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乂阿戦記3  第三章 黄衣の戦女神 峰場アテナの歌-10 楚項烈(乂阿烈)vsヘラクレス


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デウスカエサルがケイオステュポーンに連れ去られる様子を見届けた後、ギルトンは小さくガッツポーズをした。


「……よっし!計画通り……あとは“あの人”が宝玉を奪い返してくれりゃ、全て完了だ!」


だがしかし、その直後ギルトンの背後に何者かが現れたのである。

「よくやったぞ、ギルトン」


ギルトンは慌てて後ろを振り向くとそこには長身の男性が立っていたのだ。


ギルトンは肩をすくめて言葉を継いだ。

「おせえだぞ、阿門! ……いや、今は“ゼロ・カリオン”だったっけか?」


一呼吸置いてから、今度は焦ったように問いかける。

「スパルタクスさんは? 打ち合わせ通り来てるんだよな? ……それと、セオスアポロの説得はちゃんとできたんだか?」


ゼロ・カリオンはニヤリと笑いながら答えた。

「ああ、もちろんだ。今頃には、もう現場に着いてるだろうぜ」


その言葉にギルトンが頷いた次の瞬間、彼の背後からもう一つの影が現れた。


「ご苦労だったな、我が息子よ」とねぎらいの言葉をかけてきたその人物は、鉄の仮面を被った2メートルを越す筋骨隆々の大男だった。

その男を見てヘラクレスが驚きの声を上げる。

「ぬうう!?……お前…楚項烈……バカな?……お前……2年前アシュレイ族の起こした聖地戦争の折……乂舜烈との戦いで死んだはず?」

すると鉄仮面の男(楚項烈こと実は乂阿烈)は言った。

「悪いなヘラクレスよ……どう言うカラクリかは秘密だ……」

挿絵(By みてみん)

会話を交わしてると同時に突然後ろから斬りつけられてしまうヘラクレス。

だがダメージはない。

ヘラクレスが振り返るとそこには剣を構えるマルスの姿があった。

「……ち、やはり纏っているネメアーの獅子の毛皮に弾き返されたか……」

マルスが苦々しく呟くと、それを聞いた楚項烈は感心したように言った。

「ほう、さすがは噂に聞くネメアーの獅子の毛皮だな。今の一撃は並みの人間ならば致命傷となっていただろうに」

そして、次の瞬間マルスはその場から姿を消したように見えたのだが、気がつくとすでにヘラクレス側面に回り込んでいた。

そしてそのまま毛皮が覆われてない部分に向け剣を振り下ろす。

しかしその攻撃も虚しくまたもや弾かれてしまった。

「なにいぃ!」

マルスの驚く顔を見て楚項烈は愉快そうに笑うと言った。

「グルァーッア"ッア"ッア"ッア"ッア"ッア"ッア"ッア"!!」


楚項烈が豪快に吼えた。


「マルスよ!…ヘラクレス自身の防御力もネメアーの獅子並に硬いようだぞ? それはそうだろう。奴自身がネメアーの獅子を絞め殺した男――ならば、獅子より硬いのも当然ということよ!」


