乂阿戦記3 第四章 黄緑の勇者キラグンター・ドラゴニア-1 対バン一回戦vsドラキュラ
ここはハクア・プロジェクトが開催されているスフィアサウンド。
幼いアテナが、父と母の物語を歌っていた。
その澄み渡る旋律は、観客一人ひとりの胸にそっと沁み渡っていく。
やがて――歌は、終わりを迎えた。
最後のフレーズがホールの天井を越え、光のように消えていく。
その瞬間――
観客席から割れんばかりの拍手が湧き上がった。
その中に、一人の男がいる。
感動のあまり、頬を濡らしながら拍手を続けていた。
彼は何に涙していたのか。アテナの“歌”にか。それとも“声”そのものにか――あるいは、その両方にか。
だが一つだけ確かなのは――その涙が、決して悲しみのものではなく、喜びの涙であったということだ。
そしてこの瞬間、運命の歯車が音を立てて回り始めた。
少女が舞台袖に下がると同時に、男がステージへ飛び出し――ギターをかき鳴らす!
その男こそ、なんとあのキースだった!
しかも彼が演奏しようとしている曲は――
アテナがさっきまで歌っていた、まさにその同じ歌――『I want to be with you』。
なぜ同じ曲を? 一体何をするつもりだ!?
「おわーっ!? ちょ、キースなに考えてんだ!? ルール違反で失格になるぞ! 早くステージから降りろ!」
アキンドが慌てて舞台に飛び上がり、キースを引きずり降ろそうとする――が、マッチョなキースはビクともしない。
それどころか、マイクを握って、堂々と歌い始めた!
――しかも、アテナに向かって手を差し出し、まさかのデュエットを求めるという大胆不敵さ!
「ええぇぇーーっ!?」
観客席からも舞台袖からも、驚愕の声が響き渡る!
「キースってば、あんな事して大丈夫なのかしら……?」
「大丈夫なわけないでしょ……」
神羅とリリスがひそひそと囁くが、同時に――ある違和感に気づく。
「あれ……? キース君、なんか様子が……」
「うん、違う。あの目……すごく真剣だよ」
そう、今のキースからは、いつものバカ一直線な軽さが嘘のように消え失せていた。
代わりにそこにあるのは、まっすぐな眼差しと、歌に懸ける真摯な熱情。
「……もしかして本気なのかな?」
「かもしれないわね。だって、あんな顔……初めて見たもの」
「キースったら、変なところで大胆なんだから」
クスクスと笑い合う二人につられて、周囲にも自然と笑顔が広がっていく。
「……あっ。アテナちゃんが……笑った」
神羅の呟きに、リリスが言う。
「ふんっ、もうこうなったら失格上等よ! 音楽祭なんだから、自由にやればいいのよ!」
キースはにっかり笑い、アテナに言った。
「曲なんざ、ルールじゃねえ。魂の叫びだ! 思いが爆発した瞬間、それが最高のメロディになるんだよ!!」
「……ガーッといって、ババンとぶちかまして、ビリビリッと感じたもんを、シュバババン!って叫ぶんだ!」
――意味は、まるでわからない。だがその熱は、誰よりも伝わってきた。
「どこかにいる嬢ちゃんの親父さんに、燃える魂を届けようぜ! 嬢ちゃんの想いは、きっとバシンと届く!!」
そう言って、彼は自らの胸を拳でドンと叩いた。
「いやキース! お前、何言ってるかマジでわかんねえよ!?」
アキンドがたまらず叫ぶが――キースは、ガン無視で言葉を重ねる。
「だからさ、一緒に歌ってくれよ」
突拍子もない申し出に、戸惑うアテナ。
だが、しばしの沈黙ののち――彼女は決意を込めて、手を伸ばした。
「ハイ! わかりました!」
「ええっ!? アテナちゃん、今のでわかったの!?」
驚愕する絵里洲の声もかき消すほどに、観客席から喝采が巻き起こる!
「いいぞーキースー!!」
「やっちまえー!」
「ヒュー! 熱いぜ、お二人さーん!」
「アテナちゃーん! がんばってー!!」
――こうして2人のデュエットは、ホール全体を巻き込む熱狂の渦となった。
結果、アテナは第一回戦を見事突破。
もちろん、キースたちドラキュラはルール違反で失格となった。
だが、それは些細な問題でしかない。
なぜなら彼らは、この舞台で――“想い”を音楽という形にして届けることに成功したのだから。
☆
★
☆
「ええええっ!? そ、そんなことがあったんですかぁっ!?」
演奏終了後のフェス広場。
アテナが今日の出来事を話すと、シルフィスは驚いて大きな声を上げた。
アテナは魔法学園小等部のクラスメイトたちと、おわつ片手にティータイム中。
「うぅぅ、恥ずかしいよぉ〜」
「恥ずかしがることないじゃない〜、アテナちゃんは立派だったよ〜♪」
照れるアテナの頭を紅阿がやさしく撫で、隣のクラスメイトもにっこり微笑む。
「歌ってるときのアテナちゃん、とっても堂々としてて、かっこよかったです〜」
「えへへ、そうかな……?」
褒められて、アテナも嬉しそうに笑う。
「それにしても、アテナちゃんがオームお義兄ちゃんの姪っ子さんだったなんてね!」
「うん、自分でもちょっとびっくりしちゃってる……」
楽しく会話が弾む中、話題は次の行動へ。
「そういえば、これからどうするの? まだ時間あるし、回らない?」
「私は他の出し物も見に行きたいなぁって思ってるんだけど……」
「えっと、あの、実は……神羅お姉様から、ライブステージ一緒に観に行かないかって誘われてて……」
「行く行く! 紅阿も神羅お姉ちゃんと一緒にお歌聴きたいの〜!」
「じゃあ決まりね! みんなで一緒に行こう!」
そうして三人は、神羅と合流し、コンサートホールへと向かう。
「チビちゃんたち、あんまりはしゃいで迷子にならないようにね」
年長者として神羅が妹たちを気遣い、出店でお菓子を買ってあげたり、射的や輪投げで遊んだりと、笑顔の時間が過ぎていく。
やがて空は茜色に染まり、夕方が訪れる頃――
彼女たちは目的地へとたどり着いた。
人々の熱気、賑わい、腕を組んだカップルたち。
その光景を見ていた神羅の心に、ふとある思いがよぎる。
(……私も、誰かと手をつないで、歩いてみたいな……)
そんな時だった。
ふいに、誰かが神羅の手を――そっと、握った。
驚いて顔を上げると、そこには、あの日と同じ――やわらかな笑顔のオームがいた。
「よかった。ようやく見つけた。タイムオーバーになるかと思ったよ。もうすぐ僕たちのステージが始まるんだ。神羅には、ぜひ僕らの演奏を聴いてほしいんだ」
満面の笑み。
その何気ない笑顔に、神羅の鼓動が高鳴る。
顔が熱くなり、たまらず視線を逸らす。
けれど――不思議と、胸の奥が温かくなっていた。
気づけば、神羅の指は、彼の手をそっと握り返していた。
どうしてこんなにも胸が高鳴るのか――自分でも、まだわからなかった。
慌てて手を離したものの、すでに妹たちの視線が集中していた。
俯く神羅に対し、オームは朗らかに笑いながら言った。
「大丈夫! 時間はまだ間に合うし、観客の中にはワニキス将軍が親衛隊率いて待機中。ヘラやメフィストギルドの対策も完璧だよ!」
――そういう問題ではない。
だが、そんな無邪気さこそが、彼の魅力なのかもしれない。
こうして神羅たちは――オームたちのライブステージへと向かうのだった。
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