乂阿戦記4 第四章 漆黒の魔王クロウ・アシュタロス-12 ルシル・エンジェルvs ホドリコ・アントニコ・ノゲノーラ
……一方その頃。
試合場の別区画では、烈火の如き闘気がぶつかり合っていた。
二人の女戦士。
剣を掲げる騎士ルシルと、構えを解かぬ闘神ホドリコ。
その姿はまさに戦乙女同士の果し合い。神話に刻まれるべき光景であった。
ルシルは剣を持ち替えた。
両の掌で刀身を掴み、対人に特化したハーフソード剣術の構えへ。
刀身をオフハンドで支えることで、剣は槍にも棍にも変わる。
たわみを殺し、剛性を増した鋼は、顔や関節といった急所を正確に狙うための凶器と化す。
近接戦闘における押し合い、組み合い、その全てにおいて取り回しは無類。
戦場で培われた、殺すための構えだった。
対するホドリコは立ち技。
本来はタックルからの寝技を真骨頂とする女傑。
だが今、その両手に握られるのはプッシュダガー型のマーキングアイテム。
拳を収め、ボクシングの構えをとる。
彼女は寝技師でありながら、同時にスタンドでも一流。
パンチすら反則となる試合場で、彼女の技は凶刃のごとき輝きを放つ。
その姿は、まさに“コンプリートファイター”。
互いに一歩も引かず、観客が固唾を呑む中——
突如、ルシルの剣が光を放った。
「……まさか、あの技を」
ホドリコの眼が細まる。
聖光剣。
あの大技を繰り出すつもりか。
受け切れば、反則勝ちに持ち込める——そんな算段すら胸をよぎる。
「必殺ッ!」
閃光をまとい、ルシルが踏み込む。
振りかぶられた剣が落ちる、その寸前。
——だが。
斬撃は振り下ろされることなく、空を切った。
剣が手放され、次の瞬間にはルシルの両腕が獣のようにホドリコへ襲いかかる。
「なにッ──!?」
それは、必殺と見せかけた虚実の転換。
斬撃を捨て、投げへと移行するという、極めて危険な戦術。
目が追いつくよりも早く、ホドリコの身体が宙を舞い、背中から叩きつけられた。
ドゴォンッ!!
重い衝撃音が闘技場を揺らす。
肺の中の空気を強制的に吐き出されながらも、ホドリコは咄嗟に受け身を取る。
骨が軋む。だが、耐えた。
次の瞬間には、既にルシルが迫っていた。
目を奪う速度で間合いを詰め、首筋にその細い腕を絡ませる。
「ぐっ……!?」
かつて自らも気絶に追いやられたチョークスリーパー。
鉄環のように締め付ける圧力。
ホドリコの呼吸が止まりかけた、その刹那。
彼女は親指を立てると、ルシルの肘の急所を突き刺した。
ビリリ──ッ!
電撃のような痛覚が走り、拘束が解ける。
わずかな解放。わずかな隙。
そこからホドリコは身を捻り、背後へと回り込む。
寝技の海へと引きずり込もうとする。
だがルシルは一瞬で距離を断った。
寝技は不得手。ならば応じる必要はない。
素早く剣を拾い、再びハーフソードの構えを取る。
二人の眼光が交錯した。
もはや譲れぬ意地と矜持の真っ向勝負。
その先にあるのは、武の極致か、死の淵か。
試合場に吹き荒れる殺気と衝撃は、もはや武の域を越え、災害そのものであった。
観客席にいた者たちの呼吸は乱れ、鼓動すらも戦場に呑み込まれていく。
その時――
灰燼の覇王・乂阿烈が立ち上がる。
「……そろそろだな」
低く呟く声が、雷鳴のように周囲を震わせる。
武の帝王。その眼は戦場のただ一点を射抜いていた。
続いて立ち上がる影。
11人委員会第十席、蟷螂闇輝・王秀明。
声は嘲るようでありながら、どこか愉悦に濡れていた。
「グルァーッア”ッア”ッ……破壊の均衡を整えねば、客席は灰燼と化す。
この小童どもの遊戯に、世界が巻き込まれては興が削がれるからな」
二人の巨人が歩を進める。
南と北へ、それぞれ観客席を守るために。
「ふん……乂阿烈。お前が観客を気にかけるとはな」
「なあに。ドアダの爺さんへの点数稼ぎよ。我ら乂族は、同盟を結んでから随分恩恵を受けているでな」
「処世術を覚えたか。……ユキルを。娘を大事にして貰っていることが、よほどありがたいのだろう」
阿烈は鼻で笑う。
しかしその拳は、いつでも振るえる鋼のごとく、微動だにしない。
「やかましいわ。お主こそ、観客を案じるなど似合わぬではないか」
王秀明は細めた眼で、アカデミア学園の王将席を見やった。
そこにいる銀河連邦最強のHERO――フェニックスヘブン。
そしてその傍ら、教師・織音主水。
「……奴らがまだ出ていない。ゆえに、この戦いは前哨にすぎぬ」
一瞬、観客席を走る冷気。
ふたりの巨人の視線だけで、群衆は黙り込む。
「グルァーッハッハ……まあよい! ワシは北だ」
「ならば、私は南だ」
次の瞬間、二人は地を蹴り、風そのものと化す。
観客の間をすり抜けるその速度は、誰一人として追えぬ。
人々が気づいたときには、もう二人はそれぞれの端に立ち、嵐のように迫る戦気を抑え込んでいた。
……それから数十分後……………
ルシルとホドリコ試合はもはやゲームの域を飛び越えようとしていた……!