そして、鉄仮面の下で獰猛に笑った。


「フフ……よかろう。ならばワシも本気で応えねばなるまい! ギルトン、マルス、阿門よ! この極上中の極上の獲物は師父であるワシに譲れいいいい!!!」


その言葉と同時に突如彼の身体が光り輝き始めたではないか。


「なんだと!?」それを見たマルスは思わず叫んでしまう。


「ええーっ! おっちゃんだけズリぃよ!」

ギルトンが腕をバタつかせて叫ぶ。

「オラもヘラクレスと戦いたかったのにい!」


「おいコラァ! クソ親父ぃぃぃぃ!」

カリオンが青筋を立てて叫ぶ。

「アンタとヘラクレスがガチでぶつかったら、地球が木っ端微塵になるだろうがあ!」


「バカタレ共がああああ!」

楚項烈が背後で吠えた。

「エクリプス大戦の三すくみが集まって泣き言ぬかすなああああ! ヌシら三人が破壊の中和を行えば地球は滅びたりせんわあああ!! グルォアアアアアアアアアアアア!!」

楚項烈が狂気笑を浮かべヘラクレスに襲い掛かる。

「があああああ!マジかあのクソ親父〜〜!!」

悲鳴を上げるカリオンらの様子を尻目についに楚項烈とヘラクレスの戦いが始まったのだった。


楚項烈の叫びが神殿に轟いた次の瞬間、空気が裂けた。


「ぐおおおおおおおッ!!」


ヘラクレスの豪腕がうなりをあげ、地面を拳で叩き砕く。

厚さ数十センチの床石が爆ぜ、粉塵が柱の天辺まで舞い上がる。


しかし、それすら紙一重で避けた楚項烈は、鬼のような笑みを浮かべる。


「おお、よいぞ! その豪拳! その覇気! ──存分にぶつけて来いッ!!」


返す拳を構えた瞬間、両者の筋肉がぶつかり合う。

重く、分厚く、鉄をも凌駕する肉の塊同士が、互いの命を削り合うかのごとく激突した。


それはまさに、戦場に舞い降りた“超級怪獣”たちの拳闘だった。


柱が砕け、壁が裂け、床が陥没する。

風圧一つで瓦礫が飛び、天蓋すら軋む。


ヘラクレスが重戦車のように突き進めば、楚項烈は圧倒的な手練でそれをいなす。

回避、捌き、迎撃──すべてが流れるような武の連携。


(なんという攻撃力……! いや、それだけではない……この巨体で、何という“速さ”だ!?)


マルスが思わず呆然とする中、両雄は一歩も引かぬまま、拳と拳をぶつけ続ける。


互いに2メートル超、200キロを超える肉弾が衝突するたび、神殿全体が揺れた。

まるで地脈そのものが怒りを爆ぜているかのようだった。


──だが。


一見、力負けしているように見える楚項烈は、実際には互角以上に渡り合っていた。


彼は受けているのではない。

“躱し”“流し”“崩して”いるのだ。


(そうか……あの男、完全に“受け流して”戦っている……!)


それはただの防御ではない。むしろ、圧倒的な相手に対してこそ発揮される、楚項烈の真骨頂だった。


剛力だけで敵をねじ伏せてきた男が、いま目の前で──

“武の技術”という名の刃を、満面の笑みで振るっている。


「いいぞ……いいぞ、もっとだ! もっと見せてみろ貴様の全力をッ!!」


ヘラクレスの筋肉がさらに盛り上がり、膨張し、速度と破壊力を増していく。

だが、それすらも──


「遅い! 遅すぎるわああああああああああッ!!!」


叫びと共に楚項烈の拳が走った。

その一撃は──音すら置き去りにする“超神速”。


ヘラクレスの巨胸に突き刺さった瞬間、肉が弾け、血が宙に舞う。


「ガハッ……!」


膝をつきながらも、ヘラクレスはなおも闘志を燃やしていた。


(ほほう……流石、タフな奴よ……)


楚項烈の心中に、静かに歓喜が満ちていく。


そう──この強敵は、ただの暴力に屈するような相手ではない。

この男とならばこそ、自らの武を極める価値がある。


武道家として、拳を研鑽する者として──

いま、楚項烈は純粋な喜びの中にいた。


「ふむ、そろそろ頃合いのようだ」


楚項烈が、ちらりと己の拳を見やり、低く呟いた。


「……何?」


訝しむヘラクレスに答える代わりに、楚項烈はただ静かに構え直す。

その瞬間だった。


ヘラクレスの巨体が、ぐらりと揺れる。

急激に力が抜け、膝が崩れ落ちた。

それだけではない。全身の筋肉が悲鳴を上げるかのように疼き、体内から何かが“抜け落ちていく”ような不快な感覚が走る。


「ぐ、うう……な、何が……!?」


顔を歪め、膝をつきながらも、ヘラクレスは叫んだ。


「貴様……まさか……毒を、仕込んだのか……?」


その問いに、楚項烈はしばし無言を貫いた。

そして、首を横に振る。


「毒ではない。むしろ……その逆よ」


「……なに?」


「“解毒”だ」


その一言に、時が止まったかのような静寂が落ちる。

ヘラクレスの目が大きく見開かれた。


「バ、バカな……!」


楚項烈は口元に笑みを浮かべたまま、穏やかに語り出す。


「ウヌはあらゆる毒物に対して驚異的な耐性を持っておる。……かつて、ケンタウロス族のネッソスに謀られヘラヒュドラーの毒で死にかけた時、デウスカエサルがウヌを蘇らせた。女神ヘラの母乳を以てな」


