんだよ?」
「『使えるなら将軍に欲しい』って、アテにスカウト指令まで出してるくらい」
「……もちろん、断っても構わないけど」
「その時は、その時で――乂族は総力をあげて、君の作戦を全力で潰しにかかるけどね~♪」
にたり。
悪魔のような微笑で告げる聖羅に、さすがのサンジェルマンも言葉を失った。
「くっ……この外道が……っ!」
サンジェルマンは怒りのあまり拳を握りしめる。
だがその拳を、ふいに小さな手が包み込んだ。
ふと振り返れば、そこには聖羅がいた。
まるで聖女のような笑みを浮かべながら、まっすぐにサンジェルマンを見つめ、囁くように語りかける。
「ねえ、どう?
策士で有名なサンジェルマンさん──」
「青臭い小娘って、
見下してた相手に、まんまとしてやられるって──どんな気分?」
その声音は、優しさに似た温度で紡がれていた。
だが、その奥底に潜むのは――紛れもない愉悦だった。
「ねえ、ねえ?
……さぞ悔しいでしょうねぇ?」
一拍、間を置く。
そして、トドメのように――
「可哀想♡」
それは、刃より鋭い、少女の嘲笑だった。
サンジェルマンは一瞬、目を見開いたが……すぐに眉間に皺を寄せ、静かに吐き捨てる。
「……マスター・ワンの忠告を、ちゃんと聞いておくべきだった……」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
敗北の味を噛みしめるその表情は、もはや何もかもを悟った男のそれだった。
「畜生……! 覚えてろよォーーーーーッ!!!」
怒りと屈辱を混ぜた捨て台詞を最後に、
彼は転移魔法を発動し、激しい閃光とともにその場から消えた。
ぱちん……と、静寂が降りる。
誰もが呆然と立ち尽くす中――
聖羅だけが、いたずらっ子のように小さく舌を出して言った。
「……はーい、演技終了っと☆」
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