乂阿戦記4 第六章 強欲の魔王アモンの娘 乂聖羅-8 乂聖羅の来訪
一方その頃、11人委員会第四席レスナス・ゼロゼギルトの元には二人の客人が来ていた。
レスナスの友人であるクロウこと漆黒の魔王アシュタロスと、拐われたルシルの叔母ヴァルシアこと伝説の大魔王ヴァールシファーの二人が訪れていた。
二人は攫われたルシルの安否を相談する為、共通の友人であり11人委員会屈指の情報通であるゼロゼギルト家にやって来たのである。
現当主レスナス・ゼロゼギルトは2人の客人から聞いた話を確認する。
レスナスは重く頷きながら、事件の全貌を静かに整理する。
「……なるほどな。つまり、ルキフグスの正体は“黙示録の赤い竜”。魔界に封印された兵器倉庫――《封印門》そのものってわけか。
そして、ルシルちゃんが持つ“改獣ラ・ピュセル”が、その門を開く“鍵”だと……。
反ベルゼバブ派はそれを使って魔界門をぶち開けようって腹か……」
それを聞いたヴァルシアが険しい表情で口を開く。
「そう、そして今回の事件の黒幕と思われる人物がいる……」
「ほう……?誰だそいつは?」
その返答を聞いたレスナスの表情が一気に険しくなったのを見て、ヴァルシアは難しい顔でこう言った。
「これはあくまでも私の勘なんだけれど……此度の誘拐事件の黒幕は恐らく『嫉妬の魔王』だと思う……」
その言葉を聞いてレスナスの表情はますます険しさを増した。
「おいおい、冗談きついぜヴァルシアちゃんよぉ!あの野郎『嫉妬の魔王』カルマストラ3世は黒天ジャムガに徹底的にいたぶり殺されたはずだぞ?それともアレか?奴が生き返ってまたテロ活動を始めてるってのか?」
それに対して彼女は首を横に振った後、静かな口調で答えた。
「……いいえ、私が言いたいのはそういうことじゃない……。彼には彼を裏から操っていた弟がいたの……」
そこまで言いかけたところでレスナスは彼女の言葉を遮るようにして言った。
「ああ、わかってるさ。
つまりだ……
今の『嫉妬の魔王』は、カルマストラ3世の弟……本名スタン・ソウル。
かつて龍麗国の王族狩りから逃れるため、“エンザクローンの一体”と偽り、戦場に立ち続けた猛将。
狂王エンザの28人の子の中でも、最も戦争に強かった男と言われてたな……」
すると彼女もそれに頷き返した。
「ええ、そうよ。だからこそ一刻も早く──あの子を助けてやらなきゃいけないの」
それを聞くとレスナスは小さくため息をつきながらもどこか納得したような表情を見せた。
「……ったく、お前さんも大概無茶なことを言うな、というかもう慣れちまったけどさぁ…………」
そんな彼の言葉に対してヴァルシアもまた小さくため息をつくと言った。
「……まあね……。自分でもそう思うよ……だが今回ばかりは本当にまずいかもしれない…………なにせ嫉妬の魔王の動きに暴食の魔王ベルゼバブまで動き出している」
2人はしばらくの間黙り込んでいたが不意に口を開いたかと思うとほぼ同時に同じセリフを口にしたのだった。
それはまさに今現在起きている事件への危機感を感じさせるものだったのだが、それと同時に彼らを取り巻く環境の厳しさも物語っていると言えるものであった――
(はぁ……どうしたものか……)
11人委員会の第七席を務めるサンジェルマンは自身の置かれている状況に頭を抱えていた。
というのもつい先日起きた例のジュエルウィッチ誘拐作戦で重要な役職に就いている者や有力な協力者達が次々と襲撃を受け殺されていったからである。
乂族の灰燼の覇王乂阿烈
ドアダ帝国の蛇王ナイトホテップ
黄衣の使徒の覇星ゴーム・ソウル
巨竜王アング・アルテマレーザー
雷帝デウスカエサル
スラル事実上の盟主トグリル・アシュレイ
今代のジュエルウィッチ達はこの恐るべき覇王たちの身内ばかりである。
連中に中途半端な策は通用しない。
奴等はムカついたことがあれば真正面からの超暴力で敵を殲滅してくる極道者ばかりだ。
特に乂阿烈が恐ろしい。
彼の持つ力は強大すぎるのだ。
奴には誰も逆らうことができないだろう。
たとえそれが全能の神であってもだ。
何故なら彼はまごうことなき世界最強の男で神を殺すため生まれてきたような男なのだから……。
とはいえそんな彼でも恐れるであろうものがあるとすればやはり『傲慢の魔王ルシファー』だろう。
