乂阿戦記3 第一章- 赤き復讐の牙レッド-6 悪鬼絶殺アン・テイル
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ナメクジ型の上級悪魔と、ローパー型の上級悪魔。
彼らはオリンポス女王神ヘラの側近召喚獣――《スフィンクス・アルテマレーザー》の直属部隊である。
今回の任務はただ一つ。
「女神アテナを、地上から連れ戻すこと」
だが彼らにとってそれは、ただの仕事ではなかった。
「へへっ、今度の現場は美味そうな女が揃ってるらしいぜ……」
彼らは悪名高き外道の悪魔。命令のついでに、女を攫い、嬲り、嬌声を響かせることが目的だった。
欲望と残虐の体現者たちが、静かに牙を剥いていた。
その日、アテナは仲良しの同級生――乂紅阿とシルフィス・ドラゴニアと一緒に、おままごとに興じていた。
庭には、二歳の幼子ニカと羅雨も遊びに来ており、微笑ましい光景が広がっていた。
家の中には紅阿の母ホエル、羅雨の母プリズナ・ヴァルキリード、そしてもう一人――羅刹もいた。
この羅刹、見た目は凛とした戦乙女だが、実は驚くほど子守りが上手い。
幼いころから弟妹の世話をしてきた経験に加え、前世――魔女として生きていた時代には、異母妹スフィーを母親代わりに育てていたのだ。
戦場であろうと、子どもは無駄に殺さない。
――それが羅刹の流儀だった。
だが今、羅刹は静かに気配を察知していた。
結界が張られ、外界との接触が絶たれた。悪魔の仕業だ。
「……さて、どうやってこの子達を守るか」
瞬時に戦術を思案し、気配を消す。
一方で――
その場に現れた悪魔たちは、女神の娘や人間の女性たちに色めき立っていた。
「ガキの誘拐が任務って? へへ、どうせならあの人妻どもも連れてって、魔界で“調教”してやるか……」
スラッグラーとテンタクルルー、そしてその配下たちは、よだれを垂らさんばかりに邪欲を滲ませていた。
彼らの声には、あらゆる尊厳を踏みにじる外道の臭気が充満していた。
だが、その矢先――
「おい! なんでお前はいっつもこの俺に逆らうんだ! その態度はなんだ! まったくけしからんッ!」
――吼えるのは三番手、豚型悪魔トンブー。
怒声を浴びせる相手は、どこか陰気な気配を纏う“新入り”の黒い狼男だった。
「……んだあ? 作戦直前に何を揉めてやがる、トンブー?」
ナメクジ型悪魔スラッグラーがズルズルと粘液を滴らせて近づく。
ローパー型テンタクルルーも面倒そうに触手を振り、続く。
「兄貴たち、聞いてくださいよ〜! こいつ、乂家ゆかりの人間に手を出すのはよくないから、スフィンクス様に“誘拐計画を取り止めるよう”説得しようとか言うんですよ! マジでイカれてます!」
「はぁ?」
スラッグラーとテンタクルルーは同時に眉をしかめる。
「ガキを攫うのが任務だってのに、何寝言ぬかしてやがる」
「俺たちはな、カルマストラ三世の直属だった大悪魔だぞ。命令は絶対! 異論など聞く耳持たん!」
「おい新入り。テメェ名前は?」
問いかけに――狼男は、答えなかった。
ただ、うつむき、沈黙を守る。
「なんだァ? その態度はぁ?」
イラついたスラッグラーが、ぬめった腕で狼男の胸倉を鷲掴みにする。
「まあまあ兄弟。新入りがビビってるだけさ。初任務だし、女も殺しも未経験の、ピッカピカの童貞って奴だろ? だったら一つ、俺たちが手解きしてやるってのはどうだ?」
テンタクルルーがニヤリと笑みを浮かべる。
触手の一本で、遠くの庭先を指し示す。
「……見ろよ、あのガキどもを。アテナってやつも含めて、今なら無防備。あそこに突っ込んで攫って来い! 1人2人殺したって見逃してやるよ。んで、ガキを人質にして母親どもを“いただく”のさ……な? 悪魔の一歩は、まず女と血からだぜ?」
「おおっ、さすがはテンタクルルー様! あのカルマストラ事件でジャガ族の女を100人触手で沈めた大英雄!」
「やるなら今だ。テメェの肝っ玉見せろよ、新入り!」
悪魔たちがゲス笑いを浮かべ、狼男を煽り立てる。
「おらー、新入りさっさと行かねーか!!」
そう言うと、2人の悪魔は一斉に新入りの悪魔を押さえつけ始めた。
「……我は黒。我は処刑人。我は許されざる反英雄。我は外道を屠る“悪鬼絶殺”……」
狼男が低く、呟いた。
「……蹂躙された無辜の民の嘆きを、いま晴らさん。外道滅殺。改獣マルコキアス──黒影展開」
その瞬間――世界が、変わった。
「な、なにを……ぐえっ……!?」
突如として吹き飛ばされた二体の悪魔が、目を覚ましたときには、そこは空の上だった。
青く澄み渡る空。だが、体が熱い。灼けるように熱い。
「……あれ? あれ、なんで俺、空……アァァァァアアアア!!」
摩擦熱。大気圏突入のような超加速。
――そして、爆ぜる。
光の点となって、空から二つの“星”が消える。
