乂阿戦記3 第二章 オレンジ髪の金獅子姫スフィンクス・アルテマレーザー-6 ヘルメスの災難
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事の起こりは、さかのぼること数日前の狗鬼家にて――。
「アテナちゃまは! わしらの城に連れて帰るのじゃあああッ!!」
狗鬼家の広間に響くのは、もはや悲鳴と呼ぶべき金切り声。
発声源は、鉄棍聖君ウィウィヴァ――床を転げ回りながら暴れるその様は、ミニサイズの暴走装甲車である。
地を叩く拳、床を鳴らす踵。ミシミシと軋む音が屋敷の柱を泣かせた。
「おとなしくしろ、ウィウィヴァ! 床が抜けるッ!」
慌てて駆け寄るガープもまた、顔を真っ赤にしている。
どうやらこの暴れっぷりは、ウィウィヴァ一人のものではなかった。
そんな騒ぎの中、狗鬼家に一人の使者が訪れた。
優雅な足取りで歩み寄ってきたその男は、どこか軽薄そうな笑みを浮かべていた。
「どうもこんにちはぁ〜。オリンポスの使いとして参りましたぁ〜。
私、オリンポス十二神の一人、俊足の神ヘルメスと申します〜☆ あ、これヘラ様からの書状です」
細目で涼やかな顔立ちの青年は、どこか女性的な雰囲気を帯びていた。
だがその整った顔が口にした言葉は、場の空気に氷を落とすに等しかった。
「近日中に、アテナ様をオリンポスにお迎えに上がります。これは、女神ヘラ──
いえ、主神デウスカエサルの正式な意向ですので……よろしくお願いしまぁ〜す♪」
暴走爺さん二人がその書状に目を通した瞬間――。
「……な、何じゃと……」
「ほざけェェェェッ!!」
ガープとウィウィヴァの怒声が重なる。
雷鳴のような咆哮が広間に響いたかと思うと、次の瞬間には凄まじい衝撃波が炸裂していた!
「おのれオリンポス……! わしらが偉大なる覇星ゴーム様の初孫・アテナちゃまを……
戦闘兵器だとぉ!? この非道……国を挙げて殲滅してくれるわああああッ!!!」
「デウスカエサルの下半身節操なしがァ!! 可愛いひ孫を戦争兵器扱いか!?
この老いぼれを誰だと思っておる!? 貴様の金玉、引きちぎってくれるわぁあッ!!」
咆哮とともにガープとウィウィヴァの拳が唸りを上げ、空気を裂く!
「ひぇええええ!? ちょっ、待って待って待って!! やめてえええ!!」
韋駄天神ヘルメス――その異名は伊達ではない。
紙一重の回避、華麗な身のこなしで辛くも致命打を躱し、彼はスライディングするように女神ユノとアタラ・アルテミスの背後に避難する。
「ユノ姉ぇっ! アタラ姉ぇっ! マジで助けて! あの二人ホントに殺る気だよ!?」
そして、逃げ込んだ先で、ようやく最後の切り札を取り出した。
「聞いてください! ノーデンス様のご助言もお預かりしているんです!!」
「……ノーデンスだと?」
その名が出た瞬間、場の空気が変わった。
ガープとウィウィヴァの動きがピタリと止まり、荒ぶる気が一瞬にして静まる。
かつて――
彼らがまだ若き冒険者だった時代。
海王神ノーデンスは、共に旅した仲間であり、師であり、導き手でもあった。
「これこれこれ! ノーデンス様からのお手紙、ちゃんと預かってます!
