乂阿戦記4 第三章 桜の魔法少女神羅と天下の大泥棒-21 青髭事件を追うレナス・テバク
◇◆その一:ゼロゼギルト家の役割
破壊神の謎を解き明かすには、異世界群に散らばる禁断の情報を集約する必要があった。
だが、そのためにはあらゆる地に潜入可能な“諜報員”──すなわちスパイの存在が不可欠だった。
この任務を一手に担っていたのが、《女神国諜報部》出身にして、《人類管理十一人委員会》第四席の男、レイン・ゼロゼギルトである。
彼は幾多の世界を渡り歩き、表裏の秩序すら越えて、破壊神に関する断片的な真実を掻き集めてきた。
その情報は幾度となく委員会の戦略に組み込まれ、歴史を変える力ともなった。
だが、世界防衛を建前に掲げる委員会の裏では、それらの情報を私利私欲に転用する“裏切り者”が現れ始めていた。
そうした者を摘発し、粛清することもまた、ゼロゼギルト家に課された義務だった。
……だが、粛清の嵐を生き延び、なお第一席にまで登り詰めた男がいる。
──マチハス・ソロモン将軍。
なぜ彼だけが生き延びたのか? なぜ裏切りの容疑を免れ、むしろ頂点に上り詰めたのか?
その理由は、三つある。
第一に、ソロモンは“武仙”と呼ばれる超戦士の一人であり、個体としての戦闘能力が桁違いだったこと。
第二に、彼は宇宙最強国家アルティメットワンの次期大統領候補にして、数万の私兵を率いる将軍でもあったこと。
──そして第三にして最大の理由は、《第九席・闇王》との共謀である。
闇王。
その実像は長らく委員会内でも伏されてきたが、彼が“未来を観測する”力を有する観測者──すなわち、時の神ヨグソトースのカケラを継ぐ存在の一柱であることは、もはや公然の秘密である。
その予知と干渉の力によって、ソロモンは数々の粛清を回避し、生き延び、今なお人類の頂点に座している。
ゼロゼギルト家の粛清網ですら、彼の未来視の前では“点”に過ぎなかったのだ。
現在、十一人委員会は二大派閥に割れている。
ソロモン派──世界征服を目論む覇道の勢力。
そしてエンザ・ソウル派──防衛と秩序の維持を標榜する“建前の”勢力。
両派閥は表面上は対立しているように見えるが、外敵──乂阿烈や巨竜王、オリンポス連邦といった“規格外の存在”を前にすれば、即座に手を取り合い、共同で迎撃に動く。
……情報を握る者と、未来を読む者。
ゼロゼギルト家は今なお、歴史の“鍵”を握る立場にある。
だがその裏で──思いもよらぬ“事件”が進行していた。
⸻
◇◆その二:レナスと“青髭事件”の街
宇宙刑事候補生・レナス・テバクは、銀河の一隅で起きていた連続女性誘拐殺人事件──通称“青髭事件”の捜査に当たっていた。
各地で若い女性だけが狙われ、数日後には変わり果てた姿で発見されるという凄惨な事件。
現場には一貫性のない遺留物と、謎の“血の痕”のみが残されていた。
捜査の末、レナスはある惑星都市に辿り着く。
そこでは“夜になると獣のような影が現れる”という噂が囁かれていた。
迷信と笑う者もいたが、実際に被害者は出ていた。
──そして、数日後の夜。
通報により駆けつけた警察が、路地裏で遭遇したのは、驚くべき光景だった。
壁を這い、跳躍し、獣じみた叫び声を上げながら襲いかかる一人の女。
その姿は、もはや“人間”ではなかった。
警官隊が包囲する中、女はビルを駆け上がって逃走を試みるが──
その逃走は、レナスの一発の狙撃によって終焉を迎える。
脚を撃ち抜かれた女は地上に転落し、即座に拘束された。
取り調べの中、彼女はこう名乗った。
──「マリアン」と。
そして彼女は語り始める。
忌まわしき“血の契約”の記憶を。
⸻
◇◆その三:マリアンの記憶と“血の契約”
マリアンは、元々は田舎の農家に生まれた、どこにでもいる娘だった。
ある日、友人に誘われて出かけた酒場で飲み物を口にした瞬間、意識を失う。
……目が覚めた時、彼女は薄暗い地下施設の中にいた。
そこには、彼女と同じ年頃の少女たちが多数拘束されており、
正体不明の薬物や器具を使って“人体改造”が施されていた。
誰もが泣き叫び、拒絶し、恐怖に震えていた。
だが、次第に精神を削られてゆき、言葉を発さなくなる者もいた。
その中に、ひときわ異様な存在がいた。
──ケンタウロス型の魔族、ネッソス。
下半身は獣、上半身は人。
だが、その行為はもはや“魔”の名すら穢す、異常な実験だった。
口にすることすら憚られる数々の暴虐が、日々繰り返されていたという。
ある日、そんな監獄に、黒スーツにシルクハット、銀縁の眼鏡をかけた一人の紳士が現れる。
“伯爵”──とだけ名乗ったその男は、鉄格子越しにマリアンへと問いかける。
「……力が欲しいですか? この地獄から逃れる力が」
「我が“血の花嫁”となるのならば、あなたに牙と力と自由を授けましょう」
その声は、闇夜に落とされた媚薬のようだった。
次の瞬間、マリアンの脳裏に、奇妙な映像が走る。
巨大な怪物に抱きすくめられる“幻視”。
──けれど、それは恐怖ではなかった。
むしろ、“救済”だった。
傷つき、穢され、見捨てられた自分を、
その怪物だけが包み込んでくれるような気がした。
気づけば、彼女は首を縦に振っていた。
……伯爵は、微笑を浮かべながら、マリアンの首筋に牙を立てた。
次の瞬間、世界は“血の赤”に染まった。
⸻
◇◆結語:始まりにすぎない闇
「──あの夜から、私は……変わってしまった」
そう語るマリアンの声は、どこか遠く、怯えていた。
彼女が語った過去がどこまで真実かはわからない。
だが、少なくとも彼女の中に“何か異質な力”が宿っていることは、誰の目にも明らかだった。
レナスは事件を報告しながらも、内心で確信する。
──この事件は、ただの吸血鬼事件などではない。
破壊神、観測者、そして《血》にまつわる新たな因果が、静かに蠢き始めている。
これは、始まりにすぎない。
やがて来る、もっと深い夜の幕開けなのだ。
https://www.facebook.com/reel/836137284867787/?s=fb_shorts_tab&stack_idx=0
↑イメージリール動画




