乂阿戦記4 第三章 桜の魔法少女神羅と天下の大泥棒-20 第四席レスナス・ゼロゼギルトの妹
◇──時は遡ること数年前。
場所は、ある洋風の屋敷の応接室。
白髪まじりの初老の紳士と、金髪の若い青年が一枚の写真を挟んで向かい合っていた。
二人とも黒のスーツを身にまとってはいるが、前者は背筋の伸びた品格ある立ち居振る舞い。
一方、青年の方はネクタイを緩めて第一ボタンを外し、胸元を開けている。
スーツの着崩し方ひとつとっても、どこか遊び慣れている印象が漂う。
初老の男は、写真に目を落とすと目を細めて微笑み、それを大切そうに内ポケットへと仕舞った。
そして、満足げに顔を上げると目の前の青年へと告げる。
「……よくやってくれた。これでようやく、我々にも運が巡ってきたぞ!」
昂ぶった声を隠そうともしないその姿に、青年はどこか冷めた表情で答えた。
「……そんなに重要な人物だったのかい?」
その問いに、初老の男――レイン・ゼロゼギルトは目を輝かせた。
あたかも“その瞬間”を待ちわびていたかのように。
「重要どころの話ではない。彼女の名はレナス。レナス・テバクだ。……龍麗国亡命の折、生き別れとなってしまった、私の娘。そして、お前の――妹だ、レスナス」
写真の少女に目をやりながら、レインは言葉を続けた。
「彼女の母親は、女神国の王族に連なるレミリア・テバク様。破壊神ウィーデル・ソウル陛下の姪君にあたる血筋だ。つまり、我々ゼロゼギルト家と、神族に連なるテバク家の血が交わった、“女神国再興”の切り札……それが、この子なのだ」
そこで初めて、青年──レスナスの眉がわずかに動いた。
(なるほど、そういうことか)
だが、心中で呟いた彼の表情に感情の揺れは見られなかった。
その冷ややかな眼差しを前にしても、レインは気づく気配もなく、夢中になって語り続けていた。
やがて、長話に辟易したレスナスが口を開く。
「で、そのレナス嬢をどうするつもりだい? このまま庶民として放っておくのか? テバク家に行って迎え入れ、ゼロゼギルト家の人間として育てる手もあるだろう?」
そう水を向けると、レインは一瞬だけハッとしたような顔をして沈思する素振りを見せた。
そして数秒後、何かを思いついたかのように目を開く。
「……確かに、それも一つの選択肢ではある。だが、それでは駄目だな」
レインは椅子から立ち上がり、ゆっくりと顎に手をやりながら歩き出す。
「やはり“女神国再興計画”は、当初の予定通りに進めるべきだ」
その言葉を聞いた瞬間、レスナスの口元がわずかに緩んだ。
(……ふう、まずはひと安心か)
何も言わずに黙っていると、レインは振り返り、ニヤリと微笑む。
そして、ゆっくりと近づくと、耳元に囁いた。
「レスナス。……お前、今こう考えただろう。“妹はゼロゼギルト家の暗部には関わらせたくない”って。……“女神国再興の道具にはしたくない”って。違うか?」
肩に手を置き、軽くポンッと叩く。
「わかってる、わかってるとも。……私も同じ考えだ。レナスには、我らの業には触れさせない。“ただ見守る”だけだ。……それでいい」
そう言い残すと、レインはそのまま背を向け、部屋を出て行った。
──残されたレスナスは一人、静かに呟いた。
「やれやれ、やっぱり見抜かれてるな……。良識のある親父で助かったよ」
口元に浮かんだ苦笑は、どこか安心したようにも見えた。
彼はそのままソファに腰を沈め、今後の段取りをぼんやりと考え始めた。
だが名案が浮かぶこともなく、やがて扉がノックされる。
「入ってくれ」
声をかけると、一人の少女がティーセットを抱えて現れた。
名を鉄玄。レスナス付きの侍女であり、幼い頃から彼と交友がある親しい幼なじみである。
年齢は十代後半。やや大柄な体躯に明るく素直な笑顔を乗せた、芯の強そうな少女だった。
「お茶をお持ちしました、レスナスせん」
「ありがとう。ちょうど喉が渇いてたところだ」
鉄玄が静かにティーカップを差し出すと、レスナスはふとある決意を胸にする。
(……彼女なら任せられる)
「鉄玄さん」
呼びかけに、彼女は背筋を伸ばす。
「この写真の子を見てくれ。……彼女の名はレナス。俺の――生き別れの妹なんだ」
「えっ……!」
驚きに目を見張る鉄玄に、彼は真剣な声音で続けた。
「彼女は、俺とは違い正妻の子で、母は女神国の王族……だが、それゆえに危険だ。王族狩りの標的にされる恐れがある。だから彼女は素性を隠し、テバク家で平凡に暮らしている」
一拍置き、深く言った。
「鉄玄さん。彼女に近づき、秘密裏に見守って欲しい。万が一の時にあなたの力を貸してほしい。銀雪さん、鋼灰ちゃんの2人にも協力を仰ぐつもりだが──君には“最後の保険”になってもらいたい」
鉄玄は一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに笑みを浮かべると、いつもの調子で元気よく頷いた。
「……了解しました! 全力でお守りします!」
そう言い残し、深く礼をして部屋を後にする。
「頼もしいな……ほんとに」
一人になったレスナスは、静かに紅茶に口をつけた。
──このとき彼はまだ知らない。
数年後、レナス・テバクがゼロゼギルト家をも巻き込んで、大騒動を引き起こすことになるという未来を。
*
レスナス・ゼロゼギルト──
彼は、女神国の亡命貴族レイン・ゼロゼギルトの側室の子として生まれた。
父レインは、かつて“破壊神の力”を研究するために十一人委員会と接触し、その中で第四席という地位にまで上り詰めた人物である。
十一人委員会の目的。それは──
いつか再臨を果たす創造神を打倒すること。
彼らは、創造神に対抗し得る存在として“破壊神”の力を研究していた。
その野望の片隅で、今まさに、もう一つの血筋の炎が静かに灯されようとしていた──。
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