ほら、これっ! 読んでください! 殺る前に読んでください~~~!」
半泣きになりながら差し出された封筒を、ガープとウィウィヴァが無言で受け取る。
ピリ……と封を破き、中を読む。
「……む、むむ……!」
「……うむむむむ……!」
徐々に眉間にしわが寄り、次第に怒気はしぼんでいく。
一転して沈黙する二人に、周囲の面々は戸惑いを隠せない。
「ど、どうしたの爺ちゃん? 何て書いてあったんだ?」
孫の与徳が尋ねると、ガープは溜息を一つ漏らした。
「……海王神ノーデンス・ポセイドン……やはりあの御方は、底の見えぬ知将じゃ……」
「ワシらが暴れるのを完璧に読んでおった。
だから、殺されても簡単には死なぬコイツ――ヘルメスを伝令として寄越したというわけじゃ」
「えっ、えぇ〜!? 僕って最初から“どうせ死なない枠”だったのぉ!? そんなああ!!」
ヘルメスはユノとアタラの背後から顔だけ出し、涙目で抗議した。
「回避できたから良かったけど……あの二人の本気パンチなんて、マジでシャレにならないんですよ……!」
だがガープとウィウィヴァは、黙って手紙を握りしめている。
「……それだけじゃない。手紙には、我らがこの地で“指導者”としてあるべき振る舞いをせよと……
……小言混じりで、まっとうなことが書いてあった……ぐぅ、ぐぅの音も出んわ……」
「まったくだ……ワシらが子供みたいに怒り狂ってる間に、ノーデンス殿はもう数手先を……」
「なるほどね……」
与徳は遠くを見るような目でつぶやいた。
冒険者時代の二人を知る者なら、きっとこの“怒り”と“諫め”の関係も、見慣れた光景だったのだろう。
「手紙には、オリンポスはアテナを連れ去るには連れ去るが、セオスアポロの働きかけもありアテナには最強魔女ラスヴェードのような殲滅蹂躙魔女の育成では無く、女神ユキルのような神聖浄化女神の育成を課すことになるから、万が一ヘラに引き取られたとしても、これまでのように戦場にかり出される事はない、待遇もこれまでよりずっと改善されるだろうとも書かれておる……」
「そおーですよ! アテナたんの待遇改善にはこのヘルメスだってひと肌脱いで頑張ったんですよ! キャワイイ妹を守る為ソープランド行く時間も削ってセオスアポロ兄さんの手伝いをしたんです! ねっ! ユノ姉さん、アタラ姉さん!」
「……あぁそうだとも……その件については感謝しているよヘルメス」
「けど子供たちの前でソープランドとかいかがわしい単語を使うな馬鹿もの」
ユノとアタラが溜息をつく。
「いやぁ~照れますねぇ♪」
「照れてんじゃねぇ!!」
その瞬間、室内の空気が一転する。
不意に、柔らかな声が震えながら漏れた。
「……ヘルメス兄様……私……このおうちから出ていくことになるのですか……?」
小さな声でそう呟いたのは――アテナだった。
いつもは元気いっぱいの少女が、今は縮こまるようにして、両手を胸に当てている。
「……わたし……ここが、好き……」
アテナは両手を胸元でぎゅっと握りしめ、小さな体を震わせながら続けた。
「神羅お姉様……絵里洲お姉様……漢児お兄様、獅鳳お兄様……みんなと、ずっと一緒にいたい……
女神の力なんて、もういらない……ただ、ここにいたいの……」
ぽたり。
畳に滲む涙が、広間の空気を一変させた。
誰もが動けなかった。
あの暴走爺たちですら、咆哮の熱を冷まし、ただその涙に見入っていた。
そのとき――
「アテナたんっ!? 泣かないでぇぇえ!!」
ヘルメスが半狂乱で叫んだ。
「大丈夫! 大丈夫だから! ボク、今度の《ハクア・ホールデン》で優勝して、アテナたんをお迎えに行くからっ!!」
「はああああ!? 何言ってんのヘルメス叔父さん!!?」
今度は絵里洲が立ち上がり、机をドンと叩く。
「優勝したら連れて帰る!? そんなの勝手すぎるでしょ!?
いくら待遇がマシになったからって、この子を引き離すなんてあり得ない!
もうアテナちゃんは“家族”なんだから! 勝手に決めるなっ!!」
絵里洲の叫びに、アテナはおろおろとしながら獅鳳に縋る。
獅鳳はそっと頭を撫で、優しく抱きしめてやった。
そして――
「……愚弟?」
スッと近づいたアタラが、にっこりと笑いながらヘルメスの胸ぐらを掴んだ。
「お主が優勝したらアテナを引き取る……とは、どういう意味じゃ?」
ヘルメスは胸を張って語り続ける。
「実はですねぇ、ヘラ母さんにお願いしたんですよ。
《ハクア・ホールデン》でボクが優勝したら、アテナたんをボクの養子として育ててもいいって、正式に約束を取り付けたんです!」
「ほう……?」
アタラの目が細くなる。
が、それに気づかぬヘルメスはさらにテンションを上げた。
「しかもボク、セレスティア・ヴィーナスの協力も取り付けて、ちゃ〜んとエントリー済みなんです♪
見てくださいよ、現在ランキング5位! 5位ですよ!?
