乂阿戦記3 第三章 黄衣の戦女神 峰場アテナの歌-6 俺の歌を聞けーーー!
イサカ・アルビナスは今フレア達のお母さんをやっている。
今日も娘達のためにご飯を作っていたら、突如頭の中に誰かの声が聞こえてきた。
(おーい、私だよ私)
「……誰だ?」
どう考えてもこの声の主はあの女神しかいないのだが念のため確認しておくことにした。
「おい、まさかとは思うがお前か? 先代黄緑の魔法女神クリームヒルト……」
(ハイそうですよ〜!現在進行形で死んでる、黄緑の魔法女神クリームヒルトちゃんです♪ フレアちゃん達の本当のお母さんで〜す! でもね、今回は冗談抜きでマジなお願いがあって来ました!)
……話には聞いていたがずいぶんと愉快なノリの女神のようだ。
だがそれより女神クリームヒルトはクトゥルー教団とメフィストギルドの手にかかり死んだはず……
ということは、このクリームヒルトは亡霊?
それとも残留思念?
もしくは残響体?
(それで何用かな?)
(実は先輩にお願いがあって語りかけてるんです。お願い先輩助けて)
「なっ……なんなんだ? それでその願いとは何なのだ」
(あのね、あたしの子供たちが私の仇討ちだと言って私の弟を殺そうとしてるの。だからお願い先輩、フレアちゃんとレッドちゃんを説得して仇討ちやめさせて! 私このままじゃ成仏できない!)
「おい! 何だと? いくら女神であるとは言え、無理を言うな!いや、我とて元より無為な争いは好まぬ。我は魔性の中でも極めて優しいぞ。だが、フレアとレッドの仇討ちの意思は相当なものだ。それを変えさせるのは難しい……」
(あうう……そうだけど……)
そもそもイサカは現在の世界において、もはや自分は何の役にも立たない。
そんな自分が何かをしようともがくのは無意味だとあきらめて何もしないことに決めている。
そして一日が過ぎるのをただやり過ごす……そう思いつつもやはり彼女は、クリームヒルトの助けに応えてあげたいと頭を悩ました。
「……ねえあなた、貴方と弟のキラグンターとの間に何があったの?まずは情報を開示して……相談に乗るかどうかはそれからよ……」
(うあーん!ありがとうイサカ先輩!)
「うんうん。まずは話を聞こう」
(そうですね、それでは簡潔にお話しましょう)
そう言うと、女神は自分が知っている限りの事を話し始めた。
ハクア・ホールディングスが運営する音楽フェスがイタリア・シチリア島にあるタオルミーナで開催される。
タオルミーナはシチリア島の他の都市と同様に古代ギリシャおよびローマ帝国の支配下にあり当時の神殿や遺跡を今に伝えている。古くから親しまれている観光地の一つで、『グレイト・ブルー』など映画の舞台としても知られている。
その観光地で、いよいよ次代の戦歌姫を決める音楽大会が開始されるのだ。
このコンサートは全国で広く、かつ頻繁に宣伝されており、この日訪れた観客はこれまでになく大勢だった。
ハクア・プロジェクト大会では今までにない多様な音波が漂っていた。
その轟く爆音の音色は否応なくも聞くものに期待を高まらせる。
絵里洲は次代の音楽祭開始にご満悦だった。
「ふむう……このまま行けば順調に勝ち続けられそうね……このあたしのカリスマと美貌で!!」
「落ち着けよ絵里洲。俺たちは一体何のためにこの大会に参加したか忘れたのか?」
兄狗鬼漢児が浮かれる妹をたしなめる。
「ああ、そうね。アテナちゃんを私たちの家で保護するために優勝を狙うんだったわ!」
「そうそう、そのために来たんだよ! それにしてもこれは……」
「あら、狗鬼兄様。いかがなさいましたか?もしかしてトイレですか?どうぞこちらへ」
末妹のアテナが兄に気を使いトイレに案内しようとする。
「ああいや、すまないな。別にトイレじゃない。ここの美しい花園に思わず見惚れただけだ」
漢児は花園がよく見えるベンチに腰を落ち着け座り込む。
