乂阿戦記3 第五章 巨竜王ケイオステュポーン復活計画-3 フレアの憂鬱
タオルミーナの街の一角。
白壁の街並みに朝の光が差し込むなか、フレア・スカーレットは膝を抱えて座っていた。
快晴の空とは裏腹に、彼女の表情には暗い影が落ちていた。
(……なんで、こんなにモヤモヤしてんだろ……)
そんな彼女のすぐそばに、青いボブカットのボーイッシュな少女が歩み寄ってくる。
「どうしたのフレアっち? 元気ないじゃん?」
そう言って、屈託なく笑いながら顔を覗き込んでくるのはアクアだった。
フレアは慌てて顔を背けると、そっぽを向いたまま言った。
「べ、別に何でもねえよ……! ただ少し疲れただけだから……!」
「へぇ〜! あのフレアっちが疲れるだなんて珍しい事もあるもんだねぇ〜!」
ケラケラと笑うアクアに、フレアは少しムッとした様子で言い返す。
「うっせぇよ! 大体お前の方がよっぽど体力無いだろうが! いっつもあたしに抱きついてきて離れようとしないくせによぉ!」
「えへへ☆ ごめんごめん! でもさぁ、アタシらって友達でしょ? だったらスキンシップくらい良いじゃな〜い?」
言い負かされたフレアは、何も言い返せずに頬を赤くして黙りこむ。
「ったくお前はいつもそうやって調子の良いことばっか言ってよぉ……!」
ブツブツと文句を言うフレアの頭を、アクアは優しく撫でてやる。
「やめろよな! ガキ扱いすんなよなっ!?」
口では抵抗しているが、本気で嫌がっている様子ではない。
その証拠に、フレアの頬は真っ赤に染まっていた。
「それで、何を黄昏てたのフレア? もしかしてぇ……恋煩いとかかなぁ? 義理のお兄レッドさんをブリュンヒルデさんに取られそうになってて、黄昏てたとか?」
「ち、ち、ちげぇよ!! アタシが黄昏てたのは仇のこと!!」
フレアは勢いよく立ち上がると、口を尖らせた。
「パパとママをメフィストギルドに売った裏切り者! 五人の仇のうち、キラグンターとスフィンクスのことだよ!!」
顔が耳まで真っ赤になっている。
レッドの件も“図星”だったことは、誰の目にも明らかだった。
アクアはにやにやしていたが、不意に表情を引き締め、静かに語りかける。
「……それは辛いね。でもさ、キラグンターさんとスフィンクスさんって、当時まだ12歳だったんだよね? 私たちと同じ、間違いだらけの子供だった……明確な悪意で人を殺すマクンブドゥバとは違う。それには……気づいてるんだよね?」
その一言に、フレアは息を飲んだ。
「スフィンクスの奴、手加減してた。あたしを傷つけないように。妹のシルフィスは、キラのことを“お兄ちゃん”って呼んでた……あいつ、裏では何度もシルフィスに会ってたみたいなんだ。そりゃ、妹だもんな……」
フレアの言葉は、少しずつ柔らかくなっていく。
「それに……今度、キラとスフィンクスの間に子供が生まれるって言うし……じいちゃんも、パピリオ師匠も、レッドの兄貴も……本当はみんなキラと仲直りしたいんだ。じいちゃんと師匠は、“孫を抱きたい”って……なんだよ、それ、ズルいだろ……」
「うーん、どんなコワモテ親も孫には勝てないか〜」
「ちぇ……結局、私ひとりだけが“キラは仇だ、ブッ殺す!”って息巻いて……ガキじゃねえか。わかってるんだよ、私だけが止まってたって……だから、私は大人になる事にした!……止まってたの、私だけだったんだな。だから、もう逃げないって決めた。私が、私の意思で前に進むんだ。」
そう力強く宣言したフレアに、アクアは柔らかく笑った。
「そうだね♪ じゃあ一緒に会いに行こっか♪ だってぇ、私達友達でしょ? なら遠慮することないじゃない!」
「よし! 行こうぜ!……その前に朝メシだ!」
2人で朝食を食べ終えると早速出発する事になったのだが……。
そこで問題が発生する事になるとはこの時はまだ知る由もなかったのである。
キラグンターとスフィンクスは今雷音達が滞在しているホテルに匿われている。その情報は事前に聞いていたので、まずはそこへ行ってみることにした2人だったが……。
いざ到着してみると入り口で止められてしまったのだ。
乂阿烈がキラグンターとスフィンクスが、アングの手の者と接触しないように厳戒態勢を敷いたからである。
アクア、フレアがガードマンと揉めてると雷音が声をかけてきた。
「よ! どうしたんだ、2人とも?」
「それがさぁ、なんかここに入るには身分証明書が必要なんだってさ」
「そうなのか? じゃあ俺が代わりに手続きしてくるよ。俺の名前なら顔パスできるし、お前らを通すくらいの権限ならあるからさ。」
そう提案する彼に一瞬迷う素振りを見せるアクアだったがすぐに首を縦に振った。
「ナイス雷音! あんたいい奴ね! はあー、これで下着泥棒さえしなければねぇ。」
「言っておくが、俺が神羅の下着を狙うのはスキルをマスターする為だから!! 難攻不落の神羅のガードを突破しお宝を手に入れることで、盗賊の極意を得るためだから!!」