かの大魔王もまた神を殺すために生まれてきたような存在だからだ。
しかし、いくら何でもこれほどまでに強力な連中が一度に動くことはありえないだろうと思っていた矢先のことだった。なんと今度は『黙示録の赤い竜』が動き出したというのだ。
それを知ったとき彼は思わず笑ってしまったものだ。
何せ『黙示録の赤い竜』裏で操るのは、新しい『嫉妬の魔王』スタンピート・レヴァイアタンだからだ。
傲慢の魔王ヴァールシファー
怠惰の魔王アシュタロス
暴食の魔王ベルゼバブ
嫉妬の魔王レヴァイアタン
強欲の魔王乂阿門
憤怒の魔王『黙示録の赤い竜』
そして色欲の魔王たる自分、アスモデウス・サンジェルマン
「全ての七大魔王の動きが活発になってきました……これは本当にラグナロクが近いかもしれませんね……」
憂鬱そうに呟く彼に対して傍らに控えた部下の一人が答えるように言った。
「まさかとは思いますが閣下、あなたはご自身が負けるとお思いで……?」
その問いにサンジェルマンは首を振ると答えた。
「いえ、そういうわけではありませんよ。ただ私としてはこれ以上無駄な争いを増やしたくはないのです。なにしろ私達の目的は平和ですからね」
そう言ってにこりと笑みを浮かべる彼に、部下たちもつられて笑みを浮かべたのだった。
その時だった、突如としてドアがノックされたかと思うと一人の女性が姿を現したのである。
彼女はそのまま部屋に入ってくると開口一番こう言った。
「お困りのようだねぇ~おじさん♪」
突然のことに呆気に取られている一同を尻目に女性は続けると言った。
「実はちょっと相談があるんだけどさ、聞いてもらえないかな?」
それを聞いた瞬間、誰もが思ったことだろう。
こいつ何言ってるんだと……..。
(なんなんだこの女は!?)
(いきなり入ってきて何様のつもりだ!!)
(そもそも何者なんだこいつは…….?)
様々な疑問が湧き上がる中、いち早く我に返った者が声を上げる。
「おい、お前いったい何者なんだよ!?」
それに対して女性はニコニコしながら答えた。
「んふふ~♪私はただの通りすがりのラスボスちゃんだよ~。乂聖羅ちゃんだよ〜!」
そんな自己紹介を聞いた者たちはますます混乱した様子でお互いの顔を見合わせていたがやがて一人の男性が言った一言によって状況は一変することになることとなる。
その人物とは先程から沈黙を貫いていた初老の男性であった。
その男11人委員会第十席マスター・ワンこと蟷螂闇輝は言った。
「ほう、先代エクリプスよ…お前がここに来たと言う事は阿烈がトチ狂って全面戦争に動き出したということか……クックック、わざわざワシの前に姿を現したという事は死合いに来たか?……年甲斐もなくトキメクではないか〜〜……」
普段無表情の王秀明が二チャーとそれはそれは恐ろしい笑顔で微笑んでいた。
彼は笑顔が怖い、凄まじく怖い。
正直言ってマジで怖かった……..。
そして王秀明の発言を皮切りに、その場に居合わせた者達は一斉に臨戦態勢へと移行していったのだった。
無論サンジェルマンも例外ではない。
「いやいやいやいや!あたしただパパからの伝言伝えに来ただけだから!蟷螂闇輝の相手とかマジ御免こうむるから!というかあなたと喧嘩しても勝てる気しないし!!」
慌てて弁明する彼女であったが、次の瞬間には王秀明に捕まってしまうことになる。
いや、正確に言えば彼女が自分から倒れて捕まったと言うべきか?
何故なら王秀明の右手にはいつの間にか蟷螂拳の手形が握られており、それを彼女の首元に押し当てていたからだ。
すると突然彼女の顔色が真っ青になり、全身が痙攣し始めたかと思えば白目を剥いて失神して、王秀明の胸に倒れ込んでしまったのである。
それを見た王秀明は満足そうに頷くと、彼女にトドメを刺そうとする。
しかしそこに割って入った人物がいたのだ!
なんと乂阿門である!
「おいこら待て、てめえ!」
彼はその手に持つ魔槍を振りかざすことで王秀明の攻撃を阻止したばかりか逆に斬りつけようとしたのだ!
だがその魔槍の一撃は、あっさりと弾かれ、逆に蟷螂拳の餌食になろうとしていた。
(チィ!?)
そう思った瞬間だった……
突如現れた紅い女侍が二人の間に割り込んできたのである!