そして魔法学園の名教師プロフェッサー・タットから渡されたハクア・プロジェクトに関する資料に目を通した。
ハクア・プロジェクトは四日に渡り開催される。
ここタオルミーナには八つのステージが設けられている。
まず初日、ハクア・プロジェクトに参加しているチームはくじ引きで指定のステージに向かい、くじ引きで割り振られた相手と対バンを行い投票で勝者を決める。
翌日は生き残った8チームが4チームに
翌々日は4チームが2チームに
最終日に優勝チームが決まる。
そんな流れだ。
「私達の対バン相手は何処のチームかしら?」
神羅が今日自分達と対バンする相手チームがどこなのか気にかける。
「ふふん、まさかあなたたちが私の対バン相手とはね」
「え?リリスちゃん?」
なんと絵里洲達ミネルヴァが初日にぶつかった相手はリリスが率いるバンドチーム、ドラキュラだった。
「あ、皆さん今日はよろしくお願いします」
ベースのレイミがペコリと一礼
「よう絵里洲、対バンで負けたって逆恨みしたりすんなよ〜♪」
ドラムのアキンドが意地悪そうに絵里洲をからかう。
「……………」
キースは珍しく無口
一心不乱にギターの音を調整している。
「ふふん、まあ今日のところはこっちでいくか。このインスピレーションを摑み取る!」
そう語るとステージの最終のセッティングを始めようとキースが声を張り上げる。
「刻むぜ!ボンバー!!」
「あ、あれ?キース君なんかめっちゃ雰囲気だしてない?なんかギターやたらいい音出してない?」
絵里洲が予想外なキースの一面に面食らう。
キースのギターを聞いて父与徳が「ほう」と感心していた。
「あの坊主いい音出すな。テクはまだまだ荒削りだがなんていうかソウルがビンビン伝わってくる。ユニット名ドラキュラだっけか?順位は十位だがこりゃ初っ端から手強いとことぶつかったなあ」
「な、なんだか今日の対戦相手は凄そうじゃの……」
ヴォーカルのアタラもキースが奏でるギターの音色に圧倒されている。
「はい皆さん。今日はどんなお気持ちですか?私は勝てるかは不安です」
そんな心配そうな声で言うのはヴォーカルの一人でもある神羅だ。
「けどみんな下手に気負うことないよ。学校でオームが言ったように女神ヘラ縁のチーム以外が優勝すればいいだけなんだから!音楽なんだから勝つとか負けるとか考えず楽しも?ハクア・プロジェクトは音楽のお祭りなんだよ♪」
神羅がなかなかいい事を言う。
ところがそんな神羅にお構いなくアキンドと絵里洲は口汚く喧嘩していた。
「ほほほほほほ、アキンドくーん、あなたみたいな猿ドラマーがこのハクア・プロジェクトで勝ち上がると思ってるのかしらあ?」
「は〜あ?女神どころか駄女神としか言いようの無い絵里洲さんこそ音楽を理解できるんですかぁ?このバカチン!」
「ウキー!この麗しの歌姫様によくもそんな暴言を!」
「YOUたち喧嘩しないでね?」
リリスが心配そうにそう声をかけたのに二人はお構いなく喧嘩を続けている。
騒がしいこの二人、喧嘩をしていても夫婦漫才みたいなノリで喧嘩しているので周囲はどう止めていいやら判断に迷っている。
と言うか面白いからそのまま放っている。
アテナも絵里洲とアキンドのそんな様子をクスクスと楽しそうに見ていた。
狗鬼ユノとアタラはアテナのそんな様子を見てホッと安堵していた。
狗鬼家に連れて来た当時あの子は感情のない人形のようだった。
女神ヘラからオリンポスの戦争兵士として育成されていた弊害だと容易に想像できた。
だが今は家族やまわりの隣人の親身なサポートもあり人間らしい感情を取り戻しつつあった。
特にユノは目頭が熱くなるほどそれが嬉しかった。
オーム達がアテナに会いに来た日、アテナの出生の秘密を聞かされたからだ。
その秘密は彼女に深く関わりのある事柄だった。
なにはともあれ初日の対バンが始まる。
本来対バンは競い合うものではなくライブイベントにおいて複数のバンドが出演し、入れ替わりでステージに立つ形式のこと。
