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乂阿戦記2 終章 死せるクトゥルフ、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり-14 赤き戦槍の祈り――絶望の救済者たち

一方、戦艦アルゴー号の外では――

それはもはや“戦場”というには余りにも凄惨な光景だった。


狂王カルマストラ二世。その腹心にして、旧支配者マクンブドゥバ――否、《大いなるクトゥルフ》が率いる《クトゥルフ邪神軍》が、今まさに地球連合軍の残存部隊に対し、完全殲滅の号令を下そうとしていた。


「ゆくぞ、マクンブドゥバ……いや、“大いなるクトゥルフ”よ。守り手どもを――残らず喰らいつくせ」


「ハハッ! 全軍、突撃じゃァアアッ!!」


その咆哮と同時に、異常が起きた。


まず動き出したのは、死体。だがそれだけでは終わらない。

士気を失い、心を蝕まれた兵士たちまでもが――壁、床、光、音、影までもが、異形へと“変質”し始めたのだ。


それは、あらゆる物理法則の否定。すべての存在が《クトゥルフ》の支配下に堕ちていく。


恐怖。それは“侵食”という形で、兵士たちの心と身体を崩壊させていった。


そんな中――


その災厄の真っ只中に、ひとつの赤い閃光が墜ちる。


「……下がれ、邪神共。母は、渡さない」


赤の戦槍が火花を散らし、戦場に着地した影。それは《九闘竜No.7》、フレア・スカーレットだった。


その視線は、クトゥルフの額に埋め込まれたイサカへと真っ直ぐに向けられていた。


「約束が違うぞ、カルマストラ二世。そしてマクンブドゥバ……。貴様らは“クトゥルフ復活の暁にはイサカを解放する”と、確かに誓ったはずだ!」


その声は、烈火の如き怒りを帯びていた。


だが、真狂王は爽やかな微笑みでその怒気を受け止め、言った。


「ふむ……すまぬな。状況が変わったのだ、フレアよ。我らとしても――解放などしている余裕はない」


「ふざけるなあああッ!!」


吼えるフレアは、槍を構え、マクンブドゥバに突撃する。


だがその瞬間、イサカが叫ぶ。


「フレア、もういい……! 私のことは――忘れて……!!」


その声に、彼女はわずかに動きを止める。だが、その一瞬が命取りだった。


「ほう……。今の貴様程度の力では、我らの進撃を止められぬと忠告したはずだが」


魔法陣が真狂王の手元に浮かび上がり、そこから無数の触手が解き放たれた。


フレアはそのすべてを、目と勘で見切り、回避。そして刃を振るい、一閃で切り落とす。


「……なるほど」


真狂王は瞳を細め、満足げに笑った。だがその直後、再び触手が魔法陣から噴出する。数は先ほどの数倍。


フレアは再びすべてを回避し、疾風の如く突進。――そして。


ズドン!


その槍が真狂王の胸部を撃ち抜く……はずだった。


が――届かない。


槍の刃先は、狂王の胸筋に弾かれ、わずかに刺さったのみ。


「なっ……!?」


そのまま、狂王は槍ごとフレアを持ち上げる。


「くっ……このっ!」


彼女の体が地面に叩きつけられる寸前、思わぬ介入が起こった。


クトゥルフの触手がフレアの体を絡め取り、空中で拘束したのだ。


「この小娘があああああッ!! 我が主・真狂王様に刃を向けるとは不敬極まるッ!!」


触手はフレアの四肢に絡みつき、力を吸収し始める。


(う、動かない……身体が……抜けてく……)


そのまま彼女は空中に吊られ、身動きひとつ取れなくなる。絶望の海の中で、唯一の希望であるイサカが、まるで人形のように虚ろな目で吊られているのが見えた。


――そして。


クトゥルフの触手が、彼女の頬を這い、続いて身体へ、腕、腹部、太腿へと蠢いていく。


マクンブドゥバは怒り狂っていた。


「この小娘がァアア!! 我が主に何という狼藉を……! 身の程を知れええええッ!!」


「ぐっ……がはっ……!」


それは拘束ではない。

それは、陵辱だった。


魔力を吸い尽くし、意識を蝕み、尊厳を嬲る。

頬を撫で、胸を這い、腰を嬲り、尻を撫でまわす――


それは肉体の穢しに留まらず、精神さえも破壊しにかかる悪意そのものだった。


(……くそっ、こんな……っ!)


