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乂阿戦記2 終章 死せるクトゥルフ、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり-23 こころに花を

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真狂王カルマストラ二世が目を覚ましたとき、彼の目の前には、かつて兄弟盃を交わした最強の腹心――“剣の鬼神”胡蝶蜂剣が立っていた。


穏やかな風が頬を撫で、さざ波の音が静かに耳を打つ。そこは戦場の喧騒とはかけ離れた、まるで夢のような世界だった。

青い空。青い海。そして、砂浜の小さな洞窟――カルマストラ二世は、いつの間にかその木陰で休んでいた。


体は重く、傷も深い。だが、意識ははっきりしている。会話はできそうだった。


「……姉御殿」


「……久しぶりね、エン君」


ああ、懐かしい呼び名だ。

二人きりのとき、互いを“姉御殿”“エン君”と呼び合っていた。まるで姉弟のように、気軽に、親しげに――。


「姉御殿、こんな形で再会するとは予想もしていませんでした」


「そうね、私もよ」


「……それより、ここはどこですか? それに戦場の行く末は?」


「ここは五元宇宙にある龍麗国の最果ての地、“最終島”と呼ばれる島よ。……ロキちゃんから聞いてるわ。あなた、龍麗国の事実上の支配者“五剣のユグドゥ”と裏取引してたんですってね。もうじき龍麗国の兵が貴方を保護しにくるはずよ。それにしてもよくやるわ、あのジャムガの父にして乂阿烈並にやばい蛮王ユドゥグと取り引きするなんてさ……正直アタシは怖くてできないわ」


「あれは、別に取引というほどのものでは……」


「……まあ、それはいいわ。それよりもうひとつ、あなたの質問に答えるとね……今頃、戦場ではマクンブドゥバがルルイエ遺跡に仕掛けた反物質爆弾の自爆装置を起動してるはずよ……」


「!!」


「貴方と乂阿烈が一騎打ちに興じてる隙に、アタシがマクンブドゥバに持ちかけたの。このままじゃエクリプスは乂族の手に渡ってしまうから、その前に全部吹き飛ばしちゃいなさいって……ああ、でも大丈夫。タイラント族の直轄兵は邪神達を目眩しに使って、こっそりと逃しておいたわ……でも、マクンブドゥバのことは諦めて……あのダメージでは、彼はもう助からないし、逃がそうにも図体がデカすぎる……エン君、アタシを恨まないでね」


カルマストラ二世は首を横に振り、静かに答えた。


「いいえ、流石は姉御殿。現状考え得る限りの最善手です。マクンブドゥバには申し訳ないが、彼は納得して自爆装置を起動するでしょう。しかし……姉御殿のご厚意とは言え、このままただ黙って見ているわけにはいきませぬ。あの戦場には、貴方が妹同然に可愛がっていたイサカと、我が子同然に可愛がっていた愛弟子達が残っていたはず……」


「ええ、でも安心して。フレアもレッドもイサカちゃんも、みーんな無事に救出されることになるわ」


「え……?」


「ふふ、詳しくは言えないけど、ロキちゃんが用意した最後の切り札があるのよ……」


にわかには信じられぬが、姉御殿の様子からして強がりの類ではないようだ。

カルマストラ二世は、安堵のため息をつきながら、呟くように礼を言った。


「……流石姉御殿だ、本当に頼もしい……」


気が緩んだのだろう。

彼は思わず、言うまいと思っていたセリフを口にしてしまう。


「………姉御殿、私のもとに帰って来ていただけませんか? 私にはもう姉御殿しかおりませぬ。私と共に、タイラントを守っていきませぬか?」


「ありがたいけど遠慮しておくわ。だってアタシの居場所は別にあるもの」


「……そうですか……では、せめて最後にアナタに言っておきたいことがあります……」


「……何かしら?」


「今だから言いますが……私は貴方が好きです」


胸の内に長年しまい込んでいた想いが、堰を切ったようにあふれ出す。

彼女の目を真っ直ぐに見て、彼は言った。


「――我が終生の伴侶になっていただけませんか? ……本当はずっと言いたかったのです」


「…………」


「…………」


胡蝶蜂剣はカルマストラ二世に背を向け、しばらく沈黙したあと、答える。


「ダメよ……あのとき、貴方が“復讐”を捨て“祈り”を選び、僧籍に身を置いたとき、剣の鬼神“胡蝶蜂剣”は死んだの。いまの私はもう、誰の刃にもなれない。ただのパピリオ。ただの、ちっぽけなオカマバーの店長よ……でも、それが――私の、幸せなの」


「……そうか……ならばよい……いや、いいのだ……生きていてくれて本当によかった……」


カルマストラ二世はしばし沈黙した後、背を向ける胡蝶蜂剣に向かって言葉をかける。


「姉御殿」


「何かしら?」


「……お慕い申しておりました」


その言葉を聞き、胡蝶蜂剣も少し沈黙したのち、答えた。


「……ありがとう、我が弟よ……でもごめんなさいね」


そう言って一礼すると、彼は振り返らぬままその場から立ち去ったのだった。

涙で化粧がグシャグシャになったヒドイ顔を見られたくなかったのだ。


(ごめんね、ごめんねエン君……本当は今でも貴方のこと、大好きよ。愛してる。けど……アタシには守りたい家族ができたの。イサカ、レッド、フレア、ニカ、シルフィス……そして、貴方との思い出も。だからアタシはもう、“剣”には戻れないの……)


パピリオはカルマストラ二世が見えなくなるまで砂浜を歩いたあと、ブビ〜〜ッ!と汚い音をたて鼻を噛んだ。

化粧は溶け、鼻水は垂れ、まるで怪獣のような面相に成り果てた。

――けれど、それでも彼女は、かつて誰より強く、誰より優しく、誰より美しかった“姉御”だった。


「おぼごぅええぇ〜〜〜〜〜ん!!!」


パピリオは汚い声を上げて号泣した。



挿絵(By みてみん)




↓イメージリール動画


https://www.facebook.com/reel/7665163250214558

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