乂阿戦記3 第一章- 赤き復讐の牙レッド-3 アテナちゃんを養子にしよう!
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狗鬼家の人々は、みな子供が大好きだった。
新たに迎えた六歳の少女、峰場アテナは――それはもう、家族全員に大歓迎された。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
奥さんである狗鬼ユノは、腕によりをかけた料理を並べる。
父・永遠田与徳は人形やぬいぐるみを山ほど買い込み、娘のような笑顔を引き出そうと必死だった。
長男の狗鬼漢児は、過去にアテナが紹介してくれた大伯父・ノーデンスとの縁を思い出し、「お爺ちゃん元気?イサカさんとは会ってる?」と、つい質問攻めになってしまう。
妹が欲しかった絵里洲や獅鳳は、自分のお気に入りのぬいぐるみや漫画を「ぜんぶあげる!」と持ち出してきた。
子守に慣れている神羅は、熱を上げすぎる家族をなだめながら、アテナの小さな背を気遣う。
そして夕食の時間――
「それじゃ、いただきましょう」
全員が箸を取り、あたたかな家庭の食卓が始まった。
……しかし。
ほんの数口、アテナが食べたところで――彼女の箸が止まった。
ぐしっ、と鼻をすする音がした。
そして、ぽた、ぽたと、皿の端に涙が落ちた。
「このおうちの……ごはん……あったかいね……」
そう言って、少女は泣いた。
ぽろぽろと、止まらない涙。
こぼしながら、それでも笑おうとした。
「……わたし、こんなごはん……はじめて……」
その言葉が刺さった。
まるで、胸の奥をえぐられるようだった。
誰も声を出せなかった。目の前の小さな命に、家族全員が凍りついた。
それでもユノは、「おかわりあるからね」と優しく微笑み、
獅鳳は、そっとティッシュを差し出し、
神羅は何も言わず、静かに背中を撫でていた。
だがその夜、アテナが眠りについた後――
狗鬼家の大人たちは、すぐさまアタラに電話をかけた。
画面越しに現れた女神の顔を見た瞬間、ユノが声を荒げる。
「アタラ姉さん、一体どういうこと!? アテナちゃん、あんなに泣いて……あの子、家庭で何があったの!?」
「お風呂入ったとき見えたの……あの子、身体じゅうに……たくさん傷があったのよ。どうして……」
絵里洲が顔を青くし、手を握りしめながら訴える。
神羅も涙ぐみながら続ける。
「さっき、ベッドに寝かせようとしたら……アテナちゃん、ブランケットだけ取って……床で寝ようとしたの……!」
「そ、それって……!」
空気が凍る。だが、漢児が沈んだ声で言った。
「姐さん……俺たちに、あの子の事情、教えてくれませんか?」
与徳が重々しく言葉を続ける。
「アタラさん……お願いです。あの子、もう……ずっと、うちで預からせてくれませんか?……ウチ経済的にもゆとりあるし子供たちも頼りになるし、なんならあの子を預かるとか言わず養子にもらおうと思うんですが……」
ユノが声を震わせながらも言い切った。
「…姉さん…養子に。アテナちゃんを、正式にうちの家族にさせてください」
突然の申し出に、アタラが画面越しに目を見開いた。
「ま、待て待て! みな、落ち着くのじゃ! 一度、ちゃんと話しをしよう!」
ひとまず、その夜は、涙と憤りと――温もりに包まれて、静かに更けていった。
アテナは翌日から、狗鬼家に預けられることになった。
――いや、正確に言えば、それは“家族”として迎え入れる準備の始まりだった。
「わぉっ……! すごい、すごい数のペンギン……!」
水族館の大水槽。その前に立ったアテナの目は、星のように輝いていた。
ペンギンたちが群れをなし、すいすいと水中を泳いでいく。少女は、まるで夢を見ているかのようにじっと見入っていた。
「どう? アテナちゃん、楽しんでる?」
「……うんっ。とっても!」
にこりと笑ったその顔は、どこか“頑張ってる”ようにも見えた。
アイスを買ってあげても、「ありがとう」ときちんとお辞儀。
食べている最中も、周囲を気にして、周りに迷惑をかけないように……と気を配っている。
(……この子、わがままを言うのが“悪いこと”だと思ってる?)
