乂阿戦記3 第五章 巨竜王ケイオステュポーン復活計画-5 準決勝対バン 紅闘牙vsブリューナク
観客席にいた雷音の婚約者ミリルのもとに、一人の老人が姿を現した。
杖を突いて歩くたび、カチャカチャと金属音が鳴る。
白髪と長い白髭、褐色肌のダークエルフ。一見好々爺だが、鋭い眼光がただならぬ気配を放っている。
「あれ〜お父様!こんなところで会うなんて珍しいのだ!今日はどうしたのだ?」
するとその老人、異世界スラル事実上の盟主国、アシュレイ族国王トグリル・アシュレイは答えた。
「ふむ、ミリルのライブを応援しに来たんじゃよ。一回戦敗退は残念じゃったが素晴らしい演奏じゃった。対バン相手がブリューナクでなかったらミリルが勝ち進んでおったわい。本当に惜しかったのぅ」
そして隣にいる白水晶に視線を移すと続けて言った。
「白もよく頑張ってくれた。娘の警護と演奏のサポート見事であった……」
そんな国王の賛辞にお辞儀をする白水晶だったが、次の瞬間彼女の口からとんでもない言葉が出てきた。
「……対バンで演奏したブリュンヒルデ殿、迦楼羅殿なのですが、お二人は私と同じジュエルウィッチシリーズの生き残りの方々でした。まさかこのような場所で出会えるとは思いませんでした……これも運命なのでしょうか?」
その言葉に一瞬固まる一同であったが、いち早く我に返ったミリルがツッコミを入れた。
「ちょっと待つのだ〜!ブリューナクのお姉様方もジュエルウィッチシリーズなのか!?確かにあの人たち強そうだったけど」
その疑問に答えたのは以外な人物だった。
「その通り、彼女たちは8年前の聖地戦争で重症を負い、延命の為俺の部下の手によりジュエルウィッチとなった者達だ」
「あ!ハクア・プロジェクト・ホールディングスの社長さんなのだ!!」
そこにいたのは、ブリューナクを抱える芸能会社の社長であるゼロ・カリオンだった。
彼はなぜか手に小さなトロフィーのようなものを持っている。
ちなみにこのトロフィー、デザインこそ普通のものと同じだが、中身は魔力のこもったとある場所への転移装置になっているため見た目より重いのである。
ゼロ・カリオンはそのトロフィーをミリルに渡すと言った。
「トグリル王ご無沙汰です。ふう、会場でアシュレイ王家のお二人を見かけたときは肝を冷やした。どうも会場近辺でメフィストギルドの不穏な動きがありましてね、安全のためトグリル王とミリル姫には別の場所へ移動していただきたいたので馳せ参じた次第です」
「なるほどのう、それでハクプロのCEOが、わざわざワシたちを迎えに来たというわけか」
「フ、スラル事実上の盟主のエスコート……。これを他の者に任せるわけにはいきますまい。」
「それじゃあ早く行くのだ〜」
こうして4人は移動用魔導具を使い安全な場所に移動したのだが、この時彼らは知らなかった……すでに手遅れであることを……
ついに紅闘牙とブリューナクの対バンが始まった!
まずはお互いのバンドを紹介することにし、最初に登場したのは真紅のドレスに身を包んだ妖艶な美女・ホエルと、銀色の髪をなびかせながら引き締まった肉体美を見せる野生的な美女羅刹だった。
彼らのバンドはロックバンドとしてはかなり異色なであるが、ヴォーカルを務めるホエルの歌の実力は過去の実績からも、折り紙つきであり、観客たちは早くも熱狂状態となっていた。
続いて現れたのは白いスーツに身を包み、サングラスをかけた黒髪長髪の美青年だった。
会場中の女子から
「「「きゃああああああああ!!羅漢さまあああああああああ!!!」」」
と大絶叫の黄色い歓声が上がった。
続いて出て来た雷音がドラムを担当するようだ。
そんな彼に続いて出てきたのは、純白のスーツを身に纏い、短パンに蝶ネクタイをつけた美少年の阿乱
「きゃーー❤︎阿乱くーーん!!」
羅漢ほどではないがこちらも黄色い歓声が飛んでいる。
彼はベースだ。
ちなみに女の子からの黄色い歓声が飛んでこない雷音は(あれ?なんで俺だけ女の子の声援がないの?)
