乂阿戦記1 第三章- 黄金の太陽神セオスアポロと金猪戦車アトラスタイタン-4 太陽神セオスアポロvs赤紫の勇者ヨクラートル
神性と狂気が同居するその双眸は、ただ愉悦の色でヨクラートルを見下ろしていた。
「……ようやく来たか。腐ってもドアダ七将軍の一角。ま、所詮は道化に過ぎんがな」
「よぅ……金ピカ野郎。やっと見つけたぜ」
「ふん……何をしに来た? 言っておこう、次は“殺す”と忠告したはずだが?」
ヨクラートルは睨みつけ――そして、ひざを折った。
額を地に擦りつけ、両手を床に突き、魂を込めて嘆願する。
「子供たちを……返せ……! 頼む、返してくれ……!!」
一瞬の静寂。
神殿の空気が氷のように冷たく張り詰めた。
そして、セオスアポロは薄ら笑いを浮かべて嗤った。
「嫌だと言ったらどうする? 哀願で神が動くと思ったか?
下賤なる人間よ。お前ごときに、何ができる?」
その言葉に、ヨクラートルの奥底に眠っていたものが燃え上がる。
「俺は……ロクでもねぇ、ダメな親父だよ。
逃げてばかりで、大事なもんを一つも守れなかった」
「でもな……それでも、あいつらの“父親”なんだ!!」
「ユノが……家族が……子供たちの帰りを、ずっと、待ってるんだよ……!!」
「俺が行かなきゃ……誰が迎えに行くってんだッ!!」
神殿に響いたその叫びは、神すら沈黙させる――父の声だった。
セオスアポロの唇が吊り上がる。
「――ほう、“家族”か。“父”か。“愛”か。……ならば、証明してみせろ。
その拳で、矮小なる魂で、この我を穿ってみせろ!!」
空気が爆ぜた。
ヨクラートルの肉体が閃光のように跳躍。
――だが、それは囮。
後方から放たれるカードの手裏剣が、神の背を狙う。
「……読んでいたぞ」
アポロは指を鳴らし、空間を切り裂くように魔力を放つ。
爆裂。炸裂。
舞い上がったカードは火花と煙に変わり、消えた。
「くっ……!」
爆煙の中、ヨクラートルの身体が吹き飛ばされる。
それでも、彼は立ち上がった。
血を吐き、歯を噛みしめ、拳を握る。
その眼には、野獣のような光が宿っていた。
「……気絶なんか、してやるもんか……ッ!」
叫びはない。
ただ獣のごとく、信念を宿したまなざしで、再び突進する。
ヨクラートルは一切の言葉を捨てた。
残ったのは、ただ“守る”という決意だけ。
だが、神は容赦しない。
土煙の帳のなか、セオスアポロは迫る腕を受け流し、関節を捻る。
「がッ……!」
大理石の床に叩きつけられる肉体。
その上に、鋼のごとき足が打ち下ろされる。
「貴様では神に届かぬ。地を這い、血を吐き、そのまま朽ち果てよ……
それが貴様の相応しき終焉だ」
右掌が輝き、魔力が奔流となって爆ぜる。
「ぐ、あああああ……ッ!」
白目を剥き、ヨクラートルの身体が地に沈んだ。
動かない。呼吸すら確認できない。
「やはり“失格”だったな。価値なき者は……排除されるのみだ」
だが、その瞬間。
背を貫く殺気。
アポロが振り返る。そこには、血塗れの姿でなお立つ男がいた。
――それはもはや、“人”ではなかった。
意志そのものだった。
「まだ立つか……しぶとい道化め。ならば今度こそ、確実に潰してくれるわ!」
神光を纏った拳が振り上げられる。
その刹那――
「契約に従い、我が願いに応じよ! 出でよ……封獣ッ!!」
血濡れた手が天を指し、魔法カードが空へと舞い上がる。
空が裂け、天穹に魔法陣が輝く。
しかしそれは、恐怖や威圧ではなかった。
――慈しみと再生。
そこに降臨したのは、白き翼と兎の耳を持つ天使。
その微笑みは、世界を赦す神のようだった。
天使が錫杖を振る。
癒しの光が地を満たし、ヨクラートルの肉体を包み込む。
焼け爛れた皮膚、砕けた骨、失った力――全てがその一閃で癒されていく。
「――変ッ神ッ!!」
天地に轟く咆哮と共に、ヨクラートルの身体が紫紺の神光に包まれた。
鎧を纏い、立ち上がる姿は“勇者”そのもの。
その姿は、かつての“七将軍”を遥かに超えていた。
「貴様……まさか、そんな切り札を……!」
「そうさ。これが……俺の“親”としての意地だッ!!」
新たなカードを天に掲げる。
「ユグドラシル、力を貸せ! モードチェンジ、《エレメンタルフォーム》!!」
