乂阿戦記4 第一章 蒼の魔法少女狗鬼絵里洲の子守騒動-9 合流大所帯
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「ウゥゥゥゥ〜〜〜!!!」
何やらマルコシアスの様子がおかしいようだ。
目は血走り、牙を剥き出し、口から涎を垂らしながら唸っている。
その姿はまさに獣――いや、“戦場で敵を察知した狩猟者”そのものだった。
普段の温厚なマルコシアスの面影は、どこにもない。
(マルコキアスの視線……あのクマのぬいぐるみに向いてる?)
(……まさか、あれが……!?)
一瞬、背筋が凍る。
あのクマのぬいぐるみ。さっきから、妙だった。
子どもが置き忘れたにしては、埃ひとつない。誰かの所有物にしては、不自然に静かすぎる。
その場に“存在しすぎて”いるのだ。まるで――この場所の空気すら、そのぬいぐるみが支配しているかのように。
「ちょっと、どうしたのよ!? 落ち着いてマルコキアス!」
慌てて私が宥めようとするも、まるで聞く耳を持たない。
むしろ、今にも飛びかかりそうな気配すらあった。
――いや、その時だった。
突如、マルコシアスが吠えるや否や、近くのおもちゃ屋の前に立っていた“クマのマスコット人形”に向かって一気に跳躍。
獣のように鋭い爪を振り下ろす!
「やめなさ──!」
制止の声が届くよりも早く、
次の瞬間――
(ズガァァン!!!)
「オラァ!!!」
唸りを上げたのは、マルコシアスではなかった。
鳳天の剛拳が、寸前でマルコの攻撃を追い越し、“それ”に直撃したのだ。
ぬいぐるみは風船のように吹き飛ばされ――
いや、違う。
それはもう、ただのぬいぐるみではなかった。
鳳天の拳が接触した瞬間、まるでスイッチが入ったように――
ふわふわだった綿が裂け、内側から現れたのは、触れてはならぬ“異形”だった。
獣の爪、ヒトの目、ヒルのような舌。
縫い目の奥から現れたそれは、見るもおぞましい“化け物”だった。
だがそれも──
「その手が子どもに触れる前に……ぶっ潰すッ!!」
鳳天の拳がうなりを上げる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!」
速射砲撃のごとき連撃が異形の胴体を貫き、
ズガァッ!!!と爆ぜるような音とともに、あらゆる異形の器官が宙を舞う。
崩れた肉塊はもはや呻き声すらあげず、地面に叩きつけられたまま動かなくなった。
化け物がその姿を現した瞬間、
その“生”もまた同時に――粉砕されたのだ。
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マルコキアスは、ぬいぐるみが襲撃者だったことを本能で察していた。
彼が興奮していた理由は、正しかったのだ。
そしてその脅威が消えたことを理解した瞬間、
「ばうっ……」と一声だけ鳴き、スッとその場に伏せると、影のように地面へと溶けるように姿を消した。
マルコキアスの姿が消え、私はようやく胸を撫で下ろした。
まったくもう……本当に一言足りない子なんだから……。
そんなふうに呆れながら周囲を見渡したそのときだった。
誰もいないはずの空間で、不意に後ろから声が聞こえた。
「ブリュンヒルデ。お前も、学園対抗戦に参加していたのか?」
その声に、私はハッとして振り返る。
そこに立っていたのは、赤いコートを羽織った青年。レッドだった。
しかもその後ろには、二人の小さな女の子が寄り添うように立っている。
一人は猫のように警戒心を露わにし、もう一人はレッドの袖をぎゅっと握っていた。
「あ……レッド君……!」
思わず声が漏れる。
まさか、こんなところで再会するなんて。
驚きと共に、胸の奥に小さな温かさが灯った。
でも、それ以上に気になることがあった。
「あの……そちらの二人の女の子は、一体……?」
ブリュンヒルデは、レッドのそばに寄り添うリリムと羅雨を見つめた。
そして、思い切って尋ねてみる。すると彼は、少し困ったように頭を掻いて答えた。
「あー……まぁ、成り行きってやつだ。たまたま出会って……そのまま保護することになったんだよ」
その瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
懐かしい感覚だった。
(やっぱり……この人は、変わってない)
かつて私がまだ幼かった頃、悪魔に襲われかけた私を、身を挺して守ってくれた人。
あの時、彼は大怪我を負った。
なのに、それを後悔することもなく、ただ私にこう言ったのだ。
「泣くな。……俺が守ってやるって決めたんだから」
──そして今もまた、誰かのために危険を選んでいる。
困っている子どもを見捨てられない、正義感の塊。
そういう“弱さに優しい人”だからこそ、彼は多くの敵を作ってしまう。
だけど、私はそれが嫌いじゃなかった。
「ふふっ、レッド君ってほんと変わらないわね」
少し拍子抜けしながら、でもどこか安心して、私はそう微笑んだ。
とはいえせっかく会ったのだから何か話をしようと話題を探しているうちに私はあることを思いついてポンッと手を打った後にこう言った。
「そうだわ!ねぇみんな、今から一緒に合同で試験を続行しない?」
一堂は顔を見合わせた後こくりと頷き了承してくれた。
「よしっ決まりね♪それじゃあ行きましょうか♪」そう言うと私たちは歩き出すことにする。
お買い物を済ませゴールの魔法学園に向かう。
私たちは、いつの間にか大所帯になっていた。
アカデミア学園のメンバー──私ブリュンヒルデに、クレオラ、乂聖羅、スモモ、鳳天、鳳博。それに、ティンクとエルデンリンク。
ドアーダ学園からは、レッド、フレア、アキンド、絵里洲、獅鳳、雷華、神羅、オーム。
そして子守対象の子どもたち──紅阿、アテナ、アリス、ニカ、羅雨、リリス、赤ん坊のヴァラ。
総勢23名。…… にぎやかな行進は、どこか楽しかった。
けれど、この日常が永遠に続くとは――なぜか、その時は思えなかった。
まるで、誰かが“終わりの予兆”を私の耳元で囁いているかのようだった。
(これだけ人数がいれば、会話には困らないわね)
そう思っていたのだが……。
(……あれ?)
気がつけば、何かがおかしい。
歩いているはずなのに、景色がまるで変わっていない。
いや、それどころか、“さっきとまったく同じ建物”が何度も視界をよぎっている気がする。
振り返っても、道が続いているだけ。
けれどそこに、誰の気配もない。
(嘘……みんなは……?)
声を出そうとする――が、喉が詰まったように言葉が出ない。
両足に鉛が詰められたかのように動かず、指先さえもまるで自分のものではないようだった。
まるで世界全体が、静かに私を“閉じ込めて”いるかのようだった。
──そのときだった。
無音の空間に、突然ぽつりと光が灯る。
まるで舞台照明のように、その光だけが私の視界を支配していく。
光の中に、誰かが立っていた。
一歩、また一歩と、こちらに向かって歩いてくるその人影。
……そして、私は見た。
それは、“私”だった。
だが、それは明らかに、私ではなかった。
同じ顔、同じ姿。けれど――その瞳には、私が絶対に持つはずのない感情があった。
氷のように冷たく、底知れぬ狂気が宿っている。
その“私”が、静かに微笑んだ。
……そして、唇がわずかに動いた。
『――ようこそ。こちら側へ』
その瞬間、全身に稲妻のような寒気が走った。
心臓が、氷の針で刺されたように跳ね上がる。
私は、声を出せず、逃げ出せず、ただ立ち尽くすことしかできなかった――。
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