「……胸を張って言うことじゃないだろこの変態」
フレアが呆れる。
「変態じゃない変態と言う名の紳士だ!」
「いや、それ結局変態じゃない?……まぁいいわ、お願いするわ」
とため息をつきながら言うアクアに対し苦笑するしかない雷音なのだった。
道すがら雷音とアクア達は軽く談笑を続ける。
「そう言えば準決勝、雷音達紅刀牙の対バン相手はあの絶対無敵アイドル、ブリュンヒルデなんだって?」
「そうだよ。けど勝ち目がない事もないぜ? ウチの兄貴あらゆるスペックがバグって飛び抜けてるから……まあ、俺もいずれはその領域に到達する予定だけど……」
「ハイハイ、それは楽しみ楽しみ……。けどたしかに羅漢さん色んな意味で飛び抜けすぎてるわよね?天は二物を与えずって言うけど羅漢さんに関しては二物どころか、3物4物ぐらい持ってるんじゃない?」
「雷音の兄さん確かにいろいろチートだよな。ルックスよし、ギターよし、歌も上手くて、クトゥルフ戦争の英雄かつ武仙でドアダ七将軍で頭も切れる……なにこのチート人間?」
「普通に街を歩いてても、ファンの子に軽く手を振るだけで、女の子達がバタバタと倒れちゃうカリスマ性もある……。今やブリューナクとニ分する有名人よ!」
「俺達が習う大武神流って武、医、芸の3つを兼ねて習う武術なんだけど、羅漢兄貴はキッチリ『芸』の修行も積んでるからな…あの人の凄さは、戦闘能力だけじゃないんだよ。人格的にも尊敬できるし、どんなに周りがもてはやしても、『まだ足りない。まだ足りない』とひたすら精進を邁進するのがすごいところだよ」
「へぇー、そうなんだぁ」
そんな会話を繰り広げつつ一行は無事にスフィンクス達がいる部屋の前へとたどり着いた。
ノックをして部屋に入ろうとしたが先客が来ていたようだ。
「あれ?この声?」
聞き覚えのある声にフレアが首をかしげる。
「え?おじいちゃんにお師匠?」
なんと、部屋から聞こえて来た声はファウストとパピリオの声だった。
何やら口論をしているようだ。
しかもどうやらあまり穏便な雰囲気ではないらしい。
そしてとうとう我慢の限界に達したのだろう、パピリオがこう叫んだ。
「どうしてなの?! キラちゃん今まであんなに物わかりの良い子だったじゃない!どうして今回はパピィの言う事を聞いてくれないの!?!」
その叫びにファウストは頭を抱えた。
(やれやれ、ついにこの時が来てしまったか……)彼は内心そう思った。
怒鳴る育ての親に対し、キラグンターは必死に抵抗を試みてるようだった。
「……どうしても何もないよパピィ!! スフィーに子供を認知してやるからアルテマレーザー家を捨てろってあまりにも一方的すぎるじゃないか!!」
その言葉にすかさずパピリオが反論する。
「いいえ違います!タイラントの領土を失った今、アルテマレーザー家は犯罪組織の大家に過ぎなくなったの!! だからこれ以上犯罪者の娘として生きて行くより家をでて、普通の家庭に落ち着いて子供を産んだ方が遥かにマシってアタシは言ってるの!!」
しかしこれにファウストが待ったをかける。
「ま、まあ待てパピリオ、お前の弁は正論だが、これは正論だけで片付けられる問題ではない……。スフィンクスさんはまだ若い。父親との関係やこれまで過ごしてきた家のしがらみなどは、そう簡単に踏ん切りを付けらるものではないのだ……。我々は少し彼女に考える時間を与える必要がある。それが大人の責務と言うものだ」
(何悠長な事いってるのよファウストさん! スフィンクスが今のうちにアングとの関係を断たなきゃキラちゃんの子供は、あのアルテマレーザー家の孫になっちゃうのよ! 最悪、あの外道なアングが自分の後継者をよこせと言って赤ちゃんを強奪しに来るかもしれないのよ!)と心の中で呟くパピリオだったが、ファウストの言わんとする事もわかるので口答えする事は出来なかった。
「そんな……ひどい……」
育った家も、父との記憶も、大切だったはずなのに――それごと捨てろと言われて、心が追いつかないのも無理はなかった。
パピリオに怒鳴られ彼女は泣き崩れていた。
「スフィー、気をしっかりして!」
慌ててキラグンターがスフィンクスの肩を支える。
父親に堕胎を迫られてから彼女は気が弱くなっていた。
そしてその様子を心配そうに見つめるフレアの姿があった……。
(……スフィー……お姉ちゃん………)
予想外の修羅場にみんな尻込みしていた。
「………え、えーーと、今日はスフィンクスさんに会うのやめとかね?」
雷音の提案に、フレアとアクアは無言で首を縦に振った。
(……スフィー……あんなに強がってたけど、本当は……泣きたかったんだよな……)
フレアの胸に、小さな痛みが残っていた。
あんな姿、見たくなかった。……でも、寄り添ってやれなかった自分が、一番情けなかった。
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