それは幻想でも奇跡でもない。
現実として、悪魔たちの命が“無”になった瞬間だった。
「なっ……!? て、敵襲かッ!」
即座に戦闘態勢に入るスラッグラーとテンタクルルー。
だが、他の下っ端悪魔たちは、なにが起きたのか理解すらできていなかった。
「な、何が……!? アイツ、何を……!」
十名の悪魔が、一斉に飛びかかる。
「殺せェェェ!! この黒犬野郎、やりやがったな!」
――が、すべて無意味。
黒い狼男は、瞬く間に十名をなぎ倒した。
血も肉も、飛び散らない。
まるで“影”そのものが、彼らを抉り取っていったかのように。
「ぐわぁっ!」「何を、どうやって――ぐふっ!」
スラッグラー軍団は、そこでようやく悟る。
自分たちは、いま――
“本物の怪物”を相手にしているのだと。
空気が震え、風が唸る。
狼男の足元から、黒い“影”が剥がれ出す。
「――改獣、マルコキアス。影より顕現せよ」
それは影の中から這い出た“獣”。
巨きな黒狼。悪鬼のような眼を宿した、処刑の獣。
「ガアアアアアアアッ!!」
一声、吼えただけで悪魔たちは膝を折った。
逃げようとした者の影から、黒き触手が這い出し――
「ひ、ひぃぃぃ!? な、なにィ!? 動け……ぐっ……ッ」
――中から破裂する。
血肉も臓腑も、黒い影に呑まれて爆ぜる。
彼らの絶叫は、やがてただの呻きへと変わり、消えていった。
そして、黒き獣は――男の影へと、静かに沈んでいった。
「“我が影に還れ、マルコキアス”……」
やがて目の前にいた悪魔が、呻くように地に崩れ落ちた。
その瞬間だった。
黒き男の隣に、白銀の翼を携えた存在が音もなく舞い降りる。
その姿を見たとたん、悪魔たちは反射的に身を引いた。理由などない。ただ――本能が告げていた。「今、その場に立っていては、死ぬ」と。
背後から殺気を帯びた声が響いた。
「……やっぱり我慢できなかったか、テイルさん」
現れたのは紫の戦乙女。黒紫の長髪に、禍々しくも高貴な紫鎧をまとった彼女は、場の惨状を見渡しながら、愉快そうに肩をすくめた。
「そりゃそうよね。子供好きのテイルさんの前で、子供を傷つけようとしたら――殺されるに決まってるじゃない」
「……ブリュンヒルデ、止めるな」
テイルが低く告げる。
「止めないわよ? ていうかマジむかついたから、むしろもっと殺っちゃえ☆」
その言葉が終わるよりも早く、黒き処刑者が風とともに駆け抜ける。
一息の間に、五匹の悪魔が首を跳ね飛ばされ、悲鳴すら上げる間もなく地に転がった。
「ひっでえっ! ひゃああっ!?」
「お、おい!何を考えてやがる!?」
「お、俺たちは……ヘラ様直属の召喚獣、スフィンクス様の部下なんだぞ!?」
「お、お願いだ……話を……っ、ぐぅっ……!」
断末魔に似た叫びの中、悪魔たちの身体が爆ぜるようにして崩れ落ちた。
生き残った者たちは、己が生首だけになっていることに気づいたとき、絶望の咆哮を上げて果てた。
「コォォォォオオッ……!」
獣のような咆哮が、沈黙した戦場に響く。
その咆哮を聞いた瞬間、悪魔たちは理解した――次は自分たちの番だと。
悲鳴とともに逃げ出すトンブー達。しかし。
「あっ……!」
その声が漏れたときには、もう遅い。
既に彼らの体内には、黒き狼影――改獣の魔が入り込んでいた。
「あ、ああああ……!」
「や、やめろ!く、来るなっ……!」
だが逃げられない。足はすでに凍りつき、声は喉の奥で潰えた。
そして――死が、訪れる。
「……黒天暗殺術・奥義《影刃》」
低く告げるその言葉が、死神の裁きに変わる。
「貴様ら外道に、生きる資格はない」
叫んでも、泣いても、もはや遅い。
絶望の悲鳴が夜空に散り、数十の影が闇に沈んだ。
半数以上の部下を一瞬で屠られた悪魔軍。
恐怖に支配された彼らの中で、なおも立つ者が二体。
「……ちっ、なんてことだ……」
「おい、貴様……何者だ……」
隊長スラッグラー、副隊長テンタクルルー。
スラル地獄を生き延びてきた凶悪なる上級悪魔。決して雑魚ではない。彼らには、闘争の誇りがあった。
「黒犬野郎……なかなかやるじゃねえか……」
スラッグラーの体表から、粘つく酸性の体液が溢れ出す。それが地面に落ちた瞬間、焦げる音とともに大地が溶ける。
「いいぜ……ここからが本番だ。俺たちを雑魚共と一緒にすんなよ?」
その横でテンタクルルーも触手をしならせ、肉を裂く準備を整える。
「修羅地獄を生き抜いた俺達の実力、見せてやるよッ!」
テイルは無言で、静かに手招きした。
戦場の空気が、鋼のように張り詰める。
「この野郎……ブッ殺してやるっ!」
「死ねェェェェェェッ!!」
咆哮と共に、二体の悪魔が巨体を揺らしながら襲いかかる。
黒き処刑者テイルに対し、地獄の猛者たちが牙を剥いた――。
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