乂阿戦記3 プロローグ+第一章- 赤き復讐の牙レッド-1
朝焼けの陽光が、静かな寝室を染める。
カーテン越しの光が、壁に飾られた五枚の写真を照らしていた。
一枚は、引き裂かれたまま――その主は、かつて俺の家族を奪った仇のひとり。マクンブドゥバ。
……すでに討った。復讐は果たした。
だが残るは四人。
そしてその上に掲げられた一枚の写真。
黒紫の髪が風に揺れ、どこか憂いを帯びた眼差しをこちらに向けている。
――ブリュンヒルデ。
「……お前は今、どこで、何をしている……」
拳をゆっくりと握る。
痛みとともに蘇る、あの日の記憶。
俺の名は紅烈人。
コードネームは《レッドキクロプス》。
復讐の炎をその身に宿し、燃やし尽くす戦士だ。
始まりは、あの戦争だった。
銀河連邦とドアダ帝国が争った、“聖地戦争”。
罪なき民が巻き込まれ、俺の家族も例外じゃなかった。
母は、目の前で殺された。
姉は、燃えさかる瓦礫の中に消えた。
希望など、最初からなかった。
俺は奴隷として売られ、喰うにも困る地獄を彷徨った。
そんな俺に、ひと筋の光が差し込んだ。
「強くなりたくはないかね?」
手を差し伸べてきた男――シグルド・スカーレット。
孤児となった俺を引き取り、戦士として育ててくれた恩師だ。
その妻クリームヒルト。
義妹となったフレアとニカ。
俺には“守るべきもの”ができた。初めての、守りたいと思った人たちだった。
さらに、もうひとり。
ある日届いた一本の電話が、平穏な日常を騒がしく変えた。
「……クリームヒルトよ、シルフィスが、泣き止まんのじゃ……」
ぼやけた声と、赤ん坊の鳴き声。
電話の主は、彼女の実父――Dr.ファウスト。
長年の確執を経て、ようやく再会したその男は、何の説明もなく赤子を抱えて立っていた。
「その子、まさか私の……妹?」
「う、うむ……役所には“娘”として登録しておる」
「母親は?」
「……いない」
「お父さんんんんんん!!!」
クリームヒルトにみっちり説教されたファウスト博士は、「実は自分はオリジナルのファウストではなく、彼の記憶と知識を継承した混沌の怪物なのだ」と真顔で語ったが――
「はいはい、そういう厨二設定は後にして。さっさと祖父としての義務を果たしなさいよ」
――一蹴された。
こうして、シルフィスもまた家族となった。
俺たちは笑い、過ごし、戦いの日々を忘れかけていた。
だが――運命は、再び俺たちを試した。
邪神を信奉するクトゥルー教団と、犯罪組織メフィスト・ギルドの襲撃。
地球の平穏など一瞬で吹き飛ぶ、狂気の災厄。
シグルドとクリームヒルトが立ち向かった。
俺も、剣を手に取った。戦う覚悟はあった。
しかし――あの女に、止められた。
「あなたは、まだ弱い。ここは、大人に任せなさい」
黒紫の髪をなびかせる少女。ブリュンヒルデ。
俺を見下ろすその目は、冷たく、無慈悲だった。
「ふざけるな……俺は、俺だって……!」
「証明して。あなたが、本当に“強い”のかを」
次の瞬間。
俺は叩き伏せられた。何もできなかった。
タンスに押し込まれ、妹たちと共に、家族の最期を音で聞かされた。
焼け落ちる家。
絶叫。
嗤う邪教徒たち。
そして――妹ニカは、連れ去られた。
俺の世界は崩れた。
全てを焼き払いたいと思った。
そんなとき、現れたのが――ロキ。
「僕と契約しないか?」
胡散臭い笑み。嘘しか言わなそうな口調。
だが、奴はこう言った。
「君の仇を取らせてやる。ニカちゃんを取り戻させてやる。そして、シグルドさんの師匠“胡蝶蜂剣”の居場所も教えてやるよ」
「……条件は?」
「一つだけ。僕が救いたい“ある女”のために力を貸してほしい」
その笑みの奥に、何か本物があった。
俺は、その手を取った。
結果――俺はニカを取り戻し、マクンブドゥバも亜父ファウストの手で討たれることになった。
炎のように泣きじゃくるフレアの顔が、今も焼きついている。
それから今日まで、俺はロキの“計画”に協力してきた。
目的はただひとつ。家族の仇、あと四人を討つこと。
今、写真は四枚。
その上には、ブリュンヒルデ。
俺に無力さを突きつけた女。
すべての始まりを告げた“あの瞬間”の象徴。
「……ブリュンヒルデ」
俺の呟きが、朝の空気を震わせた。
――これは、復讐の物語。
そして、かつて家族を喪い、“怒り”とともに生きる少年が
ヒーローとして再び立ち上がる、希望の物語である。
↓イメージリール動画
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