対決という言葉が語源だが、現代では競い合うという意味合いはなく、共演と同義で使われることが多いものなのだ。
ところが優勝者を決めるこのハクア・プロジェクトでは音楽対決の決闘である。
何はともあれ予選ランキング一位のアテナ達ミネルヴァと予選ランキング十位リリス達ドラキュラの音楽対決が始まった。
「さあ、どっちに勝ち目あるのかしら?」
「お互い手加減は禁物よ、いつだって真剣勝負です!!」
「上等よ、返り討ちに遭っても知らないぞ!」
「負けませんよ。覚悟してくださいね」
ミネルヴァとドラキュラの歌合戦がはじまる。
順位の低い方から先に歌うことになっているので、先行はドラキュラだ。
いつもは口数も少ない硬派な彼が、今や豹変したようにギターを掻き鳴らし――ヴォーカルのリリスを差し置き、叫ぶ。
「俺の歌を聞けーーー!」
そう告げると観客は途端に口を閉ざして息を呑んだ。
そして一瞬にして数十倍もの空間の空気が静まり返り会場は静寂に包まれた。
「あ……」
一瞬の間が過ぎて……
リリスとキースのヴォーカルが会場に鳴り響く。
「……最高じゃないか」と感嘆する観客達の声と共に音楽が始まる。
その途端に客席にいた者達は感嘆のため息をもらした。
その曲調は最初のパフォーマンスに反して、とてもゆったりしていて耳を澄ますとまるで音楽史を刻むかのような音の波が体を包み込むのを感じた。
そしてミネルヴァのメンバーはキースがギター兼ヴォーカルだった事に驚愕した。
特に若い頃、大道芸で飯を食っていた与徳はしきりに感心していた。
「あのキースって坊主、セオリーがメチャクチャで歌もギターもテクニックはまだまだだがソウルがある!なんて言うか観客を引きずりこむ音楽のオーラを持ってやがる!」
観客達は「うわーお!」と感嘆のため息と共に声を出す。
観客は今ステージの上に立っているキースの熱い魂が具現化したような曲に圧倒されているのだ。
その感激はミネルヴァのメンバーも同じであった。
「すごい……」
そんな中に一人やけに目をぎらつかせている者がいた。
狗鬼漢児である。
「……聞いたことないフレーズだな?何だが悔しいけどゾクゾクする!……生意気にも才能あるじゃねえかこの後輩共め……!」
漢児の張り合う気まんまんな雰囲気に、ミネルヴァのメンバーが渋い顔をして声をかけた。
「いや、俺たちの目的はあくまでアテナちゃんのサポートだからね。」
ミネルヴァのベースである獅鳳は呆れていう。
「おっとそうだったな!アテナちゃん歌の準備はオッケーかな?もうすぐ交代だ!気合いをいれるんだよ!」
「はい、頑張ります」
そしてミネルヴァ達が奏でる美声が会場に鳴り響いた瞬間、狗鬼漢児は自ら作り出したアテナのために作った曲を奏でるべくギターを手にする。
この曲には、アテナのための長いソロパートがある。
アテナが歌う曲、それは──
本当の両親に会いたいと願う、切なくて儚い悲しい歌……しかし、今私はここにいて、周りに素敵な人がいて、いつかきっとお父さんとお母さんを探し出して見せると、前向きな決意と希望に満ちた力強い歌だった。
この歌の主人公である少女は、まだ6歳の子供で、今は心優しい保護者達に愛され慈しまれている。
その少女の下に次々と心ある人達が訪れ力添えを申し出る。
そしてそのうちの1人が少女に教えてくれたのだ。
貴方には胸を張って誇れる本当のお父さんとお母さんがいる。
世界を救うため戦場に赴き今は行方不明となっているが、いつかきっとあなたに会いにやってくると……
少女はその言葉を信じ、父と母を待つと決める。
そして自分を見つけ出してもらうために――今ここで、力いっぱい歌う。
このステージが、きっと父と母に届くと信じて。
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