神羅の胸に、小さな痛みが走った。
「よしっ、アテナちゃん! お姉ちゃんとイルカのショー見に行こっか! 目いっぱい楽しむのだーっ!」
「え、う、うんっ……!」
神羅はにこっと笑ってアテナの手をぎゅっと握る。
――“子供”が“子供”を守ろうとしていた。
神羅たちがアテナと笑顔で過ごしていたその頃――
別の一室では、与徳・ユノ・アタラの三人が、静かに、しかし緊張感を孕んだ会話を交わしていた。
「……まったく。他の十二神は何を考えているのかしら!」
ユノはテーブルに肘をつき、溜息まじりに苛立ちを口にした。
「アテナちゃん、まだあんなに小さいのよ? 誰かがちゃんと面倒を見てあげなきゃいけないのに!」
与徳は苦笑しながら、目の前のコーヒーをすする。
「そうだね。……ところでアタラさん、アテナちゃんのこと、話してくれませんか?」
アタラは軽く目を閉じて深く息を吐いた。
そして、静かに口を開く。
「……そうじゃな。まず聞くが与徳殿――なぜ、あの子を育てたいと思う?」
「え? どうしてって……特別な理由はないけど……」
彼は率直に答える。
「ただ、困ってる子供がいれば、助けたい。それだけですよ」
その答えを聞いたアタラの表情が、ほんのわずかに和らぐ。
「……優しいのぅ。だが、覚悟はいるぞ。……ユノ、お前も察しておるじゃろうが――あの子、アテナは、おそらくワシらの腹違いの妹じゃ」
「えっ……まさか……!」
「うむ。オリンポス主神、デウスカエサルの娘じゃ。……つまり、我らの父親の、また一人の落とし子ということじゃな」
「またあの好色クソ親父が……」
ユノが顔をしかめた。
「じゃあ今、アテナちゃんを育ててたのって――」
「……ヘラじゃ。正妻にして、嫉妬の女神。――お主の、実の母親でもある」
「な!?あのヒステリック嫉妬ババアが!!」
「……そうじゃ。あの娘の母親は――デウスカエサルの正妻、嫉妬の女神ヘラじゃ」
その一言に、部屋の空気が凍りついた。
「……え……?」
「な、なんだって……!?」
「……あのヘラ……!? 神代最悪の――あの、“嫉妬の化身”が……!?地球でもメッチャ有名ですよ。嫉妬の女神ヘラが引き起こした数々の悲劇は……」
その名はあまりにも有名だった。
オリンポス十二神の女王にして、妃の座にある女神。だがその実像は――
「わしですら、あの嫉妬ババアがどんな教育を施したのかは計り知れん。ただひとつ確かに言えることがある」
アタラは、悲しげに眉をひそめた。
「あの子は――お主の実母、ヘラの嫉妬の犠牲になっておる」
「ッ……!」
「これまで、あのババアの嫉妬でどれほどの神々と英雄が地獄に落とされたことか……!」
怒りを噛み殺すように拳を握りしめるアタラ。ユノは目に見えて戦慄していたが、次の瞬間――
「……決めた。アタシ、覚悟決めたわ……!」
ユノの瞳に決意の光が宿った。
「アテナちゃんは、絶対に――私たちが守る! 断固として、私たちの娘にする! あんなババアに振り回されてたまるもんか!!」
「お、おいおい……! ちょっと落ち着いて……!」
与徳が慌てて二人をなだめるが、二人の憤りは収まらない。
「と、とにかくその……ユノさんのご両親っていうのは、一体どんな神様なんですかね……?」
仕切り直しを図る与徳に、アタラが静かに答える。
「……まず母親のヘラじゃが。戦神アレスすら凌駕する、伝説級の戦闘力を持つ女神じゃ。原初のエクリプスを討った初代魔法女神の一柱。己の嫉妬心ゆえに幾多の神を地獄に突き落とし、英雄の運命を歪め、魔物を召喚しては正義を謳う者を蹂躙した。もはや“女神”などではない。……“魔女”と呼ぶほうが正確じゃろう」
「うわぁ……」
「でも、その嫉妬の対象って、だいたい父デウスカエサルの浮気が原因じゃなかったっけ?」
そう口にした瞬間、重厚な声が部屋の奥から響いた。
「ふむ、それについては……我から話そう」
――現れたのは、黄金の太陽を纏う男。オリンポスNo.2にして、太陽神。
「あ、兄上!」
「いや、お義兄さん! どうしてここに?」
「この道化が! 誰がお義兄さんだ! 我はまだ貴様とユノの結婚を認めたつもりはないぞ!!」
「ひいいいい! と、ところでお義兄さんは何でここに?」
「………言ってるそばからこのドアホウめ! ふん、もういい! ユノ達がヘラのクソババアが嫌がりそうなことをするとアタラから聞いたのでな。助言の1つや2つ差し入れてやろうと来たのだ」
「そ、それはどうもご丁寧に……」
「アタラよ。悪い知らせがある。ヘラのババアめは地球に早速魔物を放ちアテナをオリンポスに連れ戻そうとしてるようだぞ。奴らは既に魔物を放ち、アテナをオリンポスへ連れ戻す算段に出ているはずだ」
「なに……!? そ、それは本当かや!?」
「安心せい。我も手を打ち始めている」
アポロの瞳に宿る光が、静かな怒気と共に鋭く光る。
「……だが今はアテナの件に話を戻そう」
