乂阿戦記3 第六章 水色の初代魔法女神イサカ・アルビナスとクリームヒルト・ドラゴニア-9 クエストクリア
仲間達が手強い炎の巨人から一時撤退を決めた中、メンバーの中でもっとも強く好戦的なギルトンはと言うと、こちらは残って単身で炎の巨人を相手に戦おうとしていた。
敵はどうやら火炎系の技を得意とするようなので、火炎属性の自分は有利に立ち回れると考えていたからだ。
実際その通りであり、ギルトンの攻撃は全て命中しており、かなりのダメージを与えているようだった。
このまま押し切れると思った矢先、突如相手が動きを止めると全身から高熱を発し始めたではないか!
予想外の出来事に驚きつつも、咄嗟に防御態勢を取ることができたため直撃は免れたようだ。
しかしそれでもかなりのダメージを受けてしまった上に、纏っていた鎧の一部が溶けてボロボロになってしまい、服もあちこち破れてしまっている有様だった。
ギルトンは溶けた鎧を見下ろしながら、無意識に喉を鳴らした。――もし防御が一瞬でも遅れていれば、今ごろ肉体ごと蒸発していたはずだ。
肉体は焼かれ、鎧は熔け、皮膚のあちこちが裂けて血が滲んでいた。
それでもギルトンは口角を上げ、肩で息をしながら吠える。
「ひゃあ!オメーツエーな! オラ、ワクワクしてきたぞ!」
その目に怯えはない。代わりに燃えるような闘志が宿っていた。
だが、そんな時背後から声が聞こえてきた。
「おわー!ギルトン、このドアホウのバトルジャンキーが!!」
そう言いながら現れたのはシグルドであった。
彼はギルトンの襟首を摑むと無理やり後ろに下がらせようとし始めた。
それに対して不満そうな表情をするギルトンであったが、仕方なく言うことを聞くことにすると大人しくなったようであった。
その様子を見ていた他の仲間達もホッと胸を撫で下ろしていたようである。
そんな中、一人だけ冷静な者がいた。そう、それはパーティで1番クレーバーなテイルだ。
彼はこの状況を冷静に分析していたのだ。
(ふむ……やはり火属性相手に火属性をぶつけるのは愚策だったか……? いや待てよ?たしか阿門は水属性も氷属性の魔法を使えたはず……よし!あれを使えば勝てるかもしれない……!)
そう思い立った瞬間、早速行動に移ることにしたのである。
テイルから作戦を聞かされ、まず最初に動いたのはメティムだった。
彼女は得意の水の錬金魔法を発動させたのだ!
すると突然辺り一面に霧が立ち込め始め、あっという間に周囲一帯を覆い尽くしてしまった。
それと同時に気温が低下していき、肌寒さを感じるようになった。
まるで真冬のような気候である。
しかもそれだけではなかった。
なんと地面までも凍り付き始めていたのだ!
これにはさすがの炎巨人も驚いたらしく、動きが止まっていた。
そこに追い打ちをかけるかのように今度は阿門が放った氷柱の呪文が飛んできたかと思うと、次々と命中していき全身を串刺しにしてしまったのだ!
これにはたまらず悲鳴を上げて苦しんでいる様子が見られた。
こうなればもはや勝敗は決したも同然だろうと思われたその時だった。
何と炎が消えてなくなってしまったのだ!
一体何が起こったのか分からず困惑していると、不意に地面から音が聞こえてくる。
「やばい!みんな固まるな!散開するぞ!」
そう言った次の瞬間には地面が崩れ去り、巨大な穴が出現したかと思えば大量の溶岩が流れ込んできたではないか! 慌てて飛び退くことでギリギリ避けることに成功することが出来たものの、一歩間違えば大惨事になっていたであろうことは想像に難くない状況であった。
しかし、それだけで終わりではなかった。
なんと穴から噴き出してきた高温の水蒸気によって周辺の温度が急上昇したのである!
このままでは蒸し焼きになってしまうと思い逃げ出そうとする。
「ち、今度ギルトンと戦った時に使う予定だった技だが、出し惜しみしてる場合じゃないな!!」
マルスであった。
彼はすかさず剣を鞘に収めると、両手を合わせて祈りを捧げるようなポーズをとった。
するとその手に光が宿り始める。
やがてそれが徐々に大きくなっていき、巨大な光の玉ようなものへと変わっていった。
「創世爆撃!」
マルスはそれを大きく振りかぶって炎の巨人に向け投げつけたのである。
凄まじい速度で飛んで行ったそれは相手の胴体に命中した瞬間、眩い閃光を放ちながら爆発した。
それにより発生した衝撃波によって周囲の壁や瓦礫などが吹き飛ばされていくのが見えた。
(これで仕留めたか……?)