と内心涙目でショックを受けていたりする……
最後のメンバー・雷華は紅色の着物を着た美少女だった。
その外見とは裏腹に荒々しいヴォーカルを披露し、ファンからは「小さな姐さん!」と呼ばれているらしい。
「「「雷華たーん! 我らを“お兄ちゃん”って呼んでくれーーっ!!」」」
(……うわ、なんかすげぇコアなファン層……)
と、雷音はふと思ったが、口に出さないでいる。
あと雷華もちょっと怖がってる。
そんな彼らを見て羅漢は笑っていた。
そしてライブが始まる。
まず紅闘牙が序盤を歌い終えたところで突然、ステージ上にスポットライトが当たると同時に演奏が始まった!
そこにはなんと、ブリューナク達の姿があった。
彼女達はマイクを手に歌い始めた!
曲は紅茜が作った新曲であった!
その歌声は聴く者の心に染み渡るようでとても美しかったという。
お互い1番が終わった所で雷音と阿乱、羅漢たちが乱入してくる。
それを見たオームは驚いた様子で叫んだ。
「第二曲はあの三人が歌うのか!?」
そんなオームに対して神羅は言った。
「ふふ〜ん♪驚くのはまだ早いよ〜!」
「え?」
次の瞬間!捨てろから大量の煙が噴き出してきたではないか!?
「なんだこれは!?」
突然の事態にパニックに陥る人々であったが、やがて煙が消え始めるとそこに立っていたのは煌びやかな魔法女神服で武装をした雷華、羅刹、ホエルたちの姿であった。
しかも全員女性のようだ。
彼女等は皆一様に顔を仮面で隠しているため表情はわからないが、その手に持っている武器は明らかに戦闘用のものであることがわかった。
そして一人の女性が一歩前に出ると音楽に合わせ武器演舞を踊ったのだ!
ライブに武芸者である自分達の特性を存分に活かしている。
まさに完璧なパフォーマンスであると言えるだろう。
紅闘牙の第二曲が終わると今度は別の方向から新たな影が出現したのである! それは白を基調としたドレスを身にまとった美しい少女であった。
おそらくゼロ・セイラだ。
手には巨大な鎌を持っていることから彼女が死神役であることは明白であった。
さらに彼女の背後に控えていた二人の歌姫が前に出るとそれぞれ剣と槍を構えた。
赤紫衣装の剣使いが紅茜。
黒紫の衣装の槍使いがブリュンヒルデだろう。
迦楼羅は召喚魔法を駆使し、召喚した幽霊のミュージシャン達に楽器を鳴らせ、音楽の演奏に専念している。
彼女たちもやはり顔にマスクをしているために素顔を見ることはできないが、それでもその美しさは伝わってくるものがあった。
三人のうちの一人、ブリュンヒルデが圧巻の美声で歌い始めた。
どうやらこの曲は三人のうちの誰か一人がメインボーカルをつとめるようである。
そしてその歌声に合わせてもう一人の少女が踊り出したのだ!
まるでミュージカルのような演出である。
彼女は舞台女優のように踊るたびにスカートの裾を翻したり、クルッと回ったりしている。
そんな彼女の演技に合わせたかのように他の二人もまた武器を巧みに操りながら見事なアクションを見せている。
三人とも息のあった動きを見せるだけでなく、時折お互いの位置を入れ換えたりと高度な連携プレイを見せつけてくるものだからオーム達観客はもう唖然とするしかなかった。
そんな彼らを他所に三人の少女の舞踊は終わりを迎えると、最後にポーズを決めた後、一斉にジャンプをして着地すると決め台詞を言ったのだった。
『かくして初代魔法女神ユキルの聖剣と黒き刻の魔女ルキユの魔槍の前に邪神エクリプスはトドメを刺された!』
会場から割れんばかりの拍手喝采が起きる中、三人は退場していった。
初代魔法女神達が原初のエクリプスを倒した御伽噺をミュージカルで表現したようだ。
その後も紅闘牙とブリューナクによる一進一退の対バンは続いた。
しかしさすがに音楽のプロとして活動してきたブリューナクとの実力差は明らかであり、徐々にではあるが観客の反応はブリューナクの方に傾いていった・・・
そしてついに決着の時が来た!!
お互い最後の第六に差し掛かったのだ。
「くっ……ここまでやるだなんて……これが絶対無敵アイドル『ブリューナク』!!」
「ああ……正直驚いている。ブリューナクのメンバー四人、皆見事な『芸』の技だ!」
完璧超人の羅漢が彼女達を称賛するように言った。
「特にあの赤服の女サムライ、実戦でも相当の使い手だろうな。羅刹が決闘をしたがっていて少し不安だよ・・・」
羅漢が苦笑する。
「兄上、御容赦下さい。いくら私でも演目中に決闘はいたしませぬ!」
羅刹は少しむくれていた。
「みんな、どちらにせよ、これが最後の曲よ! 悔いが残らぬよう我等が芸をお客様に御披露しましょう!」
皆の母ホエルが子供達に号令を出した。その瞬間、観客席から大きな歓声が上がった!