「……!」


「その結果、お前の肉体は常人の枠を超え、神の筋肉と化した。だが同時に、それは“毒によって強化された奇跡の肉体”に過ぎぬということでもある」


楚項烈は拳を見つめながら、静かに告げた。


「……だからこそ、ワシは戦いの中で、体内の“毒の奇跡”を打ち消す経絡秘孔を突いたのだ。これは《破壊》ではない。《治療》だ」


ヘラクレスが、ふらつく身体を支えながら呻く。


「な、なぜそんな真似を……ッ!」


「ワシはただの武人ではない。“武医”よ」


楚項烈は静かに背筋を伸ばし、宣言する。


「――武、医、芸。この三つの道を極めてこそ、真の武道家。ワシの属する“大武神流”には、その全てが伝承されておる」


「つまり貴様は……戦いの中で俺を“癒した”というのか……!」


「そうとも。ウヌの筋肉を支えていた毒の奇跡……それを、完全に断った。ドーピングに頼らぬ真の姿へと、戻してやったのだ」


楚項烈は一歩、静かに前へと出た。


「――勝負ありだ、ヘラクレス」



だがヘラクレスはまだ諦めていないようだった。

「フンッ!! それがどうした? ドーピングなどに頼らずとも俺の剛力は生来のもの! そんなものに頼らずとも自前の力で殴り殺せる!!」そう言ってヘラクレスは駆け出して行った。

しかしそんな彼に楚項烈が言う。


楚項烈は、肩越しに振り返ると、冷然と告げた。


「やめておけ、神の加護を失った今のウヌに……勝ち目はない」


「なんだと……ッ!」


荒く息を吐きながら睨みつけるヘラクレスに、楚項烈は淡々と続ける。


「なぜなら貴様は――デウスカエサルより“神聖天空拳”の奥義を授かってはおらぬ。あるいは、奪うこともできなかったのだろう」


「神聖……天空拳……だと……ッ!?」


その名を聞いた瞬間、ヘラクレスの表情が明らかに動揺する。


楚項烈は静かに頷くと、拳を握り締めて言い放つ。


「おしきかな、ヘラクレス。貴様は強すぎた。ゆえに自らを超える技術を求めずとも、敵をねじ伏せてこられたのだ。……だがな、それが慢心だ」


楚項烈の声には怒りも侮蔑もない。ただ、静かな確信があった。


「“神聖天空拳”──それは天界の王ウラヌスが、あの究極邪神アザトースを倒すために編み出した《神を屠るための拳》。選ばれし者にしか継承されぬ、武の極意だ」


ヘラクレスは歯を食いしばる。

その拳はなおも震え、渇望と悔しさが滲み出ていた。


だが、楚項烈はなおも語る。


「対して我ら“武仙”は……常に自らより格上の存在と向き合ってきた。神、魔、邪――その理不尽に抗い続けるため、武を磨き続けてきたのだ」


「我らは日々、命を賭して修練に励む。なぜなら相手は理不尽だからだ。強者はおろか、宇宙の狂気そのものに勝たねばならぬ。それゆえに編み出されたのが――我が“大武神流”。」


その言葉とともに、楚項烈の拳が静かに光を放つ。


「破壊神ウィーデル・ソウルが完成させた《殺神拳法》。それが大武神流であり、この楚項烈はその免許皆伝を賜わった武仙の一人……!」


「神聖天空拳と双璧をなす技を持たぬ者が、このワシに勝とうとは片腹痛い!」


雷鳴が轟いたかのような宣言。


ヘラクレスは沈黙のまま、激しく息を吐く。だが、その眼光はなお死んでいない。

怒りでも憎しみでもない、己を貫く武士の矜持だけが、そこにあった。


──その視線に、楚項烈もまた微かに目を細めた。


(……ならば、それでこそ武人)


互いの思想、信念、誇りが激突する瞬間だった。


楚項烈の忠告を無視してヘラクレスは楚項烈に挑みかかる。

たしかに彼は神聖天空拳は会得していない。

だがオリンポスの名だたる英雄達……アムピトリュオーンから戦車の扱いを、アウトリュコスからレスリングを、エウリュトスから弓術、カストールから武器の扱いを、そしてケンタウロス族のケイローンに武術を師事して剛勇無双となった闘神である。