羞恥。怒り。屈辱。

全てを奥歯で噛み砕きながら、それでもフレアは――戦おうとした。


だが――力は奪われ、意識は白濁し、視界が霞んでいく――


――その時。


バチン、と音を立てるように、触手がすべてフレアから弾かれた。


砲撃。


イサカが、自らを貫くように、アークレイカノンで触手を撃ち抜いていたのだ。


「今のうちに、逃げて……」


その言葉にフレアは叫ぶ。


「ふざけんな! 今さら逃げられるかよッ!!」


そのまま魔法弾を放ち、イサカを援護。だが――その一瞬の隙に、触手がイサカを捕らえる。


「イサカァアアアア!!」


……そのとき。


突然、戦場の化け物たちが反転した。


地球連合軍に襲いかかっていた“エクリプスの呪い”に侵された怪物たちが、一斉にクトゥルフと真狂王に襲いかかったのだ。


「ふはははッ! 実験は成功だ、マクンブドゥバ! イサカはエクリプスの力を制御し始めておるぞ!」


「しかし、なぜ奴は正気に戻ったのでしょう?」


「……雷音らの介入か……あるいは、自我の底から這い上がってきたということか。愉快愉快」


だがその会話も束の間。クトゥルフは一言、呪文を呟いた。


――イサカの身体が動かなくなる。


「なっ……こ、これは……!」


「貴様は最早、我が意のままよ」


マクンブドゥバが笑みを浮かべ、舌なめずりしながらイサカに迫る。


「グッグッグッグ……イサカよ。お前の新しいジュエルウィッチボディー、何を元に作られたと思う? その体、妙に馴染むだろう? 手足も、髪も、な?」


「……まさか……!」


「そうだ!! お前から奪った髪と手足から作った霊薬で、この“専用ボディ”を生成したのだ! お前を自在に操るには、これ以上ない素材よォッ!!」


「……!」


「つまり、お前はもう――逃げられんのだよォオオ!!」


「き……さま、マクンブドゥ……バ……お前、は……ワタシを……骨まで……しゃぶる気か……」


「骨までしゃぶる、だと……?」


マクンブドゥバの顔が、嘲笑で歪む。


「忌まわしい呪われ子がッ! 何を甘えた事を!骨の髄までだッ!! 感謝しろッ!!」


呪文が響き、禍々しい白い髑髏が天より降り――イサカの中へと吸い込まれる。


「ご……ご主人様……祝福を……ください……」


「良かろう。我が名を、お前の魂に刻み込もう」


触手がイサカの頭を掴み、《絶望》が、脳髄へ流し込まれる。


「イサカさあああああん!!」


フレアの絶叫が、天を裂いた。


「いやだ……いやだ、いやだ、いやだあああッ!!」


涙を止められず、イサカにしがみつく。


「うわあああああ!! 助けてえええ!!」


彼女は初めて祈った。

神に――


《頼むよ神様、お願い……!

こんなの酷すぎる……

私もイサカさんも、奪われてばかりだった……

……一度でいい。イサカさんが微笑む朝を、私に見せて……。子供の頃みたいに……一緒に……》


涙が、止まらない。


「誰か……誰か助けてよぉおおおおおお!!」


……神はいない。


けれど――


少女は、もう一度だけ、誰かを信じてみることにした。

それでも、誰かに――救ってほしいと、願ってしまった。


そして……その祈りに、応える者がいた。


「……助けて、だあ?」


「言われるまでもない…」


「こんなのはよ……」


「そう。こんなのは――」


「『助けるに決まってんだろうがあああああああああッ!!』」


蒼と紅の影が、空を裂いた!


狗鬼漢児――そしてレッドキクロプス!


救世の双影、ここに現界!


空中から放たれた飛び蹴りがクトゥルフの触手を粉砕し、イサカを奪還!


レッドがフレアを、狗鬼がイサカを抱え――一気に跳躍!


そして彼らが辿り着いた先には――


鮫島アクアと殺悪隊の仲間たちが待機していた。


「フレア、大丈夫!?」


「アクア……」


フレアは、涙まみれのまま頷く。


「……ごめん……助けるの、遅れて……本当に、ごめん……!」


「……でも、もう大丈夫。これからは、私が一緒に戦うから、フレア……」


アクアは、強く、強くフレアを抱きしめた。


その瞬間――フレアは声を上げて、泣き崩れた。


これが“戦い”だ。奪われた者の涙の中から、立ち上がる勇者がいる。


――だがその先にあるものは、果たして“希望”か、それとも“さらなる絶望”か


少女たちの背に、二人の男が静かに歩み出す。


その眼差しに、迷いはない。


外道を――この手で討ち果たすために。


ヒーローは、ここにいる。


それを証明するために――。



挿絵(By みてみん)



↓イメージリール動画


https://www.facebook.com/reel/1407917763444483

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