乂阿戦記3 第三章 黄衣の戦女神 峰場アテナの歌-11 巨人の母ガイア
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(くそ、早く行かなければ……奴が……アング・アルテマレーザーが来てしまう……その前に奴の本体を見つけ出し、仕留めないと……ん!? あれは――!?)
床に空いた大穴から下降していたマルスの視界に飛び込んできたのは、巨大な竜巨人のような異形の存在――そして、その傍らに、彼がよく知る人影があった。
(な、何だアレは……!? 一体どういうことだ? ま、まさか……)
目を凝らす。確かに、そこにある。
異形の竜の頭部には、メティムの身体の半分が取り込まれていたのだ。
「メ、メティムーーーーっ!!!」
マルスは絶叫した。
声にならないほどの衝撃。胸を締め付けられるような感覚。
目の前の巨竜は、まるでメティムの命をゆっくりと、確実に喰らい続けていた。
取り込まれた彼女の瞳は閉じられ、今にも消えてしまいそうなほど、脆く儚い――。
呼びかけようとしたが、喉がつかえて声が出なかった。
いや、違う。出せなかったのだ。
心が追いついていなかった。
――彼は英雄である前に、一人の夫だった。
それでも時間は容赦なく進む。
そんな時、背後から――怒気に満ちた、聞き慣れた声が叩きつけられた。
「マルス! この腑抜け者め! たかが女一人に取り乱しおって! 貴様はそれでも、このデウスカエサルの正当なる後継者か?」
雷鳴のごとき怒声。
マルスが振り返ると、そこには憤怒の形相を浮かべた雷帝デウスカエサルが立っていた。
「貴様は、他の王子どもと違い、我が正妻ヘラとの間に生まれた、真の次期王位継承者だぞ! なんだ、その体たらくは!」
――父の咆哮は、かつて幾万の兵を震え上がらせた覇王の声だった。
だが今、マルスの中に湧き上がった感情は、恐怖ではなく、怒りだった。
「……五月蝿い!! 黙れぇっ!!」
怒鳴り返す。
拳を握り、血が滲むほど強く。
「元はと言えば貴様が……ッ! いや、違う!! これは俺の責任だ! 俺が……俺がもっと早く、貴様を倒していれば……こんな悲劇は起きなかったんだ!!」
胸の奥底から噴き出すような咆哮。
マルスの瞳に宿っていたのは、涙ではなく――覚悟だった。
怒号と共に、デウスカエサルはマルスの胸ぐらを掴み上げ、激しく地面へと投げつけようとした――その瞬間。
「――そこまでだ、雷帝」
その声と共に、二人の間に一人の男が滑り込んだ。
屈強な肉体に纏う黒いマント。
無骨な風貌の中に、静かなる凄みを宿す瞳――
そこに立っていたのは、ドアダ最強と謳われる男、スパルタクスであった。
その威圧感に、二人の動きが止まる。
「……マルス君、ここは私に任せてくれないか?」
スパルタクスは、冷静な口調で言う。
だがその声音には、明確な“覚悟”が宿っていた。
「今ならまだ間に合う。君の妻を救えるチャンスは、今しかない。」
その一言で、デウスカエサルの手から力が抜けた。
彼は訝しげな表情を浮かべながら、ゆっくりとマルスを手放す。
「ぬうう……スパルタクス、貴様……!」
怒りに満ちた声で唸るや否や、デウスカエサルはスパルタクスへと戦いの構えを取った。
「……我が兄弟子よ。今の貴様の姿を見たら、我らが師父ウラヌス様はさぞかし嘆かれるであろうな」
その挑発に、スパルタクスもまた拳を握る。
「ぬかせ……スパルタクス! 神の目を失い、盲目となった貴様が、俺に太刀打ちできるとでも思っているのか?」
その言葉に、スパルタクスは小さく笑みを浮かべた。
「……それはどうかな?」
そう呟くと、彼は静かに、かけていた黒いサングラスを外した。
その眼窩に――確かに“神の目”が戻っていた。
「なっ……! 神の目だと……!? 馬鹿なッ!!」
雷帝は言葉を失った。
「その目は……俺が自ら抉り出し、再生できぬよう握り潰したはずッ!!」
驚愕する父帝に対し、スパルタクスは冷静に応じる。
「――なに、ゴーム王の助力あっての話だ。
一夜限りの奇跡。
錬金魔術と神性錬魂を掛け合わせた、再錬成の秘術だよ」
「くうううっ!! ただの眼球ならいざ知らず、神の目を錬金して再構築するとは……」
デウスカエサルは忌々しげに唸りながらも、認めざるを得なかった。
「さすがは破壊神ウィーデル・ソウルの長子、《覇星》ゴーム・ソウル……!
