乂阿戦記1 第四章- 白の神子リーン・アシュレイと神鼠の鎧にして白神の槍ナインテイル-4 雷華と紅茜
\超展開✖️熱血変身バトル✖️ギャグ✖️神殺し/
→ ブックマーク&評価、大歓迎です!
アマゾネス。
それは、戦場を退いた一人の女戦士が開いた小さな武具店だった。
軋む扉をくぐると、そこには装飾を最小限に抑えた、無骨な空気が漂っていた。
だが並ぶ装備はどれも、実戦を想定した“本物”ばかり。
そして──その奥に、彼女はいた。
かつてアシュレイ軍で「紅の将軍」と恐れられた女。
名を、紅茜という。
その瞳は火を宿していた。退役し、穏やかな日常に身を置いた今なお、その炎は消えていない。
「拙者は……女でも強くなれる術を探し続けた者でござる」
紅茜は、静かに語り始めた。
「骨格も筋力も、女は男に劣る……それは事実。努力や根性では超えられぬ壁がある。だが、魔力は違う。魂の質こそが剣の鋭さを決めると知ったとき、拙者は“紅流抜刀術”を生み出したのでござる」
彼女の手が、壁に掛けられた一本の魔法剣に触れる。
刀身が淡く光を放つ。
「これは肉体に依らぬ力、魂で斬る剣。……雷華殿、そなたはなぜ剣を握る?」
その問いに、雷華は戸惑いもせず、まっすぐに答えた。
「私は……兄のように戦える力が欲しかった。でも、兄と同じやり方じゃ、追いつけないって思ってた。だから……」
一呼吸。
「だから、貴女の剣が知りたい。私に、紅流抜刀術を教えてもらえませんか?」
その声は、焔のように真っ直ぐだった。
沈黙。
そして──紅茜は、ゆっくりと頷いた。
「よかろう。拙者のすべて、余さず伝授いたす」
二人の手が交差する。
無骨な剣士と、紅蓮の魔剣士──異なる生き様を持つ女たちの、魂の契約がそこに結ばれた。
その光景を、店の外から覗いていた雷音と絵里洲。
「雷華ってさ、ああいうとこ……なんつーか、男みてぇだろ?」
「うん……外見は可愛いのにね」
「俺なんか、幼い頃はあいつのこと“弟”だと思ってたからな」
二人が笑い合う、その背後で、紅茜と雷華は、ゆっくりと稽古場の奥へと姿を消していった。
──新たなる“刃”が、今まさに鍛えられようとしていた。
雷華と紅茜が稽古場に消えたあと。
雷音と絵里洲は、店の前のベンチに腰かけていた。木漏れ日が落ち着いた時間を演出している。
「雷華ちゃんって、あんなに熱心な子だったんだね。ちょっと……驚いたかも」
ぽつりと漏らした絵里洲の声は、どこか遠慮がちだった。
「まあな。あいつ、昔から“男みたい”って言われて育ってきたからな。俺も、最初は弟だと思ってたし」
雷音が笑いながら答える。だがその笑いの奥に、わずかな懐かしさと誇らしさが混じっていた。
「でも、ある日突然髪を伸ばし始めて、化粧にも興味持ち出してな。……格好は女の子、中身は相変わらず武闘派ってやつだ」
「そうなんだ……」
絵里洲は少しだけ黙り込み、指先でベンチの端をなぞるようにしながら言った。
「……私、このパーティの中で、雷華ちゃんとだけまだちゃんと打ち解けられてない気がしてさ。ちょっと寂しいなって」
雷音はその言葉に眉を上げ、そしてすぐに柔らかな声で返した。
「大丈夫だって。そのうち自然に仲良くなるさ。あいつ、見た目よりずっと優しい奴だからな」
「……そうかな?」
「つーか、そろそろ俺とも仲良くしてくれたっていいんじゃないか?」
絵里洲の目が鋭くなった。
「それはダメ。……あんた、今朝私の着替え覗こうとしたでしょ。ケダモノ」
「違う!それは誤解だ!」
雷音が慌てて手を振る。
「俺が覗こうとしたのはお前じゃなくて神羅だ!いや、正確には神羅の下着だ!」
「はああ!?」
「わかってくれ、俺の盗賊スキルの完成には、神羅の下着を盗むという最終試練が必要なんだ!しかも奴は警戒心MAXで一度も成功したことがない……!」
「つまり何? 挑戦はしてるってことじゃない!! サイテー!」
「今朝は、まさかお前と神羅が同じ部屋で寝てるとは思わなかったんだよ!うっかり間違ってお前の部屋に入って……あとは見つかって神羅にボコられて、さらにお前に追い打ちされたわけだ」
「まったく……信じられない。最低すぎる……」
頭を抱える絵里洲の背後から、ひそひそと声が聞こえた。
「ふふっ……賑やかやねぇ」
振り向けば、エドナが笑いを噛み殺しながら立っていた。
「ねえエドナ、エドナはこのパーティーの最年長だよね?」
ユキルは隣にいたエドナに聞く。