居合の構えを取る女侍を見て王秀明がホウ!と、うれしそうに感嘆を漏らす。
「主様と娘から離れろ!蟷螂闇輝!」
その女侍は乂阿門の妻にして聖羅の母である紅茜だった。
「……ついてる。美味しい獲物が2匹も狩れる!」
王秀明は凄絶な笑みを二大武仙に向ける。
だがサンジェルマン伯爵が王秀明と乂阿門達を制止した。
「双方そこまでです!」
「なぜ制止する伯爵?ウヌも乂阿門と乂聖羅の奸猾狡詐を知らぬわけではあるまい?話すだけ時間の無駄だ。少しでも気を緩せばたちまち奴等の策にはまり破滅するぞ? 譎詐でこやつ等と渡り合おうと思わぬことだ……」
そう語る王秀明の表情は真剣そのもので、心から二人の奸佞邪知を警戒していることが窺えた。
だがサンジェルマンは思う。
自分とて11人委員会随一の謀士。
子娘ごときに知恵比べで負けるつもりはないと……
阿門と王秀明が睨み合っているうちに乂聖羅が目を覚ました。
途中から話を聞いていた聖羅は王秀明を論したのだ!
「……ふん、王さん、アテらを買いかぶりすぎだよ」
「なに?」
「そもそもアテ等は初めから戦う気なんて無いんだ。つーかアンタみたいなタイプには周りくどい真似はなしだ。ストレートに用件をいう」
「………」
聖羅は居並ぶ者たちを見回し、スッと立ち上がると王秀明に向かって言い放つ。
「アテ等が狙うのはルキフグス個人だけ。
奴は“魔界門”の禁忌に手を染めて、あろうことかアテの……“聖域”にまで踏み込んできやがった。
それが――本気で気に食わねぇ。
……まだ、全面戦争する気はねぇけどな。今は、な」
そんな聖羅の言葉に呆れたのか、やれやれといった風にかぶりを振る王秀明だったが、その表情にはどこか笑みが見えた。
「……まったくお前というやつは……相変わらず青臭い事を言う奴だな。ルキフグスが学園というお前の縄張り…いや、聖域に足を踏み入れたのがそんなに気に食わないのか?……まあよかろう、今回はその青臭さに免じ見逃してやろう。どうせこれからすぐに潰しあう関係になるしな」
「そうかよ、理解が早くて助かるぜ。たしかに学校の奴らの中には時が来たら殺し合う仲になる奴等もいる。けどその時期が来るまではお気に入りの学友だって決めてるんだ。それに手を出したルキフグスの爺いは生かしておけねえのさ。じゃあな、アテ等はこれで失礼させてもらうよ……」
そう言い残して去ろうとする聖羅達に待ったをかけた者がいた。
それはサンジェルマンであった。
彼女は聖羅の背中に声をかける。
「待って下さい!あなた方が行くなら私も連れて行ってくださいませんか?」
その言葉に驚いたのは王秀明ではなく、彼の後ろに控えていた彼の部下達であった。
まさかこのタイミングでそんなことを言い出すとは思ってもいなかったのだろう。
当然の事ながら猛反対するのだが、それでも食い下がるサンジェルマンに遂に折れてしまったようだ。
「……ったく、しょうがねえなあ!で、サンジェルマンさんよ、なんだってアンタはアテ等についてきたいって言うんだい?ルキフグスの爺さんが政治的に目障りだからかい?」
「……それもありますが、最大の要因は、我が愛しの歌姫ユキル様が、あのジキルハイドの爺いに捕まってるということです!!あぁ我が麗しの歌姫ユキル!!あなたが気がかりで私はいてもたってもいられない!どうか今しばしご辛抱下さい!あなたの騎士サンジェルマンが必ずやあなたをお救い上げに参ります!待っていてくだされぇぇっぇええ!我が愛しの歌姫様あああ!!」
奇声を上げ絶叫するサンジェルマンに思わず絶句する聖羅達
「……………………」
「……いやもう呆れるしかないよねこれ。いやいや何なんだこのなんだ?……サンジェルマン、あんた実はユキルちゃんのファンだったのかよっ!……あーはいはいわかりましたよーっと……はあ~めんどくせえことになったぜぇ~、とりあえずアンタの申し出は、アテ等は11人委員会はルキフグスを委員会メンバーから除外し、アテ等の討伐作戦に口をはさまない。そういう風に解釈させてもらうよ?」
「えー、それで構いませんとも!」
にっこりと笑うサンジェルマン
(クック、強欲の魔王阿門をうまく利用して嫉妬の魔王スタンピートから復活させる予定の悪魔軍団をかすめとってやりましょう!せいぜい利用させてもらいますよ阿門さん……)
サンジェルマンの考えを見透かしている王秀明はため息をつく。
こうして一同は目的を果たすべく行動を開始することにしたのである




