乂阿戦記3 第四章 黄緑の勇者キラグンター・ドラゴニア-15 ユミルの楽譜
「いやー楽しかったね♪ ライブ最高〜!」
上機嫌な様子で控室に戻る廊下を歩く神羅。
身体に残る余韻に浸りながら、足取りも軽い。
だがそのとき、不意に声をかけられて振り向いた彼女は、思わず立ち止まった。
そこにいたのは、意外な人物――オームだった。
「やあ、すごかったね神羅! 特に最後に歌った曲、何故か物凄く胸にせまったよ!」
いつもはクールな彼が、今日は珍しく声を弾ませていた。
笑顔を浮かべて語るその様子は、まるで年相応の少年のようだった。
神羅も嬉しそうに微笑む。
「うん! おかげさまでね!」
――ほんとは、「オームくんのおかげで上手く歌えたんだよ」って言いたかった。
けれど、それを口にしかけた瞬間、なぜか顔が熱くなった。
(な、なに言おうとしてるの私っ!?)
心臓の鼓動が一拍遅れて跳ねる。
結果、誤魔化すように言葉を変える。
「と、ところでどうしたの?」
顔を赤らめながら尋ねると、オームは懐から一枚の紙を取り出して、彼女に手渡した。
「はい、これプレゼント。君宛のファンレターさ」
ウインク付きでそう言われ、神羅はぽかんと目を丸くした。
――けれど、驚くのはそれだけではなかった。
封を開けて内容を読んだ瞬間、神羅の目がさらに見開かれた。
「ア、ア、アテナちゃあああん!! 大変大変! アテナちゃんのお父さんとお母さんが見つかったって!!
いまハクア・プロジェクトの社長さんのところにいるらしいよ!!! 早く行ってあげて!!」
叫びながら駆け出す神羅に、驚きつつも反応するアテナ。
次の瞬間には、ミネルヴァのメンバーも総出で彼女の後を追っていた。
残されたオームは、そんな彼女たちの背中を優しく見送っていた。
その瞳はどこか嬉しそうに、そして――ほんの少し、切なげに揺れていた。
***
一方その頃、巨竜王アング・アルテマレーザーが滞在するホテルでは幹部達による簡易な会議が開かれていた。
まず、ロキがモニター越しに巨竜王に報告を上げる。
「……“ユミルの楽譜”だと?」
アングの目が細くなる。
画面越しに、ロキがうなずいた。
「ああ。戦神マルスは、それを見つけたらしい。そして、それを使って妻を蘇らせようとしてる」
「きょ、巨竜王様! それが事実なら、“ユミルの楽譜”は我々が開発した“巨人の進撃歌”の対になる存在ですぞ!!」
あわてて叫んだのは側近メフィスト・フェレス。
彼の声には明確な焦燥がにじんでいた。
「せっかくエキドナハートをチューンアップして作り上げた“新たな上位コントロール装置”だというのに……!」
だがロキは、その慌てぶりにもどこか涼しげだった。
「落ち着けよ、じいさん。あれは操るための宝具じゃない。
むしろ逆だ――“巨人に自由意志を取り戻させる”ための宝具だ。
だからギガス・オブ・ガイアの命令権を直接奪われるわけじゃないさ」
「だが、気に食わんな……」
低く唸ったのはアング・アルテマレーザー。
「我が民を従えるのは、この巨竜王ケイオステュポーンただ一人よ!
勝手に外の奴らが手を出すとは……どこまで我らを舐めるか!!」
憤るアングの様子を横目に、メフィストがふたたびロキに問いかける。
「……ロキ殿、本当に“ユミルの楽譜”などという代物が存在するのですか? まして、それをマルスが手に入れたと……?」
ロキはわずかに沈黙したあと、肩をすくめて答えた。
「信じられないのも無理はない。けど、俺の部下が確認した。どうやら確かな筋の情報らしいぜ」
その言葉に、メフィストは絶句しつつも呟く。
「……まさか……あれはラグナロク以前に失われた、秘宝中の秘宝……」
ロキが淡々と続ける。
「失われた秘宝が復活するのがアビスダンジョンって場所だ。
滅びた機械神も、古代宝具も、なぜかあそこでは輪廻転生するように再生される。
現在稼働中の機械神の多くも、そこで発掘されたものだ。
“ありえないことは、ありえない”――魔法世界の常識さ、な?」
その一言に、メフィストも反論を呑み込み、しばし考え込む。
「……なるほど、言われてみればその通りですな……。
だが、やはり腑に落ちませぬ。なぜゼロ・カリオンは、そこまでしてメティムに固執するのか……? たかが人間に……」
その言葉に、アングがにやりと口を開く。
「フフフ、答えは単純だ。
奴はメティムの体に流れる“破壊神ウィーデル・ソウル”の力を欲しているのだ。
下等な人間といえど、あの一族だけは別格よ。
我が友アザトースにも並ぶあの破壊神の末裔……奴らを侮れば、必ず報いを受けるぞ。心してかかれ!」
「ハハッ!」
ロキが皮肉げに笑った。
「へぇ~? 今までは“雑魚”扱いだったのに、ずいぶんと手のひら返しが早いじゃねえか。
なあに、びびっちまったのか?」
一瞬ムッとしたアングだが、すぐに咳払いしながら言い返す。
「……勘違いするな小僧。ワシはただ、用心深くなっただけだ! 恐れてなどおらぬわ!」
その様子に、メフィストがうんざりしたように仲裁に入る。
「ふ、二人とも、落ち着いてくださいまし!
今は仲間割れしてる場合ではありませんぞ!」
黙り込むロキとアング。
そっぽを向き合う二人を見て、メフィストは一人頭を抱えた。
(やれやれ……本当に、我が主君たちは手のかかる……)
そのときアングがふたたび問うた。
「メフィストよ、“インビジブルオーガ”の部隊はまだ戻らんのか?」
「は。プオム隊長より、銀河連邦に拘束されていたスラッグラーおよびテンタクルルーの奪還に成功したとの報告がありました。まもなく帰還いたします」
「よし。それと合わせて――“我が切り札”ゴドー・ハーケンを呼び戻せ!
“ユミルの楽譜”強奪部隊を編成するのだ!!」
「ははっ!」
メフィストは深々と頭を垂れ、命令を承った。
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