その力は凄まじいものであった。

彼はレスリングとパンクラチオンの技術を持って楚項烈に挑みかかる。

対する楚項烈もまた同じく強力な武闘家であった。

彼の流派は「大武神流楚家拳」という極めて実戦的な殺神拳法である。

全身の細胞……否、肉体を構成する分子一つ一つに及ぶまで自由自在に動かすことができる神域の拳法家なのである。

二人は激しい格闘戦を繰り広げた。

楚項烈が打撃技主体の一撃必殺の剛拳ストライカーであるのに対し、ヘラクレスはレスリング、パンクラチオンの流れを組む総合格闘家スタイル

派手な殴り合いをしてるように見えるがそれらは全て牽制で、お互い必殺の一撃を繰り出す隙をうがっていた。

楚項烈は一撃必殺の超剛拳を、ヘラクレスはネメアーの獅子やケルベロスを絞め殺した必殺の締め技を狙っていた。

その両雄が繰り広げる超絶破壊の力から地球を護るべく、ギルトン、マルス、カリオンが力の中和を行っていた。


「あ、あのクソ親父〜〜! マジで本気出して闘いやがって〜〜!」

魔王ゼロ・カリオンが全身油汗を掻きながら、中和の結界を必死に張っていた。


「クソが! あのクソ師匠! 今地球にはメティムと生まれたばかりのアテナがいるんだぞ! ちっとは手加減して闘いやがれ!!」

マルスも魔力の暴走を抑えながら叫ぶ。


……そんな二人の間を、ギルトンの能天気な声が突き破った。


「うひゃー!やっぱ鉄仮面のオッチャンメチャクチャ強いな〜!

 あ〜〜オラもやっぱ混ざりてえ!!なあなあマルス、阿門、やっぱオラもあそこに混ざっちゃ駄目だか?」


「おいいいい!ギルトン貴様絶対あそこに割り込むんじゃないぞ!!!」


マルスが怒声を張り上げた。隣で魔力を暴走させながら、血走った目で睨みつける。


「テメー……今この場を離れやがったら、マジでブッ殺すからな!!!」


ゼロ・カリオンも額に青筋を浮かべ、ギルトンに詰め寄った。

冗談を抜きに、この戦いの激しさを、三人とも誰よりも理解していた。


楚項烈とヘラクレス、お互いに一歩も譲らない激闘の末、両者は同時に地面に倒れ伏した。

ヘラクレスが楚項烈の頸椎を破壊せんとフロントネックロックで首を締め上げた瞬間、楚項烈は必殺の抜き手でヘラクレスの筋肉と肋骨の薄い部分の隙間を狙い、心臓に直接経絡秘孔を突く秘奥義をブチこんだのだ。