そう思って警戒を緩めかけたその時だった!
なんと煙の中からフラフラと姿を現す巨大な人影があったのだ。
どうやらまだ戦えるだけの余力を残しているらしい。
それを見て驚く一同であったが、すぐに気を引き締め直して戦う構えを取った。
今度もまず最初に動いたのはメティムである。
彼女は杖を振りかざすと呪文を唱え始めた。
すると彼女の周囲に無数の氷の矢が出現して一斉に発射されていった。
それらは寸分違わず同じ場所に命中していくのだが、相手が大きすぎるためか致命傷を与えるには至らなかったようだ。
それでもダメージは通っているようで苦痛の声を漏らしている様子が見て取れた。
続いて動き出したのはシグルドだ。
彼は手にしていたバルムンクを構えると全力で投擲したのだ!
その瞬間、轟音を響かせながら直撃し、相手は苦悶の叫び声を上げたようだった。
テイルは一気に間合いを詰めると、全身の力を込めて拳を振り抜いた。
「くらえッ!『阿修羅豪打拳!』――!!」
テイルの拳が唸りを上げる。次の瞬間、怒涛の拳撃が嵐のように巨人の肉体を貫いた。
「ほわぁああっ! チャチャチャチャチャチャチャ……らぁぁっ!!」
惨烈な連打、目にも留まらぬ打撃が全身を粉砕する。“巨人”と呼ぶには余りにも無様な断末魔が、火花と共に響き渡った。
「ジュアああああああああああ!!」
巨躯が地響きを立てて崩れ落ちる。全身の炎が一瞬にして掻き消え、ただの黒焦げの骸となった。
……その残骸の中心に、ぽつりと一つ、赤い宝石が転がっていた。
宝石は微かに脈動していた。まるで、それが“この巨人の心臓”であったかのように。
シグルドはその赤い宝石を拾うと、懐に納めこういった。
「お、嫁さんに良い土産ができたぜ♪」
しかし安心している暇はなかった。
成功報酬の受け取りがまだだからだ。
一同はクロノスから『ユミルの楽譜』を受け取るべく再び彼の元へ向かったのである。
クロノスは椅子に座ったままこちらを睨みつけてきた。
「……フン、ご苦労だったな」と言ってきたので、全員で口を揃えて言ってやった。
「さあ、ユミルの楽譜をくれ!」
「いいだろう、契約通りくれてやろう。それと1つ教えておいてやろう。ユミルの楽譜は1度使うと消滅してしまう。消滅した後は、アビスダンジョンで復活する。此度は私の手元にあったが1度使って消えれば、次はアビスダンジョンのどこに現れるかはわからない。アビスダンジョンは広大だ。事実上1度使えばなくなるアイテムと思え。楽譜は使えば消える。次に現れる場所は、誰にもわからん。
……これが、“運命”というものだ。使い所を誤れば、次のチャンスは永遠に来ないぞ……」
そんなやり取りの後、早速取引を始めようとしたところ、急に目の前が真っ白になり意識が遠くなっていったのだった……
気がつくとそこは見知らぬ部屋であった。
いや、正確に言えば見覚えはあるような気がするのだが思い出せないといったほうが正しいだろうか?
とにかくそんな感じの部屋だと感じた。
ふと周囲を見渡すと見覚えのある顔ぶればかりだった。
タタリ族の使用人たちである。
そしてメティムの手の中には秘宝『ユミルの楽譜』があった。
代わりにテュポーンブラッドの指輪が消えていた。
クロノスは約束を果たしたようなので一同は安心した。
どうやら全員無事にタタリ族の大型飛行船に帰って来れたようである。
その後メティム達はゲットした『ユミルの楽譜』を解析し、その研究データをもとにエキドナハートをチューンナップさせた。
その結果として苦労して手に入れた『ユミルの楽譜』は消えてしまったが、チューンナップによりエキドナハートの性能は飛躍的に向上した。
だが、メティムたちの予期しない出来事が起こったのだ。
なんと、エキドナハートの研究室メンバーの中にオリンポスのスパイが紛れ込んでいたのだ。
そいつはあろうことかデータを盗み出した上にそのまま逃走を図ったのである!
当然ながらすぐさま追跡部隊が派遣されることになったのだが、相手がかなり手練れなのか捕まえることができなかった。
そしてエキドナハートのチューンナップの情報は雷帝デウスカエサルの知るところとなり、雷帝は息子マルスを囮にエキドナハート強奪作戦を決行することとなった………というわけである。




