乂阿戦記4 第三章 桜の魔法少女神羅と天下の大泥棒-23 鳳博とレナスの馴れ初め
「……あれは俺がまだ小学生だった頃のことだ……」
語り始めた鳳博士の声は、妙に遠くを見つめていた。
「その日も機械いじりの部品を買いに秋葉原をぶらついててさ。ふと目に入ったんだよ、古ぼけたゲームセンター。今じゃもう潰れちまったけど、あの店の前で俺は足を止めた」
「ゲームセンター……?」
阿門が怪訝な顔をする。
「ああ。入り口にはオンボロの格ゲー筐体が置かれててな。どういうわけか、無性に惹かれた。だがその日は財布を忘れててよ、諦めて帰ろうとした……その時だった」
「……ん?」
「店の看板に……“レナス・テバク杯”って書かれてたんだ」
「……!!」
「当時は知らなかったが、そのゲーセン、全国規模の格闘ゲーム大会の会場だったらしい。でな、ふと見た対戦表に――あったんだよ。“レナス・テバク”って名前が」
「……まさか……あのレナス?」
「そう。男向けの格ゲーで、俺と同年代くらいの少女が、上位に食い込んでた。正直、悔しかった。女に負けてたまるか!って思って、家に飛んで帰って、レナスの使ってたキャラの攻略動画を漁って……ハメ技コンボを編み出して、完封してやろうとした」
「……しかし」
「――逆だった。こっちの持ちキャラが、徹底対策されててな。完膚なきまでにボコられた」
(いや、脱線してないか……?)
阿門は思った。だがあえて口には出さなかった。
「それ以来だ。俺にとってゲームは、ただの遊びじゃなくなった。努力と才能の真剣勝負。あの時、あの少女――レナスに出会わなきゃ、今の俺は無かったと思う」
「つまり……レナスとは因縁があって、それが今も続いていると?」
その問いに口を開いたのは、乂聖羅だった。
「うん、わかりやすくまとめるとね。鳳博士とレナスちゃんは昔からの腐れ縁。最初はゲームでライバルだったけど、気づけば友情に、そして愛情に発展。今じゃれっきとした恋人同士!」
「…………」
「……ってコラ、てめぇどこで覗いてた!? あの時誰もいなかったはずだぞ!?」
「ふふっ、研究室の防犯カメラは全部私の監視下なのさ♪ あ、ちなみにキス止まりだったからガッカリだったよ。もっと濃厚なラブ展開を期待して、録画ボタン準備してたのに〜」
「やめんかーーーッ!!」
博士の顔が真っ赤になり、聖羅はケラケラと笑う。
だが、その一部始終を聞いていた阿門は、突然ビシッと指を鳳博士に突きつけた。
「なるほど、わかったぞ!
唐突だが、鳳博士よ――俺は話を聞いて、あのレスナスという男が気に入った!
あの男、味方に引き入れたい! 将を射んと欲すればまず馬を射よ……いや、妹を射よ!
だから、妹のレナスや、あんたとも仲良くしておきたい!!」
「…………」
「ってことで今晩! 俺と飲みに行こうぜ!! 熱く語って、酒を酌み交わそうじゃないか!!」
あまりに勢いに任せた宣言に、場が一瞬凍りつく。
が――
「ふっははははっ!! よかろう白阿魔王! あんたの器、気に入った!! 今宵は語り尽くそうじゃないか! 俺と、あんたと、そして……レスナスの未来のためにな!!」
がっしと握手を交わし、二人はそのまま医務室を後にした。
……だが、誰も知らなかった。
この出会いが――後の大転機に繋がるとは、まだ誰も気づいていなかったのだ。
***
さて、阿門と鳳博士が去ったあと、医務室に残されたのは乂聖羅、乂羅刹、今宵鵺、アン・テイルの四人。
当然話題になったのは、先ほどの騒動についてだった。
「……まったくジキルハイド、いや青髭魔王ルキフグスのジジイは何考えてんだ!? 委員会の許可なしに、あたしたちと直接戦争する気かよ!」
テーブルを叩きながら怒鳴る羅刹。その横で聖羅が飄々と口を開く。
「まあまあ羅刹叔母さ――じゃなくて羅刹お姉ちゃん♪ この街、軍関係者だらけだよ? ドアダ、乂族、連邦、覇星、タイラント、ナイン、その他モロモロ……」
「ちょっ……今“叔母さん”って言いかけたわよね!? やめなさい、“お姉ちゃん”って呼びなさい! オバサンって響きはイヤ! メンタルにくるのよ!」
「はいはい、お姉ちゃん♡」
目一杯のぶりっ子笑顔であざとく可愛い子アピールをする聖羅
妹(姪)の可愛さに羅刹はご満悦になる。
「うん♡ それでいいのよ♡」
満面の笑みで頭を撫でてくる羅刹の姿に、今宵鵺はふと目を細めた。
(……あの頃の羅刹なら、絶対こんな態度は取らなかった。まるくなったな……)
とても昔、無表情で敵を斬り捨てていた頃の彼女とは思えなかった。
こうして少しずつ、過去の因縁やしがらみはほぐれ、戦士たちは“今”を生きようとしていた。
だがその“今”の裏では――着実に、次の嵐が迫っていたのだった。
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