乂阿戦記1 第三章- 黄金の太陽神セオスアポロと金猪戦車アトラスタイタン-8 赤の勇者雷音と赤の魔法少女雷華の旅立ち
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地球上空、雲海の彼方に浮かぶ神域――アポロ・パルテノン。
その神殿の中心にある謁見の間にて、かの道化は土下座していた。
地を割りそうな勢いで額を床に押し付け、彼はただひたすらに平伏していた。
ヨクラートル――いや、今の姿はドアダ七将軍のそれではなかった。
派手なメイクも軍装もなく、ピンク色のやや悪趣味なスーツに身を包んだ、どこか抜けた風情の中年男。
その右隣で正座しているのは、狗鬼漢字の母にして元伝説の青の魔法女神ユノ。
そしてそのさらに背後、柱の陰からハラハラと様子を窺っているのは、ユノの姉でありセオスアポロの妹でもあるアタラである。
空気は緊張で凍りついていた。
それもそのはず。
彼らの目前に立つ神――オリンポス十二神のひと柱にして太陽の神・セオスアポロは、顔を真横にそむけたまま、一切目を合わせようとしない。
「お義兄さん……。これまで数々の非礼、深くお詫び申し上げます」
ヨクラートルが深々と頭を下げ、しおらしく言った。
その瞬間、セオスアポロのこめかみに、ボコリと血管が浮かぶ。
「……誰がお義兄さんだ? 殺すぞ道化」
地鳴りのような声が落ちる。だがヨクラートルは怯まない。むしろ堂々と――いや、無神経に続けた。
「……お義兄さん。俺、今回の戦いが終わったら……ユノと正式に籍を入れます」
ゴゴゴ……ッ
空間が一瞬、軋んだ。
セオスアポロの額に、鬼のような血管が走る。
その一方、ユノは感極まり、潤んだ瞳で彼を見つめていた。
「それで……籍を入れたら、獅鳳とユキルを正式に養子にして、地球で一緒に暮らそうと思うんです!」
ギリィ――ッと音が鳴った。
セオスアポロが歯を食いしばった拍子に、口元から血が一滴、ポタリと落ちた。
あまりのストレスに歯茎が破裂したらしい。
「それに……俺、地球じゃちょっとした会社の社長やってまして。この作戦が終わったら、ドアダを引退して堅気になります。もちろん祖父さんも納得してます!」
「ううっ、ヨドゥグ……!」
ユノが堪えきれずに抱きつこうとしたが、ヨクラートルが慌てて制した。
「よ、よせよユノ! お義兄さんの前だぞ……!」
セオスアポロの身体が震える。目は血走り、全身から殺気がにじみ出る。
だがヨクラートルは止まらない。
「ああ……この戦いが終わったら、地球で経営してるホテルで、ユノと結婚式を挙げます! お義兄さんもぜひご出席ください!」
ブチィッ!!
セオスアポロの脳内で何かが爆ぜた。
その瞬間、周囲の光が震え、神域の大気すら割れた気がした。
次の瞬間、彼は目の前が真っ暗になり、そのまま数秒間、立ったまま気絶した。
反射的に爆炎を放とうとした時には、すでにヨクラートルとユノの姿はそこにはなかった。
どうやら、彼が思考を停止していた数秒の間にスラルへと旅立ったらしい。
セオスアポロの足元には、高価な折り菓子の包みと結婚式の招待状だけが、無残にも残されていた。
「……あのクソ道化がぁ……!」
拳を握りしめ、震える声で神は呻く。
「盛大な死亡フラグを立ておって! 旅先で死んだら、その道化人生、心の底から嗤い飛ばしてやるからな!!」
そのままセオスアポロは怒りで顔を真っ赤に染め、自室に引きこもった。
招待状は、結局受け取られることはなかった。
焦土に近い乾いた大地。陽炎に歪む空の下、焔を孕んだ一閃が閃いた。
とある遊牧民の集落。その外れ、崖と砂塵に囲まれた広場で二人の童が武道の組み手を交えていた。
一人は乂雷音――かつてクトゥグァの洞窟にて紅蓮の魔剣をその手にした少年。
そして、もう一人は彼の妹にして、その魔剣を継ぎし者――乂雷華。
今、雷音の手には剣はない。
魔剣クトゥグァは、彼の傍らにはない。
魔剣は、その炎の咆哮とともに、雷華の手にあった。
紅蓮を纏う大太刀の刃は、雷音が扱った両刃の斬馬刀とはまるで異なる。
どうやらこの魔剣、持ち手の「器」に応じて、その姿を変じる性質を持つらしい。
――クトゥグァ洞窟の一件以後。
昏睡から目覚めた雷音は、真っ先に魔剣を携えて、兄羅漢と姉神羅の行方を追おうとした。
だが、それを遮ったのは長兄・乂阿烈だった。
魔剣は雷音の手から奪われ、妹・雷華の手に渡された。
理由はただ一つ。
「未熟者を野に放つわけにはいかぬ。旅に出たいのなら、我が出す試練を越えてみせよ――魔剣を携えた雷華に、素手で挑み、勝ってみせよ」
それが、長兄からの命だった。
年下の、しかも女の妹を相手に。
ハンデ付きとはいえ、魔剣を持つ相手に素手で挑めという試練。
この程度の試練乗り越えられなければ、貴様には資格がないと兄に言われ返す言葉がなかった。
だから雷音は挑んだ。
なぜなら、今の彼にとって「家族を取り戻す」ということが、全てだったからだ。
