乂阿戦記3 第三章 黄衣の戦女神 峰場アテナの歌-5 キラグンターとスフィンクスの恋
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ファウストが家族に背を向け、研究所に引きこもってから――数年の時が流れた。
彼は無言で歩き続ける。その足取りは重く、けれど確かだった。
向かう先は墓地。そこに眠るグレートヒェンに、久方ぶりに会いに行くためである。
小さな丘の斜面を抜けた先、白い花が咲き乱れる一角。
その中心に、彼女の名が刻まれた墓があった。
かつてこの墓前で、再婚を申し出ようと考えたことがあった。
それが届くことはなかったとしても――この場所は、彼にとって“心の最後の家”だった。
ファウストは墓前に立ち、静かに目を閉じ、しばしの黙祷を捧げる。
その沈黙を破ったのは、一人の“女装した男”だった。名をパピリオと名乗った。
「……パピリオ……」
ファウストが尋ねると、パピリオは穏やかに、しかしどこか寂しげに呟いた。
「グレートヒェンとは、昔馴染みでね。亡くなった彼女から、クリームヒルトちゃんとキラグンターちゃんの世話を頼まれていたのよ。そして……あなた宛ての手紙も、預かっているわ」
ファウストは差し出された封筒を無言で受け取り、目を通した。
そこに綴られていたのは――
彼女が、今のファウストが「中身の違う存在」だと知っていたこと。
それでも惹かれていたこと。
そして、心から願っていたこと。
《……あなたとの間に、子どもが欲しい》
《この子たちが大きくなったら――また、みんなで世界を旅しましょう》
最後の一文が、手紙のインクよりも深く、彼の胸に刻まれた。
それからファウストは、彼女の願いを守ることにした。
クリームヒルトとキラグンター――彼女の忘れ形見たる二人を、命に代えても守ると。
……とはいえ実際には、養育費を出す以外は、ほとんどパピリオに任せきりであったが。
「うふふ♪ お姉ちゃんは幸せ者ね」
「うん!」
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クリームヒルトの笑顔に、育て親となったパピリオは思わず目を細める。
この子の未来を守るためなら、命さえ惜しくはない――そう決意したのだった。
だが、運命はいつも、そうした決意を踏みにじるように動く。
弟・キラグンターは、ファウストとの確執を拭えないまま、自らの道を踏み外していく。
きっかけは、小さな寂しさだった。
父と距離が縮まらないことを悩み続けた彼は、かつてファウストが所属していた組織「ギガス・オブ・ガイア」に接触を持つ。
その中心にいたのが、リーダー・メフィスト。
「君の父の研究テーマに、役立つ情報がある」
そう告げられ、メフィスト邸を訪れたキラグンターは、衝撃的な事実を知ることになる。
ファウストとメフィストは、共に“人間ではない”。
巨人族の血を引く者であり、いずれ巨人族の栄光を取り戻すべく、今なお動き続けていると――
証拠として提示された資料。研究記録。父が遺した図面と遺言。
それらが、キラグンターの心を揺さぶった。
「父に認められたい」
その一心が、彼を“その道”へと誘った。
そんな彼に、希望を与えた少女がいた。
それが、当時12歳の天才戦闘少女――アング・アルテマレーザーの娘、スフィンクス・アルテマレーザーである。
彼女がキラに近づいた理由、それは……
(やばい!! キラきゅんってば私のドストライクすぎるっ!! あの顔、あの声、あの無愛想さ……全部ぜんぶ大好物♡ 絶対にお近づきになって、イチャラブして、最終的には結婚する! これもう決定事項だから!!)