桜の枝が天より舞い降り、光の粒子へと変じ、聖なる弓に再構成される。
それは、女神ユキルとの契約を果たした者にのみ与えられる神器――《ユグドラシルの聖弓》。
脳裏に浮かぶ、あの日の誓い。
少女ユキルは、無意識にこの男を“選び”、この力を託した。
「俺は……ろくでなしのダメ親父だ。
だけどな――」
「自分の子供が苦しんでる時、黙って見てるような“本物のクズ”には……なりたくねぇんだよ!!」
弓が煌めき、放たれる光の矢。
目指すはただ一つ――神の心臓。
「ふん、道化が!」
セオスアポロの足元に、黄金の魔法陣が刻まれる。
そこから出現したのは――
咆哮とともに降り立つ、猪の姿を持つ神獣。
その体躯は二十メートル。黄金の装甲に包まれた、戦の神そのもの。
「我が封獣・アトラスタイタンよ――出でよ!!」
棍棒を振り上げた巨人は、光となってアポロの肉体へと吸い込まれていく。
「――変!神!!」
巨人と融合し、黄金の戦神と化すセオスアポロ。
「これが我が真の姿! 主神デウスカエサルの血を継ぎし者――
黄金の勇者、セオスアポロだ!!」
二柱の益荒男がぶつかり合う。
神と親。絶対と信念。
それぞれの正義が刃を交差させ、天地が悲鳴を上げる。
「ぬう!? この力、以前とはまるで別物ではないか……!」
「……息子によ。ぶん殴られたんだよ」
「なに……?」
「“お袋に甘えんな”ってな。
真正面からガツンと張り倒された」
「俺は……ずっと逃げてた。全部“仕方ねえ”って言い訳して……ユノに甘え続けてたんだ。
嫁さん一人、守れなかった――ダッセェ親父さ」
剣と剣が火花を散らすなか、ヨクラートルは涙を流し、なお叫ぶ。
「報いてやれてねえ! 何一つ!
恥ずかしくて……涙が出らあ……!」
「だけどな……もう迷わねぇ」
「アイツに、ユノに、何か一つでも報いてから死ぬ!!
あのガキどもを、命懸けで取り戻す!!」
「――だからもう一度聞く! 狗鬼漢児たちを……どこにやりやがったッ!?」
「ふん……教える義理などない!!」
「そうかよ……なら、力づくだッ!!」
神剣と神弓が交差し、空間が爆ぜる。
「オラァッ! どうした、金ピカ!! その程度かァッ!?」
その剣戟は、天を裂き、地を砕く。
「おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれえええええッ!!!」
怒り狂うセオスアポロの声が、天地に轟く。
「その覚悟をもっと早く見せていれば……
ユノは、ユノは苦しまなくて済んだというのにィィィィ!!」
光が収束する。
セオスアポロの周囲に神紋が浮かび、彼が叫ぶ。
「最早許さん……神と人間の力の差、
その肉体で、魂で、絶望と共に思い知るがいい!!」
右足を踏み鳴らすと、足元に巨大な黄金の魔法陣が描かれる。
その中心が光を孕み、咆哮が天を割った。
「機神招来――アトラスタイタン!!!」
魔法陣より現れたのは、黄金と橙の装甲に覆われた超巨大機械神。
その姿は、神話の時代に人々が畏れ崇めた“獣神”そのものであった。
鼻面から突き出す巨牙。鈍重にして威厳を持った四肢。
背中にそびえる二対の推進機構。胸には太陽を模した神紋が輝く。
「来たれ……金猪の巨神よ。
貴様を踏み潰すに、これ以上の器など不要……!」
アトラスタイタンが咆哮する。
その眼がヨクラートルを睨みつける。
「ウガアアアアアアアアア!!」
圧倒的な神威の前に、大地が悲鳴を上げ、空が割れた。
「ば、馬鹿な……!? 一人で封獣を機神招来しただと!? 魔法少女の補助なしに……!」
「黙れ下郎。人間と、神たる我を同列に語るな」
セオスアポロの声は、裁きを下す執行者のように冷たい。
「封獣は神、あるいは神に比肩する者のみが扱えるもの。我が神格の前には、魔法少女の力すら不要。これは当然の帰結に過ぎん」
巨神の背から、黄金のエネルギーが放射状に迸る。爆発的な力のうねりが空間を歪め、全てを焼き尽くす熱波が広がる。
「そして我が権能により、この巨神は本来の限界すら超越する。十倍、いや、百倍に達する力。——行け、我が僕よ。あの虫けらを、塵一つ残さず踏み潰せ!!」
ドンッ!!!
