乂阿戦記4 第三章 桜の魔法少女神羅と天下の大泥棒-13 動き出した青髭魔王
アッサリ車虎に返り討ちされたイポスは、上官のネロにゲジゲジ蹴られていた。
「イポス貴様〜! 何あっさり返り討ちにあってる〜!?」
「うえーん、隊長ご勘弁! こっちはドアダで銃の訓練受けてるから、パンチを使えないボクサーの相手くらい余裕と思ったんすよ〜〜! あいつ『なんだよその足捌き!』ってくらい、動きが速すぎる〜〜!」
「言い訳無用だ! タット先生から“滑り草”で足を封じてから攻撃しろってアドバイスあっただろうが! このスカポンタンめーっ!!」
そう怒鳴りながら、今度は後ろから馬乗りになって後頭部をボッコボコに殴りはじめたのである。
「え〜ん! 目立ちたかったんだ! 目立ちたかったんだあー!! 雷音やアキンドや神羅ばっか目立ってて、俺だけ影が薄いんだもん! 俺だってバナー画像に出たいんだあああああ!!!」
その様子を見ていた面々からは、盛大な笑いが巻き起こった。
一方その頃別の場所では…………
とあるペアが熱いバトルを繰り広げようとしていた…………それは龍獅鳳と雷華であった。
そんな二人の様子を陰ながら見守る者がいた…………そう、雷華の秘密の双子――乂聖羅ことゼロ・セイラである。
(頑張れよ、我が半身……!!)
そう願いながら静かにエールを送る彼女だったが、その時、突然誰かに声をかけられた。
振り向くと、そこには意外な人物が立っていた!
「………久しぶりね。エクリプス」
聖羅の前世を知る数少ない人物――今宵鵺だった。
「………ああ、君か……15年ぶりになるのかな? 君からすれば1年ぶり? もしくは100年ぶり?……今の君のこと、なんて呼ぼうかな……ユエ? それともルキユ?……アテのことは、セイラって呼んでほしいな……今のパパとママがつけてくれた、お気に入りの名前なんだ……」
セイラはどこか申し訳なさそうに、しかし穏やかに返事をする。
するとそんな二人に、柔らかな微笑みを向けながら歩み寄る者がいた。
――先ほどリタイアしたはずの、女怪盗レヴェナである。
「ふーん。懐かしい名前が耳に入ったわねー。貴女たち、やっぱりアン・ユエとセイ・ズーイ……エクリプス大戦以来ね。私が誰か、わかる?」
驚く二人に構わず、レヴェナは懐かしそうに話を続けた。
「あらあら、そんなことより――ちょっと聞いて驚かないでよ? 実はね……」
そう前置きしてから、彼女は驚くべき言葉を口にする。
「11人委員会が“三聖の塔”の力を手に入れようと動きだしてるわよ。近々、龍麗国で国家転覆を狙った大規模戦争が起こるかもしれない。その混乱に乗じて、奴らは“十二のジュエルウィッチハート”を奪い、塔の門を開こうとしてる……。十五年前、あなたたちエクリプス軍団が計画したのと、同じことを再現するつもりみたいよ?」
二人が驚きを隠せずにいると、レヴェナはさらに告げた。
「まあ、私はジュエルハートの宝石が欲しいだけなんだけどね。表向き、委員会に協力するってことで……よろしく♪」
そして、意味深な微笑みを浮かべながら言葉を重ねる。
「それと、もう一つだけ言っておくわ。この世界は、もうすぐ“大きな変革期”を迎える。今は小さな兆しかもしれないけど――いずれ世界の姿を一変させる嵐が来るわよ……? 覚悟しておいてちょうだい♪」
そう言って立ち去ろうとした彼女に、二人は慌てて声をかけたが、すでにレヴェナの姿はどこにもなかった。
時刻、試合場から遠く離れた場所――
そこには、異様な光景が広がっていた。
巨大な洞窟の中に無数の墓標が並び、その中にはミイラ化した死体まであった。
しかも普通の墓地とは異なり、墓石の代わりに奇怪なオブジェが立ち並んでいる。
それぞれには、こう記されていた。
“悪魔王の魂ここに眠る”
“冥府の支配者カイトより”
“黙示録の四騎士”
“地獄の番犬ケルベロス”
――まるで、何かの“儀式”のようだった。
その中の一つの墓標の前に、一人の男が座り込んでいた。
彼の名はルキフグス。かつて世界を震撼させた大犯罪者の一人である。
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「おやおや? これはこれは白阿魔王ゼロ・カリオン殿。お久しぶりですな」
「まさか、こんな形で再会するとは思わなかったぜ……ジキルハイド会長……いや、青髭魔王ルキフグス!」
