乂阿戦記4 第五章 聖王に挑むケルビムべロスの虎-9 拳聖激闘 鳳天vs羅漢
何よりも凄かったのは、そのスピード感だった。
目にも留まらぬ速さで繰り出される技の数々に翻弄されっぱなしで、ルシルの目をもってしても全く付いていけなかったのだ。
「し、信じられません……寸止めのはずなのに、まるでボクシングのノーガードの殴り合いを見ているような錯覚です……!」
その驚きに、ルシルが思わず声を漏らす。
すると、隣にいた羅刹が静かに答えた。
「奥義・不殺破心拳だ……相手を殺さず敗北を認めさせるために編み出された活人拳の奥義。殺気だけを叩き込む、究極の“寸止め”だ。……あの二人は、その技をもって立ち会っているのだ」
「ふ、不殺破心拳! あの伝説の活人拳が本当に実在したんですか……!?」
ルシルとホドリコが目を丸くして絶句する。
「お前たちなら分かるだろう。あの闘いを見れば、私の言葉が真実だと」
「た、たしかに……」
ごくりと喉を鳴らす二人。
「だが……活人拳で、この闘いに決着をつけられるのでしょうか? これはもはや、サバゲーの枠を超えた武術家同士の果たし合いです!」
そう言ったルシルに、羅刹は一つ息を吐き、胸を張って言い切る。
「決着はつく。不殺破心拳は体こそ傷つけぬが、心を折る拳だ。……私も三ヶ月前、兄に挑み、完膚なきまでに敗れた」
「!?」
「あ、あなたが……敗れた……?」
驚愕するホドリコとルシル。
「そうだ! 凄いだろう!? 我が兄・羅漢は!!」
子供のようにはしゃぎながら、自慢げに語る羅刹。
だがその目には、確かな尊敬の色が宿っていた。
「……兄上は、俺が知る中で唯一、“殺さずに勝つ”ことを本気で体現してる男だ」
そして、拳を強く握りしめる。
「あの技を受けた者として予言しよう。この闘い、不殺破心拳をクリーンヒットさせた方が勝者となる!」
鳳天と乂羅漢。
その二人は、武仙と呼ばれる者たちの中でも、さらに遥か高みにいる存在だった。
ルシルは、武の世界の“深淵”を垣間見た気がした。
だが、それでも──やはり、どこかに差はあるのかもしれない。
なぜなら、さっきからずっと羅漢が防戦一方になりつつあったからだ。
そして、ついに均衡が崩れる。
なんとあの最強の男・鳳天に、隙が生まれたのである……!
一瞬の油断。だがそれを見逃すほど、羅漢は甘くない。
すかさず懐に飛び込み、渾身の一撃を叩き込もうとする!
──が、ギリギリで躱された。
羅漢の拳は空を切り、その隙を逃さず鳳天がカウンターを放った。
寸前で止まったはずのその一撃に、羅漢の表情が歪む。
「くうっ……!」
実際には当たっていない。だが殺気だけで、脳が“腹痛”の信号を出していたのだ。
どうやら、あの隙はカウンターを誘うフェイクだったらしい。
まんまと引っかかった羅漢は、かなりのダメージを負ったようだ。
鳳天がその好機を逃すはずもない。
すぐさま追撃に移ろうとした──が、途中で動きが止まった。
一体、何が起きたのか……?
……そのはずだった。
だが、鳳天の視界から羅漢の姿が“溶ける”ように消えていたのだ!
《瞬歩無拍子》──!
複雑な軌道の高速機動。あたかも縮地法、あるいは瞬間移動のように相手の死角に入り込む幻惑の術。
(ヤロ〜……)
(ふっ、もらったッ!!)
心の中でニヤリと笑いながら、羅漢は一気に距離を詰める。
「──疾風迅雷!!」
目にも止まらぬ速さで背後を取るや、間髪入れず攻撃を放つ!
完全な死角からの奇襲──勝負あったかに思えた、その瞬間だった。
パシッ!
その拳が──片手で受け止められた。
「……ッ!?」
流石の羅漢も驚愕し、目を見開いた。
(まさか……俺の“全速”を見切っていたのか!?)
一瞬の戦慄が脳裏をよぎる。
だが、すぐに構え直す。
臆したら、すべてが終わる。
意を決して仕掛けた。
その瞬間、羅漢の体が揺れたように見えた──
次の刹那。
鳳天と羅漢、両者の肉体が凄まじいスピードで激突していた。
交錯する拳。寸止めでありながら、火花が飛び、衝撃が走る。
──現実にはぶつかっていない。
だが“世界”が、あまりの殺気にだまされたのだ。
それほどまでに、“不殺破心拳”の完成度は高い。
一進一退。
どちらが勝つか、まったく予想できない攻防が続いていた――
空間が震え、熱気が満ちる中――
──そして、もうひとつの戦場でも、伝説と呼ばれる漢たちの激突が始まろうとしていた。
「……はぁああああぁああぁっっ!!!」
威勢の良い掛け声とともに、強烈な斬撃を放つアーレスタロス。
その攻撃を、ただ一人、受け止める男がいた。
剣の風神・織音主水。
彼は余裕の笑みを浮かべながら、迫る剣を軽やかにいなし、反撃に転じる。
アーレスタロスも簡単にはやられない。
巧みなフットワークで回避しつつ、鋭い斬撃を浴びせ返す。
観客たちは息を呑み、歓声を上げ、応援の声を飛ばしていた。
──だが、当の本人たちはそんなことなど意に介さず、ただひたすらに己の力をぶつけ合っていた。
一方は、空を裂く風の剣。一方は、大地を焦がす炎の斬撃。
それは、風と火がせめぎ合うような、烈しき闘いだった。
そして、決して遊戯ではない、“魂と魂”のぶつかり合いであった――
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