神殿の床が砕け、大地が絶叫する。アトラスタイタンが突進する。その巨躯は弾丸のように、破壊の権化として疾走する。
「くっ……!」
咄嗟に跳躍し、寸前で回避するヨクラートル。だが、巨神の走りが生み出す衝撃波だけで、地面がひび割れ、柱が崩壊する。
「ちょっとでも喰らえば終わりだ……チートすぎんだろ、金ピカッ!!」
息を切らしながら、ヨクラートルが悪態をつく。
しかしその時——
「やめぬか、兄上ッ!!!」
神殿の天頂が閃光に裂け、一人の女神が姿を現す。
月と大地を司る魔法女神――アタラ・アルテミス。
背まで流れる栗色の髪に、紅玉の瞳。
白銀のドレスに身を包み、その威容はまるで神話から抜け出たよう。
「やめるのじゃ、セオスアポロ!!」
「……アタラ!? 何故止める!?」
「おぬしの目的は、妹ユノを救うことのはず!
だが、その“想い人”を殺して何になる!? ユノがそれを望むと思うてか!!?」
その一喝に、セオスアポロの目が見開かれる。
「貴様……あれが“想い人”だと……!?
いや、関係ない! そもそもあやつがユノを地に落とした元凶――」
「ええい、うるさいっ! このシスコンめ!!」
アタラが両手を打ち鳴らす。
その掌から紡がれるは、力ある封印の詠唱。
「我、アルテミス・アタラ。地の魔法女神にして、月の巫女たるオリンポスの使徒――
命ずる。封獣アトラスタイタンよ、今ここにその真の姿に還れ!!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
アトラスタイタンの巨体が蒸発するように消失し、
黄金の紋章を刻んだ“具足”が地に現れた。
それは、金色の猪の意匠を持つ、神具の如き靴だった。
「なん……だと……!?」
ヨクラートルが思わず呟く。
(封獣の命令権……アタラの方が上なんだ……)
「アタラァ!!」
セオスアポロが怒声を上げる。
「静まれ!
オリンポス筆頭代行が私情で動くなど、言語道断!」
「兄者よ。己の立場を、わきまえよ!!」
その言葉に、セオスアポロは悔しげに歯を噛みながらも沈黙する。
アタラはゆっくりとヨクラートルの方へ向き直り、深く頭を下げた。
「……まずは謝罪を。そして、誤解を解きたい」
「我らが漢児たち――いや、魔法少女ユキルを攫ったのではない。
彼らを連れ去ったのは、灰色宇宙・修羅の異世界より来たりし者たち……」
「スラル……?」
「彼らの名は“覇星の使徒”と呼ばれておる」
覇星。その響きに、ヨクラートルの脳裏に、ある人物の影がよぎる。
覇星…龍麗国に滅ぼされた魔法少女達の国"女神国"最後の王ゴーム
ゴームは外なる神ハスターの力を使いこなした大魔道士で、そのゴームには覇星の使徒と呼ばれる秘密の組織がついていた。
「……あいつらか」
「ユキルを攫った異世界転移トラック。地球の監視網が捉えた映像には、“黄衣の王”の紋章が映っていた」
「覇星の使徒が用いる召喚陣――あれは、間違いない」
映像に映る、黄色いローブの老人。
その正体は未だ不明だが、姿なき黒幕の影が、確かにこの世界へと手を伸ばしていた。
「……で、アンタらは俺たちにどうしろってんだ?」
ヨクラートルの問いに、アタラは静かに、しかしはっきりと頷いた。
「協力してほしい。ユキルたちを救うために――
それ以上は、何も望まぬ」
「だから……頼む。どうか、力を貸してくれぬか?」
その言葉と同時に、アタラは深く、丁寧に頭を下げた。
神であり、巫女でありながらも、真摯な姿勢で。
「馬鹿なッ!」
セオスアポロが怒気を露わにする。
「アタラ! お前は……!」
だが、アタラはその怒声を静かに遮った。
「兄上。海皇神ノーデンス、鍛治神ギオリック、妖精神ルフバッカス、愛女神セレスティア、地母神デメテル・ダイナマイト、戦女神峰馬アテナ、伝令神ヘルメス――」
名を呼ぶたび、空間が揺らぎ、
七人の神々がその場に降臨する。
「全て、我と同意見じゃ」
神々の威容が一堂に会す。
オリンポスの最精鋭――七柱の主神。
「……チッ」
セオスアポロは忌々しげに舌を打つが、それでも頷いた。
アタラは微笑み、宣言する。
「よし、では――これより《覇星の使徒》討滅、
及び《ユキル救出》のための作戦会議を始める!!」
騒然となる神々の中、ヨクラートルがゆっくりと手を挙げた。
「アタラさん、ちょっといいか?」
「うむ、なんじゃ?」
「アンタって実は……オリンポスの裏の支配者だったりしない?
妙に……貫禄ありすぎなんだけど」
「ハッハッハ! 何を言っておるのじゃ!
ワシはただの魔法少女じゃよ!」
「……まあ、一応“神々の一柱”ではあるがな!
わっはっはっは!!」
その豪快な笑い声を聞きながら、ヨクラートルは密かに思った。
(やっぱり、コイツ……只者じゃねえな)
そして、運命を左右する作戦会議が、静かに始まった――。