乂阿戦記4 第一章 蒼の魔法少女狗鬼絵里洲の子守騒動-10 偽物のサキュバス達
今度は、自分のすぐ目の前に――まるで影が立ち上がるかのように、誰かが現れた。
思わず、息を呑む。
だってそれは、紛れもなくフレアの姿だったからだ。
(まさか……こんなところに……?)
だが、違う。すぐにわかる。
表情がない。瞳に光がない。
呼吸の音すらしない。
まるで、生きているように“演じている”人形のようだった。
そのフレアは、私の偽物と同じ――禍々しく、露出の多い、悪の女幹部のような服を身にまとっていた。
そう、明らかに**誰かの意図で作られた“ニセモノ”**なのだ。
だが、私の背筋を凍らせたのは服装などではない。
その身に纏う、圧倒的な気配だった。
狂気と殺気。
まるで“人間だったもの”が、獣の皮をかぶって近づいてきたような気配。
見た目は仲間そのままなのに――中身が、違いすぎる。
それを肌で感じ取ってしまった瞬間、体の芯から震えが走った。
「……コレより、紫のジュエルウィッチの確保に移行スル」
無機質な電子音のような声が、横から聞こえた。
そちらに視線を向けると――そこには絵里洲、スモモ、その他の仲間たちにそっくりな“偽物たち”が、私をじっと見つめていた。
全員の瞳が、感情の欠片もない。
何も映さず、ただこちらを“観察”しているような視線。
それを見た瞬間、全身の産毛が逆立った。
呼吸が浅くなる。心臓が速くなる。
吸い込まれてしまいそうな、底なしの瞳。
ぞわりと背中を這い回るような、どうしようもない気持ち悪さ――
そして、気がついた。
偽物たちの顔が、じわり……じわりと近づいてきている。
誰も歩いているようには見えないのに、確実に距離が詰まっているのだ。
そして、武器を振りかぶる気配。
次の瞬間――私はようやく金縛りから解かれ、とっさに身体をひねった。
間一髪。回避には成功した。
だが、その衝撃で吹き飛ばされ、壁に激突する。
肺の空気が一気に抜け、視界が揺れる。
そして――気づけば、四人の偽者に、完全に取り囲まれていた。
壁に激突した衝撃で、身体が動かない。
痛みと眩暈に意識が霞む中、私はようやく気づいた。
――もう、逃げ場がない。
私の周囲を、四人の偽物が囲んでいた。
前後左右、完全に塞がれ、まるで罠に嵌められた獲物のようだった。
(まずい……!完全に囲まれた……!)
反射的に魔力を集めようとするが、手が震えて力が定まらない。
喉は渇き、息すらまともにできない。
そして、ついに――
「くっ……!」
背後から、冷たい腕が私の両肩を掴んだ。
そのまま、がっちりと羽交い締めにされる。
(しまった……!)
力を込めても、相手の腕は鋼のように硬い。
いくら暴れても、まったく歯が立たない。
偽・神羅と偽・雷華。
どちらも、かつての仲間の姿をした“偽物”たちだ。
だけど、その目は冷たく、何も映していない。
まるで……処刑人のように、淡々と殺意だけを宿している。
(このままだと……やられる!!)
そして、前方の偽物たちが、一斉に武器を構える。
刹那。
もはや万事休す――そう思った、その時だった。
「――そこまでよ!!」
鋭い声が、空気を裂いた。
ドォンッ!!!
空間が震えるような音とともに、偽者たちの身体が弾け飛ぶ。
光が迸り、残像の中から飛び込んできたのは、見慣れたあの二人の姿だった。
神羅。そして、雷華。
本物の彼女たちが、私の目の前にいた。
「大丈夫、ブリュンヒルデ!」
「遅れてごめん。でも、もう安心して!」
二人は、私を拘束していた偽物に同時に攻撃を叩き込み、拘束を一気に解いてくれた。
助かった。
――いや、間に合ってくれた。
私はその一瞬の隙を突いて逃げ出す。
だが、背後からすぐに気配が追ってきているのがわかる。
振り返らなくても感じる――あの不気味な視線。あの狂気の気配。
追ってきているのは、私の偽者。フレア、スモモ、絵里洲の偽者たち。
そして、その他の魔物の気配までもが背後にまとわりつく。
(ダメだ……逃げないと……!!)