優勝したらアテナたんを引き取って、あ〜んな服やこ〜んな服を着せて、アイドル界に君臨するブリュンヒルデ以上のスーパーアイドルに育ててみせますっ♡」
「……却下だ、愚弟」
バッサリと、ユノが言い放った。
「優勝したら名前だけは“うちの住人”ってことにしてやる。
だがアテナは“我が家の娘”として育てる。渡す気など一片もない」
「ええええぇ〜〜!? ちょっと姉上、それじゃ全然感動的じゃないじゃないですかぁ!
“じゃあ一緒に住みましょ♡”って言ってくれてもいいでしょ〜〜!」
「誰がそんな気色悪い台詞吐くかバカ者!
お前みたいな“ソープ通い常連”を家に置けるか! 子供たちに悪影響だ!!」
「いや〜〜ん、照れますぅ〜♡」
「照れてんじゃねぇッ!!」
部屋が再びどっと湧いた。
「だいたいお前、うちに転がり込んだとき……私のカードでFXやって、家計を大炎上させただろうが!!」
「ぶーぶー! それ、本当にボクのせいですかぁ〜?
……もしかして、お姉様の“あの娘さん”がやらかしたってオチじゃないんですか〜?」
「……っ!?」
ユノが目を見開いた瞬間――。
「ひっ……ひええええ!!」
悲鳴を上げたのは、絵里洲だった。
「おい……まさかお前……」
獅鳳が振り向くより早く、
「きゃーーーっ! ごめんなさあああああい!!」
絵里洲は机を飛び越え、部屋の扉に全力ダッシュ。
それを追う、母ユノの怒声。
「待てコラァァァ!! 貴様ァァァ!! 何にいくら突っ込んだァァ!? ママのカードでなァァァ!!」
「ごめんなさあああああい!! ほんの! ほんのちょっとだけだからああああ!!」
バタバタと逃げる音。追う音。
そして――
バチィィン!!
実にスパコーンな音が屋敷中に響いた。
「……あの騒がしい親子は放っておこう」
アタラが小さく呟き、ヘルメスが咳払いを一つ。
「さて、話を戻しますね。今の《ハクプロ》の上位陣、見過ごせない顔ぶれなんですよ」
表情を引き締め、ヘルメスが告げる。
「三位、四位、六位、七位、八位――このあたりに、ヘラ母さんの息がかかった連中が揃ってます。
もしこの中から優勝者が出たら、アテナたんは正式に“ヘラの養子”として連れていかれちゃいます」
「な、なんじゃと……!?」
アタラの顔が一気に青ざめた。
「ちょ、ちょっと待ってろ!」
慌ててノートパソコンを開いたのは与徳だった。
「ええと……四位のチームは“ザ・メフィスト”って名前だな……
うわ、めっちゃカッコいい! 特にこのオレンジ髪のボーカル、めっちゃ迫力ある!」
だが次の瞬間、さらにとんでもない情報が目に飛び込んできた。
「……おい、嘘だろ……三位のチームに……ナイアの名前がある……!?」
その名を聞いた瞬間、時が止まった。
笑い声も、怒鳴り声も、慌ただしい足音すら消えた。
まるで誰かがこの部屋ごと、冷たい棺の中に封じ込めたかのように。
「……ナイア……だと……?」
「なんであの邪神が、アイドルバトルに参加してんだよ……!?」
「……情報を整理するに、ナイアの目的は“ケイオステュポーンの復活”じゃな」
低く唸るように呟いたのは、ガープだった。
「な、なんでそう思うんだよ?」
与徳が振り返ると、ガープは腕を組んだまま、静かに口を開いた。
「もし“創造神アザトース”が、今代において転生を果たしたのだとすれば……
かつての“六盟友”のひとりである破壊神ケイオステュポーンの復活を望むのは道理。
ナイアはもともと、アザトースの懐刀――その眷属たる邪神じゃからな」
「創造神……アザトース? なんだそれ……?」
与徳が眉をひそめる。
「……忘れたのか。イブ奪還作戦のとき、我らはあの場所へ――」
言いかけた瞬間、ガープの言葉が止まった。
彼の表情が、見る見るうちに青ざめていく。
「……!? まさか……思い出せん……?」
額に滲む冷汗。
心臓の鼓動が、不穏に速まる。
(ば……馬鹿な……!? 確かに我らは“接触”したはずじゃ。
あの海底都市《イハ=ントレイ》で、創造神アザトースと……!
