乂阿戦記3 第四章 黄緑の勇者キラグンター・ドラゴニア-10 レジェンドミュージシャン オルフェウス
ーーーーーーアテナがイリスから連絡を受けてから、わずか一時間後――
その会場は、熱狂の渦に呑まれていた。
照明が瞬き、音楽が響き渡る――《ハクア・プロジェクト》二日目のライブステージ。
今まさに始まろうとしているのは、ミネルヴァ vs アフロディーテの対バン第一試合だった。
「みんな、準備はいいわね? じゃ、行くわよ!」
狗鬼ユノの掛け声とともに、メンバーたちがステージ裏に整列する。
スポットライトに照らされたステージに、5人の歌い手たちが颯爽と現れる。
アテナ、神羅、絵里洲、アタラ、ユノの五人。少し遅れて、与徳、漢児、獅鳳たち楽器隊も続く。
そして最後に、司会のマイクマンが登場。センターに立つと、観客に向かって元気よくマイクを構えた。
「さて皆さんお待ちかね! この度ついに始まりましたハクア・プロジェクト二日目の対バン第一ステージ!!
実況はワタクシ、アマチュア無線4級の資格を持つ謎のDJことMCマイクマンが担当します!!どうぞよろしくお願いしますっ!!!」
歓声が上がり、BGMが流れ出す――これは、試合前の恒例行事のようだった。
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対バンを控えた控室では、セレスティアとヘルメスがミネルヴァ側に近づいてきた。
「ちょっとちょっと〜、ユノ姐さん、アタラ姐さん! マルス兄さんが来てるって本当? だったらぜひ会わせてよ〜! 裏切りの理由、本人の口から聞いてみたいかも〜♪」
「私も会ってみたいです! オリンポスの戦神が、黙って『巨竜血の槍』を持ち出して姿を消すなんて……さすがに無責任じゃないですか!」
その申し出にアタラは思わず顔をしかめる。
(おいおい、勘弁してくりゃれ……妾としてはアテナにまず親子の再会を果たさせたいんじゃ。政治の話は後にしてくれぇ……)
そんな中、アタラの視線が特等観客席へと向いた。――その瞬間、彼女は声を上げる。
「うわっ!?」
「ん、どうしたのアタラ叔母さま?」
不思議そうに絵里洲が尋ねるが、アタラは慌てて誤魔化す。
「あ、いや、何でもない……」
だがその顔には明らかに動揺が走っていた。
その視線の先――
そこには、オリンポスの女王ヘラ。そして隣にはロキ。さらにその横には旧支配者・ナイアルラトホテップの姿まであったのだ。
アタラに代わって、ユノがふたりにマルスの経緯を説明し始めた。
ちょうど今朝、アテナとイリスから事情を聞かされていたのだ。
「えっ!? マルスさんって、義父さんに結婚式を壊されてたの!? 部下まで囮で使い潰されて!? ……そ、それは怒るわよ、私でも!」
「……あーあ。てっきり親嫌いこじらせた暴走かと思ってたのに……先に言ってくれればよかったのにぃ〜!」
「なるほど、マルス兄さんがオリンポスを出奔したのにはそんな経緯があったのですか……。これは事実確認をした上で白阿魔王ゼロ・カリオンに抗議文を送らないといけないかもしれませんね。彼がマルス兄さんを唆したとも取れます」
渋い顔をして考え込むふたりに、アタラが必死に頼み込む。
「そ、そうじゃのう! じゃから妾たちに免じて、今はそっとしといてくれぬか……?」
その言葉にふたりはしぶしぶ頷いた。
「……まぁ確かに、それがいいでしょうね。今の私たちにとって最大の敵は、間違いなく“ヘラの嫉妬ババア”ですから〜」
「うんうん、たしかに〜。あー、でもやっぱり気になるぅ〜!」
なおも食い下がるヘルメスをユノがなだめていると、今度はアタラが逆に質問を投げかけた。
「ところでそちらの方はどなたなんじゃ? 初めて見る顔じゃが……」
「ああ、この人は私たちの音楽の師匠で、オルフェウス様だよ♪ 有名すぎるんで、偽名を使って“オル”って名乗ってるけどね」
――その名を聞いた瞬間、空気が凍りついた。
オルフェウス。
オリンポスの人間なら誰もが知る、伝説のミュージシャン。
彼の竪琴の音色は森の動物も、冥界の番犬すらも魅了し、冥府の人々を涙させたと言われている。
「おお、あなたがあの有名なオルフェウス殿か! まさかこんなところでお目にかかれるとは感激だあ!」
与徳がはしゃいだ声を上げる一方で、他のメンバーたちは一様に引きつった顔をしていた。
無理もない。
――彼に勝たなければ、二回戦に進めないのだ。
さらに恐るべきは、その“楽器”。
竪琴の名手であるはずの彼が、今回はドラマーとしてアフロディーテにエントリーしている。
彼の音楽にとって、もはや“楽器”は問題ではないのかもしれなかった。
「はっはっはー、そんなに褒めても何も出ませんよ?」
そう言ってオルフェウスは懐から手帳を取り出し、さらさらとサインを書いて与徳に手渡した。
「ほう! これが噂の直筆サインですかぁ! 家宝にします!!」
喜ぶ与徳を横目に、他のミネルヴァメンバーはますます不安げな表情になる。
そんな空気を察してか、神羅が明るく声をかけた。
「大丈夫、大丈夫♪ ハクア・プロジェクトはお祭りなんだから、楽しんだもん勝ちだよ〜♪」
その一言に、場の空気がふっと和らぐ。
――だが、不安が消えたわけではない。
(ま、そりゃそうだわな)
その中でただ一人、平然としていたのは漢児だった。
伝説のミュージシャンと共演できることを、彼は“ボロ儲けのチャンス”と捉えていた。
勝てば漢を上げる。負けても話題性は抜群。
そんな皮算用すら、彼の堂々とした構えには似合っていた。
こうして一同は控室へと戻っていく――
開演の時が、刻一刻と近づいていた。
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