そして一同は楽器を構え、演奏を始めた。
それは先ほどとは違うタイプの曲だった。
バラード調のしっとりとした旋律が流れ始め、それに乗せて三人の歌姫達はそれぞれの思いを綴るように歌い始めたのだ。
ある者は家族の愛を、またある者は友情を、あるいは恋人への想いを……
そんな想いを込めた歌詞が次々と紡ぎ出されていく度に観客達は涙が止まらなくなっていた。
(そうか……そうだよな……)
その歌には様々な思いが込められていたが、共通して言えることはたった一つ、それは少女たちの純粋な気持ちだったということだ。
ブリュンヒルデ達の歌に勝るとは言えないが、心に響く何かがあったのである。
そうして全員の演奏が終わると同時に再び盛大な拍手が巻き起こった。
そして最後の最後
絶対無敵アイドル『ブリューナク』の最終演奏がはじまる。
「さあ、最後だ!行っくよー!」
そう言ってブリュンヒルデが気合いを入れるとメンバーは自分の持ち場へと戻って行ったのだった。
それから数分後のことだった……
突如照明が全て消えてしまったのだ!!!
「えっ!?」
突然の事態に驚く観客達だったが次の瞬間更なる驚きに見舞われた!
なんと真っ暗闇の中からいきなりスポットライトが当てられたかと思うとそこに現れたのは何と……!!??
「みなさん、こんにちは〜♡みんなのアイドル、ブリュンヒルデでーす♡」
そう、そこにいたのは紛れもなくブリュンヒルデだったのだ!!
最後の最後、彼女たちは真っ当なアイドル服で登場した。
しかも赤を基調としたミニスカートドレス衣装で露出度の高すぎない王道のデザインをしていた。
その姿を見た途端、観客たちは大興奮となり、たちまち会場内は熱気に包まれた!
「みなさーん♡本日のハクア・プロジェクト・ライブ、今日もいっぱい楽しんでいってくださいねー♡♡♡」
彼女の呼びかけに観客は割れんばかりの歓声を上げたのだった……!
そして歌がはじまる。
ブリューナクのメンバーはブリュンヒルデを前に押しやり自分達はサポートに徹する。
ブリュンヒルデの耀く歌声が会場を熱狂させる。
「わあ……」
雷華は思わず感嘆の声を漏らした。
(すごい……これが当代最高峰のアイドルなんだ……!!)
その時、ふと隣に気配を感じたので振り返るとそこにはいつの間にか阿門がいた。
雷華にとって阿門は小さい頃からすごく可愛いがってくれる、優しい親戚のおじさんである。
「どうだ?驚いたろう。あのブリュンヒルデは俺が見つけてスカウトとしたんだ。」と彼は自慢げに言った。
「うん……ビックリした……!」
雷華はブリュンヒルデの歌に圧倒され呆けていたがすぐに冷静になり質問した。
「……なんであの子達を芸能界に入れたの?」
すると阿門はその質問を待ってたとばかりに答えたのだった!
「……実はな、あの子たちは、俺の姉が遺した“夢”なんだよ」
「夢……?」
「ああ。姉は昔からエンタメ業界に憧れててな。『力の時代は終わった、これからは歌と演技の時代だ』って、よく語ってたよ……」
「それで……今どこに?」
「……死んじまったよ。昔の戦争でな」
それを聞いてしまった雷華はそれ以上何も言えなかった……
だが阿門は心の中でこう付け足していた。
(……先代エクリプスである姉はホエルばあちゃん達五人の先代魔法女神に成敗され死んだ……だがユキルやラスヴェードと同じようにヨグソトースの禁呪で輪廻転生を果たしている……雷華、それはお前の双子の姉さん聖羅だ。今ブリュンヒルデと一緒にステージに上がっている……。お前の本当の母さん紅茜と一緒にな……。すまん雷華、まだ俺達はお前に実の親だと名乗ってやる事が出来ねえ……だが…、だが時がくれば必ずお前に真実を打ち明ける!それまでしばらく待ってくれ!)
そう心に誓った阿門は雷華の手を強く握りこう言った。
「いいか雷華、ブリュンヒルデの歌をよく聞いておけ!お前にも女神ユキル級の魔法女神の才能がある……魔法女神達が起こす奇跡の歌はいつか世界を絶望から救うだろう!」
「え……?」
雷華は困惑するが、阿門は言葉を重ねた。
「今はまだ、それでいい。ただ、歌を感じておけ。いずれ、この言葉の意味がわかる日が来る……」
そう言うと彼は舞台袖に戻っていってしまったのだった……。
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