――という、嘘偽りない乙女の本能だった。
思想とか任務とか、そういうのはどうでもよかった。
ただ“好き”という感情だけが、彼女を突き動かしていた。
恋は、信念よりも速く心に火をつける。
そしてその火は、思想の薪をも焼き尽くしていく。
最初、キラグンターは警戒していた。
ある日、帰り道に突然背後から抱きつかれたとき――彼の中に警鐘が鳴り響いた。
「……誰だ?」
「うふっ♡ お久しぶり、キラきゅん♡」
振り返ると、そこには野性味と華やかさを併せ持った少女の姿。
「たしか……スフィンクスちゃんだっけ?」
「そうよ。あなたに会いに来たの。私たち“巨人族の再興”のためにね」
話は要領を得なかった。
だが、どこか楽しげで、どこか切実な声色に、彼は呑まれていく。
屋上に導かれ、二人で夕暮れ空を見上げたあの日。
空は、彼女の髪と同じ色に染まりつつあった。
「綺麗だな……」
「でしょ? この色、私のお気に入りなの」
当初の“打ち合わせ”などどこへやら。
その時の二人は、ただの少年と少女だった。
しかし――運命は、その自由を許さなかった。
彼女は巨人王ケイオステュポーンの娘。
彼はファウストの息子にして、天才科学者。
立場も、思想も、性格も違った。
だが、違いは恋を燃え上がらせ、やがて切っても切り離せない関係へと育っていった。
キラは、最初こそスフィンクスの暴走に反対していた。
だが、父に見放されたと感じる彼にとって、彼女のまっすぐな愛情は――新たな居場所だった。
「……どうしたの? 暗い顔して」
「いや……なんでもない。ありがとう。今日は、楽しもう」
そうして彼は、メフィスト派という“過激派”へと足を踏み入れていく。
一方で、姉のクリームヒルトは正反対の道を選んでいた。
彼女は育ての親であるパピリオの一番弟子、シグルド・スカーレットと恋仲になっていた。
シグルドもまた、巨人族の青年。
だが彼は穏健派に所属し、種族の垣根を越えた共存を目指す理想主義者だった。
かつては銀河連邦ヒーローランキング1位の男でもあり、その力と理想は多くの敵を生んでいた。
メフィストギルドやクトゥルー教団からも目の敵にされていた。
そして――
姉と弟、それぞれが選んだ恋人は、決して交わらない正義のもとに立っていた。
ふと見た画面に、弟の名前と、炎の戦場に立つ姿が映っていた。
「いつからだろう」
「正義」という言葉が、二人にとって違う意味を持ち始めたのは――
やがて、義兄弟であるシグルドとキラグンターは、殺し合う運命を背負わされる。
そして6年前、第三次ギガントマキナー――
世界中を巻き込む「巨人戦争」が勃発。
メフィストギルドとクトゥルー教団が結託し、ケイオステュポーンを復活させようとしたのだ。
それを止めようと、オリンポスの雷帝デウスカエサルが出撃。
過激派も穏健派も関係なく、巨人族を皆殺しにせんと殲滅作戦を発動した。
世界は燃え、正義は崩れ、数多の命が散っていった。
シグルドとクリームヒルトもまた、その渦に呑まれ、姿を消した。
――現在。
ファウストの前から、キラグンターたちは魔法門を通って姿を消した。
「キ、キラ……」
ファウストは震える手を伸ばす。だが、言葉が出ない。
どう声をかければよかったのか。何を伝えればよかったのか。
巨竜王アング・アルテマレーザーが吐き捨てる。
「ち、無様な……あれほどの強者が息子1人に振り回されるなど……見るに耐えん! 縮こまってんじゃねえ!」
怒声を残し、アングは門をくぐり、姿を消す。
静寂だけが残る空間。
パピリオが隣に立ち、沈黙を破った。
「……もうすぐ、ハクアプロジェクトが始まる。私はそこに参加する。目的は一つ。クリームヒルトちゃんとシグルドちゃんの仇を討つ」
その声音には寂しさが滲んでいた。だが、決意もまた確かだった。
ファウストは、うつむいたまま、一言だけ返す。
「……そうか」
それは、まるで他人事のように冷たく響いた――
だがその眼差しは、わずかに震えていた。
パピリオは、そんな彼に黙って視線を向けていた。
彼らを見送ることしかできなかった自分が、ただ、情けなかった。
その胸にあったのは――かつて“家族”と呼ばれた人々の、もう戻らない日々の記憶だった。
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