あれほどの戦慄を……どうして……記憶が……)
言葉にならぬ動揺を隠しきれぬまま、ガープは静かに拳を握った。
(違う……これは“忘れた”のではない……!
“消された”……! アザトースの力……アカシック・レコードそのものに干渉する、“白痴の魔法”――!)
胸中で震えるように叫ぶ。
(奴は存在する! 確かにこの世界にいるッ!!
そして今まさに、“神々の黄昏”を再演しようとしておる……!
だが……勝てるのか……!?
破壊神ウィーデル・ソウル様が不在の今、果たして人類に抗う術は――)
そのとき。
「ちなみに……僕たちも、《ハクア・プロジェクト》に参加してるよ」
ふいに静かに発せられた声が、ガープの妄念を打ち切った。
言ったのは、オームだった。
「……君たちが?」
獅鳳が怪訝な顔で振り返ると、オームは頷いた。
「姉さんのエドナ、メギド族の巫女シュリさん、そして鵺さん――
みんなでチームを組んで、偶然にもランキングに食い込んだんだ。
……だったら、これを利用する価値があると思った」
「利用って……何をだい?」
獅鳳の問いに、オームは明確に答える。
「“アテナ”だよ」
そして言葉を続ける。
「いま世界では、《魔法女神の奇跡の歌》を“対邪神用兵器”として活用する機運が高まってる。
《ハクア・プロジェクト》の背後には、《臨時地球統合政府》……つまり地球防衛軍がいる。
このプロジェクトは、ただの芸能イベントなんかじゃない。
“戦略兵器としての歌姫”を選抜する、れっきとした国家戦略なんだ」
ざわり、と空気が波立った。
「そして、アテナちゃんはすでに、その“奇跡の歌姫候補”として注目されている。
……だから、オリンポスだけに彼女を渡すわけにはいかない。
国際的にも、銀河的にも、“それは不公平だ”と訴えられる下地ができている」
「それってつまり……“政治問題にする”ってことか……?」
ユノが鋭く言う。
オームは頷いた。
「そう。“アテナを誰が育てるか”という問題を、
“地球と銀河各国を巻き込んだ国家間の問題”にしてしまう。
そうなれば、ヘラとオリンポス単体の都合では、もう簡単に連れ出せない」
「それは……ただの時間稼ぎじゃないのか?」
ガープが疑問を投げる。
「そう。時間稼ぎだよ。けれど、それでもいい。
……今必要なのは、アテナを奪われないための“理屈”と“世論”なんだ」
オームはアテナを見つめる。
その瞳には、どこか優しい火が灯っていた。
「政治の都合で、家族と引き離されようとしている――薄幸の幼い少女。
戦場にかり出される未来に怯えながらも、ただ家族と一緒にいたいと願う少女アイドル。
その構図を、メディアを使って広く知らしめる。
“アテナを守れ”と、世界中の心に訴えるんだ」
静まり返る広間。
それは、ただの言いがかりでも、ただの方便でもなかった。
“ひとりの少女を守る”という、誰もが共感できる真実だった。
――ただ、その涙が「国境を越える理由」になるなら。
その歌が「戦争を止める力」になるなら。
誰が彼女を“道具”と呼べるだろうか。
ガープが、微かに口元を緩めた。
「……ふん、まったく……我ながら、年寄りが若造に教えられる日が来るとはな……」
「……すごいです……オームさん……」
アテナが、小さく呟いた。
その瞳に浮かぶ涙は、もう悲しみではなかった。
そして――
こうして、《ヘルメスの災難》と呼ばれる狗鬼家の一日が幕を下ろした。
次なる舞台は、《ハクア・ホールデン》。
アテナを巡る、少女たちの“戦い”が、いよいよ始まろうとしていた。
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