「そうやな、みんなの姉さんやね」
エドナは微笑みながら答えた。それを聞いたユキルはさらに質問を続ける。
「このパーティーのリーダーって、やっぱり……エドナのほうが向いてると思うんだ」
エドナは振り返らなかった。窓の向こうに広がる空を見つめたまま、静かに問い返す。
「なんでや?」
「……私、自信ないんだ。記憶を取り戻したばかりで、まだこの世界のことも全部は思い出せてないし。サポートはできても、リーダーとして引っ張る器じゃない気がして」
神羅は唇を噛み、言葉を探しながら続けた。
「それに、エドナはすごく冷静だし、みんなのこと……本当に大事にしてくれてる。だから、任せてもいいって、思ったんだ」
その言葉に、エドナはようやく振り向いた。
だが、いつもの朗らかな笑顔はなかった。代わりにあったのは、静かで、深い瞳だった。
「ウチな、リーダーには向いとらんよ」
「……どうして?」
エドナはほんのわずかに笑みを浮かべ、だがその瞳の奥は決して笑っていなかった。
「ウチ、たぶん……もうすぐ皆と一緒にはおられんくなる気がするんや」
「え?」
神羅の声が震える。
「阿烈師匠、アシュレイ族と同盟組んだそうや。向こうがメギド族に狙われとるって情報も入っとる。戦になるで、きっと」
「そんな……」
「そやけど、それだけやない。タタリ族も動いとる。あんたも知っとるやろ? オームは、タタリの族長で、しかも神羅……あんたの許嫁や……もし戦争が起きたらきっと色々ややこしい問題が起きる……」
神羅は何も言えず、ただ黙って俯いた。
「だからウチな、今こうしてパーティ組んで旅できるのが、たぶん最後やと思っとるんよ」
エドナのその声は、ひどく静かだった。
だが、それ故に深く胸に染み渡った。
「ウチはな、ただ……」
その言葉の先は、続かなかった。
けれど神羅には、もう十分だった。
「……ありがとう。エドナ」
それだけ言うと、神羅はそっと隣に立ち、共に空を見上げた。
そこに広がるのは、どこまでも静かで、どこまでも青い空。
だが──その静けさが、永遠に続くものでないことを、二人は痛いほどに知っていた。
静かな時間は、長くは続かなかった。
ドゴォォォン──!!
応接室の扉が爆ぜるように開いた。その瞬間、場の空気が凍る。
「雷音貴様ァァァアッ!!」
血走った双眸に怒気を宿し、嵐のごとく乱入してきた男──オーム。
ふだんの冷静沈着など微塵もない。まさしく神羅絡みになるとポンコツになる男の代表だ。
「聞いたぞ!神羅の着替えを覗いたそうじゃないかァァア!? 死ねェ、変態がァァア!!」
「違うッ!!」雷音は勢いよく椅子を蹴り上げて立ち上がり、天に両手を掲げる。
「俺は変態じゃねぇ!!“変態”という名の、信念ある紳士だッ!!」
「どっちにしろ変態だろうがあああッ!!」
怒号と共に、オームの全身から紫雷が弾ける。
空間が軋む。魔力が膨れ上がり、応接室の空気が張り詰める。
「ならば──見せてやる!これが俺の奥義、《盗賊の極意・天衣無縫》だ!!」
「上等だァ!こっちも見せてやる!《封印解呪・覗撃の咆哮》ッ!!」
「いあ!いあ!はすたあ!!」
「ふんぐるい むぐるうなふ……くとぅぐあ!!」
──召喚詠唱が始まっていた。
空間が歪み、壁が鳴り、異界の扉がわずかに開きかける。
応接室の絨毯に、うっすらと魔法陣が浮かびあがったその瞬間。
ドカンッ!!!
「「がふぅッ!?」」
神羅の拳骨が雷音の後頭部に、
エドナの肘がオームの脳天に、
同時に炸裂したッ!!
ゴンッという鈍い音と共に、ふたりの魔力は一瞬でしゅうしゅうと霧散する。
絨毯の魔法陣も、異界の裂け目も、泡のように消え去っていった。
「ほんっっっまアホかッ!!!」
神羅は憤怒の形相で怒鳴った。
「封獣をそんなくだらん理由で呼び出すなやッ!!変態神話とか作らせへんからな!!」
「ごふ……っ……」
「……姉上……」
床に崩れ落ちる二人。顔面からじんわりと魂が抜けていく。
部屋の隅では雷華と絵里洲が、ため息をついていた。
「……これがうちの弟たちの通常運転よ」
「神羅ちゃん絡むとほんまポンコツになるわね」
そんな彼女たちを見ながら、エドナは静かに言葉を漏らした。
「ウチらの旅、ほんまどないなってまうんやろな……」
神羅はくすっと笑って、空を見上げた。
「さあ……でも、退屈だけは、しなさそうだよね」
──その横顔には、どこか儚く、それでいて確かな決意が浮かんでいた。