向かい合う二人。ゼロ・カリオンこと乂阿門は、厳しい視線を向けながら告げる。
「ゼロゼギルト殿から連絡があった。11人委員会はジュエルウィッチへの干渉を中止するって取り決めたはずだ。それなのに、こうやってコソコソと動くのは、委員会の背信行為じゃないのか……? ええ、“第五席”殿?」
阿門がゆっくりと歩み寄ると、ルキフグスは肩をすくめるように言った。
「……白阿魔王殿、貴殿は何か誤解なさっているようだ。もはや私にとって、ジュエルウィッチハートの簒奪などどうでも良いのですぞ! 全ては――あの方のためなのです!」
そう言って、懐から一枚の古い写真を差し出す。
そこに写っていたのは、美しい銀髪の少女。
――その顔は、ルシル・エンジェルに瓜二つだった。
それを見た瞬間思わず息を飲む阿門だったがまだ平静を装いつつ問いかけた。
「……こいつはどういうことだ?」
阿門が尋ねるとジキルハイドは不気味な笑みを浮かべながら答える
「フフフッ、知りたいですか??ならば教えて差し上げましょう!!」
(やはりこの男……どう見ても正気を保っている目には見えないな……)
そう思いながらも話を聞くことにしたようだ……。
そうして語り始めた男の話に耳をかたむけた結果驚愕の事実を知ることになった。
「お教えしましょう。その方の名は――“ヴァールシファー・エンジェル”。
かつて《緑の初代魔法女神》として銀河を支配した、暁の明星の大魔王ですぞ!」
ルキフグスの声が高まる。
「彼女こそが、《聖剣ラ・ピュセル》の正統な継承者……! 我ら悪魔族の、真なる神!!」
ヴァールシファー、彼女はルキフグス達悪魔族にとって絶対のカリスマとも言えるシンボルだった。
そんな彼女の魂が今もなお生き続けているとしたら……果たしてどうなるだろうか……?
考えるまでもないことだった……。
今悪魔族を力で支配しているベルゼバブを失脚させ、新悪魔政権を樹立できる。
悪の帝王ベルゼバブに不満を抱く悪魔族は多く、ルキフグスもベルゼバブに面従腹背の意思を持つ一人だった。
「つまりお前は彼女を生き返らせようと目論んでるってわけか……」するとルキフグスは笑い声をあげながら答えたのだった!
「フフフッ……その通りですよ、白阿魔王殿。
ブリュンヒルデ、迦楼羅スモモ、乂雷華……貴方の身内に、ジュエルウィッチの少女が多くいることは存じております。
――ええ、ええ! ご安心ください。ワタクシ、あなたのお身内は決して害しません!」
「私の望みはただ1人、ルシル様だけなのです。あの偉大なる大魔王様は今、傲慢で不遜で思い上がりはだはだしいあのクソ忌々しい"神!"の封印のせいで記憶を失っておられる!私があの方の記憶を取り戻し、ヴァールシファーとして完全なる復活をお導きいたさねば!!ああ……なんと言う屈辱か。
偉大なる、我らが大魔王様が。
この私の、我が命を捧げし主が……よりによって、銀河連邦の走狗に甘んじるだなんて!!!
あってはならない! 断じて、あってはならないのです!!!
それこそ真なる神に対する冒涜です!!真なる神、それすなわち我らが大魔王ヴァールシファー様!おのれ下賎な人間共め!ヴァールシファーへの冒涜はあってはならないのですうううううう!!!」
その言葉を聞いた瞬間、ついに我慢できなくなったのかゼロ・カリオンこと阿門はハアーッとため息をついて、ルキフグスに背中を向けた。
「もういい……お前の話は全て理解した……。」
この狂人と話を続けると疲れるので、そのまま立ち去ろうとした。
その時背後から声がかかった。
阿門の盟友テイルである。
「……奴を放っておいていいのか阿門?」
「うちの身内には手を出さないと言ってるし、しばらくは様子見でいいんじゃねーか? ただ後でこそっと銀河連邦にルシルちゃんが狙われていることを伝えるがな。ルキフグスは悪の帝王ベルゼバブに次ぐ悪魔族の名士だ。うちの身内に手を出さないなら、全面戦争は避けときたいってのが本音よ。」
そう言って肩をすくめる阿門に、テイルはただ頷くしかなかった。
だが二人はまだ知らなかった。
――この“青髭魔王”の信仰が、やがて世界を焼き尽くす火種となることを。
その火はまだ小さい。しかし、燃え広がる時は突然訪れる。
……そして最初に焼かれるのは、ルシル本人なのか、それとも世界そのものか――誰にもわからない。




