乂阿戦記4 第三章 桜の魔法少女神羅と天下の大泥棒-22 兄貴はつらいよ
マリアンの身体を調査したところ、信じがたい事実が明らかになった。
──彼女は吸血鬼化していたのである。
だが、問題はそこではなかった。
彼女が捕まったのは、太陽の照りつける真昼間。
常識的に考えれば、吸血鬼など活動できる時間帯ではない。
にもかかわらず、彼女は正気を保ち、理性も言語も知性もそのまま──
つまり彼女は、“デイウォーカー”と呼ばれる、昼間も行動可能な異種吸血鬼に変異していたのだ。
調査の末、明らかになった真相は凄惨だった。
誘拐された女性たちは、人工デイウォーカーを作り出すための実験体として攫われていた。
その“素材”として弄ばれたのだ。
このままでは犠牲者は増える一方だ。
そう判断したレナスは、政府に対し特殊部隊の出動を要請した。
だが──その願いは、あっさりと却下された。
理由は明確だった。
このデイウォーカー計画そのものが、“人類管理十一人委員会”の肝煎りで進められていたのだ。
巨大な政治的影響力を持つこの委員会に逆らうことは、国家であっても難しい。
──否、政府は何もしていなかったわけではない。
十一人委員会のある人物と水面下で接触し、対応を“委ねた”のだ。
その人物こそ、皮肉にも──
レナスの実の父親、レイン・ゼロゼギルトであった。
レインと、レナスの義兄であるレスナスは即座に動いた。
レナスをこれ以上深入りさせぬよう、裏から手を回し、強制的に行動を制限しようとした。
だが──レナスは止まらなかった。
彼女は一人での行動を増やし、明らかに危うい動きを見せ始めた。
おそらく独自に調査を進めていたのだろう。
──その危険性を、兄であるレスナスは誰よりも理解していた。
「このままでは……委員会に妹が殺される」
不安は現実になった。
ある日、レナスは単独でデイウォーカー研究所へのハッキングに成功してしまったのだ。
そして彼女は知ってしまった。
──この計画が生み出した“犠牲”の数が、もはや人間の理性では受け止めきれぬ規模に達していることを。
正義感の強い彼女が黙っていられるはずもなかった。
その怒りと哀しみは、ますます彼女を突き動かす。
一方、レスナスのもとには最悪の報が届く。
第五席・ジキルハイド、
第六席・レコンキスタ、
第七席・サンジェルマン──
十一人委員会の中でも特に武闘派とされる三人が、
“計画の障害”であるレナスを排除しようと動き出したというのだ。
彼らとレスナスら穏健派の立場は水と油だ。
もしレナスをかばえば、自分たちにも火の粉が降りかかる。
──それでも。
「まずい! だがこのままでは妹が殺される!」
レスナスは決断した。
友人のクロウと、忠実な部下・阿氷に連絡を入れ、即興の“芝居”を打つことにした。
表向き、自分がレナスを拉致・監禁したと装い、
阿氷たちを“人質”とし、
妹の身柄を自分の手元に確保するという茶番劇。
そのうえで、いずれ時が来たらすべてを明かし、
デイウォーカー事件の真実にも正面から向き合おうと──。
無茶な作戦だとはわかっていた。
だがそれしか、妹の命を守る術はなかったのだ。
委員会が放った殺し屋・プレラーティが、すでに動き出していたのだから。
幸いにも妹を力づくで捕らえ、監視下に置くのは容易だった。
(いつか名乗りたいと思ってたんだけどな……俺が“兄”だって)
だが、その願いは──もう叶わないかもしれない。
車窓の向こうで、夕陽が滲む。
レスナスは手にしたメモリーチップ──乂阿烈から預かった“証拠”を見つめながら、重いため息をついた。
◆
そして──時は現在に至る。
車内で揺られながら、彼は考えていた。
妹との関係をどうするべきか、何を話すべきか。
正解などわからないまま、レスナス・ゼロゼギルトは、組織の本拠地へと帰還していった──。
*
「……フム。レスナス・ゼロゼギルトか。
あいつもあいつで、家族のことで色々苦労してんだな」
「阿門大兄、どうかなさいました?」
不思議そうに問う羅刹に、阿門はひとつため息をついて答えた。
「同じ一家の長男として、妙にシンパシーを感じてな……」
「ああ、なるほど……」
家族に振り回される阿門の姿を知る羅刹は、納得したように頷いた。
だがその直後、阿門ははたと気づく。
「って、待てよ!? なんで鳳博殿は、レスナスのそんなディープな事情を知ってんだ!?」
「ああ、それはだな……」
鳳博の顔が、ふと真剣になる。
「──レナスから聞いたんだよ。全部、本人の口からな」
「なにっ!?」
「拉致された後、あいつは仕返しする気満々だったみたいでさ。得意のハッキングでレスナスの素性を徹底的に洗ったんだと。そしたら……あいつが実の兄貴で、自分を守るために全部茶番を打ってたってことに気づいたんだとさ」
「……なんと」
「それで、“いつかはお兄ちゃんと協力して、デイウォーカー事件を解決したい”って……そんなことまで言ってたぜ」
「……!」
「ま、本人曰く『私より兄さんの方がよっぽど危なっかしいわよ』って笑ってたけどな。アッハッハッハ!」
「……おい鳳博殿。何でお前、そんなにレナスの深い情報まで知ってんだ?」
阿門が思わず聞くと、鳳博はどこか遠い目をしながら、ポツリと漏らす。
「……まぁ、縁ってやつだよ」