しかし、現実はあまりに残酷だった。
雷華は、雷音のように魔剣に呑まれることなく、むしろその力を引き出し、制御し、戦いに昇華していた。
彼女の剣は、舞うように冴え、斬るたびに炎が唸りを上げた。
その姿は、紅蓮の魔女を思わせるほどであった。
対する雷音は、武器を持たず、己の肉体を研ぎ澄ませ、四肢を“龍化”させて戦う。
龍の血を引くその身に宿る異能――それが、彼の唯一の武器だった。
だが、心は揺らいでいた。
――自分は、器ではないのか。
――あの剣に、選ばれる資格などなかったのか。
そんな疑念が、胸の奥底に燻っていた。
対峙する雷華は、凛とした佇まいで立っていた。
腰まで届く赤髪をひとつに括り、戦うために生まれたかのような美貌と気迫をその身に纏っている。
「行くぞ、兄よ!」
雷華が声を上げると同時に、雷音が構える。
すると、雷華は炎を纏った魔剣の切っ先を地面に向け――
その場の空気が、一瞬にして変わった。
戦が始まる。
血が、命が、試される。
旅の資格を得るための、地獄の一手が今、振り下ろされる――。
雷華が一気に距離を詰める。
その刀身が赤く燃え上がり、閃光の如く雷音の身体を斬り裂かんと襲いかかる。
だが、雷音は一瞬の判断で攻撃を紙一重の差でかわした。
そのまま拳を振りかぶる――が、振り上げた刹那、雷音は突然地面へ叩きつけられた。
「ぐぁっ!!」
それは羅漢直伝の合気の技。雷華の一撃だった。
「どうした?そんなもんか?」
挑発の声が響く。
「くそぉ……ならこれで……」
雷音は脚に力を込め、再び立ち上がろうと試みる。
だが、またも地面に叩きつけられた。
(くそ……)
悔しさが胸を焦がす。
「不甲斐ないぞ、兄よ!さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
嘲笑にも似た声に、雷音の怒りが燃え上がる。
「んにゃろ!!」
今度は起き上がらず、寝転がりながら蹴りを放つ。
だが、それも簡単に避けられた。
「甘い!」
雷音はさらに攻撃を畳みかける。
しかし雷華の俊敏さは雷音と同等だ。
違うのは無駄のない動き。
対する雷音は、大振りで威力重視の攻撃を繰り出す。
それゆえに攻撃は空振りが多く、体力を消耗する。
いつも彼は疲労でヘトヘトになったところを、雷華に一本取られてしまうのだ。
「くそ!!」
雷音は悔しげに叫ぶ。
すると突如、目の前に白髪の女が現れ、大声で叫んだ。
「いい加減にしろ!!いつになったら終わるんだ!?飯の時間だ!!さっさと切り上げて朝飯を食え!!」
それは二つ年上の姉、羅刹の声だった。
「どうせこのまま闘ってもお前の負けだ!お前は無駄な動きが多すぎる。しかも性格的に女に甘すぎだ。妹相手だから余計に手心が出てる!」
「そ、そんなことねぇよ!」
「いいから飯だ!」
姉にボカッと殴られ雷音は渋々朝食の席に着いた。
「ねえちゃん……」
雷音がため息混じりに言うと姉である羅刹は弟の前髪を引っ張りながら言った。
「今日は仕事がある!いいから早く食え!」
「いたいいたい!わかったよ~」
雷音は仕方なく姉が作った朝食を食べ始めた。
(ああ、神羅と羅漢兄ちゃんを探しに行かなきゃいけねぇのに!俺が魔剣を抜いたせいで二人は…)
神羅にいいとこ見せようと魔剣クトゥグァを抜いた自分の行為が悔やまれる。
二人がいなくなって引きこもりになった日もあった。
だが今更後悔しても遅いのだ。
彼は持ち前の前向きさで兄姉を探しに行く事を決意していた。
食卓に彼らの兄阿烈が入ってきた。
「大兄おはようございます。お早いお帰りですね。珍しい。」
羅刹が阿烈に朝の挨拶をする。
「うむ、今回の軍会議は速く片付いた。雷音、ウヌに伝えることがある」
「ん?なんだ?」
「神羅が見つかった。今婚約者のオームのところにいる」
雷音は食べていた朝食を盛大に吹き出しせき込んだ。
「……はぁ!?どういうことだ!」
突然のことに驚く雷音に対し、阿烈は冷静だった。
「許可をやるから神羅を迎えに行け。必要ならば我が軍の兵を何人かつけてやる」
「お、おおわかったぜ兄貴」
そう言うと雷音は朝食をかきこみ家を飛び出した。
「待て、雷音一人で行くつもりか?」
雷華が慌てて呼び止めると雷音は振り返って言った。
「兄貴の部下を引き連れて行ったらタタリ族から戦争に来たと思われちまうぞ? ここは俺一人で行った方がカドが立たねぇ」
そう言って再び駆けだした。
「待て!私も行く!私も神羅姉さまが心配だ!」
雷華も魔剣を携え雷音の後を追った。
「羅刹…」
「は!」
「隠密行動が得意で腕の立つ兵を何人か雷音と雷華の護衛に回しておけ」
妹羅刹にそう命じ阿烈は食事の席についた。
「……まったく手間のかかる弟達だこと」
そう言って羅刹はため息をつき幕営に控える兵に命令する。
「ラキシス軍曹、何人か引き連れ弟達の護衛を頼む。」
「は!かしこまりました!」
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