両者は息切れを起こしながらも一歩も引かずひたすら打ち合っている最中だ……。
両者相手を殴り倒す打撃技は決して使っていない。
マークをつけるための牽制や投げ技のとっかかりを掴む為の組み手をしてるだけだ。
にもかかわらず、お互いにボロボロになりながら戦っている様子が見て取れるほどである
(実際彼女らの身体の一部は既に骨折してしまっている)
寸止めも牽制もそれ自体が計り知れない破壊力を持つのだから当然の結果といえる。
事実わざわざ乂阿烈と王秀明が観客被害が出ぬよう破壊の中和を始めている。
牽制と寸止め、マーキングのアクションのみとはいえ、それでも両者の表情は真剣そのものであり、決して闘争に対し手加減などしていないことが分かる!
「はぁああっ!!!」
という掛け声とともに一気に加速して突っ込んでくるルシルに対して迎え撃つようにこちらも走り出しながらカウンターを狙っていくことにしたホドリコ。
「せらぁあっ!」
ルシルの動きをまるで予想していたかのように最小限の足運びでルシルの突進を避けつつ、ルシルの懐に飛び込んでくると同時に中段前蹴りを繰り出しルシルの距離を潰したのである……!!
「ぐっ……!」
もう既に体力を使い果たしているはずなのになんという反応速度だろうか!? かろうじて左腕で防いだものの衝撃で吹っ飛ばされてしまい、体勢を崩したところへすかさずタックルを仕掛けてくるホドリコ。
そしてそのままマウントポジションを取ろうとしてくるので、なんとか振り落とそうと暴れるルシルだったが、なかなか離れないばかりか、だんだんとホドリコに都合のいい寝技ポジションに詰められていき、ついにはバックから密着されてしまった……!!!
「くっ……!?」
そして首に巻きつくホドリコの腕!
ホドリコはここでようやく動きを封じられたのである!
「……ふぅ〜!」
一息吐くやさらに力を込めて首を絞めようとする。
さすがのルシルも苦しそうな表情を浮かべている。
「ぐぁっああぁあぁぁあああっっ!!!」
そんな中でも必死に抵抗する彼女であったが徐々に力が抜けていくのが分かる……。
やがて抵抗を諦めたのかだらりと手足を投げ出すようにして動かなくなってしまったのだ……!
(ああ、ここまでか……)
背筋を焼くような締め上げに、視界は赤く滲み、肺は破裂寸前に膨れ上がる。
ルシルは、もはや指先ひとつすら動かすことも叶わぬ絶望の淵にあった。
――だが、閃いた。
あの瞬間、自らが破られた技。その記憶が脳裏を稲妻のように駆け抜ける。
親指を立てる。
ただ一か八かの反射だけを信じて。
「──ッ!」
ホドリコの肘へ、鋭く突き刺さる。
肉が痙攣し、電流が走り、巨躯の制御が途絶した。
わずかに緩んだその隙間へ、ルシルは己の全てを叩き込む。
奪い取ったプッシュダガーを閃かせ、喉笛へと走らせた軌跡は赤い線となって刻まれる。
観客席が沸騰する。
空気が割れ、勝敗の女神がその瞬間、ルシルの肩へと舞い降りた。
「勝負──あり!」
荒い呼吸とともに、ルシルは膝を折り、虚空を見上げる。
ホドリコもまた、静かに膝をつき、礼を尽くす。
「……参りました」
短く、それでいて潔い敗北の言葉。
ルシルも慌てて両膝をついて座り手を添え、何とか息を整えそして礼をする。
「あ、…ありがとうごさいましたぁっっ!!!」
互いに両膝をつき、手を添え、礼を交わす。
その瞬間、戦場にいたのは勝者も敗者もなく、ただ二人の武を極めた女傑だけだった。
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