だが、いくら走っても、奴らはぴたりと背後から離れない。
まるでこちらの速度に合わせて、距離を保ち続けているかのように――
(追いつかれる……このままじゃ……!)
そう思った瞬間。
突然、視界が一閃の光で包まれた。
次に目を開けた時には――私は、まったく知らない場所に立っていたのだった。
そこは真っ白な空間で何も無いように見える場所だったが奥の方に何かがあるような気がして目を凝らすとそこに見えたものは無数の緑色に輝く鎖に縛られた少女の姿だったのだ───────
それが誰なのかはすぐに分かった『リリス』という名前の魔法学園の女の子だったからだ。
「おや、遅かったですね……」と言いながらリリスを拘束しているメガネの魔導師の顔を見た。
その男の目を見た時にぞくりとした感覚を覚えずにはいられなかった……
何故ならその表情はとても冷たくまるで虫と話しているみたいだったからだ。
それにどことなく狂気のようなものを感じ取ってしまったのだ……。
「あーこの鎖に縛られている娘のことなら心配ありませんよ。別に命は奪っていません。ただ私の邪魔をしようとしたので、おとなしくしてもらっているだけです。」
男の言葉は私にとって恐怖以外の何物でもなかった……。
なぜなら彼の言葉を聞いているうちに意識が朦朧としてきたかと思えば突然体が動かなくなり始めたのだから無理もない話だ……?
話しかける言葉に何か呪いの力を付与している?
先程の金縛もこの男の仕業?
でもそんなことを思っている間にどんどん意識は遠のいていくばかり
そんな私に構わずメガネ男は言葉を続ける。
「さて、あなたの心臓にあるジュエルウィッチの宝石、ナイトメア・コアを引きずり出させてもらいましょうか?」
と言って私の胸元へと手を伸ばしてきたのよ?
もうダメかと思った瞬間だった。
何者かによって間一髪助け出された。
難を逃れることができたのは不幸中の幸いとしか言いようがない…………。
まぁそれでも助かったわけじゃないんだけどね。
だって今の私は呪いで完全に拘束されてしまっているんだもの……。
身動き一つ取れやしないんだからどうしようもないじゃない……?
あーあ、これから一体どうなっちゃうんだろう
?
だが何も起こらない。
それどころか、私は誰かに助けられお姫様抱っこされているようだった。
私は、ようやく振り返る余裕を持てた。
……その瞬間、息が止まった。
私の身体を抱き上げてくれている、その腕の主――レッド君がいた。
「フレア、ブリュンヒルデを頼んだ。敵は……俺が片付ける」
低く、迷いのない声。
その目は、真正面の敵を見据えていた。
彼の横顔を見て、私は思った。
(……強い。こんなに、頼もしくなってるなんて……)
あの頃、私を庇って怪我をした無鉄砲な少年。
それが今では、誰かを守る力を手に入れて、こんなにも落ち着いた表情で、戦場に立っている。
胸の奥が、ぎゅっと熱くなった。
(……ねえ、レッド君。私ね、あの時からずっと思ってたの)
守られてばかりじゃ、だめなんだって。
守られるだけの女の子でいたくない。
あなたの隣で、あなたを守れるくらいに――私も強くなりたいって、ずっと思ってたの。
今、その気持ちが、確かな言葉になっていく。
「だから……私、もう逃げない」
自然と、拳に力が入った。
……だけど。
同時にもう一つの感情が、胸の奥からぐらぐらと湧き上がってきた。
ドキドキが止まらない。
何よもう、こんなときに!
しかも、助けられ方が、もう……ズルいでしょ!?
こんなカッコいい登場されたら――
「ああもう!! 反則よレッド君!!!」
「そんなの好きになっちゃうに決まってるじゃないのぉぉ~~~っ!!!」
耳まで真っ赤に染まりながら、私は心の中で叫び続けていた。
(……やばい、どうしよう。ホントに好きかも……)
こんな助けられ方されたらますます好きになっちゃうじゃんかぁぁ~~!!




