乂阿戦記3 第四章 黄緑の勇者キラグンター・ドラゴニア-9 アテナの父の行方
――都内某所、高級ホテルの一室。
「んふふふふ♪ 今日は楽しかったわねぇ〜」
妖艶な笑みを浮かべる美女、峰場イリス。
170cm超のスレンダーな肢体に、モデル顔負けの美貌。その正体は、オリンポス女王神ヘラの右腕を務める“虹の女神”だった。
元は“上位ギガス・オブ・ガイア”の一柱として、暗黒時空神クロノスに挑んだデウスカエサルに味方したが、後にヘラに見初められ、忠実なる右腕として仕えるようになった。
ちなみに“峰場”の名字が示す通り、アテナとはかつて“養母と娘”として人間界で暮らしていた時期がある。
今日は久しぶりのオフ日。イリスは《ハクア・プロジェクト》に、セレスティア・ヴィーナスのバンドメンバーとして参戦していた。
そんな彼女は今、意外なことにスマホ片手に悩んでいた。
(うーん、どうしようかなぁ……)
その悩みのタネは、今日知ってしまった“マルス様の情報”を、女王ヘラやアテナに伝えるべきか否か。
一見無邪気に笑うロキを、彼女は胡散臭いと感じていた。あの男、何か裏がある――そう確信していたのだ。
(でも……この件は、アテナ様にとって……)
そう考えながら画面をスクロールしていると、ふと受信フォルダに目が留まった。
(――これは!?)
差出人はナイアルラトホテップ。開くと、そこには件名もなく、ただ一枚の写真が添付されていた。
イリスの表情が凍りつく。
そこに写っていたのは――アテナのライブ会場の最奥で、フードを被った男が、遠巻きにステージを見上げている姿。
(間違いない……マルス様……!)
すぐさまイリスは、その写真と共にアテナへ連絡を入れた。
プルルルルル……
――ガチャッ。
受話器越し、飛び出したのは興奮そのままの叫び声だった。
「イリス先生! お父様が見つかったって本当ですか!?」
「アテナ様、まずは落ち着いてください。深呼吸を――」
予想通りの反応だった。だが、どれほど冷静を保とうとしても、イリスの内心にもわずかな動揺はあった。
なぜなら――アテナの声が、今にも泣き出しそうだったからだ。
「本当に……? その写真……あの場所って、私のライブ……」
アテナは理解した。
つまり、父は“生きている”。――なのに、どうして、会いに来てくれなかったのか?
疑問。怒り。悲しみ。焦燥――
あらゆる感情がない交ぜになって、胸の奥で膨れ上がっていた。
その沈黙を破ったのは、イリスの低く、澄んだ声だった。
「……マルス様は、今――命を狙われています。オリンポス、タタリ+メギド族、そしてメフィストギルド。三つの勢力すべてに、です」
アテナは言葉を失った。
だがそれは、まだ序章にすぎなかった。
「六年前、マルス様は“巨竜血の槍”をオリンポスの研究所から……強奪しました」
「――え?」
イリスの言葉は続く。だが、その内容は、あまりにも重かった。
和平ムードに包まれていたオリンポスとタタリ族。しかし裏では、互いに裏切りを重ねていた。
オリンポス主神によるタタリの秘宝“騙し討ち”奪取。
対するタタリ側も、禁忌の改造を施して《エキドナハート》を兵器化しようとしていた。
そんな中――マルスは決断した。腐れ縁の白阿魔王から、“巨竜血の槍”によって《ユミルの楽譜》の在処を探せると聞いた彼は、もはや交渉や和解を信じず、独断で“槍”を持ち出し、アビスダンジョンに潜った。
六年――たった独りで。
目的はただ一つ。
“妻メティムの蘇生”。
彼は、誰の許可も得ず、誰の理解も求めず、それだけを信じて動いた。
そして今――“巨竜血の槍”は、彼の手にある。
「……そういうことだったのね……」
震える声で呟くアテナ。
(でも、それなら……)
――それなら、なぜ私には一言もなかったの?
「先生……パパは私のこと……嫌いだったんですか……?」
「そんなこと、あるわけがないでしょう」
イリスの声は優しかった。だが、その口調の奥には、どこか哀しみが滲んでいた。
「マルス様は、ライブを聴いておられたんです。逃げ隠れする身でありながらも。……アテナ様、あなたの声を――あなたの歌を、誰よりも求めていたのです」
アテナの目から、大粒の涙がこぼれた。
「先生……私、パパに会いたいです……会って、直接、確かめたい……。お願いします、連れていってください……!」
その願いに、イリスはひとつ深く息を吐き――静かに、そして確かに頷いた。
「……わかりました。では、今から私の言うことを、よく聞いてください」
「はい……!」
「まずは――このまま、ハクア・プロジェクトで歌い続けてください」
「えっ……?」
「マルス様は、次のライブにも必ず姿を現します。私たちはそのときを狙って、彼に接触し、説得する。そして――《ユミルの楽譜》を受け取り、メティム様を蘇らせるのです」
「それが……すべてを救う道なのですね?」
「ええ、きっと」
少女の涙は、やがて小さく笑みへと変わった。
――父に届くように、私は、歌う。
この声が、願いが、希望の全てになると信じて。
こうして、少女アテナの“歌による再会計画”は、静かに幕を開けたのだった――。
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