両者共にダメージが大きくしばらく立ち上がることができないようであった。


「ぐ、は……!」

「っ、首が……折れおったか……!」


二人の呼吸が荒れ、血の混じった息が洩れる。だが、どちらも勝敗を口にしなかった。


――空気が、静まり返っていた。戦場にあるまじき“沈黙”が訪れる。


その沈黙を破る影があった。


「……闘神ヘラクレス、か」

地を踏む重い蹄音とともに、黒い巨馬に乗った男が姿を現す。

その肩には黒衣。顔には無骨なサングラス。そして、纏う気配は……まるで奈落のようだった。


――楚項烈と同じく、“死んだはず”の男。


「現在の“武の頂”と呼ばれる男が、兄弟をここまで追い詰めるとはな。正直、驚いたぜ。なぁ──阿れ……じゃなかった、“楚項烈”」


「……おい、ジャム……暗黒天馬。今この時代、ワシらは“死んだこと”になっておるんじゃ。名は伏せい」

「へっ、ならお前も気をつけるんだな。“兄弟”よ」

「ふん……口が減らぬ男だ……」


互いに牽制し合うようなやり取りに、ヘラクレスは訝しげな視線を向けた。


──だがこの二人、かつては共に“地獄を潜った”戦友だった。


「……貴様、何者だ?」


男は涼しげに答えた。


「名乗っても信じんだろうが──俺は“暗黒天馬”。」


「馬鹿な……! あの龍麗国の暗行御史は、二年前の戦争で死んだはず……!」


「ああ、死んだとも。世間的にはな。だが──内緒にしとかなきゃならねぇ事情が色々あるのさ」


そう言って、男が乗る黒馬が身を震わせた。


瞬間、馬体が軋むように変形し、黒い装甲と蹄が人の形を成す。

まるで神話から飛び出してきたかのような、漆黒のケンタウロス型戦闘機神がそこに立っていた。


「……じゃ、俺は先に行くぜ」


暗黒天馬はその機神に飛び乗り、背を向けると、浮遊城の下層へと飛び立っていった。

その向かう先は――ケイオステュポーンとデウスカエサルが墜ちていった場所だった。


ヘラクレスはすぐさま後を追おうとしたが楚項烈との戦いのダメージがデカく、体が動かなかった。

一方の楚項烈は戦いを継続する力こそ無いもののなんとか立ち上がり、息子ゼロ・カリオンの肩を借り歩きだしていた。

「グオオ! く、首が痛え! やばい! 折れてやがる! しかもこの折り方、ワシの再生力が絶妙に阻害されておる!」

そして二人はお互いが向き合う形となったのだが、なぜか双方ともに攻撃の意志を見せなかった。

いや、正確に言えば両者ともに戦いの勝敗を正しく認識し決着に折り合いをつけたのである。


重傷を負い、地に伏したままのヘラクレスが、静かに呻くように呟いた。


「……俺の負けだ。お前は立っている……だが俺は、もう起き上がれん……殺れ」


その言葉に、場の空気が凍りつく。

重く、張り詰めた沈黙。


楚項烈は、苦悶を堪えるように首に手を当てながら、しばし目を閉じた。


そして、呼吸を整え、静かに答える。


「……いや。殺しはせん。いや、正しく言えば──今のワシには、その力すら残っておらぬ」


そう告げると、楚項烈はわずかに息を吐き、弟子たちへと目を向けた。


「……もし、ウヌが生き恥をさらすのを望まぬならば。トドメは……弟子たちよ、そちらで引き受けるか?」


無情な問いだった。だがそれは、武の世界に生きる者の“けじめ”でもあった。


だが──


「えええぇぇぇ!? やだよやだよオラ絶対やだべ!! だってオラ、もっと強くなって、ヘラクレスと1対1で戦いたいんだもん!! だから、トドメとか絶対なしっ!」


ギルトンが、いつも通りの能天気な声で否定する。


「……面倒くせぇな」


マルスは苦い顔で肩をすくめると、視線をそらして呟いた。


「……アイツは、母親が違うだけの兄貴だ。そんな奴に……トドメなんざ、冗談じゃねぇよ」


一見投げやりな口調だったが、その声には確かな情が宿っていた。


「……次は、この俺が叩き潰す。そのときまで、生きていろってだけだ。バカがよ」


一方、楚項烈の元へと近づいた魔王ゼロ・カリオンが、そっと耳打ちをする。


「親父……この件、セオスアポロと取引済みだ。あいつの親父を殺すのはいいが、兄弟の命は守るって密約がある。……乂族の将来を考えりゃ、ヘラクレスをここで殺すのは得策じゃねぇ。ここは“引き分け”で手打ち、ってことで……どうだ?」


楚項烈は眼だけで頷くと、ゆっくりと場の中心へと歩み出る。


そして、堂々と宣言した。


「うむ、よかろう。阿門の意見は尤もだ。我らはこれより、この浮遊城を後にする。オリンポス軍に追撃されぬ限り、こちらからの敵対行動は一切取らぬ」


その言葉に、ヘラクレスは目を細めると、低く唸るように応じた。


「……よかろう」


次の瞬間、彼は通信魔法を展開し、各軍の司令官に指示を送った。


オリンポス側と乂族側、両陣営の“戦略的停戦”が、ここに成立した。


楚項烈は再び思考を切り替える。


(よし、これでひとまずの障害は取り除けた。あとはセオスアポロとの政治交渉、そして──巨竜王アング・アルテマレーザーが来る前に、ケイオステュポーンの肉体を破壊することだ……)


静かに振り返り、彼は弟子たちに声をかけた。


「さあ、行け。今ならまだ、間に合うかもしれぬ。……ワシは今回ばかりは、ここで引き下がる。雷帝と巨竜王相手では、この身体……さすがにお前たちの足を引っ張ってしまうからな」


その言葉に、マルスとギルトンは大きく頷き、ケイオステュポーンが墜ちていった浮遊城の下層へと駆けていった。


楚項烈はその背を見送ると、ぐらりと身体を傾けた。

すぐさまカリオンが支える。


「グ、グオオ……! く、首が……ッ、やばい……! 再生が間に合わん……!」


痛みに顔をしかめながらも、楚項烈は静かに微笑んだ。


──勝敗を超えた、“誇り”と“未来”のための決着であった。


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