聞きしに勝る、超魔導の怪物よ……!」
「さあ、我が兄弟子よ――」
スパルタクスは静かに構えを取った。
右手には、かつて神々すら封じた魔鎖《封獣モビーディックラーケン》。
それに応じて、デウスカエサルもまた深く呼吸を整え、構える。
「……元の力を取り戻した貴様が相手とあらば、俺もまた“虚”を捨てよう」
その拳の構えは、二人同じ。
かつて共に修めた、神聖天空拳――。
二人の達人が、一歩も動かず睨み合う。
空気が裂け、見えない雷が走るかのような視殺戦が続く中――
この場の空気すら、止まったかのように静まり返っていた。
マルスはスパルタクスの横を通り過ぎ、妻と妻の半身が融合している巨大な竜の元へ駆け寄った。
そして、妻の身体を傷つけぬよう慎重に取り外すと急いで抱き抱えた。
「メティム! しっかりしろ!!」
抱きかかえた妻は意識を失い、呼吸も浅く、命の火が今にも消えそうだった。
「くそっ、駄目か……っ。やっぱり……遅かったのか……」
マルスの拳が震える。歯を噛み締め、声にならない悔しさを飲み込んだその時だった。
「――諦めてはいけませんよ。診てみましょう」
静かに、だが凛とした声が背後から届いた。
そこにいたのは、白銀の髪をたなびかせた一人の女神――プリズナ・ヴァルキリード。
楚項烈の妻であり、エクリプス大戦で名を馳せた五女神のひとり。癒しの魔法女神だった。
「……頼む!」
マルスの叫びに、彼女は微笑みで応える。
「ええ、任せてください」
彼女はそっとメティムの胸に手をかざすと、静かに呪文を唱え始めた。
その瞬間、淡く温かな光がメティムを包み込む――
光がやがて消えたとき、メティムの頬に、ほんのりと赤みが戻っていた。
「……メティム……!」
震える声で名を呼ぶと、彼女は微かに目を開け、そして呟いた。
「我が名はユミル・ガイア……巨人族の母神にして……原初の魔法女神のひとり……」
マルスとプリズナは、絶句した。
(まさか……! メティムの遺伝子の奥底に眠る“ガイアの残滓”が、肉体を通して目覚めたのか!?)
二人は同時に、同じ結論に辿り着いていた――。
メティムの意識は、柔らかく光る水面のような世界に浮かんでいた。
「ここは……どこ?」
辺りは蒼白く霞み、現実の手応えはなかった。
そのとき、ふと見覚えのある声が届いた。
「メティム……」
声の主に振り向くと、そこに立っていたのは――亡き母・エキドナ。
「お母さん!? 死んだはずじゃ……ここって、まさか天国!?」
「いいえ、ここはケイオステュポーンの意識の中。あなたは今、生きてるわよ。これは幽体離脱した“精神体”の状態なの」
「……じゃあ、本当に私はまだ……」
メティムは両手で顔を覆い、涙をこぼす。
「よかったぁ……まだ、生きてる……!」
「でも、喜ぶのはまだ早いわ」
母は静かに言った。
「あなたの身体には、私の母――つまりあなたのおばあちゃん、**ユミル・ガイアの“怨念体”**が宿っているの」
「え……?」
「その怨念がケイオステュポーンの魂を呼び寄せ、この世界に完全復活させようとしている。放っておけば、全宇宙の巨獣が目覚め、オリンポスを踏み潰すわ」
メティムは恐怖に目を見開いたが、母は微笑みで力を与えた。
「大丈夫。あなたには“エキドナハート”がある。私のすべてを宿した秘宝。きっと扱えるわ」
そう言って励ますエキドナを見て、メティムは少し自信を取り戻した。
「……やってみるね」
そう言ってメティムは目を閉じ、精神を集中させた。
彼女の精神体から陽炎のような揺らぎが立ち上がり、それはやがて天使の翼と蛇の下半身を持つ半神の姿へと変わっていく。
光と闇が混ざり合い、女神と魔獣の輪郭を併せ持つ新たな存在――
「これが……私?」
「うふふ。似合ってるわよ、メティム」
エキドナの声が温かく響く。
だが、メティムは問いかける。
「でも……私はどうやってこの力を使えばいいの? 召喚魔法より、私は錬金術の方が得意なんだけど……」
「心配いらない。あなたの中に私の全知識を流し込んであるから」
メティムは頷いた――だが、その笑顔は一瞬で曇る。
「……でも、お母さんはもういないんだよね……」
また涙がこぼれそうになるが、母はやさしく抱き寄せて言った。
「人は皆いつか死ぬ。だけど、**想いは残せる。**それが“あなた”の中で、生き続けるのよ」
その言葉を聞き、さらに涙を流すメティム。
そんな娘に優しく語りかけるエキドナ。
「それに、見てごらん。あなたの夫も、仲間たちも、命を懸けてあなたを守ってくれてる」
その言葉にメティムは顔を上げ、ぼんやりと浮かび上がる戦場の幻影を見つめた。
「……ありがとう、みんな……!」
「さあ、行きなさいメティム。時間がない。
ユミルの怨念が完全にケイオステュポーンを覚醒させる前に……止めなさい!」
その言葉と共に、メティムの精神は肉体へと還っていく――。
目を開いたその先、彼女が見たのは。
巨大な竜の傍らに佇む、己の肉体。
そしてその内部に確かに存在する、かつての女神ユミル・ガイアの意志。
「……あれが、私のおばあちゃん……」
意を決して叫ぶ。
「目覚めろ我が肉体――そして、ケイオステュポーンよ、再び眠れ!!」
閃光が迸り、空間を割くような衝撃と共に**“真の姿”**が現れる。
全身が赤黒く染まり、六本の腕、蛇の尾、禍々しくも神聖な角と翼――
かつての神話に登場する、原初の怪物の化身。
その怪物が、メティムを見つめた。
『そうだメティム、それが“エキドナハート”を解放したお前の真の姿だ』
その声は、懐かしくも優しい。
「おばあちゃん……?」
『メティム……』
涙が流れた。
怪物となった祖母も、孫も――
魂の奥底で、確かに通じ合っていた。
「ねえ……おばあちゃん……どうしてケイオステュポーンを蘇らせようとするの?」
問いが静かに投げかけられる。
ユミル・ガイアは、静かに、重く、こう呟いた。
『――お前や、お前たち巨人の民を……自殺させないためだ』
「……え?」
『私は……お前に謝らねばならぬことがあるのだ』
そして、語りが始まる。
「え?どういうこと??」
『私はお前に謝らなくてはならないことがあるのだ……』そう言って彼女は語り始めるのだった。
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