その一言に、ユノとアタラが息を呑んで頷いた。
「今回の襲撃を退けられたとしても、次はない。ヘラは〈オリンポスの威光〉を盾に、正式な要請という形でアテナの身柄を引き取りに来るだろう」
「ええ……その可能性は高いですね」
「フン……与徳よ。ドアダの元・七将軍、ヨクラートルよ。よく覚えておけ。オリンポスの女王神ヘラ、そして我らが父・デウスカエサルは、“戦闘兵器の返還”という名目を掲げて、おぬしらに圧力をかけてくるだろう」
「な、なんじゃと……?」
アタラが口を押さえた。ユノもまた顔を強張らせている。
「そもそも……お前たちは、あのデウスカエサルという男を誤解している。あやつが子を作る理由は、好色や人間的な愛情などという可愛げのある動機からではない。徹頭徹尾、己の〈手駒〉を増やすための軍略よ。強力な血筋の魔女や女神に、自らの胤を仕込み、〈天性の兵棋〉を生み出すための“生殖計画”……それが、あやつの本質だ」
アポロの声には怒気と皮肉が滲んでいた。
「見よ。デウスカエサルと同格の力を持つ闘神イクシローテリ・ヘラクレス、鍛冶神ギオリック・へファイトス、伝令神ヘルメス、先代戦神アーレス=狗鬼マルス、英雄ペルセウス──そしてこの我、太陽神セオスアポロ。いずれも奴の落とし胤であり、オリンポス最大の戦力だ。……偶然などではない。すべて計算の上よ」
「……っ」
「やつは“時の神クロノス”の破片すら取り込んだ帝王。その眼は、どの女が自分に最も有益な兵器を生むかを見通すことができる。そして正妻ヘラの嫉妬を巧みに煽り、子らに過酷極まる試練を課す……それを生き延びた者のみを、オリンポスの配下として認める。それが“あやつの愛情”だ」
「そ、そんな……」
ヨクラートルが思わず息を呑む。
「……我が言葉を疑うか?」
「いや……」
「この我が、試練を受け、血の海を泳ぎきった当事者だ。信じぬならば、黙して見ておれ」
重い空気が場を包み、誰もが言葉を失う。
「……それはつまり、アテナにとって──とんでもなくまずい状況ということではないか?」
与徳の問いに、アポロは頷く。
「その通りだ。アテナは今まさに、次代の“最強魔女”として、あやつの試練を課せられ始めている。そして……あの子は、確かにラスヴェードに匹敵する“素質”を持っている。10年も鍛えれば、ラスヴェードの後継者としてオリンポスに君臨するだろう」
「なっ……!」
「ユノ、アタラ。お前たちはラスヴェードの“強さ”をよく知っていよう。そして……その影にあった、悲惨な幼少期も……」
「「冗談じゃない!!」」
雷鳴の如き怒声が、部屋を揺るがした。
「私達は、彼女と敵対しながらも、ライバルとしての絆を感じていた。だからこそ分かる! 彼女がいかに理不尽な運命の下にいたかを……!」
「ラスヴェードは幼少期、巨人族の人間兵器として育てられ、戦うことを強いられていた。憎しみを糧にし、ただ力のためだけに鍛え上げられた……私は、アテナにそんな人生を絶対に歩ませたくない!!」
「妾もじゃ! アテナはまだ六歳の幼子ぞ!? そんな子を、父の“おもちゃ”にするなど許されてたまるか!!」
アタラの拳が机に打ち下ろされ、悲鳴のような怒声が部屋に響く。
……だが。
「その気持ちは、痛いほど分かる」
静かに、アポロが語り出す。
「だがな……“情”で父君を動かすことなど、出来はせぬ。あやつに人間のような感情を期待するな。……ならば、“別の道”を示すべきだ」
「……別の道?」
「そうだ。アテナはな、ラスヴェードのような〈破壊〉ではなく、ユキルのような〈浄化〉の素質を持っている。その資質を示すべきだ」
「……!」
ユノとアタラの目が見開かれた。
「我は音楽の神でもある。だから分かる。アテナには、次代の〈魔法天使ユキル〉としての素質があると」
アポロは懐から一枚の紙を取り出した。
それは――《ハクア・ホールデン・プロジェクト》のチラシと応募用紙。
「この大会にアテナを出場させろ。そして、優勝させるのだ」
「……っ!」
「先のクトゥルフ戦争で、ユキルが起こした“奇跡”は、オリンポスでも神々の注目の的となっている。アテナを“次代のラスヴェード”ではなく、“次代のユキル”として育てろ。――お前たちの養子である〈神羅〉こそ、その転生体なのだからな」
「なっ……!」
「そうとも。あの奇跡の魔法少女・ユキルが、神羅として再誕していたとは我も驚いた。だが、だからこそ運命が動いた。……神羅と共に、アテナを導け」
セオスアポロの提案に、ユノとアタラは互いの目を見て――深く、強く、頷いた。
「うむ……これは、妙案です!」
「妾も異論はない。妾たちが、アテナを〈魔法天使〉として育てる!」
こうして、夜明けまで続いた作戦会議は、ある結論に達したのだった――。
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